魂で愛する-MARIA-
第3話 寵辱
# 18
どうなるんですか――そう訊いて、答えられないと云った吉村の“答えられないこと”とはこういうことだった。このあとにもこれ以上の何かがあるのか。
くちびるに濡れたタオルが当てられ、驚くという反応もできないまま横に来た吉村を見上げた。乾きかけてこびりついた奴隷のしるしが拭きとられる。そうしながらあたしを見下ろす眼差しは、残酷さすらも消えていて無表情だ。
淫らな母を見て漠然と自分の行く末を知った。吉村に、ここがあたしの生きる世界だと示されたことがそれを裏づけた。
あたしはたぶん否定したがっていたけれど。
ただ、見せ物になっても、今日だけは吉村が抱いてくれるのだと、はじめてが吉村ならいつまでもあたしは吉村を当てにして守ってもらえるような気がしていた。
それなのに。
当てになると期待させることを云って、易いと侮蔑を吐いて、可愛いとうそぶく。どれが吉村の真意なのかわからない。
「卑猥だねぇ。毛もない。ぬらぬら光っておまけに真っ赤だ」
気づけばお尻の向こうに蔵田がいた。
「いやっ」
叫んだとたん、おなかに力が入り、膣口から粘液がとくんと排出された。一度溢れると、次から次にこぼれだす。
脚を閉じようとしたとたん、男たちの手にさえぎられた。
「うーん、そそられるねぇ」
「いかにも犯されたという感じだ。赤い筋も男の征服欲が煽られますな」
「男根で逝くには時間がかかるかもしれないが、その調教も楽しみだ」
「いや、さっきまでのことを思えばすぐに逝けるようになるんじゃないですか」
「アオイちゃんのお尻は調教権まで含めて私がいただきますよ。いくら出しても惜しくない」
「蔵田社長、たいへんな入れ込みようですな」
「アオイちゃんが来たときからの大ファンでね。恥ずかしながら私にとってはアイドルですよ。アイドルを抱くチャンスなどそうそうない」
「なるほど」
これほど惨めになることはあるだろうか。違う、たぶんこんな惨めなことばかりがあるのだ。
「蔵田社長」
吉村が“はい”じゃない言葉をようやく口にした。
「今日のところは、そこはやめていただきたい。痛い目に遭わせるのは、総長の本意ではない」
蔵田は何をしようとしたのか、吉村が止めた。
「もちろんだ。我々も出してるものは出してる。余興といえども味わうことくらいはいいだろう。孔は避けるよ」
それに吉村が応えることはない。つまり、了承したということにほかならない。
開いた脚の間に熱のこもった空気を感じた。目を伏せた直後、そこに顔をうずめる蔵田が見えた。
いやぁ。
その声に力はなく、突起が舌で舐めあげられた。がたがたと躰がふるえる。
「やっぱりここは敏感だね。アオイちゃん、私の顔に潮吹いても一向にかまわないよ」
顔を上げた蔵田は都合よく自己解釈したことをそのままあたしに浴びせる。
京蔵に対するものと同じだった。虫酸(むしず)の走るような嫌悪感でしかない。そこはきっと神経の集まった敏感な場所であって、性的な昂奮などなくても反応だけはある。
「では、私は乳房を」
そう云った男がふくらみを根もとからつかむ。釣られたように別の男が、「片方は私が」と台をまわり反対側をそうした。
「顔は幼いが、乳房の大きさは立派なものだ」
「若いから張りがあるな。仰向いても突きでている」
「若いせいじゃなくアオイちゃんの体質ですな。丹破社長がおっしゃるとおり、感度も躰つきも夜鷹としての価値は高い」
この男たちにとってあたしは“女”という商品だ。それぞれが好き勝手な評価を放ち、それで“商品”がどんなに惨めな思いでいるかということには少しも配慮がない。
胸もとに片方の男が頭をおろしてきたかと思うと、その口が開いた。
いや。
声がつぶやきにしかならないのは、もう叫んでも避けられないとわかっているからだ。
吉村はきっとそこにいるのだろうが、あたしは探すどころか視界から除外した。そうしないと、ますます自分の愚かさを見せつけられる。
どこだかの社長、どこだかのドクターに法律家。彼らには品位もなく、ただ女に群がる、まるで毛むくじゃらの狼だ。
一匹は狼じゃなくて、豚かもしれない。丸々した顔が脚の間でひたすら飢えを癒やそうとしている。ぴちゃぴちゃと音を響かせ、食事は静かに、というマナーも守れない。
チクビも生暖かい口のなかに含まれ、片側は、おもしろい玩具を見つけて具合を試すかのように摘まれる。生理的作用で躰がぴくりとした。それを快感反応と勘違いして男たちが湧く。むしろ、アレルギーみたいな拒絶反応なのに。
太腿の内側を舐める男、手のひらから舌を這わせ、指先へと移りしゃぶる男。
穢れが全身を這い、爛(ただ)れていくような気がした。いっそのことそうなって見向きもされなくなるのはどうだろう。自虐的に笑おうとするのにそれとは裏腹にこめかみを涙が伝う。
目を閉じれば時間が果てしなくスローになりそうで、あたしは天井を見つめた。鉄の棒が格子のように通り、それに取りつけたシーリングライトは写真スタジオのようにあちこちを向いて部屋を明るくしている。壁にも所々にあった。すべてが点灯しているわけではなく、適度に間引かれている。
ふとそれらの一つに目が留まった。その照明は消えていて黒光りしている。仕様が少し違う気がした。
なんだろう。目を凝らした矢先、男の顔が真上に来てさえぎられた。何者か初対面の男で、よく顔に焦点が定まらないうちにくちびるも穢れが覆う。
煙草臭さが吐き気を催す。吉村も煙草を吸っているのに、気持ちが違うだけでこんなふうに感覚まで違ってくるのだろうか。
重力に従い、もしくはわざと男が垂れ流しているのか、口のなかに唾液がこぼれてくる。呑みこむことなどできない。
あたしは舌で押し返したつもりが、顔を上げた男は――
「キスも好きか」
にやりとして、キスに応じたと誤解した。
その隙に顔を反対に向けて唾液を口角からこぼした。吐きだせたことにほっとしたのもつかの間、男はあたしの顔を上向けてまたくちびるをふさいだ。
生理的な拒絶感がおさまらず、何度も嘔吐いた。呑みこめずに唾液が溜まり、呼吸がしづらくなっていく。
手も脚も、躰の中心も胸も、くちびるも。すべてが汚らしい。
自分の躰から抜けだしたい。
そう願ったとき、ふっと身軽になった。それともあたしが願ったとおりに肉体を捨てたのか。
「毬亜」
懐かしい呼び名だった。
赤ちゃんに還った夢を見ているのだろう。揺りかごのなかに躰をすくわれた。