魂で愛する-MARIA-

第3話 寵辱

# 13

 その声は聞き憶えがあった。
 見ないほうがいいと思っていても、あたしは閉じていた目をぱっと開いてしまう。
 この台に寝かされたとき脚の間から見えていたのは、幅が三メートルくらいありそうな巨大な鏡のはずだった。浴室も鏡張りされていたし、女性を羞恥に晒し、精神的にも弄ぶ場所だとは充分わかっていた。自分で自分を見なければそれですむ。そう思っていたのに。

「いやっ」
 脚を閉じようとしても固定バンドはびくともしない。躰がうねるだけで、手も同じだった。
「アオイちゃん、挑発するねぇ」
 涎(よだれ)でもたらしていそうな声音だった。
 いまや鏡ではなく透きとおったガラスでしかない仕切りの向こうで、その声の主、蔵田はあたしの躰をしっかりと眺めていた。
 その隣室には蔵田だけではない、ほかにもクラブの客や知らない顔も混じって五人ほど、そのうえ京蔵までもがそこにいた。顔を確認しただけで表情まで見る勇気はなかった。蔵田と同じで、にやついた顔、もしくは舌なめずりをしていそうな顔しかないだろう。
「もっとも。腰を揺らして、触られてもいないそこがどんどん濡れてヒクヒクしているのにはかなわないけどね」
 案の定、蔵田の発言に興じた笑い声が響く。どこから通ってくるのか、ガラス越しのわりに同じ室内にいるように聞こえた。

 無駄だとわかっていても受けいれたくなくて、再度あたしは四肢に力を込める。けれど、台がわずかに揺れるだけでなんにもならない。
「しみのない、せっかくの白い肌に痣(あざ)ができるぞ」
 頭上から横に移動してきた吉村が胸の下に手を置き、押しあげながらしぼるようにつかむ。あたしに目を向けた吉村は相変わらず表情がない。
「お風呂でも見られてたの?」
 囁くように訊ねてみた。
「それを聞いてどうする? いま見られていることだけで充分だと思うが」
 吉村は非情だった。違う、情を求めるほうがどうかしている。最初から。

「吉村さっ……放して!」
「おまえに自由はない。云っただろう、おまえは男のためにある。丹破一家からは逃れられない。家族のために身を挺(てい)した母親のことを思うなら、逃げるなどできないはずだ」
 吉村が提示した脅迫材料はあたしを縛りつける。
 吉村の顔が滲んで見えなくなった。
「男を喜ばせてみろ」
 そう愚弄した吉村は続けて――
「それとも、おれを、と云ったほうが感じるか」
 とつぶやくように云いながら、手のひらをあたしのこめかみに添わせた。
 それが乱暴なら背中を向けることもできるだろうに、撫でた手は少しも冷たくない。
「どうせ泣くなら快楽で啼け」

 吉村は胸から腹部へと右手を滑らせていく。おへそを通ってまっすぐ秘部におりた。濡れそぼつ入り口にぐるりと指先を這わせ、そのうちの一本がずぶりと体内に入ってくる。
 うっ。
 あたしはくちびるを咬んだ。
 医療のためでもセックスのためでも、体内に侵入されたのは今日がはじめてで、それなのに易々と受け入れて感じることが浅ましく思えた。母のように誰彼かまわず触れさせても平気になる、そんな快楽に負けるという堕落まではしたくない。
 それなのに、吉村の指はクチュクチュと音を立て、あたしの快楽の証しを突きつける。声はどうにか封じることはできても、腰がびくつくことは抑えられない。指がどこを目指しているのか明白で、確実にあたしの弱点へと近づいている。

「い、やっ」
 そこを捕らえられると、どうにもならないことを突きつけられる。堪えきれない悲鳴は拒絶の言葉に変換したけれど、その実、快楽を得たというのはだれの目にも明らかなのだ。
 吉村がそこから指を引っこめて、ほっとしたのは一瞬、またぐっとなかに進んでそこを擦る。
 はっ。
 そして、また引き下がり弱点を目指す。そんな律動がゆっくりと繰り返される。快楽点に到達したときの感度がだんだんと増している。ぴくりと跳ねる腰は、ぶるっと痙攣するような反応に変わっていく。嫌らしい音も粘り気を帯びたものに変わっていた。

「あうっ、いや、いやっ」
 切羽詰まったあたしの声が部屋に響くと、それまで静かだった見物人たちが野次を飛ばす。
「“いや”と云いながらあの音はどうだ」
「洪水だな」
「ヴァージンとは思えない反応だ」
「蔵田社長がおっしゃっていましたが、吉村くんのテクニックと女の根っからの淫乱性が融合した結果でしょうな」
「さすがに母娘(おやこ)だ」
「実に楽しみだ」
「吉村くん、どうだね」
 蔵田が逸った様子で吉村に呼びかけた。
「見られているとおりですよ。陰核は勃起(ぼっき)して、なかからは次から次に溢れてくる。白濁した粘液と襞が指に絡みついています。感度は申し分ないでしょう」
「逝かせてやれ」
 吉村の返事を受け、即座に発したのは京蔵だった。
「はい」

 聞くに堪えない会話の間、耳もふさげず、あたしは嗚咽を堪(こら)えきれなかった。加えて、吉村の指に煽られる感覚のせいで、最大限で感じているようなあられもない嬌声が発生している。
 いや、破廉恥(はれんち)にもあたしは本当に感じているのかもしれない。
 グチュグチュッという粘着音はひどくなるばかりで、吉村はあたしを追い立てる。もう解放してもらいたい。

 だれかと抱き合いたいと思ったことはなくて、働いているときに客から触られることを心地よく感じたこともない。それなのに、吉村とはキスではじめて触れ合って、そうされても嫌じゃなかった。
 あたしは吉村を裏の人間だから怖がっていたわけではなくて、吉村から目が離せない自分が怖かったのかもしれない。だから、わずかなことに縋ろうとする。ついさっき、涙を拭った手が冷たくないと感じたように。
 どんな期待をあたしが叶えられるのか。助けを求めちゃいけない。それが、思う存分、吉村に感じろと云うことなら、それでもいい。
 あたしは快楽に負けた。

「も、……だめっ」
 腰がせりあがる。吉村は左手の指で突起に触れた。
「あ、やっ……あ、あ、だ、め……っ」
 さらに差しだすように腰を突きあげると、吉村はあたしの二つの弱点を容赦なく揺さぶる。突起が剥きだしにされたような感覚になり、吉村はぐりっと捏ねた。そこに集まった神経は繊細すぎた。
「あうっ、漏れちゃうっ」
 そう叫んだ瞬間に、体内の快楽点も捏ねられた。
 やぁあああ――っ。
 歓声は遙か向こうに聞こえ、あたしは快楽の果てに到達して目が眩む。ぶるぶると腰がふるえ、止めようもなく、それはなんなのか、噴いているというよりは、躰の奥からあらゆる水分を吸いとられるような感覚に堕ちた。

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