魂で愛する-MARIA-

第3話 寵辱

# 12

 女性の足音が遠ざかり、その背を目で追っていた吉村はあたしへと視線を転じた。
「丹破艶子(にわつやこ)、総長の妻だ」
 知りたかったことを端的に教えられた。

 ここが男社会だとは理解している。そのなかで、姐さんと呼ばれる艶子がどれだけの権限を持っているのか、母の待遇とはまるで雲泥の差であるのは歴然だ。立場を考えれば比べるまでもない。
 艶子が母を嫌っていることを思うと、娘のあたしのことも当然、好きにはならないだろうし、ここがあたしの世界になるとしても生きにくいことは確定された。

 あたしは口を開きかけて閉じた。
 あたしはどうなるの? これから何を楽しめというの?
 吉村に訊ねても答えは返らないだろうし、聞いて避けられるものでもない。
 あたしは浮遊しているような頼りない気分で吉村のあとを歩いた。

 そこを折れれば玄関に行くはず、と思った分岐点の手前で吉村は廊下の端に寄った。引き戸がすっと開けられる。すると、そこには部屋ではなく階段があった。地下室があるのだと察した瞬間に、閉じこめられるのかもしれない、とあたしはそんな恐怖を覚える。
「吉村さん」
 思わず吉村を呼びとめた。
「命を脅かすわけでも閉じこめるわけでもない」
 それなら何しに行くの?
 そんな疑問が浮かぶような応え方だった。

 立ちすくんでいるとふいに躰がすくわれる。横向きに抱かれてあたしは無意識に吉村の首にしがみつく。何も見たくない。そんな気持ちのもと、目をつむって吉村の首に顔をうずめた。
 階段をおりていき、空気が微妙に変わっていくなか、弾むような振動がなくなる。ためらいがちに顔を上げると、階段をおりきったところにいて、そう奥行きのない廊下が見えた。照明はあるものの、壁に挟まれて薄暗い印象を受ける。
 吉村はあたしの脚を床におろし、自分の首から腕を外した。
 腕をつかんだまま、吉村の目がじっとあたしの目を捕らえる。

「これからさき、おれに助けを求めるな」
 どういう意味だろう。
「でも、」
 当てにしていいのはおれだけだ、そう云ったのは吉村だ。そう云い返そうとした言葉は一瞬のキスでふさがれた。突き放すように腕から吉村の手が離れていった。

 吉村は廊下を進み、奥にも戸があるのかどうか、最初に見えた木目の戸を開けた。
 部屋のまえで座るという畏まったこともせず、そこには、少なくとも京蔵はいないのだろう。そう思いながらためらいがちに室内を覗くと、静けさが示しているとおり板張りの部屋にはだれもいなかった。
 母がいた部屋のように広くもなく、いちばんに目についたのは病院の診察台のような幅の狭い台だ。ベッドというにはシングルサイズにも満たない程度で、部屋の真ん中にあるが床に固定されているわけでもなさそうだ。けれど、ただの台でないのはひと目でわかる。台の脇には付属品がいくつも取りつけられている。隅のほうにあるのはなんだろう。処刑台のようにも見え、あたしは敢えて見ないことにした。

 浴室であったことと似たようなことがここでも行われるのだろうか。もしかしたら、際限なく。助けを求めるな、というのがとことんやるという意味なら納得もできる。あたしはまだヴァージンだし、はじめてが痛いことは知っている。
 部屋のなかに入った吉村は手招きするわけでもなく、振り向くだけで無言の命令をくだした。あたしは一つ呼吸をして部屋のなかへ進んだ。戸の閉まる音に振り向くと、あとをついてきていた三人はそのまま戸の向こうにとどまったようだ。浴室のときと変わらずふたりきりだとわかっていくらか気がらくになった。

 吉村のところへ行くと、ウエストの紐がほどかれてガウンが肩から落とされる。
 クーラーの効いた空気は裸体には少し冷たい。肩をすくめると吉村に抱きあげられて台の上に寝かされた。黒いカバーをした台はクッションが程よく効いているが、ナイロン製なのか、クーラー風で少し冷たかった。
 手が取られ、台の脇についた幅広いバンドで手首をくるまれた。マジックテープで緩くもきつくもなく止められ、肩の横で固定される。足首も同様、少し脚を開いた状態で括られた。
 身動きがとれなくなると、台にはリクライニング機能がついているようで、脚が視野に入る角度までわずかに背中が起こされた。足首を固定していた部分は腰もとへとスライドして、浴室でのときと同じく、躰の中心をさらけだす恰好をさせられた。

「吉村さん」
「抵抗するのはいい。それも一興だ。だが、おまえはどんなことも快感に変えられるだろう。おれの期待を裏切るな」
 何を期待されているのだろう。セックスに感じること?

 吉村は頭上に来ると、胸のふくらみをつかんだ。両側同時に押しつぶすようにしながら揺らされる。
 快感というよりは心地よさのなか、胸が火照ってきた。そう気づいたときはすでに心地よさは快感に変換されていたのだろう。吉村の手が下にずれ、チクビを親指で弾かれると、その感触にあたしは過敏に反応した。
 ああっ。
 悲鳴と一緒に胸がびくっと跳ねる。続けて感度を確かめるようにつつかれ、そのたびにぴくりと背中が浮く。そうしてふと吉村の顔がおりてきた。引き締まった顎があたしの顔の上を通りすぎ、それを追うと赤く尖った自分のチクビが見えた。それが吉村の口のなかに消えていく。
 あ、ああっ。
 吉村の口内はキスのときよりも熱く感じて、なんとも云えない感触で含まれた。くちびるが持つ力の限りで摘まれ、吉村はそのまま顔を上げる。力の限界まで伸びたチクビがぷるんと吉村の口内から飛びだした。
 あ、あ、ふっ。
 何度も繰り返されて、その摩擦はじわじわと責め苦のような快感を生む。片方は指の腹が絶えず摩撫(まぶ)している。あたしの躰は自然とよじれた。すると、体内からとくんと蜜がこぼれるのがわかった。
 吉村は反対側と入れ替わって同じようにした。焦れったすぎておかしくなりそうだった。

「吉村さん!」
「乳首だけで逝ける女もいる。おまえは逝くことを知った。できるはずだ」
 そう云った吉村は、突起の部分を乳輪まで大きく口に含むと吸いついた。
 あっああんっ。
 躰がふるえ、さらに甘咬みしながら吸引されると胸が跳ねる。それからはバウンドの連続だった。痛みはまったくなくて、ただ逝くことへの刺激になる。触られてもいない躰の中心にある突起が快楽に侵されていく。浴室でそこを口に含まれたことと、いま胸の突起を含まれていることがリンクした。

「吉村さ……もう……んん――」
 訴えている間に、吉村の舌がチクビに巻きついた。新たな感覚は一気にあたしの感度を上昇させた。
 足先がぴんと張る。そして、舌で転がされたとたん。
 あ、あ、あ、あ、んんああああ――っ。
 噴きだすことさえなかったが、あたしは漏らした感触を覚えながら達した。

 吉村が顔を上げても腰の痙攣は止まらない。そんな余韻に任せているさなか。

「乳首で逝けるとはたまんないねぇ。吉村くん、きみのテクニックなのか、それともアオイちゃんの感度がいいのか?」

 あたしの鼓動も思考も凍りついた。

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