魂で愛する-MARIA-

第3話 寵辱

# 11

 吉村から背中を押されて浴室を出ると、そこにいたカズを目にして立ちすくんだ。あたしは人がいたことをすっかり忘れていた。
 裸は浴室に入るまえにも見られていたし、自分の躰なのにけっして自分の目では覗けない、恥ずかしい場所に恥ずかしいことをされるのもきっと見られている。加えて、叫び声と啼き声に満ちた浴室で何が行われていたのか、あたしが快楽に浸かっていたことも見当はつくはず。
 ふたりの目が合う。その視線が素早くあたしの下腹部までおりたことは見逃せなかった。
 そこはもともと濃くはなかったけれど、子供みたいに丸見えになってしまうと、幼い頃には感じなかった羞恥心に襲われる。

「カズ、アオイの躰はどうだ? そそられるか」
「いちおう男ですから」
 躰の具合を聞いているような、平常心を保った会話がなされた。
 吉村は含み笑い、背後からあたしの胸をすくう。浴室であらぬ性遊戯を経験させられたくせに、胸を触られるのははじめてで、そんな驚きのもとあたしはびくっとした。

「十五、六の小娘にしては完成された躰だろう。乳房はおれの手にちょうどいい大きさだ。乳首を見てみろ。触ってもいないのに起(た)っている」
 吉村はまたあたしを辱める。カズの視線を避けようとうつむいたものの、吉村の腕が邪魔して躰を隠すことはできない。それどころか目を伏せたせいで、大きな手にしぼられた胸先が、吉村の云うとおり両側とも赤く尖っているのが見えて、居たたまれない気持ちにさせられた。
 ふと、吉村の親指が浮いたかと思うと、突起を弾いた。
 あっ。
 躰がまえにのめったところで親指はチクビをしっかり捕らえ、押しこむように捏ねる。
 んあっあっ。
 膝がかくかくとふるえて砕けそうになる。
「感度も文句ない。どうだ?」
 恥じ入る気持ちをそっちのけにして、あたしは簡単に感じてしまう。吉村は、どうだ? と、そんなあたしをどうしたいのか、カズにどんな答えを求めているのか。

「見てはいませんが聞こえていました。手練手管、教わりたいですね。女を手懐けるには最も有力な手段です」
 吉村のこもった笑い声が頭上にこぼれる。
「女を抱いたことはあるのか?」
「お節介な連中がいるので」
「まあ、二十二にもなってまだ坊やだってほうが驚くが」
 そう云ったあとの吐息は、笑っているのかため息なのかわからない。なんとなくあたしは曖昧だと感じた。

「カズ、根っから裏に生まれただけのことはあるな。おまえの自制力がうらやましいと思うときがある」
「丹破一家の若頭(かしら)は、如仁会随一の切れ者だと定評がありますよ。一月さんにそうおっしゃっていただけるのは光栄ですが、買い被りすぎです。不足しているものがあるからこそ、父はおれを外に出すんです。一月さんに教わらせていただきます」
「和久井組の組長達(たっ)ての要請だ。盗むものがあれば遠慮なく持っていけ」
「ありがとうございます」

 カズが一礼すると吉村は腕を放し、差しだされたタオルを受けとった。あたしの躰を軽く拭き、吉村は自分もそうすると、用意されていた下着と濃いグレーの甚平服を纏う。裸のまま何もしないで待っていたあたしに向かい、また「いい子だ」とつぶやく。
 次にカズから受けとったのは白いガウンで、あたしはそれを着せられた。
 パウダールームを出ると、入り口にはアツシに加えてもう一人が待機していた。ふたりが自分に向かい黙礼するのを見届けた吉村は、あたしを振り返って見下ろす。
「ついてこい」
 そうするしかないのにわざわざ云うのはどういうことだろう。
「はい」
 身をひるがえして歩きだした吉村のあとを追った。あたしのあとを三人がついてくる。
 途中の分岐点で、あの母がいた部屋のほうではなく吉村が玄関のほうに向かったときにはほっとした。もしかしたら、同じ目に遭うかもしれないと思っていたからだ。

 しばらくすると前方から別の足音が聞こえてきた。吉村の背中が壁になって姿は見えない。男が立てる足音ではないという推測は――
「一月、来客みたいだけど何事かしら」
 という女性の声が裏づけた。

「姐(ねえ)さん、おかえりなさい」
 吉村は立ち止まり、深くお辞儀をした。
 吉村にそうさせる女性とはどんな人だろう。そう思いながら目に入ったのは、三十台ないし四十台という年齢不詳の艶(あで)やかな女性だった。
 胸もとまである髪は大きくカールして、二重の目とルージュがくっきりとした顔を縁取っている。可憐という印象の母と、この女性の艶美さは相対している。
 意志をしっかりと宿した眼差しはきつい。あたしの顔をじろじろと観察してきて、ガウン一枚であることを心もとなく感じる。

「この子は何?」
 吉村が上体を起こす間に、彼女はすたすたと近づいてきた。香水がぷんと漂い鼻をつく。
「蒼井加奈子の娘です」
 吉村が簡潔に紹介すると、あたしは挨拶をしていないと気づいて慌てて頭を下げた。
 へえ、と冷たい響きで相づちを打ちながら、彼女はあらためてあたしを上から下まで眺める。そのしぐさに、さっきはなかったあたしへの興味が見えた。

「まさか宴(うたげ)なの?」
「ええ」
 吉村はどちらともつかない返事をする。
「まだ子供でしょ。といっても……」
 中途半端に言葉を切った彼女は、あからさまに見下した笑みを浮かべた。
「あの女の娘なら、歳なんて関係ないのかもね。わたしも覗かせてもらおうかしら」
「楽しいものではないと思いますが」
「いいえ。わたしがあの女を追いだしたがってるのは知ってるでしょ。それなのに娘まで連れこむなんて。でも誤解しないで。あの人があの女のことをどう思おうとわたしはどうだっていいの。つまり、理由はほかにあるってこと。吉村、わかってるわよね」
 彼女は、じゃああとで、と最初から吉村の返事は不要だったようにあたしの隣をすり抜けていった。
「せいぜいお楽しみなさい」
 そんな言葉を云い捨てて。

 あたしのなかからさっきの安堵は欠片もなくなった。

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