魂で愛する-MARIA-

第2話 調教

# 09

 吉村の裸体はやわらかくはないけれど、触れ合っている肌はしっくりと密着する。裸で人と抱き合うことがはじめてだから、だれとでもそうなのか、それとも吉村だからそうなのかはわからない。
 吉村への怖さはいとも簡単に消えてしまって、甘えたくなった。二時間まえには考えられないことだった。甘えても邪険にはしない。その確信はどこから湧くのか、吉村が躰を洗おうとしても、広い背中に手をまわしてしがみついていると、無理やり解くことはなかった。あきらめたため息が頭上の髪をそよがせ、届く範囲だけ吉村の手が這う。
 そうしてから、あたしの躰を引き離した吉村は、再び椅子に固定した。

 頭上でまた物のぶつかる音がする。ひげを剃る道具以外に何があっただろうと考えながら吉村のほうを見上げると、その手には格段に大きい注射器が見えた。
「吉村さん……」
 何に使うのか見当もつかなくてあたしは呆けたようにつぶやく。
 吉村は答えず、蛇口からお湯を出して洗面器に溜めていく。よく見れば、針はついていなくて注射器ではない。洗面器のなかに先端を入れると、シリンダが引きあげられて注入器のなかにお湯が溜まっていく。
 広がった脚の向こうに立ち、吉村は注入器の先をお尻にあてがった。

 ついさっきのあまりに激しかった吐出は生々しく、孔口もその奥も、普段よりはずっと敏感になっている。
 ふあっ。
 固形ではない温かいだけのお湯なのに、逆流しながら腸壁を刺激する。パウダールームでそうされたときよりもずっと多くの量が入った気がする。さらにもう一度、同じぶんだけ入れられるとおなかが圧迫される。
 そして、孔口に卵みたいな形の小さな物が充てがわれる。ずっとお尻に入れられていたのが、その紐のついた道具だった。ローターだと教えられたが、そう云われてもなんなのかはわからない。孔口は、吉村がちょっと力を込めたくらいで口を開ける。あたしは埋もれてくる感覚を敏感に鮮明に感じていた。

「易(やす)いな」
 吉村は全部が埋もれる寸前で止め、つぶやいた。
「や、すい?」
 あたしは舌っ足らずに問い返す。孔口が広がったままローターが中途半端に引っかかっていて、脱力するような異様さを生む。
「ちょっと近づいてみせただけでおまえは簡単に堕ちた」
 そのとおりだ。認めながらあたしは歪みそうになったくちびるを咬む。
「父親のことを考えれば、おれは敵だろう。そのおれにいいように弄ばれて善(よ)がる」
 泣けばますます追いつめられると思って堪えたのに、容赦ない言葉が投げつけられる。
 吉村はやっぱり冷酷だった。
 自分が悪い。それは明らかでも、こんなふうに傷ついたことはなかった。

 吉村はあたしの感情を歯牙にもかけず、お尻に埋めかけたローターをなかに押しこんだ。が、全部ではなく、ぎりぎりで引きだす。
「いやっ」
「洗ったばかりのくせに、べとべとに愛液を垂らしておいて通じる言葉だと思うか? 汚物まき散らして泣くほどおまえは感じただろう」
 ここからも、と続けながら膣口の少し上を弾き、ここからも、と云いながら小さなローターを前後させた。
 なぜ、そこまでひどいことを云えるのだろう。
 さっきまで感じていた信頼はいとも簡単に壊された。吉村が自ら云ったように、近しさは見せかけで、あたしが勝手に幻想を抱いていたのだ。
 情けなくて自己嫌悪に満ちた。それなのに。
「あ、はっ、やああっ」
 突然、ローターが小刻みに振動しだした。孔口をふるわせるのは吉村の手ではない。ローターはそういう道具なのだと知った。振動しながら出し入れされ、お尻が勝手にびくびくとうごめく。
「や、もういやっ」
「ここは嫌がっていない」
 吉村は膣口に指を入れてくる。入り口を掻きまわされるだけでぬちゃぬちゃと濡れた音がする。わかっている。吉村が嬲る二つの口ともが快楽から逃れられていない。けれど、認められなかった。

 またウィークポイントが探り当てられ、あたしは腰をふるわせる。
「いやっ」
 激しく首を振った。それで快楽が散らせるわけもなく。お尻の振動を伴ってまえよりも深いところから快感に侵されている気がした。きっとまた漏らしてしまう。そんな弱気を追いこむように――
「おまえの母親は夫のまえで犯してやったが簡単に屈した。娘のまえでも逝ける、どうしようもない淫乱な女だ。かといって、おまえは娘だからという云い訳はできない。淫乱は遺伝しない。だが、どうだ? おまえもまた好きでもない男の手で、処女のまま派手に逝った」
 吉村は嘲笑うようだった。
「違うっ」
「違う?」
 吉村はあたしが無自覚に否定した言葉を拾う。
「なら、逆らってみろ」
 そう云いながら、膣口から吉村の指は出ていった。次には、何を操作したのか椅子が後ろに倒れていく。必然的に天井の鏡に映る自分がまともに見えた。背もたれと座る部分の角度はかわらず、躰の中心を掲げる恰好をしていて、自分でもひどく淫猥に見えた。

 吉村の手が秘部に伸びるのが目に入り、直後、剥きだしの突起に触れた。
 あああっ。
 かまえる間もなく、露骨に腰がかくかくと揺れてしまう。
「ここは陰核(クリトリス)だ。男根(ペニス)と同じだ。なかとかわらないくらい効くだろう。だが、淫乱じゃないなら逝くな」
 吉村は云い渡す。

 膣口から愛液をすくい、花片をぐるぐると這いながら突起にのぼってくる。先端に触れたとたん、ぶるぶると腰がふるえた。それを繰り返されながら、お尻ではローターを出し入れされて、あたしは息を継ぐ余裕もなくなっていく。
「充血してふくらんでるな。嫌らしい色だ。愛液がすくいきれない」
 指の腹が突起を押し揉む。そこは繊細すぎて、認めたくない快楽と同時に苦痛すらあった。躰をねじりながらも吉村のしつこさからは逃れられず、腰がバウンドする。
「ああ、いや、もういや、ああ、ああ、ああ……」
 すでに漏れている感覚がしながら、おなかの奥では腸がうごめいている。

 目が眩み、呼吸はままならない。
 逝くな。その呪文があたしを縛っている。逝ってしまえば、母と同じになってしまう。母みたいに吉村から蔑(さげす)まれたくなかった。けれど、そう思うのは矛盾、あるいは間抜けだ。近しさが幻想だった以上、逝かないという決意が実を結ぶことはない。
「いやっ。逝かない。あたしは逝かない」
 それでも叫んだ。
「おまえはセックスなしでは生きられないメスだ。それがおまえの幸せだろう? 母親と同じように、ここがおまえの生きる場所だ」

 吉村は出入りさせていたローターをすべてお尻のなかに入れてしまう。振動が体内から伝わってくる。
 ぁあ、あふっ。
 背中を反らせると秘部に風を感じた。そう思ったとたん。突起が熱のなかに吸いこまれる。
 やあっ。
 風は吉村の呼吸で、熱いのは吉村の口のなかに含まれたからだった。舌先でつつかれ、甘く吸われた。

「や、だっ。漏れちゃう!」
 訴えは無視されて、吉村の舌が花片まで伸びる。くちびるで挟みながら舌で捏ねる。膣口におりると尖った舌がなかに入った。襞をくすぐられ、同時に啜(すす)られるともうたまらなかった。
「逝かない、逝かない、逝かないっ」
 その主張は、吉村のくちびるが突起に這い戻り、そこをキスのように啜り、舌先で擦り、そして吸いあげたとたん挫(くじ)かれた。
 いやあああ――っ。
 出尽くしていたはずがどこで生成されたのか、あたしは吉村の口のなかに快楽を吐きだした。呑みきれずに飛散し、あたしのおなかにもこぼれてくる。びくびくと腰が揺れ、お尻にも快楽が波及した。急速に解放への欲求が募っていく。

「出ちゃうっ、いやいやいやっ」
 吉村は拘束を解き、二回め、トイレまで抱えていった。座ってもぐったりしてくずおれそうなあたしを支えながら、吉村はローターを引っ張りだす。お尻がふるえ、もうだめ、そうあきらめたとき吉村が突起をまさぐった。そこは逝ったばかりで信じられないほど過敏になっていた。
 ああ、んはあっ。
 拒絶の言葉もなく喘いだ。
 そして、お尻から吐出した瞬間に、あたしは逝ってしまったのだと思う。気づいたときは浴槽のなかで吉村に抱かれていた。

「無知なぶん、素直で従順だ。おまえが可愛い」
 愚かでも、その瞬間のあたしは幸せだった。

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