魂で愛する-MARIA-

第2話 調教

# 07

 吉村が椅子の脇に手をやると、何を作動させたのか椅子が上昇し、それとは別に足もとも浮く。そのまま持ちあがって膝が立つと、次には横に動きだした。足首が固定されている以上、椅子の力のほうが強く閉じておくことはできない。椅子は吉村の腰の高さまで上がり、あたしの腿が限界近くまで開いて止まった。
 きっと不安は隠せていない。見上げると、胸の谷間に吉村が手のひらを添え、それはなだめられているように感じた。ぴくっと躰が反応するなか、手はそこから中央をおりていく。脚の間に到達したとたん、敏感な場所を手がかすめ、あたしは小さく呻いた。
 すぐ手が離れたのもつかの間、吉村は襞(ひだ)を指でなぞった。
 あ!
 逃れようと脚を突っぱったが、腰をわずかにひねることしかできない。指は何度かくるりと這いまわったあと離れた。

「濡れてるな」
「……濡れてる?」
 吉村は再度、秘部に触れた。
 んっ。
 捏ねるような動きで、たまらず呻いた。それ以上、声を出さないよう下くちびるを咬み、すると、かすかだったけれど水を掻きまわすような音を聞きとった。
「濡れてるのがわかるだろう? 母親の感じる姿を見て共鳴したか? それとも、セックスを見て感じたか?」
 ばかにしているわけでも嘲っているわけでもない、淡々とした声で吉村は云う。そのせいか、辱(はずかし)めだと感じていいはずが、そうした気持ちが起きない。あたしは指が引き起こす感覚に呻きながら、ただ首を横に振った。
 吉村は指を放してあたしにその指を見せる。右手のなかで、関節が太く長い中指だけが確かに濡れていた。それを自分の口もとに持っていった吉村は舌を出し、尖らせたその先で指を舐める。
「汚いから……!」
 仕事のまえにシャワーを浴びてはくるけれど、それからもう数時間がたっている。
「汚い? だれも触れていない生娘が汚いことはない」
 云ったあと、吉村はまた舌先で指を舐めまわす。じっと見下ろしてくる眼差しは扇情的で、あたしをじかにそうしているかのように見せつけた。

 余すところなくぐるりと指先を舐め尽くした吉村は、あたしの頭の上のほうに手を伸ばす。軽い金属音が立った。椅子には物を置くためのトレイがあったような気もする。
 何をしているのだろう。首をのけ反らせて振り仰ぐと、吉村の手の内に刃物が見えた。折り畳み式の西洋剃刀(かみそり)だ。
「吉村さん……」
「傷つけるわけじゃない。痛めつけないよう、おまえの反応をちゃんと見るために毛を剃るだけだ」
 吉村はプッシュ式の容器からジェルを左の手のひらに落とし、椅子をまわってあたしの脚の間に来た。ジェルをのせた手のひらが脚の間を滑り、ひやりとして腰をよじった。吉村はかまわず、秘部に広げて塗りこんでいく。それが終わるまで、焦れったさに近い、なんともいえない感覚があたしを襲っていた。

「じっとしてろ」
「は、い」
 硬く、冷たい刃が脚の付け根に当てられる。躰がこわばって手を握りしめた。見るのは怖くて天井を見上げたけれど、そこに鏡があるのを忘れていた。あたしは目を閉じた。その一瞬の間の残像がまぶたの裏に映って見えた。
「吉村さん……背中……」
「鷹の入れ墨だ」
 曖昧に云ったにもかかわらず、吉村は的確に答えた。
 あたしはおそるおそる閉じた目を開いていく。天井の鏡は吉村の右肩に描かれた黒い模様を映しだすが、鷹だとまではわからない。
「あとで、ちゃんと見せてもらえますか」
「かまわん」
「あたし……どうなるんですか」
「答えられない」
 それは、教えられないということか、わからないということか、判別のつかない返事だ。
「怖い」

 不思議だ。冷酷な眼差しで見つめられても、怖いと思っても、吉村を見てしまうのは止められなかった。いまは吉村に対しての怖さがまったくなくなっている。だから、正直に云えるし、逆らおうという気持ちが沸かない。守ってくれるのは吉村だけだ。そんなことを信じている。
 なぜ?
 しばらく待っても吉村は怖いという言葉に応えなかったけれど、共有してくれているような気配を感じた。

「丹破(にわ)京蔵はこの丹破一家の総長三代目だ。如仁(じょじん)会は聞いたことがあるだろう。その一派になる。如仁会は江戸から続く、弱肉強食と仁義の世界だ。そこら辺に転がっている組織よりも流儀には特に重きを置く。云ったとおり、丹破総長に従順であればおまえの身に危険が及ぶことはない」
 吉村は自分が身を置く場所を簡潔に教え、あたしの怖さをなぐさめているのだろうか、再び忠告した。
「お父さんは……従順じゃなかったの?」
 やはり吉村は答えなかった。それが『いなくなった』ことへの真の答えのような気もした。

 如仁会は確かに聞いたことがある。大きな組織らしく、係わりたくないから表立って口にすることはないものの、ホステスの間でも話題に上る。
 どういった類の組織か、あたしは自分がされてきたことはわかっているし、世間がどういう認識をしているかというのも知っているつもりだ。大多数である一般人を表とするなら、少数で固まるこの世界は裏であり、吉村が云う流儀はあくまでも裏の基準であって、表の基準が当てはまるわけではない。
 ここに来てしまったあたしは、もう裏から逃れることはかなわないのだ。

「吉村さん、名前は?」
「一月(いつき)、だ。一つの月と書く」
「何歳ですか」
「四十一だ」
「……奥さんは?」
「いない」
 よかった――と漏れそうになった言葉は寸前で止めた。
 なぜ、という自分への疑問の答えはこの気持ち――『よかった』と通じているような気がした。

 まもなく吉村はかがめていた躰を起こした。剃刀が片づけられ、横の壁にかかったシャワーからお湯が出始める。それを手に取った吉村はあたしの腿に当てた。吉村の手が太腿を撫でるとぞくっと背中が粟立つ。
 そのとき、おなかに違和感を覚えた。
 シャワーはもう片方の腿に移り、そして吉村の手と一緒に脚の間に近づいてくる。
 んあっ。
 勢いのついた水滴が躰の中心に集中したとたん、反射的にあたしの腰はびくついた。秘部の周囲からジェルを落とし、それから吉村は指先でお尻のすぐ上を擦る。

「ここが男を咥える膣口だ」
「あ……やっ」
「感度がいいな。ジェルは落としたはずだがぬめりが取れない」
 吉村の指がなかに入ってくる。思わず腹部に力を入れるとまたおなかの奥が痛んだけれど、指は軽く揉むように動いて、シャワーの効果を伴った刺激に意識が移った。第一関節だけもきつく、それがさらに潜ってくるとまた力が入って足先が反りかえった。
「吉村さ……おなか、痛い」
「効いてきたようだな。もう少し耐えろ」
 何が効いてきたのか、吉村はそう云って、膣内に入れた指をうごめかす。

 おなかの痛みと経験のない感覚をやりすごそうと試みながら、何かを探るようだ、と思っていると――
「はっ、あ、あぅ、んっ……だめっ」
 あたしの口から堪えようと思う間もなく、ふいを突かれたような悲鳴が飛びだした。吉村の指の接点からふるえが派生する。
「ここだな」
 何が『ここ』なのか。指がそこを揉みこんで急激に尿意が襲ってくる。同時にお尻まで誘発され、崩壊しそうな怖れを抱く。そうすれば痛みはなくなる、そんな腹痛なのだと気づいた。

「いやっ! 吉村……さ、あふっ……漏らしちゃうっ」
「尻から以外なら漏らしていい」
「あ、無理……で……ぁんっ。おなか、痛い! お尻だけ、止める……なんてできな……あっ」
「なら止めるのも手伝ってやる。ここだけで逝ってみろ」

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