魂で愛する-MARIA-

第2話 調教

# 06

 吉村の手に引かれてもと来た廊下を戻り、一つめの分岐点で玄関とは違う方向に折れた。また長い廊下が続き、吉村は突き当たりまで行くと、いくつか並ぶ戸の一つを開けた。
 なかに促されて入ってみると、壁一面にある洗面化粧台がいちばんに目についた。意外にもこの家のイメージと違い、モダンなパウダールームだった。この家のいかにもお金がかかった造りを思うと、洗面部分は、クラブのようなフェイクの大理石ではなく本物だろう。あたしと吉村、そして運転をしていた男と若い男が入ってもまったく窮屈じゃないほど広い。

「化粧を落とせ。道具はそろってるはずだ」
 あたしの躰をまわして洗面台に向かわせ、吉村は背後から手を伸ばしてサイドの棚を開いた。
 その間に正面の鏡に映る自分を見つめた。肩下までの髪をハーフアップにして、剥きだしにした顔はぼんやりとして表情がない。
 自分で認識しているよりもずっとショックを受けているのかもしれない。あたしは他人事のようにそう思った。
「どれだ?」
 と、吉村はあたしに必要なものを選ばせる。クレンジングと洗顔フォーム取ると洗面台の隅に置いた。

「アツシ、カズ、準備しろ」
 後ろに控えている二人が、はい、と低い声で応じる。何度か見たことのある二十代後半と思(おぼ)しき運転手のほうがアツシだから、若い男はカズというのだ。
 何を準備するのだろう。鏡のなかのふたりは入り口の横に据えられた、別の台付きの棚に向かった。

「早くしろ」
 今度は、吉村の言葉はあたしに向けられている。
 怖さはなくて、ただあるのは、何があるの? その疑問だ。
 メイクを落としているさなか、吉村がボレロを捲(まく)り、ミニワンピースの背中にあるファスナーを開いていった。
「や」
 躰をねじってみたが、抵抗は無駄だと云わんばかりに無視して、吉村はブラジャーのホックを外し、ボレロとワンピースと一緒に腕から抜く。手はメイク落としのオイル塗れで、そう服を買い換えられる余裕がないから汚しちゃいけないという気持ちが強く、逆らえなかった。床に落ちると次はショーツに手がかかった。抗議する間もなく引きおろされた。片方だけ脚が持ちあげられて、少し開かされる。

「顔を洗え」
 鏡越しに命令した吉村はその目を伏せていく。背後にいながら頭上に余裕で顔を出している吉村の位置から、あたしのどこまでが鏡に映しだされているのだろう。顔を洗えば躰を伏せることになり見られなくてすむ。そう気づいて洗顔の仕上げにかかった。
 そうして終わろうかというとき、お尻がつかまれた。
「あっ」
 双丘が開かれたかと思うと、お尻のなかに何かが挿入された。
「やだっ」
 躰をひねってもしっかりと握られたお尻だけは動かせない。直後、生ぬるい液体が体内に入ってきた。
「吉村さんっ」
「じっとしてろ」
 お尻は何かを入れる場所ではない。ただし、母は男のモノを簡単に受け入れていた。それどころか快楽を得て。洗面台の縁をつかみ、異質な感覚に怯えて身ぶるいをした。

「力を抜け」
 吉村の言葉と同時に、お尻に当てられていた硬く細い物が離れていく。かわりにもっと太い物が充てがわれてなかに入ろうとする。本能的に力んだが、突然、脚の間を弄られた。
「あっ」
 はじめて触れられた場所は驚くほど繊細なのかもしれない。下半身がかくかくと頼りなくふるえる。それを待っていたかのように。
「あ、ああっ」
 それはなんなのか、押しつけられたものがお尻のなかにすっぽりと入っていった。
「しばらくこのままだ」
 吉村はあたしの躰をまっすぐに起こすとタオルを手渡した。

 お尻に痛みはないが異物感はある。いま、何をされているのかわからない。けれど、何が待っているのかわかっていると思う。ただ、考えたくなかった。
 すぐ傍で衣擦れの音がしていて、タオルで顔を拭いたあと、あたしは頭を巡らせた。
 すると、吉村が服を脱いでいた。ジャケットからアンダーシャツまで順に取り払い、京蔵よりもずっと艶のある上半身をあらわにしていく。大きな手は下腹部におり、あたしの目は勝手にその動きを追う。ベルトに手がかかり、スーツパンツのまえがはだけられると、躰にフィットしたグレーのパンツに目が留まった。そこは高く盛りあがっている。
 あの和室で吉村の躰に拘束されているとき、背中には硬いモノを感じていた。京蔵と同じように、吉村も当然ながら男だ。
 京蔵もそうだったが、吉村もまた羞恥心はないのだろう、ためらいなくスーツパンツごとボクサーパンツをおろした。
 吉村の性器は、それを見下ろすあたしの目を狙うように上向いていた。

 吉村の手が顔に伸びてきて、あたしはパッと目線を上げながら息を呑む。後頭部にまわると、まとめていた髪を手探りでほどいていく。
「来い」
 吉村はあたしの腕をつかみ、奥の戸に向かった。お尻の違和感をどうにかやりすごして歩く。
 折り畳み式の戸が開くと、想像どおりそこは浴室だったが普通とは違っていた。
 広すぎる洗い場に、仕切りもなく隅っこにあるのは洋式のトイレだ。小学校の修学旅行で利用したホテルを思いだせば異様なことではない。普通にないのはマッサージチェアのような椅子が置かれていること、壁一面だけではなく、一部分の天井――椅子の真上に一枚鏡が貼り付けられていることだった。

 吉村は椅子のところに連れていき、かがんだかと思うと躰をすくわれ、あたしは椅子にのせられた。
 ナイロン張りの椅子は少しひんやりして思わず起きあがろうとしたが、背もたれは斜めになり躰がすっぽりとおさまるようにできていて簡単にはいかない。吉村に片手を取られれば、もう起きることはかなわなかった。
 椅子には輪っかの半分が開いたホルダーが合わせて四つ、手もとと足もとにある。吉村は一つ一つに手首と足首を充てがうと輪っかを閉じた。留め金が音を立て、これで逃げられない。

「吉村さん……」
「おまえは気づけばおれを見ている。そのとおり、おまえが当てにしていいのはおれだけだ。いいな」
 心もとなくなって意味もなくあたしがつぶやいたことに、吉村が囁くように応じた。
 気づいてみると、あとのふたりは浴室に入ることなく、戸は閉ざされている。聞こえないように声を落としたのか。
「はい」
 あたしは深く考えることなく、本能のようなもので返事をしていた。

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