魂で愛する-MARIA-

第1話 堕ちる

# 04

 女は這いつくばり、お尻を高く持ちあげて背中をしならせていた。その躰に密着しているのは、吉村よりひとまわりくらい年上じゃないかと思われる、がたいの大きい男だ。女のお尻をつかみ、腰を大きくゆったりと前後させている。何が彼女の躰のなかで起きているのか、腰が押しつけられるたび、肌がぶつかり合う音と一緒にくちゅっと水音が聞きとれ、一定のリズムで悲鳴が飛びだす。
 あ、あ、あっ……。
 ぶらさがった白く大きな乳房はゆさゆさと揺れていた。

 あたしは目が離せなかった。
 セックスは経験がなくても知っている。こういう形があることも知っている。けれど、その行為をじかに目にする機会があるなど思ったこともない。
 生々しい以上に、恋すらわからないあたしにとってあまりに衝撃的な光景だった。

 あっ、あ、あ、もう……っ。
 それは悲鳴であって悲鳴ではなかった。ぺたりと肌が重なるたびに女の腰は痙攣しているのだろう、太腿とお尻の肉が小刻みにふるえている。
 入り口で棒立ちになったあたしを、背中に当てた手がまえに押しだす。
「“もう”、なんだ。逝きたいか」
 切羽詰まったような女と違い、悠然と腰を打ちつけながら男が嗤う。
「あ、んっ……は、い……んあっ」
「だったら自分で動け」
 男は云い放ち、お尻から手を放した。
「はい」
 女は敷ぶとんにつけていた額を持ちあげ、顔を起こすと両肘をついたまま腰をうねらせ始めた。ますますお尻の痙攣がひどくなっている。
「あ、ああっ、あ、んんっ……だめ、ですっ」
 男は膝をついているだけで少しも動かず、まるで仁王立ちだ。彼女は自らで快楽を得て自分を追いこんでいた。
 見たくない。それなのにやっぱりあたしは見入って目が離せない。

「嫌らしい女だ。おれに喰いついているぞ。もう何回めだ?」
「……三、回めで……んくぅ」
「薬も使ってないのにこうまで腰を振って、おまえは快楽に貪欲だ。限界がないな? セックスなしでは生きられんだろ」
 女は腰を揺らしながら力なく首を横に振る。
「ち、違い……あっ……」
「何が違う。ほら」
 男は自分を強く突き入れた。
 あうっ。
 ひと際大きな声が響く。

 男が腰を引くと、さっきはお尻をつかむ腕の影で見えなかったオスの性器が見えた。女と繋がっていても濡れて光るソレがくっきりと見える。それほど長く太いものが女の躰におさまることが信じられない。
 男はすべてを女の躰に沈め、さらに腰を入れた。とたん。
 い、あ、ぁああああああ――っ。
 女は一瞬だけ息を詰めたように静止したあと、顔を上向けて甲高い声を長く放った。お尻がブルブルとふるえ、股間からプシャッと何かが迸る。躰がびくびくと跳ねているなか、男はゆっくりと自分を引き抜いた。ソレはぷるっと弾むように飛びだし、そんなことすらも刺激になるのだろう、彼女はまた悲鳴を放つ。
 女の呼吸は荒くふるえ、力が尽きて姿勢も変えられないのか、恥ずかしげもなくお尻を掲げたままでいる。

「まだ逝けるな。今度はこっちだ」
 今度は?
 男は云いながら指で女の股間を弄り、その指をお尻へと滑らせる。呼吸が時折悲鳴になるなか、何度か往復したあと男は手を放した。そして、さっきまで挿入していた場所から少し上の部分に男のモノが充てがわれる。男は手を添えて押しつけた。
 ひっ。
 高いトーンの一語を放ち、女の手はシーツを握りしめる。
 うっ……あ、……んくっ。
 男のモノが沈むにつれ、女はつらそうに呻く。いや、それは本当につらいのか。やがてお尻と男の下腹部が密着したとき、女の吐息は恍惚(こうこつ)として聞こえた。
 男が躰を引き、すべてを引き抜く。
 あ゛、ぅぁああっ。
 なんとも云えない声で女は喘ぐ。
 男はまたお尻のなかに埋もれていく。そしてまた引き抜く。
 まえのときはぎりぎりまで繋がっていたのに、いまは全部を引き抜いてしまう。そこに意味はあるのか、彼女の喘ぎ声はだんだんとひどくなっていった。
 何が行われているのか、あたしはわからなかった。

「おまえは尻の穴で感じてるのか」
「あ、ち、違い……まっ……あああっ」
 首をのけ反らせ女は嬌声をあげる。
「違う、だと?」
「あなた、に、……はうっ……京蔵(きょうぞう)さまにっ……感じて、あっ……ます。京蔵さ、まにしかっ、あああっ」
 男は腰を動かしながら高笑いをする。
「よく云った。娘のいい手本になるだろう。それでこそ母親だ」
「む、娘!?」
 驚愕した声が和室に響いた。

 それを聞きとれるということは、彼女は見られていることを知っていたはずだ。厳密にいえば、見られていることではなく、新たな傍観者が現れたこと、を知っていたはずだ。アパートの部屋二つ分よりも広いこの部屋に入ったときはすでに、あたしたちのほかにも一人ないし二人の男が無言で四隅にいた。

「ほら、ちゃんと見せてやれ」
 男は躰を繋いだまま背後から女の躰を抱えあげ、わずかに方向を変えながら腰を落としてあぐらを掻く。
 人に見られながらも隠すことなく、痴態を晒しているその女は――

 あたしの母に違いなかった。

 乱れた髪は汗のためか顔に貼りつき、その合間から母の瞳はあたしを認めた。母は目を見開き――
「あ、あ、嘘よっ、なぜっ!?」
 叫んだあと、狂ったように首を横に振る。
「京蔵さま、わたしは逃げません! 約束をしたのに……っ。だから、娘は……あうっ」
 母に“京蔵さま”と云わせる男は何者なのか、細い腰を抱きこみ躰をうねらせると母の訴えはいとも簡単に快楽の声に変わる。
「娘のためか。では、女の喜びを教えてやれ。それが娘のためだ」
 京蔵は母の腿をつかみ、広げにかかる。
「いやっ、やめて――」
「なるか」
 必死で閉じようと試みるも、母よりもひとまわり大きい男の力に敵うわけがない。

「おかぁ――」
 何をしようとしたのか自分でもわからない。わからないうちに背後から抱きとめられて口がふさがれた。煙草の香りだと思ったとおり、後ろを振り仰ぐと吉村だった。クラブにいるときの笑みの影すらない眼差しがあたしを見下ろす。
「母親は当てにならない。見ておけ」
 非情な言葉をごく静かに囁き、吉村はあたしの顔を正面に向けた。

 そこに見たのは、M字に脚を広げられ、すすり泣く母の姿だった。男と女が本来どこで繋がるべきなのかはわからない。母は男のモノで串刺しにされているが、そこに痛みはないのだ。畳二帖ぶんの距離からは、秘部だけではなく内腿までもがしとどに濡れているのがはっきりとわかった。照明が反射して光が淀(よど)めいている。

「ごめん……なさい」
 母はだれに謝ったのか。京蔵から躰を持ちあげられ、抜けだすかどうかの限界でおろされ、それを繰り返すうちに母のすすり泣きは縋(すが)るような啼(な)き声に入れ替わった。

「目を背けるな。総長に逆らうのもやめておけ。それがおまえのためだ」
 母の声に紛れて吉村がつぶやき、その忠告にあたしは目が眩(くら)むほど途方にくれた。

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