ミスターパーフェクトは恋に無力

第1部 PrimDoll
第4章 Bad sweet

5.BAD

 二泊した土曜日の夜、夕食をすませて加納家に帰った。
 丸二日、スーツケースのなかに入っていた洋服も必要なく、ほとんどをスイートルームで――もっと限定すればベッドですごして、終始、互いの息づかいが感じられるという距離にいることがあたりまえになった。
 加納家に戻ろうが、結婚したのだからこれからずっとそういう時間が続くというのに、このまま帰りたくない、と千雪は内心でわがままを吐いた。
 建留は平然と日常に戻れるのだろう、ためらいもなくホテルを出て車を出して家に帰り着いた。
「あっという間だったな」
 エンジンを切ったとたん、建留はため息混じりにつぶやいた。安堵には聞こえなくて、それならば、ふたりはきっと同じ気持ちを共有している。
「うん」
 うれしいのにその欠片も見えない千雪の短い賛同を受けて、建留はそれでも可笑しそうに首をひねった。

 家に入ると、建留はまずリビングへと入っていった。九時をまわったところで、全員がそろっていた。一斉に目が向いて、居心地が悪くなる。
「ただいま戻りました」
「ただいま」
 建留に続いて云うと、まちまちの「おかえりなさい」という言葉が返ってくる。
「僕と千雪は結婚しました。あらためてよろしくお願いします」
 千雪は思いがけずあらたまった建留に合わせ、慌てて一礼した。それぞれに「おめでとう」と声をかけられてほっとする。
 建留に促されてリビングを出ようとしたそのとき。
「建留、千雪さん」
 と、茅乃が呼びとめる。
「はい」
 ふたり同時に応じた。
「届け出を出してそのままいなくなるなんて思いもしてなかったけど」
 茅乃はいったん口を閉じた。それは、嫌味というプレッシャーだろうか。千雪はなんとなくかまえてしまう。
「避妊はしてちょうだい。大学生のうちは妊娠とか出産なんて言語道断よ」
 こんなことを茅乃に云われなければならない必要がどこにあるのか、千雪にはまったくわからない。ましてや、だれもがいる目のまえだ。
「おばあさま。それは僕が気をつけることであり、僕たちの問題です」
 建留は至って穏やかに云うと、千雪の肘を支えてリビングの外に促した。
 これまでの三日間に水をさされたみたいに感じる。
 リビングの入り口の横に置いたスーツケースはそのままにして、すたすたとはいかない足を建留が無理やり引っ張って進ませた。

 二階に行って千雪の部屋に入ると、建留は正面に立って向き合う。
 目を合わせれば耳障りなことを投げつけてしまいそうで、千雪は目を伏せた。
「気にすることはない。ばあさんの性格はわかっているだろう。それに、おれがさっき云ったとおりだ。おれたちで決めればいい。おれは避妊してないし、子供ができるかもしれないってことはわかってる。そのときはへんに悩まないでちゃんと云ってくれ」
 千雪はうなずくことも返事もする気になれなかった。
「千雪」
 それから千雪が応じるまで、建留は辛抱強く待っていた。
「わかってる」
 つぶやいたとたん、建留の腕が千雪を抱き寄せた。
「悪かった。配慮が足りなかったと思ってる」
 何が建留にそう云わせるのだろう。
「建留のせいじゃない」
 なだめたつもりが、しばらく答えなかった建留は腕を解いたかと思うと、予想外にも笑った。千雪は首をかしげる。
「そうだな。おれに関するかぎり、おれのせいじゃなくて千雪のせいだ」
 建留は意味不明のことを千雪になすりつけた。

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