ONLY ONE〜できること〜 #3
第1章 ノイズレス-無音- 2.パラライズ-麻痺- act1
「昂月……」
ふと名前を呼ばれ、祭壇から目を外して視線を目の前に戻すと、幼なじみの時乃慧が気遣わしげな面持ちで立っていた。そのすぐ後ろには祐真と同じ斉木事務所に所属するバンド、“FATE ”のメンバーが揃っている。
「大丈夫……?」
そう云うのが精一杯のようで、目を真っ赤にした慧は言葉に詰まる。
「大丈夫か?」
重ねるように訊ねたのはFATEの専属作曲家であり、祐真の中学時代からの親友である日高良哉だった。その瞳につらさが見え隠れしている。
昂月はほかのメンバーにも目をやった。
彼らは祐真の良き理解者だった。その最高の友人たちの瞳にも痛みが溢れている。
自分のわがままが招いた結果が目の前にあった。
「うん……ありがと……」
昂月がかすかに笑んで返事をすると慧が堪りかねたように泣きだした。
「慧……」
一歩踏みだして昂月は慧の肩を慰めるように抱いた。
「ありがとう……大丈夫だよ?」
半ば自分に云い聞かせるように昂月はつぶやいた。
「無理するなよ」
「うん。良くんもね。慧をお願い」
「わかってる」
良哉はうなずくと慧を促して連れて行った。
その後から、見た目は冷静さを装っている藍岬航と涙を溜めた実那都が続く。良哉と同じく祐真と同郷の二人は今年の春に入籍したばかりだった。祐真は待ちに待ったこの報告を自分のことのように喜んでいた。
それはついこの間のことだったのに。
「昂月、力を借りたいときは遠慮しないで云うんだぞ」
「うん。ごめんね……」
「バカか。おまえが謝ることじゃない。謝るのは……祐真だ」
昂月は首をかしげて微笑みを返した。
有吏戒斗と貴刀健朗は数回しか会ったことがないにも拘らず、労わりの声をかけていく。
そしてFATEのメンバーとしては最後に回ったヴォーカリストの伊東高弥が、昂月の目の前で足を止めた。
「昂月ちゃん……」
高弥とも会ったのは数えられる程度だったが、昂月の名を呼ぶ声は心配に溢れていた。
あたしはこの人からも大切な人を奪った。
視線を上げて高弥の瞳に焦点を合わせると、痛みとともに何かを云いたそうに見返された。昂月は問うように見上げる。
高弥は遠目からでも倒れそうなくらいに蒼白な昂月の顔を見下ろした。喪服の黒いワンピースのせいでますます蒼さが際立って見える。真近で目にした昂月の瞳からは感情が抜け落ちていた。わずかに笑みを象る口もとだったが、それがより一層痛々しく映ることを昂月は知っているのだろうか。
高弥は少し身をかがめた。
「泣いたほうがいい。笑うべきじゃない」
高弥の囁きは思いがけないもので、昂月は戸惑ったように、もしくはその言葉に傷ついたかのようにその瞳に感情を宿して翳らせた。
「……はい」
昂月は答えながらもやはり微笑みを浮かべて頭を下げた。
「唯子さん……今日は……ありがとう……こんなことに……なってしまって……」
隣にいる美佳が嗚咽しながら力なくも、今日この場に立ってはじめて声を出す。
美佳の前に立った女性に目をやるとその瞳には心痛が浮かんでいる。水納唯子は慰めるように美佳の腕に手を添えた。
「おばさま……」
何を云ったらいいのか言葉が見つからないようで、唯子はそう声をかけたきり、口もとを手で押さえて少しうつむいた。
「水納」
高弥が立ち尽くす唯子に声をかけて背中を支えて連れ出していく。
唯子は斉木事務所に勤めていて、何度か祐真に連れられて家に来たことがある。唯子が祐真に対してどういう想いを抱いていたのか、本当のところ、昂月にはわからない。
わかっているのは、祐真が唯子を利用していた、ということだけだ。
ここにも一つ、あたしが強いた傷が転がっている。
唯子を祐真の恋人だと思っている美佳は、父、芳樹に支えられていないと立っていられないほど憔悴していた。
昂月の中に潜むもう一人の昂月がそれを冷めた目で眺めている。
祐真兄……。
祐真の躰が納められた棺に目を移した。
祐真兄が死んでしまったことを現実として受け入れることができない。
祐真兄の鼓動が止まったのを確認したのはあたしなのに。
それほど会えなかった時間は長かった。
あたしにどうしてほしい?