NEXTBACKDOOR|オフリミット〜恋の僭主〜

Chapter2 This is my life.

1.恋の身の丈   #6

 航たちは確認しつつ音を合わせていき、やがて一曲を通して演奏する。そうしてまた確認し合う。そんな練習光景を見守っていた。
 祐真は自分がバンド向きではなく航の良さが出せないと云っていたけれど、その実、航は祐真と一緒にやりたかったんじゃないかと実那都は思っている。なぜなら、祐真が東京に行ったあと、ドラムの練習は家で単独で続けているのに、仲間を探そうとせず、このフリーダムの誘いにしろ受け身で、まったく航らしくない。
 良哉は良哉で、中学の頃はライバルのことで一度は落ちこみつつも、進学校に行く傍らでピアニストへの道も並行して考えていたようだったのに、中学を卒業する頃には意欲を失っていたように思う。ピアノは相変わらず習っているけれど――それだけ音楽が好きなのだろうけれど、航と良哉が一緒に練習するようなことはなくなっている。

 祐真から久しぶりに電話があったのは、航と良哉が東京に行って帰ってきたあとの春休みだった。
『あいつらホントに音、ちゃんと続けてんのか。話を聞いても煮えきらねぇし』
 元気か、という挨拶言葉もそこそこに、祐真はせっかちにそんなことを訊ねた。
 続けていること、そして実那都が感じていること――航も良哉も祐真と一緒にやりたかったように見えると云ってみると、祐真は長いため息をついて、おれはもう動き始めたからなぁ、とつぶやいて、それから、わかった、と責任を感じているみたいな声音で云った。

 動き始めたというのは路上ライヴのことなのか。いずれにしろ、音楽に関しては航も良哉も東京に出ることで何かきっかけを得られるかもしれない。
 いま久しぶりにバンドのなかでドラムを操る航を見ているけれど、より鮮やかにぶれのないリズムを繰りだし、ドラマーとしての腕はけっして鈍っていない。フリーダム自体が、ドラマーをあらためて探すくらいだ、実那都からはバンドとして完成して見えた。
 祐真の曲のように訴えかけるものでもなく、ロックというよりはポップみたいに軽快で、それが航にとっては物足りないのかもしれなかった。

「ちょっと電話が入ってて、向こうで話してくるね」
 ふいに、明菜は実那都たちに断りを入れてスタジオから出て行った。
「ね、西崎さん、うちのお母さんから聞いたんだけど」
 ふたりきりになったのを見計らったように円花が話しかけ、実那都は促すように首をかしげた。
「西崎さんの妹って、モデルやってるんだよね。カスミ、だっけ」
「うん。こっちのほうの仕事ばかりだけど」
 まだ打ち合わせの段階で他言はできないけれど、母と加純の会話を聞きかじったかぎりでは、福岡開催のファッションショーに出たり、雑誌掲載の予定があると聞いている。加純は着実にモデルになるレールに乗っかっている。

「うちのお母さんの中学時代のママ友から聞いた話らしいけど、西崎さんのお母さんが自慢そうに云い触らしてたって。気になるじゃない? だから探してみたの。そしたら、天神(てんじん)モーダのイメージモデルのひとりだった」
 天神モーダはわりと若い層のファッションビルだ。実那都はまだ見ていないけれど、巨大なパネルで並んだモデルのなかに加純もいるという。
 云い触らすという言葉は気持ちのいいものではなく、円花がわざとその言葉を使ったことは間違いない。一方で、その言葉の印象のとおり、母がやりそうなことだとも思った。
「四月になったばかりだけど」
「カスミって、きれいと可愛いの間っていうか、どっちにでも変われそうなくらい可愛いよね。西崎さんと全然違うからびっくり」
 円花が何を云いたいのかは明々白々で、実那都は可愛くないと遠回しに云っているに違いなかった。ただし、他人に云われるまでもなく自覚している。

「似てないってよく云われる」
「藍岬くん、カスミに会ったことある?」
「何度もあるよ」
 ここでも円花がほのめかしていることはなんとなくわかる。覗きこむように彼女の首がかしいでじっと実那都を見つめた。
「藍岬くんのカノジョがカスミだったら納得いくんだけど」
 つまり、実那都では到底認められないということだろうが、それを実那都にぶつけられても航の意思を動かしたり変えたりすることはだれにもできない。実那都とて譲りたくない。円花に限らず、だれにでも。
 沈黙した実那都に痺れを切らしたように、「わかってると思うけど」と円花は少し苛立った声で切りだした。

「わたしは藍岬くんのことがずっと好き。小学生の頃からね。西崎さんとそういう時間の長さを競争してもなんにもならないっていうのはわかってる。でも、西崎さんて藍岬くんのお荷物にしか見えないんだよね。外からは」
 実那都も感じていないわけではない。けれど、いざ人の口から指摘されてしまうと逃げ場を奪われたような気がした。
「うちのお母さんは、藍岬くんのお母さんから貴友館に行かせるつもりだって聞いてたんだよね。実際は久築で、わたしは一緒だって単純にうれしかったけど、よく考えてみたの。西崎さんのせいで藍岬くん、志望校を変えたのかなってことになるんだよね。日高くんもそうだし」
 否定はできない。航自身がそう云ったから。
 そのとき、実那都がちゃんと行きたい高校に行ってと云っていたら、航はどうしただろう。
 途方に暮れて無意識に航を見ると、ドラムを叩きながらもこっちを見やった目と合った。航はそういう余裕を持っている。最後のフレーズに入り、航は手元に目を落として音に集中してまもなく余韻を残しながら曲が終わった。

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