NEXTBACKDOOR|ふぞろいの恋と毒-クロス-

第4章 クロスチック-cloth-
5.不実

『今日はやっぱり遅い?』
 朱実からそんなメッセージがきたのは進武と桔平と、三人で社外で昼食を取っているときだった。
 紫己は、朱実が休日になると夕食を作って待っていることを思いだした。
『夕食はいらない』
 質問と返答は咬み合っているのか否か。

 紫己からのメッセージを読んだときの朱実の顔が浮かぶ。想像にすぎないが、傷ついて表情を止め、感情を押しこめるように目を伏せ、それから受け入れて何事もなかったように普段を装う。そこにもし紫己がいるとしたら笑ってみせるかもしれない。
 このところ定着した朱実のしぐさだ。
 愛してる。云わせた言葉がけして無理強いではなく、朱実の本心だったことはわかっている。
 男への免疫がなく、桔平に裏切られたすえ、紫己とただの恋愛ではなく、それ以上に同棲をすることになればゲームでも遊びでもないと、そう遠くないうちに信じるはず。
 見込んだとおり、当初はぎこちなく、どうかすると笑うことを控えているようだった朱実は自然と笑うようになった。
 紫己に犯されたことさえ、紫己の云い訳を信じてプラスに働いているのかもしれない。その実、犯すことが嫉妬などという感情任せではなく、目的を持ってなされたと知ったら朱実はどんな顔をするだろう。
 目的の一つは、桔平の存在感を手っ取り早く朱実のなかから消し去ること。
 ショックにはショックの上塗りが何よりも効果的だと、朱実は証明した。
 そして。愛してる。その言葉がいかに当てにならないか。思い知ればいい。

「朱実ちゃんか?」
 紫己がテーブルに置いたスマホを桔平が指を差した。
「だったらなんだ」
「女と付き合うのは持ってせいぜい三カ月ってとこだったおまえにしちゃ、続いてるなと思ってさ。おまけに同棲してるんだろ」
 紫己は桔平から進武へと目を移した。それだけで察したらしい進武は――
「おれは云ってない」
 と、軽くホールドアップして無罪を主張した。
「ああ、進武から聞いたんじゃない。秘密にする理由でもあるのか」
 桔平は進武を援護して、紫己を揶揄した。
「べつに秘密にしてるわけじゃない。そうやって、知ったらおまえらが弄ってくるとわかってるから云わなかっただけだ」
「まあ……もっともだな。けどさ、ムラサキ。同棲とか面倒じゃないのか。それとも……本気か?」
 桔平はもったいぶって間を置き、挑むような様で訊いてきた。
 紫己は応えず、曖昧に首を振り、それを見た桔平は呆れたように首を振って笑った。
「朱実ちゃん、後腐れなさそうだもんな。おまえが愛想尽きても、黙って出ていくだろうな」

 聞きようによっては朱実を小ばかにした云い方だ。クリスマスパーティで盗み聞きしたとおり、桔平は慎ましやかに生活する層を下に見ている嫌いがある。恋人を侮辱されて気分を害しない者はいない。だが、紫己は腹を立てるわけでも賛同するわけでもなく、ましてや笑い飛ばせなかった。
 そもそも、ふたりは朱実が思っているような恋人関係ではないが、いまそのことはどうでもいい。
 朱実が何を選択するか、急に思い至った。
 傷ついても、朱実はその欠片さえ見せずに紫己のまえから消える。
『ムラサキからは逃げない』
 そう云った朱実は――
『ムラサキがわたしのことを嫌になったら追いだしていい』
 とも云った。
 朱実が優先するのは後者だ。
 許さない。だれかのもとで、おれとすごしたようにすごすなど。

 進武がわずかにテーブルに身を乗りだした。
「後腐れないって、桔平、愛結のほうがよっぽど寛容だと思うけどな。愛結は結婚する気満々だ。はっきりしてやったらどうなんだ」
 進武が愛結のことになると妙に熱心だというのはクリスマスパーティのときに知った。一年くらい付き合っていたカノジョと疎遠になったと聞いたのもその頃だ。たったいまの発言が本心かどうか。本心だとしたら、奪うのではなく相手の気持ちを優先する、進武こそが寛容だ。
「結婚するにはいろいろ清算することがあるのさ。簡単にはいかない」
「女か」
 進武が問うと、桔平は愚問だとばかりに首を横に振った。
 話は逸れ、あまつさえ、出ていく、とそんな言葉に気を取られ、桔平がどこから同棲の情報をつかんだのか、紫己は聞きそびれたことさえも気づいていなかった。

    *

 本当に何も準備しなくていいのか。
 朱実はそんなことを心配しながら、これから何時間か、一日のうちのわずかな時間であろうと、静華たちとすごすことが憂うつでしかたない。
 お掃除ロボットを動かしながら、ソファに掃除機をかけたり、テレビや数少ない家具を拭いたり、食器を準備したりと最低限のことは終わらせた。
 その間、絶えず付き纏うCB10の鼻歌が朱実の気を軽くしてくれた。
 静華と愛結が訪ねてきたのは六時にもならない時間で、エントランスのロックを解除して上がってきてもらう。

 CB10に待機と命じて玄関に行き、ドアを開けるとどうぞと云う間もなく静華はなかに入ってきた。拒絶にあっても入ってしまえば手遅れだと云わんばかりに素早い。
「こんにちは。早かったですね」
「いろいろ準備があるでしょ。お邪魔するわ」
 静華は手荷物を掲げてみせるとヒールを脱いだ。勝手知ったる他人の家とは云うが、いまの静華はまさにそれだ。紫己には訊きそびれていたが、彼女が勝手に上がって奥に行くのを見ると、ここに来るのははじめてではなさそうだ。無論、紫己はパーティを何度か開いたようなことを云っていた。
「朱実さん、お邪魔します」
 愛結がなかに来て声をかけた頃には、すでに静華はリビングに入っていた。その背中を負っていた朱実は向き直って愛結へと目を向ける。
「どうぞ、あがって……」
 背後から現れた人を見て、朱実の言葉は尻切れになる。二人ではなくもう一つ人影を捉えていたが、てっきり、女性だと思った予測は外れた。
「朱実ちゃん、今日はお邪魔するよ」
 桔平は変わらずおどけた雰囲気で話しかけた。
「はい……どうぞ入ってください」
 当然、男性たちも来ることはわかっていたが――というよりも、彼らは大学の同期であり男性たちがいて成り立つ集まりだから当然やってくるだろうが、仕事上、男性陣は遅れるだろうと思っていた。

 リビングに戻ると、ソファに囲まれたテーブルの上で静華は持ってきたパックを開けていた。
「グラスとかお皿とか、そのへんは準備しておきました」
「ありがとう。とりあえず四人で乾杯しましょ」
「もう少し待っていなくていいんですか」
「畏まった集まりじゃないんだし、遅れて待たせるなんて、そんな気遣いされたらだれだって困るわよ」
 静華の云い分はもっともだ。愛結もうなずく。
「そうそう。ほかにもあとで配達してくれるように頼んでるし、さきに始めてましょ」
「じゃあ、四人分持ってきますね」
「手伝うわ」
 静華が手を上げ、カウンターに置いたグラスをトレイにのせてさきに持っていった。朱実はお箸、取り分け用の大きめのスプーンと取り皿を多めに持っていく。

「いまちょうど空きっ腹なんだよな。大食いできそうだ」
「太った桔平なんて見たくないから」
 愛結はジュースをグラスに注ぎながら、すかさず横槍を入れた。
「理想が高すぎないか」
「わたしに見合うのは桔平だけだから」
「相変わらず強気で健気よね、愛結ちゃんは」
 静華は呆れたように首を振った。当の愛結は肩をすくめておちゃらける。
「静華さんが云ったんですよ。戻ってくる場所の話。わたしは手のひらで転がします」
「ボール扱いか」
「そんな意味じゃないってことはわかってるでしょ」
 他愛のない会話のなか、四人で乾杯をしてゆっくり食事を始めた。今日は中華コースだ。

「ここのふかひれスープ、美味しいの。注文したからあとでくるんだけど、七夕だからお素麺つけてもらってるわ。この店、紫己も気に入ってるところよ。連れていってもらったわよね?」
 そうしていなければおかしいというような云い方だ。紫己と親しいというバロメーターがそこなら、朱実は恋人失格になる。いまそう云われたら否定できない。
「いえ」
 朱実が首を振ると、静華はわざとらしく不思議そうな面持ちで首をかしげた。それを見つめながら、朱実は俄に眠たいような感覚がした。

「ムラサキも忙しそうだし、そう外食する暇ないんじゃないか。同棲してるんだったら外で食べる必要ない気もするし。……って朱実ちゃん、同棲してるのに黙ってるって水臭いな。もっと早く祝ってやれたのに」
「岡田さん、お祝いなんて大げさに云わないでください」
「あら、成功した男をつかまえてるんだから、大げさでもなんでもないわよ」
 嫌味だろうか。いや、疑問に思うまでもなくそうなのだろう。
「ほんとよね。桔平の次は高階さんて、朱実さんもやるわね」
 心外な発言で同調する愛結の声は急速にぼやけていった。聴覚の機能がおかしくなっているのか。
「そんなんじゃなくて……」
 反論しかけて、何を反論しているのかわからなくなり、朱実は口を噤んだ。
「朱実ちゃん?」
 正面に座った桔平の頭がわずかにかしいだ。そうかと思うと顔の輪郭が滲んでいく。
 はっきりさせようと瞬きをするつもりが、目を閉じたとたんに意識もすっと消えた。

 片づけ、もういい?
 終わりよ。これで、いかにも桔平と二人きりで食事した感じね。
 まだ丸井さんから高階さんの仕事終わったっていう連絡ないし、慌てる必要なかったかも。
 丸井に頼んでるのか。
 そう。高階さんに相談事があるからって仕事終わったら連絡してって云ってるの。そのほうが確実で自然でしょ。高階さんが急に帰ってきてあたふたするなんてこともないし。
 帰ってきても、そのときは朱実さんを誘ったときの理由をそのまま云えばいいのよ。同棲祝いのサプライズパーティだって。
 ははっ、ふたりとも用意周到だ。
 やるからにはそうしなきゃ。
 けど、重要なのはいまからだ。
 だよね。高階さんが信じるかなあ。
 それは桔平次第じゃない?

 三つの声が会話をしていたかと思うと、一つ大きなため息が聞こえた。

 静華さん、桔平を使うのはこれでやめてもらえますよね。目のまえで見せつけられるなんて最悪。わたしにだって我慢の限界はあるんだから。
 使う? わたしはそうしてるつもりはないわよ。わたしは桔平にチャンスをあげてるの。
 チャンスって?
 桔平はムラサキをやりこめたいらしいから。
 そして、静華はムラサキと朱実ちゃんを別れさせたいらしい。
 ほら、ギブアンドテイクは成立してる。
 わたしにはなんのメリットもないんだけど! 高階さんに電話するっていう、面倒な役回りもわたしだし。
 あら、ムラサキのカノジョなら、朱実さんとこれからずっと会わなきゃいけないのって嫌そうに云ってた気がするけど。朱実さんを追いだせたら、仕返しもできて一石二鳥じゃない?
 それはそうなんだけど。
 ムラサキに電話したら愛結の役目は終わりだ。あとは帰っておれを待ってればいい。

 だれもいなくなった。そんな息を潜めた沈黙がはびこる。

 桔平、まだ朱実さんにこだわってる?
 そんなことはない。……まあこだわってるとしても、これでチャラだ。それより静華、朱実ちゃん、睡眠薬が効きすぎなんじゃないか。眠ったままじゃ、なんにもならないだろ。
 効きやすい体質だったのかもね。でもかなり量は減らしてたし、もうすぐ目覚めてくるわよ。

 鈍い足音と同時に躰がかすかに振動する。
「朱実ちゃん」
 急に声が太く聞こえて、朱実は目を開けた。反射的にパッと見開いたつもりが、実際はまぶたが重すぎて、薄らとしか開かない。すぐにまぶたは落ち、意識もまた底辺へと沈みかけた。それを、続いた会話が妨げる。

 ほら。もう少ししたら意識も戻るわ。
 じゃあ、愛結。三十分後、ムラサキに連絡して。それより早く帰るようだったらおれに連絡してくれ。
 わかった……。
 ……なんだよ、おまえがいたら浮気にならないだろ。
 桔平、云っておくけど。
 だから、なんだよ。
 必要以上に朱実さんに手を出さないで。いままでのことも、いまのことも、わたしは納得してるわけじゃないから。普通、カノジョにわからないようにやるのが最低限のエチケットでしょ。あくまで大目に見てるだけ。忘れないで。

 それに答える声はなく、笑ったのか軽くあしらったのか、ただ短い吐息だけが音を鳴らす。
 足音とドアの閉まる音が遠くに聞こえ、部屋はしんとする。それも一瞬だけで、人の動く気配とともに朱実の躰が浮いた。ふわりとした上におろされるのと同時に、意識までもがふわりと引きずりおろされた。

 朱実の意識は沈んだり浮いたりを繰り返している。浮上して何度めか、躰のところどころに熱くぬめりを帯びた生き物が這うのに気づいた。混濁した意識のなか、躰のどこを這っているのかまでは判別できない。
 薄気味悪く、払いのけようとしても手は鉛につくりかえられたように重たく、浮かすことすらうまくいかない。
 生き物の這ったあとが生々しく、肌がべたついているような感触に身ぶるいをした。その感覚を追うさなか、ふと剥きだしの神経に触られたような、ひどい刺激に襲われた。
 んあっ。
 転がされるような感覚を伴って、素早く刺激が送りこまれてくる。躰を這うのは生き物ではない、紫己だ。朱実はそんなことを理解する。躰をよじったが逃れられず、継続する刺激が堪(たま)らない。

「……ムラ、サキ……抱いて、くれる、の……?」
 夢うつつでまぶたはまだ重たく、目を閉じたまま朱実はつぶやいた。
 訊ねたとたん、やはり云ってはいけなかったのか、刺激は途絶えた。ムラサキ、と名を呼ぶと耳もとに呼吸が触れた。
「抱くのは何日ぶりだっけ」
 囁く声は耳から躰に伝わり、ぞくっと粟立つ感覚に襲われながら朱実は全身をふるわせた。
「一週間。ムラサキを……怒らせたから」
「へぇ。ケンカ中とは知らなかったな。絶好の口実ができた」
 今度は囁き声などではなく、くっきりと放たれた。その声は確かに知っているが、聞き慣れたものではなかった。
 やはり、パッと、とはいかなかったが、瞬きしながら朱実は精いっぱいで目を開いた。
 そこにいるのは紫己ではなかった。

「おか、だ、さん……」
「やっぱりおれが奪っておくべきだったな。意識が薄くても感じてたのをわかってる? おれは感度のいい女が好きなんだ。キスでものぼせてたけど、朱実ちゃんは男をいい気にさせてくれる。これでも未練たらたらなんだよ」
「ちが……っ、あうっ」
 否定しかけると躰の中心に桔平の指先が絡んだ。痛みはなく、引きつるような感覚もなく、桔平の指はなめらかにうごめく。
「ほら。おれは上半身にキスしただけだ。それだけでこんなになってる」
 いったいどれくらい躰は弄られていたのか、桔平は指を動かして粘着音を立て、朱実に証拠を示す。ただ、いまは紫己ではなかったと知って躰は、冷え冷えと乾燥していくような気がした。
「どう……して?」

「気がすまない。同じ一般層の出身のくせに、ムラサキは早々と頭角を現して抜きんでた。まぐれかと思ってたのにな。おれはリブネクストに入社したけど、大手でも下っ端の社員で、なんの箔(はく)もつかない。ムラサキは小さくとも社長だった。そして業界では手堅い企業に成長させた。愛結の父親はリブネクストの役員だ。ムラサキは、おれが愛結の父親のおかげで出世したと思って見下してる」

 そんなことはない。そんな意を込めて朱実は首を振った。が、緩慢にしかできず、果たして否定した意思は伝わったのか。いや、伝わることはなく桔平は口を歪めて続けた。

「ムラサキのことは進武を通して知った。最初から常に穏健派で、つかみどころのない奴だった。進武は単純にそういうムラサキをカッコイイと思ってるけど、おれからすると上から目線で、付き合うにも値しないと線を引いて本気を見せない。要するに、おれはムラサキが気に喰わないってことだ。女に執着したところも見たことがない。めずらしく朱実ちゃんとは続いてて同棲までしてる。正直、驚いたよ。けど、そうしたことでムラサキは弱点を晒した。朱実ちゃんを奪えば――奪わなくても“親密な関係”を一度でも見せつければ、ムラサキもさすがに見過ごせないだろう。反応が楽しみだな」

 朱実は再び首を横に振った。引き止めるためだ。けれど、岡田は朱実の意を汲みながら、添うつもりはないとばかりに薄く笑った。
「ムラサキだけじゃない、朱実ちゃんはムラサキを選んでおれをこけにしたからね」
 こけにされたのは朱実のはず。信じられない気持ちで床にひざまずく桔平を見下ろした。
 そうしてはじめて朱実は自分の恰好を意識した。
 ソファにもたれかかり、胸もとははだけられている。下半身はショートパンツも下着も剥ぎとられたすえ、膝の裏を押しあげられて開脚していた。
「ちが――あ、くっ」
 桔平は朱実が反論する暇を与えず、顔をおろして躰の中心に口づけた。
「い、やっ」
 抗議も虚しく、桔平はくちびると舌先で花片を嬲る。躰がふるえてしまうのは嫌悪のせいか、快楽のせいか。脳に到達する感覚が鈍く、区別がつかない。
 違う、快楽のはずがない。
「やめ、てっ」
 紫己の住み処で桔平に穢されるのは、即ち紫己と自分の関係を穢していることに違いなく。朱実は動きづらい躰を必死で動かそうとした。
 なんとか身をよじりかけると、桔平は朱実の左脚をソファの袖に引っかけた。花片に吸いついたまま、桔平の指が体内に潜ってくる。
「あ、だめ!」

 拒絶はことごとく無視され、桔平は舌と指を同時にうねらせる。すする音と掻き混ぜる音に羞恥心が煽られる。紫己が云った、淫乱という言葉が記憶のなかから顔を出して朱実を責め立てた。
 感覚は鈍くても、刺激を受ければ躰は応えてしまうのか。
「放してっ」
 力の限りで叫んだとたん、桔平は顔を上げて体内から指を抜いた。
「出ていって」
「出ていったら全部無駄になるだろ」
 桔平は含み笑った。
 そして、衣擦れとベルトを解く不快な雑音が、朱実にとって最悪の事態を暗示する。
「朱実ちゃんは嫌がってないよ。ぐちゃぐちゃ、音を聞いただろ」
「違うっ」
 めいっぱいの力を込めて叫ぶと、全身にその訴えが行き渡り、躰が自我を取り戻した。

 朱実はソファから転げ落ちるように逃れ、起きあがろうとしたとたんウエストが両手でつかまれる。
「へぇ、こういう恰好が好きなのか」
 都合のいいように解釈し、揶揄した声が背中に注がれる。刹那、躰の中心に硬いものが当てがわれた。
「いやっ」
 男の力にはやはり敵わなかった。
 桔平のモノが入口をこじ開けた。
「んっ、やっ……だめっ、やめて……ああっ」
 抗(あらが)っても腰をかすかによじることしかできない。桔平は容赦なく奥まで穿った。
 朱実の口から嗚咽が漏れる。
 なぜこうなったのか、まったくわからない。何が落ち度でこんな目に遭わされるのだろう。

「朱実ちゃんのなか、すごい、な」
 桔平は途切れさせながら一度腰を前後させた。
 何がすごいのかわからない。ただ、朱実がわかっているのは穢されたということだけだった。
「いやっ」
 床に敷いたラグに爪を立てて逃げようとしても、ラグを手繰(たぐ)り寄せるだけでなんの役にも立たない。
 二度め、腰を動かした桔平は呻き、そして長いため息を漏らした。
「朱実ちゃん、最高だ」
 その言葉はお世辞でもなんでもなく、桔平は余裕をなくしているのかもしれなかった。

「ムラサキなんか、よりも、おれのほうが、尽くして、やれるよ」
 繰り返し朱実がいやと叫ぶなかで、律動しながら悦に入った声ができもしないのにうそぶいたそのとき。
「驚いたな。人の家でやることか」
 と、少しも驚いていない声は、朱実には地鳴りが部屋中を揺るがせたように不気味に感じた。

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