NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

終章 ツインソウル〜愛の存在証明〜

#7

 水谷家に着くと否応なく環和は緊張した。車の中ではあえて、“ふたり”に関したことには触れず、響生の仕事だったり、恵との生活だったり、当たり障りのない話題が占めていた。
 門扉の前の駐車スペースに車を止めたあと、響生が車を降りてインターホンを鳴らした。すぐに戻った響生は門扉が開くのを待ち、敷地内に車を進めて車庫に入れた。そうしてふたりは車から降り立つと、手を繋いで家に向かう。
 玄関へと歩きながら、こわばった気持ちが手に伝わったのだろう、繋いでいた手を握りしめられて、環和は自分の手に自然と力がこもっていたことを知った。

 半歩前を行く響生が環和を振り返る。
「門前払いされなかっただろう。家を訪ねることは、病院でおまえを待っている間に連絡してたし、少なくともお母さんは話に応じてくれるってことだ」
「それでも怖い」
 訪問の知らせを響生に任せた時点で、環和がひどく臆病になっていることは丸わかりだ。もとい、とっくに察しているから、響生は何も云わずに率先してインターホンの対応をしたのだ。

 響生は足を止めると、正直に吐露した環和を窺うように首をひねる。環和も足を止め、その直後、一瞬だけ息を呑む。
「環和? どうした?」
 環和の異変にすかさず気づいて、心配そうに響生が身をかがめて覗きこむ。
「ううん。赤ちゃんが動いてるの。もっとしっかりしてって云ってるのかも」
 環和の言葉で、条件反射のように響生の手がふくらんだおなかに当てられた。じっとしていたけれど動く気配はない。響生のため息は落胆が見て取れ、環和は笑う。
「赤ちゃんは気まぐれだから。わたしみたいに。でも、怖いけど、響生といられるためなら逃げない」
「そこは赤ん坊も含めないとだめだろう」
 当然のように響生の口からそんなからかった言葉が出てきて、環和のくちびるが最大限に綻ぶ。
「うん……」
 うなずいたとたん、響生が突然、顔をおろしてきてぶつけるようにしながら環和のくちびるにくちびるを合わせた。ぶつかった疼痛がなければ夢だったと思うほど、刹那のキスだった。
 節制していたのにこらえきれなかった。そんな苦笑を浮かべた響生は前に向き直って環和の手を引いた。

 よくよく考えれば、美帆子との対面は娘である環和よりも響生のほうがもっと怖れを感じていて、緊張しているはずだ。
 そう思いながら斜め後ろから響生を見上げると、まっすぐ前を向いていて、それは行く手を阻む障壁に立ち向かっていくように凛として見えた。環和はほんの少しだったが落ち着けた。

 玄関に行くと、今度は環和が先立ってドアを開けた。響生を振り仰ぐと、そうした意味はちゃんと通じているようで、からかうような様でくちびるを歪めた。
 家に入っても一向に美野が迎えに現れないということは不在ということだろう。話を聞かれたくなくて暇を与えているのかもしれない。
 環和と響生はリビングに向かった。ドアの前に来て環和はいったん立ち止まり、気持ちを整えるように深呼吸をした。そのひと呼吸のあと、環和の躰越しにドアレバーをつかんだ響生がドアを開け、もう片方の手が環和の背中に添う。環和、続いて響生とリビングに入った。

 美帆子はソファに座っていて、手にしたタブレットから目を上げて入ってきたふたりを見やった。
「……ただいま」
「失礼します」
 それぞれの挨拶言葉は果たして聞き留めたのか、美帆子は環和の姿をじっと見つめる。その目を少し伏せるとそこにある現実を凝視して、それから美帆子は一時(いっとき)目を閉じた。
 腹部のふくらみを見ての反応だというのは確かだが、それをどう感じたのかはわからない。
「ふたりとも座ってちょうだい。立ったままでいられても落ち着かないわ」
「はい」
 美帆子が示したソファに並んで座り、向かい合った。

「環和、産むつもりなの?」
 美帆子はいまだ産むなと強要するつもりなのか、切りだした第一声はそれだった。
 産みたくないとそう思ったことはなく即座に否定してもよかったが、臆して言葉に詰まり、そのかわりに発するより早くうなずいた。
「産む。この子はわたしの中で生きてる。でも次は……赤ちゃんに負担がかかるかもしれないとわかってて賭けるなんてことはできない。だから……響生が本当にわたしのパパなら、わたしが赤ちゃんを授かることはもうないから」
「だれが父親かなんてわかってるわ。わたしは母親なんだから」
「それでも、おれは父親にはなれない。環和の子供の父親にはなっても、環和の父親にはならない」
 響生が口を挟み、その言葉を受けて美帆子は咎めるように首をひねった。

「響生、あなたはそれを一生、貫き通せるの? 女を取っ替え引っ替えしてるあなたが?」
「環和はおれにとって特別だ。それだけです」
「よくあるセリフじゃない?」
「そうしたのは結果的に美帆子さん、あなたです」
「わたし?」
「そうです。この巡り合わせで、だれが環和の立場にかわれると云うんです? おれにとって代替えのきかないもの、それが環和です。父親であったことに煽られて環和によけいに執着しているのかもしれない。ご存じのとおり、おれは“家族”に飢えているから。けど、どうであっても、だれにもおれの気持ちには干渉できない」
 響生は何も否定することなく、それどころか父親であることも含めたうえで真っ向から訴えた。

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