NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

終章 ツインソウル〜愛の存在証明〜

#2

    *

 借りたスタジオは、いかにもクリスマスとわかるディスプレイがなされている。限られた空間を最大に使って、クリスマスは恋人とすごしたいと思わせるようなデートシーンが演じられ、ひととおりの撮影が終わった。
 その性質はともかく、要求に応じる技量については京香と勇のふたりともが若いながらもプロフェッショナルで、なお且つこの一年、チームを組んで一緒に仕事をしてきたこともありスムーズに進んだ。
 悪くはない。響生が感じる手応えは、いいわね、というクライアントのひと言で報われる。恵がうなずき、オッケーだ、と京香のマネージャーが恋人を演じていたふたりに声をかけた。

「この業界にいると、先取りしなくちゃいけないから季節感がまるで狂ってくるわ。いざクリスマスになると、いま頃クリスマス? ってしらけちゃうのよね。……って云うと、シングルのひがみに聞こえるかしら」
 クライアントを伴ってマネージャーたちが京香たちのところへ行くと、恵はくすっと自ら笑いながらそんなことを云う。
 響生は笑い声を立てることなく笑った。
「それこそ、いまさらなんだって話だ。おまえ、この業界もちょうど十年になるだろう」
「そんなにたった? 自分の年はあんまり考えないことにしてるの」
「禁句か」
「そういうこと。年取りたくないってわけじゃないわよ。あと何年この仕事ができるんだろうって絶望するだけ」
「ワーカホリックだ」
「お互いさまでしょ。まあね、クリスマス本番までの一カ月の先取りブランクなんて短いうちだし。ただ、二月は寒いけど、わたしはその頃、すでに春とか夏の仕事をしてるんだなぁって思っただけ。あったかさを分けてあげられるといいんだけど」

 恵の云っていることは意味不明で、響生は思わずパソコンを弄る手を止めて彼女を見やった。
「おれに何か伝えたいと思ってるんなら、わかるように云ってくれ」
 率直に云うと、恵は「ほんとに云っていいの?」と問いかけてくる。響生は肩をすくめた。
「じゃあ云うけど、無駄に足掻いてないで、自分に素直になったら? 京香の付き纏い、意味がわからないんだけど」
「足掻いてない」
 即座に答えたにもかかわらず、恵は納得がいかないように首をひねった。
「身に沁みて知ってるはずなのに……」
「響生」
 恵をさえぎるようにやってきて、京香は恵ににっこりとした顔を向けると――
「お話し中にごめんなさい」
「かまわないわよ」
 恵の顔には少しも心の内が表れず、至ってビジネスライクだ。

 恵とは六歳離れているが、出会った頃はともかく、いまや対等で――いや、響生よりも恵のほうがずいぶんと落ち着き払っている。響生と違って真っ当にメディアプランナーとして働いてきた恵は、そのプロデュース力を買われて指名が来るほどになった。
 環和に云ったように、尊敬し合える同胞だ――と、そのつもりだったが、いまそう云う資格は自分にはない。今日の仕事を完璧だと誇れず、いや、今日に限らず『悪くはない』という仕事しかできていない自分にうんざりする。

「響生、時間空いてるんだけど、いまからどこか連れていってくれる?」
 京香は恵の前でもかまわず親密さを曝した。むしろアピールしているのかもしれない。
 うんざりだ。その対象は京香なのか自分なのか、そう吐きだしたい言葉をぐっと呑みこみ、響生は薄く笑った。
「暇じゃない。それよりも、きみと勇くんに話したいことがある。できればこのあとすぐ」
 京香は不思議そうに首をかしげた。
「なんの話?」
「マネージャーも含めて人前でしたらまずい話だろうな。おれにとってじゃなく、きみらにとって」
 京香は少しくちびるを尖らせて、んー、と唸りながら考えこんだ。無邪気な様を装っているが、その実、目まぐるしく思考を凝らしているのだろう。

「響生、うちが取ってる控え室を使ったらいいわ。長くかからないんでしょ?」
 気を利かせたという以上に、機転を利かせた恵が響生を助力した。
「ああ。十分もあればすむ」
 響生はわざと挑むように首をひねってみせた。
 さきに時間が空いているといった手前、しかも十分という短時間であれば断る理由もないだろう。そう間を置くことなく、観念したのかどうか、京香はうなずいた。
「わかった。じゃあ、着替えてくるから待ってて」

 京香が立ち去ると、響生はため息をついた。
「なんの話?」
 恵は純粋に好奇心でもって訊ねているのか。
「別れ話だ」
 簡潔に云うと、恵は呆れたように手を広げるというオーバージェスチャーをした。

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