NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第2章 不可視の類似

#15

 響生はいつもその気という素振りもないのに、ベッドに行けばいきなりその気をあらわにする。攻められるのが嫌いだというのは、逆にそれだけ攻めることを好むということだ。環和のペースに合わせたのははじめてのときだけで、いったん始まったら息つく暇もない。かといって自分優先ではけっしてなく、環和の快楽が開ききるのを待っていて、置き去りにされることはない。
 待っているといっても、いまはもう待つまでもなく、環和は口の中をまさぐられるキスだけでのぼせる。

 熱い吐息と吸着音が入り混じるなか、左右の胸がそれぞれの手にくるまれる。脚は腕に抱えられたままで、おそらく三分の一くらいの響生の体重が環和にかかり、ソファに背中から沈みこむ。
 んふっ。
 胸のトップが弾かれ、響生の体重を受けとめながらも胸が跳ねるほど環和は感じていた。
 キスをしながら手は別の快楽を引きだすなんて器用すぎる。そんなことを責めている余裕はなくて、環和はもっとという気持ちと、やまない刺激から逃れたい気持ちの間をうろついているしかできない。

 一方的に快楽が押しつけられ、環和が堪らず精いっぱいで身をよじると、ひと際強くくちびるに吸着される。派手なリップ音を立てながら顔を放した響生は、滑り落ちるようにしながら、手と入れ替わり胸もとに口づけた。
 ああぁ、ん、あっ。
 軽く吸着されただけで脳内が痺れたような感覚に陥る。重さからは逃れたけれど、快楽はもっとひどくなった。胸のトップは熱く濡れた中に埋もれて転がされる。咥えられたまま、嬲るように舌が這いずると、次には反対側に移って同じ刺激を与えられた。唾液に塗れたそこは、蒸気が見えるんじゃないかというくらいに火照っている。

 甘噛みされて、おなかの奥から躰の中心の入り口へと一気に快感が走り抜けた。それまで蓄積していた蜜が押しだされ、とろりとこぼれた感触がした。
 無自覚に再び身をよじると、響生は後ろへと躰をずらした。伴って、腕に引っかけていた膝の裏を手に持ち替えて、左右に開きながら押しあげた。
「響生! やだっ」
 お尻が浮いて隠したい場所が響生の目に晒され、環和はとっさに叫んだ。
「ポルノまがいの本で知識は得てるんだろう。やることはわかるはずだ。実体験させてやる。気持ちよくなるだけだ」
 恥ずかしくて目を合わせられず、響生がどんな表情なのかはわからない。ただ、恩着せがましく云ったあと、そこに熱気を感じたとたん、それが響生の呼吸だと認識するまえに中心を舌が這った。

 二つ合わさった花片を開くように舐めあげられる。舌が離れていく寸前に触れた場所は、信じられないくらい繊細な感覚を生みだす快楽点だった。
 あああっ。
 腰がぶるぶるとふるえて、甲高い悲鳴を抑えきれない。響生は何度も繰り返し、今度はいくら逃れようと身をよじっても離れようとはしない。それどころか、逃さないとばかりに響生は中心の突起を口に含んで吸引した。
「やぁっ……だ、めっ」
 漏れだしそうな感覚におののきながら、花片の先端をつつかれて堪えきれなかった。びくっと大きくお尻が跳ねる。いきなり果てにたどり着き、敏感な場所はさらに繊細に感覚を働かせる。響生が離れることはなく、嫌らしい音を立てながら吸着を繰り返し、あまりの刺激につらさを覚えた。

「ああっ……そこ、もぅ……ぃやっ……。響生っ……ぅくっ」
 嗚咽を漏らし始めて間もなく、響生はやっと顔を上げた。脚がおろされてもぐったりとして、環和は蛙がひっくり返ったような情けない恰好でいた。
「泣くことはないだろう」
 真上に伸しかかってきた響生は含み笑う。
「響生、には……わからない!」
「そりゃそうだ」
 躰をふるわせて息切れしている環和と違って、響生はあたりまえだが余裕だ。

 響生は不恰好な環和をほったらかして立ちあがると、どこかへ行った。開いた膝を閉じながら、環和はソファの背からずれてしまった躰をどうにかもとどおりにする。そこへ響生が戻ってきた。
 傍で跪いた響生はジョガーパンツとボクサーパンツを一度におろし、膝を片方ずつ上げて服を脱ぎ去った。環和が隠そうとするのと違い、響生は堂々としている。隠すから恥ずかしいのだ、とわかってもやはりさっきされたことを思うと顔が火照る。
 その心情を鋭く察してか否か、環和を見やった響生は躰を寄せながら、興じたように右側の口角を上げた。
「触らせてやる」

 響生は環和の手を取って自分のオスに触れさせた。触れた瞬間はやわらかくもあり硬くもあったけれど、環和が本能的に手のひらでくるんだとたん、オスもまた本能を目覚めさせて強靱さを主張してきた。
 やり方などわからないけれど、環和は、男というよりは響生の形を確かめるように触れる。ぴくっとうごめくのと同時に、避妊具を開封していた響生はかすかに唸った。親指の腹で先端を摩撫すれば深い吐息と唸り声が混載する。響生が快楽を得ていることははっきりしていて、環和はもっと感じてほしいという欲求を抱く。
 試すように触れていた環和が、響生の反応がより増す刺激を学びかけ、快楽を引きだそうという意志のもと仕掛けたとたん、環和の手首はつかまれた。

「もういい」
 環和が不満そうにくちびるを突きだすと、響生はくちびるを歪め、「ついでにもう一つ、実体験させてやる」と恩着せがましく続けた次には環和の腰をつかみ、躰をまわしてひっくり返した。環和は自ずからソファの背にしがみつく。
「響生?」
 腰が持ちあげられ、必然的に環和は膝をつくとお尻を突きだす恰好になった。響生が何をするつもりか。ベッドに連れていかないのはきっと、動物の交わりを模倣するつもりで、その必然性がないからだ。

 待って、と口を開きかけた刹那、躰の中心にオスが触れた。入り口が抉じ開けられる。
 あっ……んっ……あああっ……ん、ふぁっ。
 ぐいっと隘路(あいろ)を貫き、最奥でつかの間のキスを成立させたとたん、響きは腰を引いて完全に出ていった。響生の慾に触れていた間に、環和の躰に残っていた快感は落ち着いていた。それが、一往復だけでいとも簡単にぶり返った。
 環和はかすかに躰をふるわせながら喘ぎ、その余韻が途切れそうになる間際、再び響生のものが中心を穿った。先端が嵌まると環和の腰をつかんで支え、響生はじわじわとオスを進めてきた。途中、体内の快楽点の一つ、敏感な場所が擦られる。環和は悲鳴をあげながら腰をよじり、連動して体内は収縮した。

 響生の呻き声が背中に降ってくる。いったん腰を引いて、再度、快楽点を摩撫すれば、環和は嬌声を放ちながらびくびくと腰を跳ねさせた。すると、堪えきれない、とそんなふうにスピードを増して隘路を突き進んだ。
 くちゅっとしたキス音が立つ。ぴたりと埋め尽くした感触を堪能するかのように、響生はしばらく微動だにしない。その実、体内では互いが絶え間なくうごめいていた。環和は響生のオスを絡めとり、響生は、支配者は自分だと反発するようにぴくりと跳ね返す。
 制止しているからといって快楽もとどまっているわけではなかった。環和の吐息は熱く湿り気を帯び、次第に喘ぎ声に変わっていく。

 ふと、響生が身をかがめる。背中に息が触れたと感じたとたん、そこが熱く濡れた。
 あっ。
 響生が口づけ、そうして舌で舐めたのだ。環和の背中がうねり、それは密着した中心に刺激を繰りだす。ふたりの呻き声が重なった。
 耳もとに呼吸を感じた刹那、「環和」と響生が呼びかける。悪寒に似た快感が全身の隅々までをふるわせた。
「あんまり持ちそうにない。我慢するなよ」
 何度でもイっていいから、と、持たないと云っておきながらそう含み笑った響生は再び背中を舐めて、それから上体を起こすと腰をうごめかせた。
 んはぁっ。
 抜けだしそうなほど腰を引いたところで何度か小さく往復をし、そうして深く貫き、最奥で繋がる。そんな響生の律動が始まった。

 入り口付近を刺激されれば環和の腰は自ずと揺らめき、最奥のキスが成立すればそこが疼き、響生に纏わりつく襞(ひだ)がうごめく。我慢をするなと云われても、脚を開けと云われてためらってしまうように、ある程度のたしなみはあって、環和は心から奔放になれているわけでもない。
 つい我慢してしまうけれど、律動が重なるたびに感度はどんどん上昇して止められない。果てが近づいた。環和の嬌声はエコーしているのかと思うほど、自分の耳に絶え間なく入ってくる。腰の痙攣がおさまらなくなった。

「あっ、もぅ……あ、ああっ、イっちゃ、う――」
 背中を反らして硬直し、その間も響生は律動を続けて環和を追い立てた。びくりとひどくお尻が揺れ、直後、甲高い悲鳴のあと環和は何度も痙攣を繰り返した。体内では、鼓動に似てドクンという収縮を引き起こし、響生を最大限に刺激した。律動が早くなる。環和の途切れ途切れの悲鳴が続いたのもつかの間、響生は中心をぴたりと密着させて、腰をぶるっとふるわせた。膜を通しても環和はくすぐられるような感触を覚えた。
 何も考えられず、ただ快楽がおさまる時間を待ち、しばらく躰を繋いだまま荒い呼吸を重ねた。そうして響生は深く息を吐いたあとに躰を放した。
 吐息とも呻き声ともつかない声を漏らしながら、環和はそのまま腰を落として横座りをし、ぐったりとソファに寄りかかる。
 響生がごそごそと動いていて、それはおそらく避妊具の処理をしているのだろう。まもなく後ろに座って、響生は環和の首の下に左腕を忍ばせ、小さな背中に寄りかかるようにして躰を寄せた。響生の指先が背中に触れる。繋がっている最中、舐めた辺りだ。

「そこ、もしかして傷痕?」
「ああ」
「ひどい?」
「背中をじっと見たらわかるくらいだ。気にしていなければ、いまみたいな抱き方をしないかぎりわからなかったかもしれない」
「よかった」
「だれに対して傷を気にしなければならないんだ」
 何気なく云ったことに、妙に気にかかったふうに反応するのはどういうことだろう。
「だれもいないけど……。響生」
「なんだ」
 背中越しの声は、疲れが取れたのか、くつろいで聞こえた。

 環和が鈍感だというのは自分ではなく他人が判断することだけれど、少なくとも期待していることについては敏感だと思っている。いつものようにベッドではなかったことも、避妊具を用意するまえに環和を襲ってきたことも、そして――
「帰ってほしくなかった?」
 どうにかすればどうにかなりそうな理由を並べ立てて環和が帰るのを引き止めたことも、やはりちょっとだけ響生の気持ちが環和に傾いているような気がしている。
 しばらく答えなかった響生はやがて、環和の肩先に息を吹きつけながら短く笑った。
「たぶんな」
 曖昧な応えでも認めたことにはかわりない。
「おまえがいまどんな顔してるかはお見通しだ」
 響生はごまかすようにちゃかした。

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