NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第2章 不可視の類似

#4

 環和は違うと云いかけて、給湯室で響生から忠告されたことを思いだし、勇の質問に答えるのにすんなりとはいかなかった。
 ラハザに雇われているわけではないけれど――というよりも、環和は響生に会うために押しかけてきただけだけれど、正直に話すわけにはいかない。

「えー……っと、そんなものです」
 インターホンが鳴って、友樹が応対しているのを見るともなく見ながら、環和は曖昧に答えた。
「そんなもの?」
 勇は可笑しそうに環和の言葉を繰り返す。
 環和が勇へと目を戻している間に、勇のほうからしゃがみ込んで目線を合わせてきた。
 画面越しに見る勇は、高校生の役でも違和感がないくらい少し童顔のように思っていたけれど、目の前にすると少年という雰囲気ではなく年相応に男っぽい。余裕があるという意味で落ち着いている。

「無理やり通ってるので。ひび……安西さんに写真を撮ってほしくて」
 勇はまじまじと環和に見入った。
 至近距離で環和だけに一点集中して見つめた男の人は、記憶にあるかぎり響生に次いで二人めだ。もっとも、響生のほうがいまよりもずっと――その視野を環和の顔が独り占めするくらいに近い。
 響生には見られてもまったくかまわないけれど、勇からそうされるのはちょっと気が引ける。じっと見つめられるのに耐えきれるような自信は皆無だ。京香なら自信たっぷりで視線を受けとめるのだろうけれど。
 ――と思ったところで、ふと思いだした。

「あ、……」
 ぷっ。
 環和が口を開いたとたん、勇が吹きだして水を差す。おまけに声をあげて笑いだした。
「……ちょっと失礼じゃありませんか。人の顔を見て笑うなんて」
 不快さを隠しもせず環和は睨みつける。
「違う違う」
 勇は手を振ってまで否定をしていながら、まだ笑っている。
「じゃあ、なんです?」
「変わってるなと思ってさ。大抵の女子は、煩(うるさ)いくらい僕に付き纏ってくるか、近寄れないで遠巻きに見ているか二分(にぶん)される。けど、きみは稀少なタイプだ」
「そうですか?」
「そうだよ。僕に興味ないだろ」
「そうですね……カッコいいとは思いますけど」
 ためらいなく認めたものの、本人に興味がないと云いきるには少し良心が痛んで環和は付け加えた。
 すると勇は可笑しそうな様から微笑に変えた。ファンだったら卒倒しそうな、とっておきといった微笑だ。

「いいね。僕は琴吹勇っていう。きみは?」
 何が『いいね』なのか、わざわざ名乗るというのは人柄がいいのだろう、環和は人気者だということを妙に納得した。
「水谷環和です」
「かんな? 可愛い名前だな」
 勇の口から褒め言葉がすんなりと出てくると、環和は戸惑った。
「べつにわたしがつけた名前じゃないけど」
 戸惑いをごまかせばひねくれた返事になる。それを理解したり許容したりする人はこれまであまりいなかったけれど。
「なんか、環和ちゃんてかまいたくなるタイプだ」
 どこをどう見てそうなるのだろう。首をかしげている間に、勇はジャケットのポケットからスマホを取りだした。
「電話番号、教えてくれる?」
「え……あーでも……」

 環和は迷っているうちにふと足音に気づいた。それは近づいていて、目を向けると響生がやってくるところだった。
「環和、ちょっとこっちを手伝え」
 響生の口調は至って穏やかだが、目つきがその声にそぐわない。何を苛立っているのだろう。それに、スタッフとして振る舞うように云ったのは響生なのに、云い方はスタッフに対するには砕けすぎている。
 解(げ)せないまま、はい、と環和は立ちあがった。
 勇も合わせて立ちあがる。クレバーのモデルに選ばれるだけあって背が高い。響生よりも少し上を行く。けれど、並んでいなければ響生のほうが背が高く見える。それは風格のせい――もしも本人に云うとしたら、やっぱり環和はひねくれて――いろいろ経験を積んできたオジサンのせいだろうか。

「じゃあ……」
「勇、次はドラマの打ち合わせだ」
 環和をさえぎるように、友樹の後ろから現れた男性が勇に呼びかけた。さっきのインターホンの相手だろう。その云い方からすると、きっと勇のマネージャーだ。
 わかった、と応じた勇は環和を見下ろした。
「じゃあ、またな」
 環和が云いかけていた言葉を真似たあと、勇は響生に向かった。
「お世話になりました。今日の撮影はなかなか楽しかったです」
「スムーズに終わったのは琴吹さんのおかげです」
「また組みたいですね」
「楽しみにしてますよ」
 響生の言葉がいちいち定例句だと思うのは、環和が勘繰りすぎているのか。勇はちらりと環和を見やって笑みを向けたあと、ラハザとクレバーのスタッフに声をかけてマネージャーとともに帰った。

「またな、ってなんだ」
 響生は声を落として独り言のようにつぶやいた。
「……え……?」
「あいつはやめとけ」
 どこをどう見てそう至ったのか、響生が誤解しているのだけはわかった。けれど、『あいつは』と限定する意味がわからない。
『あいつ』でなければいいの?
 心外だ。
「わたしの意志はわたしのものだから。誰彼かまわず女連れこむ響生に云われたくない」
 環和はつい云い返してしまう。
 響生は目を細めて、黙したまま環和にプレッシャーを与える。そんなことで従うほど素直な人間にはできていない。
「もういい」
 響生は視界から環和を閉めだしたかと思うと、本当にどうでもいいように云い放って環和を置いていってしまった。

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