NEXTBACKDOOR|皇子は愛を秘匿できない〜抱き溺れる愚者〜

第1章 恋は悪夢の始まり

4.融合する熱  act. 2

 ふくらみの頂(いただき)がどうなっているか。そこを見られただけで自分が反応していたことを思えば、およその想像はつく。羞恥心に煽られ、凪乃羽は強く目をつむった。
 ふっ、と吐息を聞きとった。笑っているのだろうか。
「おまえは何よりも快楽を覚えろ。恥ずかしいとやらで嫌がったすえ、快楽から逃れられないことのほうが精神的に悲惨だ。おれからすれば、それも淫(みだ)らでいいが」
 最後の言葉は誘惑じみて、くぐもって聞こえた。両側の頬が手でくるまれ、口もとに呼吸を感じると、直後にはくちびるが触れ合う。ついばむように軽く触れたり浮かしたりを繰り返し、くすぐったいような感覚を生む。目を閉じているからか、無言の会話を交わしているみたいで、凪乃羽はその心地のよさに浸った。
 古尾はキスを続けながら、頬にあった手を顎のほうへと滑らせ、首もとに添わせていった。それを漠然と感じていた刹那、胸先が両側ともに抓まれた。
 ん、あ――っ。
 不意打ちで止めようがなく凪乃羽の口が開いた。
 古尾はキスの会話を絶ち、そこに熱く濡れた舌を侵入させる。荒っぽく口の中をまさぐり、凪乃羽の舌を裏側からすくって吸い着いた。
 んふっ。
 脳内は陶酔して、舌は痺(しび)れたようにふるえる。加えて、胸先の硬く尖った粒を転がすように摩撫(まぶ)されて、触られてもいない躰の中心が疼いてしまう。疼く以上に生理的な感覚が生まれて、凪乃羽は理性の片隅で戸惑いを覚えた。
 古尾のキスにも指先にも一向に慣れることはなくて、感覚は新鮮なまま研ぎ澄まされていく。キスで呼吸はままならず、脳内の酸素が足りていないのかもしれない。古尾から与えられる快楽を受けとめて躰が反応するのに任せること以外、何もできなかった。
 躰の中心から蕩けていくようなこの感覚はなんだろう。
 生理現象もだんだんとひどくなっている。その瀬戸際という繊細な場所がつつかれ、凪乃羽の躰に身ぶるいが走った。同時に悲鳴が古尾の口の中でくぐもった。その刺激がおさまる間もなく、また中心に何かが擦りつけられる。
 ひくっと腰を揺らしたとたん、凪乃羽の口の中に熱い吐息が呻くように放たれた。凪乃羽だけではなく、古尾も何かしらに反応していた。
 くちびると胸と、そして躰の中心で生まれる快楽が重なって、おさまる間もなく凪乃羽は昂(たかぶ)っていく。中心では小さく波打っているような音が立ち、つつくようにしていたそれは擦るような動きに変わって、絶えず繊細な場所を煽ってくる。何かが溢れそうな感覚は鮮明になって、堪えなければと思っているのにもう耐えられそうになかった。
 凪乃羽は顔を背けるようにしながらキスを振りきった。
「せんせ……っ、ああっ」
 キスからは逃れたものの、胸と中心はそのままに刺激が送られ、凪乃羽があげた悲鳴は自分で聞いても艶(なま)めかしい。
「んふっ、だ、めっ」
「この場合、嫌もだめも同じ意なんだろうが、躰は反対のことを云っている」
 揶揄(やゆ)しながらも、云っている合間に古尾は呻くような声を漏らす。
「違う、の……っ」
「何が違う」
「おかしくて……んっ……漏れて、しまい、そ……んくっ」
 こもった笑い声がして、閉じていた目を開くと視界は潤んだようにぼやけている。喘ぎながら瞬きをして焦点を合わせていくと、笑い声とは裏腹に古尾はかすかに顔をしかめていて、玉虫色の瞳は濁って見えた。
「おかしくはない。快楽の最高の瞬間だろう。耐える必要はない。痛みを知るまえにそこに逝け」
 古尾は胸から手を離し、そうして膝の裏をつかんで凪乃羽の肩のほうに押しやる。自ずと臀部(でんぶ)が浮きあがり、気づけばひどく恥ずかしい恰好にさせられていた。
「やっ、せんせっ」
 凪乃羽はせめて目をつむって、羞恥心から逃れた。
「おまえのことは感触も味もすべて知り尽くす。観念しろ」
 味?
 疑問に思った刹那、中心に呼吸を感じた。薄らと開きかけた目に、舌を出す古尾が映った。何を思う間もない一瞬後、舌が撫でた場所は躰のなかで最も繊細な場所だと教えられた。
 ああああっ。
 びくんと激しく腰が跳ねあがる。そのチャンスを狙っていたかのように、古尾はそこをくちびるで挟み、含んだ。
「あ、ああ……っ、せんせ……そこ、汚……いっ、んんっ、あああっ」
 躰を清めることもなく抱かれていることに、凪乃羽はいま頃気づいた。もう手遅れだったけれど、凪乃羽は古尾を避けるべく精いっぱいで躰をよじった。
 そのしぐさを責めるように古尾はそこに吸いついた。そうしながら、舌が花芽を撫でると、激しい身ぶるいが生じてたまらなかった。あまりの快感に声が詰まる。
 吸引する音が嫌らしく、けれど古尾の行為を恥ずかしいと思う余地も脳内から奪われてしまう。まったなしでうごめく舌先はこねるような動きに変わり、凪乃羽は派生する感覚を制御できなかった。もともと、はじめて経験することだから、制御する術などわからない。
「ああっ、やっ……も、ぅ……」
 古尾がより強く吸いついた瞬間、凪乃羽は息を呑み、そうしてびくんと激しく腰を突きあげて、古尾が云う快楽の最高点に達した。そこに心臓が存在するかのように中心は疼き、激しい鼓動のなか自分のあげた悲鳴が聞こえる。同時に中心からは、好物を一滴も漏らすまいとして啜(すす)るような音が立ち、凪乃羽の腰は痙攣を起こしてふるえ続けた。
「せんせ……もう……っ」
 腰が砕けそうなだるさを感じだして、凪乃羽は限界を訴える。
 すると、古尾はゆっくりと顔を上げた。
「おまえの躰は蜜の宝庫だな」
 凪乃羽の顔の真上に顔を寄せた古尾は、満足げに舌なめずりをしてにやりとする。
「夢とは違ったか」
 その言葉を聞くまで、凪乃羽は肝心の夢のことをすっかり忘れていた。
「違ったかって……?」
 快楽に奪われていた思考力をかき集めながら、凪乃羽は無意味な質問をした。古尾の言葉は意味不明なことが多いけれど、いま古尾が云った『夢』に関しては、凪乃羽のほうが知悉(ちしつ)している。
 おれに訊くことか? そう云いたそうな気配で、古尾は器用に片方の眉を跳ねあげた。
 古尾に打ち明けてから今日まで、その悪夢を見ることはなかった。まるで打ち明けたことで望みが叶ったように。それは、古尾が云った『恋』を裏づける。
 悪夢は、いま凪乃羽がそうされているように、手を括られて“フィリル”への陵辱は始まった。けれど、感じているものはまったく違う。
 フィリルの心は最後まで抵抗と痛みと、そして絶望を放っていた。凪乃羽が感じていたのは、恥ずかしさと性的な快感だ。
「違ってる……」
 凪乃羽がつぶやくように答えると、言葉以上のことを解釈しているのだろう、古尾は愉悦した様子でうなずいた。凪乃羽の頭上に手を伸ばして、引っかけていた服を支柱から取り外し、凪乃羽の手首から引き抜いて自由にした。
「違っていて当然だ。おれはおまえの夢の中の男じゃない」
 古尾は奇妙なほど断言した。
 それなら『恋』という言葉は何?
 凪乃羽はちょっとした心細さを覚えた。当然だというのなら、なんのために『恋』という言葉を持ちだしたのだろう。古尾は、まるで最初から違うことはわかりきっていたといわんばかりの口ぶりだった。
 いいようにわたしを利用するため? 利用ってなんのために?
 女性遍歴のリストを増やすためなどという単純なことだったら、凪乃羽はまったく愚かだ。
「何を結論づけた?」
 凪乃羽がそっぽを向いて、目を伏せたとたん、古尾は凪乃羽の頬をくるんで真上に向けた。
 瞼を上げると、からかっているのでも尊大でもない、ただ真意を見通そうとしているのか喰(く)い入るように凪乃羽を捕らえる。
「わたしがいい口実を与えたみたいだから……古尾先生はラッキーでしたね」
「口実とはなんだ」
「夢のことです。皇帝は男の象徴だとか、恋だとか云って……口説く口実になったんですよね。だから、あのとき、古尾先生といるわたしがバカだって云ったんですね」
 古尾は時間が止まったように表情を止めた。少し間が空いたのち、ふっと吐息を漏らす。
「そういうふうに思うわけだ。のんびりと生きているわけじゃないようだ。つくづく楽しませてくれる」
 古尾は本心を明かすことなく、最後の言葉は揶揄する以上にどうかするとふざけて軽薄に聞こえる。
 凪乃羽にもプライドはある。頬をくるむ手から逃れて起きあがろうとすると、古尾が素早く凪乃羽の両手を取って制した。つかんだ手を古尾は自分の首の後ろにまわさせた。
「確かに口説くつもりだったが、ただ口説くためならおれに待つ時間など必要ない」
 あっさりと認めたあと、考える時間を与えるように、古尾はじっと凪乃羽を見守っている。
「……それって……先生が誘ったら断る人はいないっていう自惚(うぬぼ)れですか」
 古尾はくちびるを歪めた。
「よくわかってる。だが、もっとわかれ」
 それが切実に聞こえると思うのは、自分の期待の表れなのだろう。古尾が自分の首に凪乃羽の手を巻きつけるようにするのは、離れるなということかもしれない。そんな都合のいいことを考えてしまう。
「古尾先生……」
「違うだろ」
 一瞬なんのことか考えて、それが呼び方だと気づいた。
「……ヴァン、違ってたけど違ってなかった」
「なんのことだ」
「皇帝は痛めつけてただけで、その……」
 顔をしかめていた古尾は、凪乃羽が言葉に詰まると何を云おうとしていたのか察したらしく、またおもしろがった面持ちに戻った。
「おまえが味わったように気持ちよくはさせなかった、か?」
「……でも、無理やりは一緒です」
 かっと頬を火照らせながら、なんとか凪乃羽が云い返すと、古尾は同意しかねるといったように首をひねった。
「逃げるくらいだ、おまえが誘惑してくるわけはないし、いつになろうがおれが強引に出なければ永久にこうはなれない。だろう?」
 まったくもってそのとおりで、もう古尾を責めようがない。目を逸らすと、含み笑いがくちびるに降りかかる。
「おまえのペースに合わせていたら手遅れになる」
 古尾は云いながら、首の後ろにやっていた凪乃羽の手首から手を放しかけた。伴って、凪乃羽も手をおろしかけると、また古尾が手首をつかんでそれを止めた。
「このままちゃんとおれを捕まえておけ。共有してやる」
 どういう意味だろう、とそう思っているさなか、躰の中心が、硬いながらも柔らかい、そんな感触につつかれる。
 古尾は膝の裏をそれぞれに腕に抱え、凪乃羽の躰を折りたたむようにした。必然的に腰が浮きあがり、躰の中心が無防備になる。中心をつついていたものは古尾の中心に違いなく、入り口に当てられてそこが押し広げられた。
 凪乃羽はとっさに目を閉じた。躰がこわばって、古尾の首に巻きつけた腕に力が入る。じわりと押しつけられて、まだ痛みはない。ぬぷっとこもった粘着音がするのは、凪乃羽が生成した蜜のせいなのか――正確にいえば、古尾によって生成されたものだ。入り口がいっぱいに開き、次には体内に古尾のモノが嵌(は)まったような感覚を覚えた。このまま突き進まれるのも怖いけれど、抜けだされるのも怖い。そんなぴたりとした密着感がある。
 その不安を知っていて、わざとやっているのか、古尾は腰を引いた。
 んっ。
 躰をよじり、抜けだしていく感触に耐えた。それがおさまらないうちに、また押しつけられて嵌まりこむ。そうしてまた抜けだす。
 んふっ。
 痛みのない場所で、嵌まっては抜けだすという律動が繰りだされ、入り口がだんだんと開いていくような気がした。実際にはただ開いたり閉じたりを繰り返しているだけなのに――いや、それだけではない。心地よさが生まれていて、全身が快楽に浸食された。
「あ、あっ……先生っ、融けちゃいそう」
 本当に躰中から力が抜けていき、融けだしていきそうな感覚がしていた。そのうえ、また快楽の最高地点にたどり着こうとしている。
「それで、いい。……くっ……手を、離すな。必要になる、まもなく、な」
 古尾は律動を続けながら途切れ途切れに云い、かすかに呻き声も入り混じる。
 薄らと視界を開くと、古尾の顔が間近にあって、その面持ちは痛みを我慢しているようにも見える。
 離すなと云われても律動されるたびに腕は緩んでいく。
 ああっ、ああっ、ん……あああっ……。
 出入りされるたびに飛びだす嬌声(きょうせい)は、堪えればその反動でよけいに大きくなる。
「や……だ、めっ……!」
 腰もとにぷるぷるとした痙攣が走りだし、古尾が体内から出ていこうとすると勝手に縋(すが)るようにして、浮いた腰がさらに浮く。
「ああっ、ああっ……せんせ、また最高の場所、ああっ……逝って、しまい、そ……っ、あああっ」
「逝け」
 古尾が囁(ささや)いた刹那、ソレが体内から抜けだす瞬間に凪乃羽は快楽の果てにたどり着いた。
 びくびくとお尻が揺らぎ、凪乃羽は悲鳴じみた声を発しながら喘いだ。
「離すな、行くぞ」
 快楽の最高点からおりられないうちに、古尾は警告して、直後、入り口が押し開かれ、そして、そこにとどまらず古尾のモノは凪乃羽の隘路(あいろ)を貫いた。

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