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DOOR|淫堕するフィクサー
第3章 Link up〜合流〜
4.
祐仁が云った憶えるべきことは知識でも資料でもなく、エリートタンクの掟(おきて)とか注意事項とか、そういったものだった。
エリアを超えての交流は原則、末端のエイド間ではできない。そのエリアの機密保持のためか結束のためか理由の明記はない。会社でいう部署異動や転勤など、エリア間の異動もないようだ。それだけ専門知識を必要とし、優先した組織だという裏づけになる。
有働が説明した、子孫を持たないことは掟としてあったが、それ以上に伴侶を得る場合には認可が必要だと書かれている。
いずれにしろ、颯天が祐仁とそうなれるわけもない。事実上ということはあり得るかもしれないが、五年半前ならともかくいまは置かれた立場が複雑すぎた。このさき、ふたりの関係がどうなるのか見当もつかない。
そもそも、おれはEタンクにずっといられるのか?
自分のことなのに自分の意思ではどうにもできず、ふてくされたような気持ちも湧き起こる。およそ五年、厳密には五年半もの間、永礼に囚われていたときにはなかった感情だ。
祐仁と会うことを夢見て生きる糧(かて)にし、それが叶ったいま、祐仁の変化には戸惑いつつも傍にいることに安堵して、それが甘えとして現れているのかもしれない。
颯天は、前を歩く祐仁の背中を見ながらため息をついた。祐仁の云うとおり、颯天には成長が見られない。
「なんだ」
「……え? ……ああ……っと……」
祐仁が出し抜けに問いかけて、多少ぎょっと驚きながら考えめぐり、颯天はため息が漏れていたらしいと悟った。
「大したことないならいい」
答えに窮していると祐仁はつれなく退けて歩みを早める。
祐仁が有働に命じたあと、運転手付きの車が用意されたのは十分後、それから研究所を出て街中に行き、車を降りたあと祐仁は颯天を連れていまに至る。一瞬、後れをとり、颯天は急ぎ足で祐仁の斜め後ろに追いついた。
祐仁は歩行者たちの合間を蛇行することもなく進んでいくが、颯天はそういうわけにはいかない。たった五年、人並みの生活から離れていただけでこうも戸惑ってしまうものか、人を避けながら人に酔うという感覚がはじめてわかった。
ただ、外に出るとしてもこんなふうに街中を歩くことはなく、監禁されていたぶん解放感はある。監視下にあるのは否めないが、ひょっとしたら祐仁といることの喜びが颯天の心情を解放感にすり替えているのかもしれない。
「あ、すみません」
祐仁を避けた男とすれ違い様、肩をぶつけて、颯天は小声で謝った。
「何をしてる。おれのすぐ後ろにいろ」
祐仁は耳ざとい。云われるまま、颯天は距離を詰めた。
「どこに行かれるんですか」
「腹を空かせては頭も働かない。まずは腹ごしらえだ。もっとも、おまえは頭を働かすよりもまずは体力をつけるべきだな」
祐仁は横目で颯天を見やり、「違うか」と答えを期待していない口調で問うた。
直後、祐仁はビルのなかに入り、階段をのぼって二階にあったファミリーレストランに入った。
大学時代ならともかく祐仁の雰囲気にしてはらしくないと思いながらも、昼時の客が多いなか、祐仁が名乗り当然のようにぽつんと空いた席に案内されると、やはりEタンクらしいと思う。
ふたりは窓際の席で向かい合って座った。
「老舗の料亭だったり、高級レストランでも期待してたか」
颯天が店内をひととおり見渡したあと、それを見守っていたかのように祐仁は声をかけた。
「いえ、こういうところは大学時代……フィクサーUと……」
「その呼び方、ここでは――仕事外では控えろ」
「あ……はい。……」
返事をしつつ、それならなんと呼べばいいのか――朔間さん、と大学時代、先輩として接していたときのように呼べばいいだけの話だが――颯天が思案していると。
「祐仁、でいい」
どう解釈していいのかわからない。いや、勘繰るのは颯天の希望がそうさせているだけで、祐仁は表も裏もなく、ただストレートにそう云っただけだ。
はい、とうなずきながら、颯天はなんの話をしていたか一瞬考えてから思いだした。
「こういうとこ……祐仁と付き合うまえに、時生たちと来たのが最後でした。田舎から東京に出てきたっていう感覚に似てるのかもしれません」
「妙に静かな場所に行くと、話したいことも話せない。ここは程よく煩(うるさ)いから聞き耳を立てられることがない」
颯天は同情を買うつもりで云ったわけではないが、そのあとの祐仁の発言は噛み合っていないようで、その実、なだめるように響いた。
祐仁は店員を呼び、颯天に選ばせることなく勝手に、なお且つ適当にメニュー表を見ながら注文をした。もともと祐仁は強引な嫌いがあった。加えていまある素っ気なさはどうやったら取り除けるだろう。
「話せないっていうのは監視されてるからですか。……盗聴も?」
店員が立ち去るなり颯天は訊ねた。
「至るところに防犯カメラが設置される時代だ。盗聴もネットも、疑えばきりがない。けど、おれとヘッドとの会話は聞いていただろう。もし二十四時間監視され、盗聴されているなら、おれが立ち回るまでもなく当然ヘッドは裏切り者がいるか否か、いるのならそれがだれかを知っていて、わざと泳がせているのでないかぎり組織は放っておかない。わざと泳がせてるのなら、おれがやってることは邪魔になる。ほかのことに手を尽くせるのに、そういう貴重な時間をおれから奪うのは無駄だ。とどのつまり、不必要に監視されているわけじゃない」
「けど心得にありましたよね。『監視されていると思え』って」
「あくまで『思え』だろう。常に規律を正せよ、ということだ。トップが部下を信用できないようでは組織として崩壊しているも同然だ。逆も然り。疑惑を抱えていながら忠誠心が生まれるはずはない。少なくとも、簡単にその存在を外に漏らしてはならないという性質を持った秘密結社は、信頼で成り立っているべきだ。上昇志向のもと多少、鎬(しのぎ)を削ることはあっても」
「それは裏切り者がいるってことと矛盾してませんか」
「だから慎重に内偵している。人の心は絶対じゃない。そう思ってるとしたらめでたい奴としか云えないな」
そう云った祐仁は颯天を見ながら、その実、颯天を見透かして過去へと手を伸ばし、すぎた時間を手繰(たぐ)り寄せているような気配で焦点が合っていない。
颯天も同調して過去へと遡る。
かつて、密告により祐仁もタブーを犯したとして立場を危うくした。颯天のせいだ。
「すみません」
颯天の謝罪は唐突に聞こえただろう。祐仁は首をひねり、怪訝そうに眉をひそめる。
「何をしでかした」
「五年前のことです。おれが口を滑らせたから祐仁をあんな目に……」
「春馬か」
あのあと祐仁は大学に出てくることはなく、話す機会もなく別れさせられてなんの弁明もできていない。組織がわざわざ経緯を話したのか、颯天は祐仁の口からすんなりと春馬の名が出てくるとは思わなかった。
「聞いたんですか」
「そのくらい察せられる。おまえが拉致(らち)されるまえ電話で話したばかりだった。おれが拉致されたのも電話のあとだ」
「すみません。祐仁が話してくれた組織のことを喋ってしまったんです。監視されていると思え、ってつまり仲間内でも油断するなってことですよね。おれは油断しました」
「おれは漠然と説明しただけで、ちゃんと組織のことを教えていなかった。おまえのせいにしてもしかたがない。おれは目先の欲求に負けて油断した。それだけだ」
目先の欲求とは、いまはもう欲求もないと颯天に釘を刺しているのだろうか。それを確かめるには訊ねにくい。ガキのままか、とそう云った祐仁の言葉を思いだすと、答えは颯天の希望するものではないことが明らかだ。
「工藤さんはいまどこですか? 案内されたときは見当たりませんでした。隅から隅まで見たわけではないですけど」
再会して颯天がばかみたいに期待していたことは祐仁も知っている。いま落胆したのは期待を捨てきれていない証明で、それを祐仁が見越している気がして、颯天は取って付けたように春馬の話を持ちだした。
「アンダーのブルーに変わった。情報収集に役立っている」
「情報収集?」
「おまえと一緒だ。躰を武器にして組織の役に立ってもらう」
ブルーといえば多岐にわたり躰を張る仕事で、業務内容は違ってもホワイトと立ち位置は変わらないはずだ。エイドからブレーンに昇任することさえ難しいのか。けれど、祐仁はブレーンからエリートを越えてフィクサーにまで昇りつめた。あとはヘッド直属の側近(トラスター)か、もしくはヘッドしかない。
「……上に行かれてるのかと思ってました」
「おれを裏切るということがどういうことかわかってない。その結果だ」
祐仁は淡々としながら冷酷さを剥きだしにした。
黙(もく)したまま人を黙らせるのは祐仁が上に立つ資質を備えているからだろう。颯天に向けられたものではないとわかっていても口を開くのははばかられ、静かな怒りはテーブルにメニューがそろうまで続いた。
注文したものを一度に持ってくるよう云いつけていたとおり、四人掛けのテーブルには所狭しとプレートが並んだ。ハンバーグにステーキ、そして生姜焼きなどやたらメーンディッシュが多く、素揚げサラダにポテトという、どう見てもカロリー過多な料理ばかりだ。そもそも外食はそんなものだが、それ以前の問題で――
「おれ、いまこんなに食べられませんよ」
と、無理強いされるまえに颯天は申告をした。
家にこもりがちで少食になったのは事実であり、沈黙を破るきっかけにはなったものの、はねつけるような気配で祐仁はじろりと颯天を睨みつけた。
「それでも食べろ」
反論は聞きたくないとばかりに命じると、祐仁はさっさとカトラリーボックスからナイフとフォークを取りだす。目の前に置かれたサイコロステーキを一つ、フォークで突き刺して口に入れた。
昼時であり、颯天も腹が空いていないわけではない。祐仁を倣って目の前にあった豚の生姜焼きを半分にカットして口に運んだ。
凛堂会で食べていたもののほうが、よく云えば品がよく、文句をつければ味が薄い。監禁されていたときは何も思わなかったが、いざ出てみると、ひどい扱いは男娼としての務めに限られていたと気づいた。もちろん監禁自体がひどい仕打ちだが、純粋な意味での暴力を受けたことはない。
永礼が守っていたのか、初対面のときに颯天が覚悟したことから思うと待遇はけっして悪くなかった。もっと突き詰めれば、男娼としての務めについては快楽を覚えていた以上、ひどい扱いとは云えないのかもしれない。
「永礼組長のことを考えているのか」
颯天はその言葉にハッと顔を上げた。何も見逃さないといった目と目が合った。
祐仁はなぜそう思ったのか。凛堂会での暮らしに思いを馳せていたのだが、永礼のことを考えなかったとは云えない。
ただし、不快さを滲ませた祐仁の声音から感じる意味は違っている。
「……そうですけど、違います」
迷ったままを口にすると、しばらくじっと颯天を見ていた目はすっと滑り落ち、それは無視するかのようでもあった。
「祐仁、まえにEタンクと凛堂会は対極にあるって云われてましたよね。どういうことなんですか」
「それを聞いてどうする」
「どうするって……」
べつにどうするつもりもない。祐仁が何を気にするのか颯天は考えてみた。その意が思い当たったとき、祐仁は手を伸ばして颯天が食べていた生姜焼きを取り、かわりに颯天の前には半分になったサイコロステーキが来た。
祐仁は生姜焼きに手をつける。テーブルに並んだ料理をすべてシェアするつもりか、それが、祐仁と同じぶんだけちゃんと食べろという強制であっても、そんな行為はごく親しい間にしかないはずだ。現に、大学時代、思いが通じ合った頃のわずかな期間、シェアはよくあった。
颯天は勘違いするなと自分に云い聞かせつつ、祐仁にたとえ別の目的があったとしてもごく自然に見えたしぐさはうれしかった。
「祐仁、おれはEタンクのことを偵察するつもりはないし、永礼組長からそんなことを頼まれたわけでもありません」
嘘は吐いていない。それは確かで、颯天はまっすぐ祐仁の眼差しを受けとめた。云われたのはフィクサーを監視しろとだけで、報告しろとまでは命じられてはいない。監視しろというのだから、当然なんらかの報告を期待しているのかもしれないが、颯天は都合よく解釈して続けた。
「凛堂会との関係を訊いたのは、緋咲ヘッドがおっしゃったからです。おれは永礼組長にうまく取り入って情報をつかんだみたいですね。おれのことなのに、なんのことかおれにはまったくわからない。五年前……もしくはそのあと、おれは知らないうちに祐仁の駒になっていた。ですよね?」
役に立てたのならそれでいい。そのはずが、いま祐仁はフィクサーに昇りつめ、五年半前のあの光景が全部芝居であり、そうなるための手段として無理やり引き裂かれた被害者のふりをしたのだったとしたら――と考えると、さっきまでのうれしさは簡単に消え散った。
祐仁はおもむろに目を伏せると、何事もなかったようにタレのついた豚肉を口に運ぶ。都合の悪いことは疾しさも覚えないほど、清々(すがすが)しく無視するつもりか。
もっとも、神経が図太くできていなければ、組織が大きいほど上に立てるわけがない。それはこの五年の間に颯天も学んできた。永礼も卑怯なことを平気でやる。恥とか良識とか、邪魔者でしかない。
「食べろ」
ふと祐仁は顔を上げて、颯天のほうに手を伸ばした。フォークでステーキを突き刺し、それが颯天の口もとに向けられた。
呆気にとられ、なんの反応もできなかったのは一瞬ですんだのか、颯天は避けるように躰を引きながら祐仁の手を払った。
「人前で何やってるんですか」
立場を忘れて責めるように放った。
颯天たちのテーブルに接する前後と隣のテーブルは空席になっているが、颯天から見るかぎり少なくとも斜め前の席には客がいる。その客と目が合うと、見てはいけないものを見てしまったかのように背けられた。
大学時代、時生は颯天も祐仁も目立つと云っていた。いまの颯天もそうなのか自分ではわからないが、祐仁が人目を引くことは昔もいまも同じだ。少し煩いほうが聞き耳を立てられないと云ったが本当にそうなのかは疑わしい。
「食べさせられるのは好きだったはずだけどな」
その口調はこれまでと違ってずいぶんと砕けている。それを裏付けるように、祐仁はかすかに笑った。冷ややかさのない、からかうような気配を纏う。
「人前でしたことはありません。べつです」
「人前じゃないならいいのか」
揚げ足を取った、ガキっぽい発言もまた戯れるように聞こえたが、祐仁は肉を突き刺したままのフォークを皿に置くと真顔に戻った。
「云っただろう。組織の存在を知り、それに損失を与えるべく刃向かう者――もしくは裏切り者だと見なされた場合、抹殺される、と。脅しでも冗談でもない。おれは、そうなるかもしれないおまえを守らなければならなかった」
「え……?」
時間が止まったように祐仁から目が離せないでいると、皮肉っぽさと冷ややかさの戻った笑みが颯天に向けられた。
「おれとおまえは春馬に嵌められた。掟に目を通したならもうわかるだろう。必要以上に親密な関係を持つことは禁じられている。春馬が密告したような、そういう関係ではないと証明する必要があった。でなければ、おれは上に行けない。一生、ブレーンのままだ。もしくはエイドに降格されて這いあがれないかもしれない。いまの春馬のように。だから逆手に取った。おまえを従順にするために嗾(けしか)けた疑似恋愛で、それがなんのためか、即ち、凛堂会におまえを送りこみ偵察させるためだと。永礼組長は男を好む。取り入るためには最上級の男娼を育てなければならない。凛堂会は、組織を怖れない団体だ。組織が“仕事”をためらわないように、凛堂会も仕事として法を犯すことをためらわない。要するに、組織にとっては目の上のたんこぶだ」
「おれを守ったのは自分のため……ですか」
上に行けない、とその真意を確かめるべく訊ねたことを、祐仁は鼻先で笑い、無下にあしらった。
「ほかに何がある」
祐仁はいとも簡単に颯天を翻弄し愚弄する。
うれしいとか虚しいとか、ばかばかしいほど颯天は単純で、それは自分でも認めざるを得ない。ただし、プライドは捨てていない。この五年もの間も。
「けど、おれは何も情報を持ってません」
「関口組のことは知ってるだろう」
「凛堂会をライバル視して仲が悪いってことしか知りません」
「それで充分だ。“いまから”役に立ってもらう」
祐仁は非情に放った。
「永礼組長を嵌めることになるんですか」
颯天は思わず訊ねていた。
祐仁の目が狭まり、睨めつける眼差しは颯天の心底を突き刺さんばかりだ。
「裏切りたくない、と?」
「おれは、祐仁に対してと同じように永礼組長を慕っているわけじゃない。けど、復讐したり憎んだり、罠に嵌めるような真似をするほどのことはされてません」
「おまえがおれに復讐したくなるのも憎むのもわかる」
祐仁は薄く笑って、颯天の言葉を引用した。どんな気持ちで云っているのだろう。そう思ってしまうほど声は平坦だった。
「復讐とか憎むとか、おれはそんな気力も奪われてた。けど……」
何よりも祐仁の真意を知りたくてここまでやりすごしてきた。つい先刻、それを聞かされて、もうそう云ってもしかたなくなった。
「“けど”、なんだ」
「なんでもありません。祐仁の足を引っ張るようなことはしたくないし、役に立てれば本望です。ただ、永礼組長を裏切るとわかっていながら役に立てるかはわかりません。それでも、おれのことを信用するんですか」
「それはこれからのおまえの働きに拠(よ)る。無条件で信頼するとでも思ってるのか」
しばらく、互いに一歩も譲らないといった気配がはびこった。
いつのときも本意でないのは颯天のほうだ。永礼のことももとはといえば祐仁によってある種の縁ができたことで、颯天の責任ではない。颯天がただ従順だと思っているのなら、祐仁は颯天を見くびっている。
けれど、そんな挑発的な気持ちも、やがて空気の漏れだしたエアブロードールのように萎(しぼ)んでいく。
「すみません」
「出るぞ」
意味もなく謝ったとたん、祐仁は立ちあがった。見上げると、行儀悪くもフォークに突き刺した肉を口の中に入れて、颯天を待つことなく祐仁は出口に向かう。
頼んだ料理の半分も食べていない。申し訳なく思いながら、颯天は祐仁を追った。支払いをすませた祐仁は、待っていた颯天の前を通り抜けてレストランを出、階段をおり始めた。一階と二階の中間にある踊り場に来たとたん、祐仁が振り返って颯天の肩を捕らえると、何が起きているか把握する間もなく颯天は壁に押しつけられた。
そうして祐仁の顔が迫ってきた直後、くちびるが合わさった。反射的に口を開いてしまうのは、男娼としてのサガか、相手が祐仁だからか。それを見越していたように颯天の口内に何か入ってくる。そのかわりに祐仁は呆気なく離れていった。
「食べろ」
上等な肉でもないのに、祐仁の蜜が溶かしたのか、口の中で甘みを増して蕩けていく。喉を通りすぎ、それが見えるかのように追う祐仁の目は逆に何かに追いつめられているかのようにも見えた。
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