NEXTBACKDOOR|淫堕するフィクサー

第3章 Link up〜合流〜

2.

 Eタンクのアンダーサービスエリアといえば、祐仁が所属していたところだ。あれ以来、祐仁がどうなったのか、まるでわからない。
 フィクサーとはだれだ?
 それがだれにしろ、颯天が断ることはできない。もとい、断ろうとも思わない。Eタンクに潜入すれば、祐仁の現況がわかるかもしれない。会える可能性だってある。そんな本音を隠しながら、なんのために監視するのか聞かされないまま清道と永礼に忠誠を誓った。
 凛堂会も清道も、Eタンクとどの程度のコネクションがあるのか、どうやって潜入させるのか、そのときが来るまで颯天は想像もつかなかった。それは男娼だからこそ、そしていかにも男娼らしいやり方だった。
 連れていかれた場所は、いつか永礼に伴われて見たショーがあったところだ。スリーサイドステージ型の舞台部分には椅子型の診療台のようなものが並べられている。何をされるのか、およそのことは嫌でも見当がつく。
 裸に剥かれて口もとには猿ぐつわ、そして黒い袋を頭から被せられ、何も見えない状態で椅子に座り、開脚した膝を固定された。そうされたのは颯天だけではなく、あと四人、だれともわからない初対面の男たちが並んだ。
「気に入られるかどうか、それはおまえたち次第だ。貴(とうと)い方の専属だ。いまより遥かに待遇はよくなる。それを望むのなら精々がんばることだ」
 永礼の声が広い空間に反響した。
 立ち会っているのは永礼以下、凛堂会の連中ばかりで清道の姿はない。同席するには都合の悪い理由があるのかもしれなかった。
 そして、気に入った男娼を指名するのは、その『貴い方』というフィクサーか。
 ただの品評会なら立たせておくだけでもかまわないはずだ。何がある? 想像したとおりのことか。けれど、顔を隠すということになんのメリットが、あるいは目的がある? 例えば、選んだあと、気に喰わない顔だったら?
 それは無軌道に思え、答えはもらえないとわかっていながら脳裡で疑問を並べ立てているなか――
「どうぞ」
 と横柄に云う永礼の声が聞こえて、そのあと颯天は新たな靴音を聞きとった。
 カーペット敷きの床面を叩く音はこもっているが、一糸乱れぬといった一定の間隔で足音を響かせることによりその自信の有り様を映しだしている。
 そうして、椅子がわずかに振動したかと思うと背もたれが後ろへと倒れていった。斜め四十五度くらい傾いたのか、目隠しされた状況では仰向けになった感覚がする。手は頭上でひと纏めにして手首を括られ、開脚した下半身はすべてを晒すという、恥ずかしさを超えて屈辱的な恰好だ。
 祐仁に会えるなら――とそんな期待がなければもっと心底で足掻いていたかもしれない。男娼として尽くすことが性分のようになってしまったいま、もう悪足掻きにすぎないが、プライドまでなくしたわけではない。
 いつか――とそんな機会をいつも窺ってきた。それがきっといまだ。終始監視され、単独ですごすことはおろか外出することもままならない凛堂会からやっと抜けだせる。
 ふっ。
 不意打ちで乳首を何かに挟まれ、颯天はびくっと躰をくねらせた。視界をさえぎられたいま、何をされても不意打ちになる。
 そこに痛みはなく、こわばった躰から力を抜いた直後、振動し始めた。感じるはずはないと思っていた胸の突起は、人に触れられれば敏感に反応してしまうようになった。それが機械の振動となればひと溜まりもない。
 んふっ。
 身をふるわせながら喘いだ声は猿ぐつわに阻(はば)まれて、快感を発散できない。緩和しようにも躰は拘束されて方法がなかった。せめて、気を散らそうとほかの男たちに意識をやるが、こもった吐息が聞こえた次には、颯天は無理やり自分の快楽に引き戻された。背中を反らしながら躰全体がびくっびくっと何度も反応する。
 足音をかすかに捉え、すると後孔に何かが浅く挿入された。胸の刺激に囚われて異物を押しだす力は掻き集められず、温められた粘着質のローションが隘路に注入される。挿入器具が引き抜かれた。
 ローションは自分の体液でもないのに、垂れ流してしまうのは恥ずかしい。窄(すぼ)めたはずが、そうするのをわかっていたかのように乳首を挟んでいた性具が引っ張られる。振動しながらそれが離れていく瞬間の摩擦は、颯天の思考を一気に融かすようだった。
 んんんっ。
 躰の中心は脈を打ちながら血を滾らせ、反応した後孔からはとろりとひと筋のローションが漏れだした。
 だめだ、このままではすぐにも逝ってしまう。
 果たして“貴い方”が男娼に望むのは何か。その片鱗(へんりん)もわからない状況下、どう性遊戯で反応することが望まれるのか。快楽をコントロールする術はそもそも颯天にはなかった。颯天がコントロール可能なのは、心をごまかし、偽ることだ。
 それから待ったなく後孔に触れたものは、さっきよりも遥かに質量があった。それが押しつけられ、じわじわと孔が開いていく。ぬぷっと入りこんできたそれは人のものではなく、やはり性具だった。ほかの男たちと公平を期すためか、いずれにしろ颯天にとっては問題にならない。
 ぐっと沈みこんで隘路をいっぱいに見たし、そのスイッチが入った。振動は腸壁を通して快楽点を刺激してくる。
 ふぅっ、ん、んっ。
 縛られた躰を限界までびくつかせ、触られてもいないオスが果てを求めて屹立する。たまらなかった。
 逝く刹那。
「これをもらう」
 その低く冷ややかな声が耳に轟くと同時にオスがつかまれ、颯天は腰を突きあげて達した。それは快楽のせいばかりではない。すぐ傍で聞こえたのは、ずっと待ち望んだ声だった。
 祐仁!
 そう叫んだつもりが果てたばかりの息苦しさと猿ぐつわのせいで一音すら言葉にならない。
「いいだろう」
 すぐそこにいるのが祐仁なら颯天の最低限の願いは叶っている。違う、いま最も願っていた再会が叶った。それなのに、ひと目見ることも呼びかけることもできない。了承する永礼が非情にさえ思えるほどもどかしかった。
 いますぐ触れたいという衝動が叶わないばかりか、祐仁の手が颯天の中心から離れていき、心もとなくさせられる。
「明日、こっちから車をやる」
「承知した。何か失態があれば返品してくれ。私のお気に入りだ」
 短くこもった声は笑ったのか。
「これで今回の件はチャラということで。では」
 と、素っ気ない挨拶のあと、乱れることのない靴音は遠ざかっていく。
 果たして本当に祐仁だったのか確かめることはできないまま、颯天は心底から込みあげてくる、泣き叫びたいような欲求を抑制しなければならなかった。
 躰の拘束が解け、黒い袋が取り去られ、猿ぐつわが外されたとき、平常心であろうと努めていたのを永礼に見破られなかったか。そんな不安に苛まれながら、颯天は翌日のその時を待った。

 凛堂会にやってきた車に乗せられ、連れてこられたのは都心部に近い場所だった。
 門柱には『エリートタンク研究所』という表示がなされ、広大な敷地のなかに五階建てのビルがある。五月も半ばで日は長く、夕方のいま太陽の光が横から入り、ビルの窓ガラスに反射して眩(まぶ)しい。それが箱型のビルの無機質さをより一層、強調していた。
 祐仁と別れた日のことを嫌でも思いだす。このビルの外観のように、あの男たちは感情に淡泊で非情だった。昨日から期待と不安を抱えていたが、思いだしたことで不安の比重が俄に増した。
 そんな颯天の動揺をよそに、車は道案内に従って進み、やがてエントランスの前に止まった。
 そこに祐仁が待っているわけでもなく、後部座席で両端に座っていた男たちがそのまま車から颯天を連れだした。
 二人の男は颯天が逃げないようガードしているのだろうが、祐仁に会うためにここに来た颯天からすれば取り越し苦労にすぎない。滑稽(こっけい)にも思いながら、何度もセキュリティをクリアして四階にたどり着いた。
 男たちは『UA』と書かれたドアの前で立ち止まるとノックをした。
「はい」
 こもった声は祐仁ではない。
 ドア越しでも颯天の記憶は鈍らず、やはり出てきたのはまったく初見の男だった。その男はじろりと颯天を見やる。三十代そこそこといった男は、颯天の顔にやたらと見入る。はじめて見る顔だからではない、なんらかの理由が潜んでいそうだが、颯天にわかるはずもない。
「どうぞ」
 男はドアを支え、颯天に入るよう促した。それから男たちに向かうと「下がっていい」と命じた。
 部屋のなかに入ると、引力が生じたように颯天は右の目の端に存在を捉えた。期待でも不安でもない、怖れを憶えながら颯天は右の奥に目をやった。
 祐仁は、そこにいた。
 ドアが閉まると、デスクに向かっていた祐仁はゆっくりと顔を上げた。
 その間、颯天は臓腑(ぞうふ)が締めつけられたような息苦しさを感じ、会いたかったくせに逃げだしたい衝動に駆られた。
 祐仁は颯天の顔を捉えたと思った瞬間、受けとめる間もなく視線をずらした。
「有働(うどう)、あとから呼ぶ」
「承知しました」
 閉めたばかりのドアを開け、有働と呼ばれた男が出ていく。その気配を感じながら、またドアが閉じられたとき、颯天の緊張は一気に跳ねあがり、取り乱しそうなくらい張りつめた。
 ふたりきりという確信を得た祐仁は、ドアにあった視線をゆったりとスライドして颯天に焦点を結んだ。
「祐仁……」
「高井戸颯天、おまえにはおれの付き人、あるいは駒としてやってもらう。一切の口答えは無用、ときには交渉におまえを使う」
「……祐仁、それは……」
「どういうことかわかるだろう。いままでおまえがやってきたこととなんらかわりない」
 つまり、躰を売ってきたことを云っているのだろうが、その言葉よりも、祐仁の冷ややかさに颯天は呆然とした。
「祐仁、おれはずっと会いたくて……」
 無意識に心の内を曝けだすと、祐仁は可笑しそうに笑う。いや、それは颯天が知っている笑い方ではなく、まるで呆れ返り侮ったような嗤い方だった。
「いつの話をしてる。まだガキのままか? おれは最もセックスに弱い奴を選んだ。交渉の段階で逃げられては困るからだ。それがおまえだった。おれに会いたかったのなら尽くせるだろう? 有働から指示をさせる」
 颯天にとって再会はまったく思ったものではなかった。

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