NEXTBACKDOOR|淫堕するフィクサー

第2章 median strip〜分離〜

4.

 薄らと聞こえるのは祐仁の声のような気がする。それは呻くような声だったり叫ぶ声だったり、いずれもつらそうな声が入り混じる。
 そうして自分の躰には絶えず何かが這いまわっている。躰を労(いたわ)る触れ方ではなく、快感を呼び起こそうとする意思があった。
 祐仁……。
 颯天に快楽をもたらすのは祐仁にほかならず、けれど、呼びかけるも声にはならない。邪魔をしているのは喉の奥の違和感か、ぼやけた思考のせいか。
 夢うつつをさまよっていると、ひと際大きく、苦悩に満ちた叫び声が颯天の鼓膜(こまく)を揺さぶった。
 やめ――
「――てくれっ」
 祐仁!
 悲痛に喚(わめ)くのが祐仁の声だと察した刹那、颯天の意識を覆っていた靄(もや)がいきなり晴れ渡った。
 自分に何が起こってどこにいるのか。そんな状況を把握するまえに、無理やり目を向けさせられた視界には見たこともない祐仁の姿が飛びこんできて、冷静には考えられなかった。
 祐仁を助けたければ目を逸らすな。耳もとに放たれた言葉が警告ではなく脅迫だということを察しながら、颯天は祐仁を見つめた。
 天井から垂れる一本の鎖にまとめて手首を括られ、床から伸びる二本の金属棒の先端には革製の筒型ホルダーがあって、それぞれ膝を預ける恰好で祐仁は拘束されていた。ともすればずり落ちそうになる腰を支えているのは、祐仁の背後に立って祐仁を串刺しにする男の男根だった。
 祐仁は揺さぶられながら拒絶の言葉を吐き、背後の男が揶揄して煽り立てている。
 かつて清道理事長の愛人だったという祐仁は、颯天と同じくらい性感にデリケートだった。乳首を摘ままれ、オスを扱かれ、躰をうねらせる祐仁は――少なくともその躰は拒絶していない。オスの先端から涎を垂らすのがその証拠だ。祐仁に無理やり快楽を開かれた颯天自身もそうだったから、わかりすぎるほどわかる。
 おふたりで愛し合うのはさぞかしたいへんだったのでは? と、颯天の背後に立つ男が云うように、颯天も祐仁も快楽に敏感すぎた。
「ほら、彼、目が覚めたみたいですよ。自分を曝けだしてラクになることです」
 祐仁に向けてそう云った男の目が、祐仁の躰越しに颯天へと向いた。卑猥な笑みで男は目を伏せていき、椅子に座った颯天を眺めまわす。その視線によって、颯天は自分の恰好をはじめて理解した。自分もまた後ろ手に括られ、開脚した姿で椅子に拘束されている。足の爪先から互いの距離が二メートルもないという状況下、躰を支えるものが違っているだけで、颯天と祐仁は同じ恰好で向き合っていた。
「やめて、くれっ」
「おや、いいんですか、やめても? そうしたら二度とお目にかかれませんよ、会いたくても」
 意識を失っていた颯天が目覚めたことを知らされ、だが祐仁は正面にいる颯天を直視することはない。脅しを受けた祐仁は宙を睨みつけた。
『二度と』とその真意は、ただ会えないということではないと颯天にも薄らとわかった。背後から颯天自身が受けた『彼を助けたければ』という脅迫もしかり。そのあと、拒絶の言葉を封印した祐仁がそれを証明していた。
 そうして、祐仁は沈黙しながらも嬌声だけは堪えきれずにすぐさま口を開く。オスの孔(あな)を弄られ、精ではなく淫水を噴いた。その一部が颯天に到達して、雨のように降ってくる。
「やめますか」
 にやついた男がそのあと祐仁に何を囁いたのか。
「……やめないで、くれ……」
 歯を喰い縛って、祐仁は本意とは逆のことを頼んだ。
「云い方にはお気をつけください」
「くっ……お願い、します。もっとめちゃくちゃに……感じさせてください」
 力を振り絞るような様で吐いた祐仁は、それまで逸らしていた目を颯天に向けた。
 同時に男が激しく突きあげるように腰を動かし始め、祐仁のオスの突端をぐりぐりと撫でる。祐仁は喘ぎながら、腰をぶるっと大きくふるわせたかと思うと白濁した蜜を吐きだした。それで終わりではない。男が動きをやめることはなく、祐仁は快感のあまり戦慄(せんりつ)したようにふるえだした。そうして、快楽に躰をゆだねて嬌声を放ちながらも、祐仁は颯天の目をじっと捉えて離さない。
 そこに何を託したのか――。
「おまえ、主の痴態を見て興奮するとはな、根っからの淫乱か」
 耳もとに顔もわからない男の吐息を感じ、背筋がぞくぞくと粟立つ。嘲るような言葉に釣られ、颯天は目を伏せて自分の股間(こかん)を見下ろした。
「違う」
 言葉を発することすら忘れかけていた颯天の声はかすれている。否定しながら、颯天は自分の浅ましさを目の当たりにして呻いた。
 躰の中心が熱く疼く感覚を、無理やり見せられた衝撃の傍らで感じ取ってはいた。いざ直視すると、颯天のオスは自身が濡れそぼつほど涎を垂らして、支えもなくそり返るように太く勃ちあがっていた。
 祐仁が気づかないわけがない。こんな自分をどう思うのか。
「触ってやろうか」
 男が囁き、反応したのは颯天のオスだった。ぴくっとうごめいたかと思うと、蜜がぷくりと盛りあがり、すでにできていた蜜の道筋に融合して下へと急降下する。
「違う、もう放してくれっ」
 叫ぶもやはり頼りなくかすれた声にしかならない。
「そうはいかない。男娼の競演だ」
「そうだな。一回でも多く逝ったほうの望みを一つ叶えてやる。どうだ?」
「いい案だ」
 男たちは勝手に決め――
「男娼らしいバトルだ。がんばれよ」
 と颯天の耳もとに囁いたあと、背後の男は手を被せるように颯天のオスをつかんだ。
 望みならある。けれど、バトルに勝つか否か、それ以前に男が手をゆるゆると動かし始めたとたん、颯天は否応なく思考を快楽に侵された。
「うっふぁっ、ぅ、わああああ……っ。や、め、ろっ」
 颯天は喚き散らした。そうやって、快楽を得てしまう自分をごまかすしかできない。
「やめていいんですか。あなたのせいですよ。あなたがブレーンUを裏切った」
 背後の男の言葉に一瞬だけ快楽が遠のき、颯天の耳にくっきりと届いて脳裡に浸透した。
 なんのことだ。その内心の疑問は男に読みとられていた。
「あなたを信頼してブレーンUは組織のことを話したんでしょう。それなのに、あなたは秘密を漏らした。それが組織の内外、だれであったかは問題ではありません。あなたが喋ってしまったことが問題なんです」
 颯天は自分の愚かさに気づかされた。油断したのだ。
 祐仁は何かを託しているのではなく、裏切り者、とその眼差しで颯天への失望を訴えていたのかもしれなかった。
「違うっ、おれは……っ、く、ぁあああっ」
 オスの突端を包みこみ、男の手はネジを回すようにうごめかした。手のひらが激しく孔口を刺激して、颯天はいまにも漏らしてしまいそうな怖れを抱いた。淫蜜に塗れたそこは引きつることもなく、ぬるぬると絶妙なタッチで自らの快感を引きだす。
 拘束された不自由な躰が跳ね、颯天は叫びながらがたがたと音を立てて椅子を揺すった。男はかまわず、力を込めて突端を撫でさすり、容赦なく苛め抜く。颯天に避ける術(すべ)はない。どうしようもなく熱で融解してしまいそうな感覚に陥った。
「嫌、だ――っあ、ああっ」
 拒絶の言葉も虚しいほど、ぬちゃぬちゃとした音が耳に障る。それがひどくなっているのは颯天が次々に蜜を溢れさせているからに違いなく、男はわざと音を立てている。颯天を羞恥心が襲う。けれど、それが快感を打ち消すことにはならなかった。
 それほどに颯天の躰は快楽に弱い。祐仁の調教のせいか、颯天の本質か。果ててしまう。そう思った時点で颯天は快楽に負けていた。快感を止めることもとどめることもできずに感度はひたすら上昇していく。
 うわぁあああっ。
 腰がぶるっとふるえて跳ねあがり、精道をくすぐるように淫蜜が駆けのぼった。出口に到達し、けれどそこで戯れる男の手のひらが孔口をふさいでいる。わずかなすき間を見つけては吐きだすが、一度では終わりきれない吐精が快楽をこもらせ持続させた。あまつさえ、果てからおりきれないうちにまた果てに追いやられるという、その連続だった。吐精が止まらない。
「ああっ、あうっ、あああっぐぁっ……や、めろおぉーっ、う、ぅわああっ……」
「どちらかが枯れるまでやるんですよ。それがゴールです。じゃなければ平等ではないでしょう。それにしても逝き時間が長いですね。一回でこれだけ持続すれば、あなたに勝ち目はない」
 果てたのは一度ではない。次から次に押し寄せている。自分の手のひらがその結果を妨げていることをわかっているはずが、男は颯天を負けさせようとしている。そう感じた。
 颯天の視界は潤んで、祐仁の姿は滲(にじ)んでしか見えない。嬌声も、自分のものか祐仁のものか区別がつかない。ただ、祐仁が変わらずじっと颯天を見つめていることはわかった。もしくは颯天の痴態(ちたい)を見ているのか。祐仁は何を感じているだろう。裏切り者の颯天に呆れてうんざりして、浅ましいとさえ思っているかもしれない。
 あ、あ、ああっ……。
 何度めだろう、腰が砕けたように締まりがなくなった。ただびくびくと生理的反応を起こしている。脳内が痺れて飽和するのも間近に迫っている。果てしなく摩撫され、オスの突端は腫(は)れぼったく感じるほど熱を孕んでいた。
「ほら、ブレーンU、七回め逝ってくださいよ」
 そんな声が薄らと聞こえ、途絶えそうになっていた颯天の意識が戻った。
 正面の無防備な祐仁の姿を見て、颯天のオスが更なる欲求にびくんとふるえた。この欲求がなんなのか、一生、遂(と)げられることはないのかもしれないと、颯天は漠然と絶望する。
 そして、その絶望が伝染したかのように祐仁が顔を歪めた。
 ぐ、ああっ。
 吠(ほ)えるような嬌声をあげながら祐仁は腰をねじり、びゅるっと白濁した蜜を吐きだす。その量は少なく、一度きりで勢いもない。祐仁もまた尽きかけているのだろう。
「まだまだ逝き足りなそうだな。びくびくしてるぞ」
 颯天につく男が空いた手の指先をオスに添わせると、すっと裏筋を撫であげてきた。融けだしていく、そんな感覚に覆われた。
「あ、あうっ、あぁっ……も……無理、だっ」
「無理をしたらどうなるんでしょう」
 可笑しそうにくつくつとこもった笑い声を出し、男は突端から手のひらをずらしたかと思うと親指の腹で孔口を抉じ開けるように捏ねた。
「ああああっ……出、るっ」
 今際(いまわ)の際に発した刹那、ずっとふさがれたような状態だった孔口が解放された。
 …………っ――――。
 精道が破裂しそうな勢いで、淫らな体液が制御不能のまま駆けのぼってきた。颯天はめいっぱい腰を突きあげる。白濁した蜜が淫水に押しだされ、天を突くように迸った。
 すべての神経が快楽に侵され、弛緩する。放出は永遠に止まらないのではないかと思うほど続き、目からは涙が、口からは唾液がだらしなくこぼれた。
「おい、男娼が気絶してどうする」
 意識が薄らとなるなか、颯天は乱暴に現実に引き戻される。はっきりはしないまでも、荒々しい呼吸音だけで妙に部屋が静かになったことに気づくくらいには意識が戻った。
「ブレーンU、おまえの勝ちだ。何を望む?」
 その問いに、颯天は無意識に集中する。
 祐仁が何を望むのか。颯天自身、祐仁の口から何を聞きたいのか、朦朧とした思考のなかでその結論が出せないうちに――
「おれは、Eタンクに尽くすのが、望みだ。高井戸颯天は、代償として、凛堂会に渡す。その、永礼(ながれ)組長との約束を、果たす、だけだ」
 祐仁は地位保全を望み、颯天を手放した。

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