NEXTBACKDOOR|淫堕するフィクサー

第2章 median strip〜分離〜

2.

 達しても祐仁の手は颯天を離さず、白濁した蜜を搾(しぼ)りとるように擦りあげる。後ろを侵していた指がぬぷりと出ていき、惜しむように後孔が閉じていく。その刺激がたまらず前に及んで、最後の力を振り絞るように蜜は出尽くした。
 壁に突っ張っていた手が滑り、脚は突然、砕けたようにがくっとくずおれた。素早く祐仁が腰を抱いて颯天を支える。骨までも蕩けたように力が入らず、颯天は背中から祐仁に寄りかかった。
 祐仁はシャワーを取って汗ばんだ颯天の躰を洗い流していく。水圧が乳首や萎えたオスに襲いかかると、颯天は陸に揚げられた魚のように躰をぴくっと跳ねさせた。快楽は冷めきったはずが、そのちょっとした刺激によって躰は次の快楽を求め始めたのか。
「自分でベッドに行けるか? 行けないなら運んでやる」
「自分で行く」
 囁くような声しか出なかったが、颯天は即行で返事をする。
 祐仁は堪えきれなかったといった気配で、喉の奥でこもった笑い声を放った。
「さきに行け。すぐ行く」
 祐仁の支えがなくなると、颯天は少しよろけたものの、すぐに体勢を立て直してバスルームを出た。
 躰を拭くのもそこそこにベッドルームに行くと、颯天は背面から飛びこむようにベッドに横たわった。ふとんを剥いだシーツはいかにも質がよく颯天を受けとめる。深呼吸をひとつして快楽の余韻を静めていった。
 この部屋は祐仁の趣味なのか、臙脂(えんじ)色と亜麻(あま)色を基調にしていて落ち着く以上に温もりが感じられる。肉桂(シナモン)色の天井は、カフェのようにわざと褐(かち)色の梁(はり)か、もしくはそれに似せたものが並列している。
 どれひとつ取っても洗練された雰囲気があって、やはり颯天と祐仁は見る世界がまったく違っている。梁のように交わることのない平行線をたどっている気がしてならない。
 ――おれは交わりたいのか?
 自分に投げかけた疑問は直後、颯天自身に衝撃を与えた。
 嫉妬じみたことを云ったり、天井の梁を自分と祐仁の関係に重ねてみたり、嫌だと云いながら結局は祐仁によってまるで身を焦(こ)がすように快楽を享受している。
 おれは交わりたいのか?
 自らに同じ質問をなしたとき颯天は足音を聞きとり、答えを出すことへの模索は中断させられた。
 足下のほうから祐仁がやってくる。颯天も裸で半ば大の字に寝転がり何ひとつ隠していないが、祐仁はそれ以上に自信たっぷりといった様で裸体を晒している。
 小学生時代から高校までサッカー部にいた颯天はそれなりに躰が鍛(きた)えられていて軟弱ではない。祐仁は明らかに、鍛えることを目的にして鍛えている、そんな体付きをしている。
 かといって無駄に鍛えすぎているわけでもない。張った肩から適度に盛りあがった上腕と血管筋の浮かぶ前腕、そして胸から腹、そして脚へと隆起が美しく完璧に形成されている。
 その美を手に入れたいと――自分のものにしたいと思う男もいるだろう。
 ――と考えて、そんな気持ちに納得する時点で、颯天は先輩としての憧れ以上の気持ちをすでに持っていると観念せざるを得ない。認めないと悪足掻きしたところで、なかったことにしたり消去したりはできない。そんな簡単な気持ちなら、さっさと認めて祐仁に飽きられるまで快楽を貪ればいいだけの話だ。簡単ではないから逆らう。
「何を考えてる」
「朔間さんのことです」
 ベッドの傍に立ち、祐仁は目をわずかに見開いた。
「なんか素直だな」
「それを望んでるのは朔間さんでしょう」
 颯天は左肘をベッドついて躰を横向きに起こしながら右手を伸ばした。颯天は祐仁から快楽を与えられるだけで、まだ祐仁に触れたことがない。触れたいという気持ちに従った素直な行動は、祐仁のモノに触れる寸前、手首をつかまれて制された。
「なんで触らせてくれないんです? 愛人として調教するなら尽くすことも必要なんじゃないんですか。それとも、朔間さんは攻められ慣れしてないとか?」
「どういう意味だ?」
 祐仁は首をひねるとベッドに上がってきて、颯天を押し倒しながら躰を跨がると腿の上にのった。オスとオスが触れ、颯天はかすかに身をよじる。祐仁は躰を倒して颯天に伸しかかった。下腹部でオスが潰れるように密着する。呻く颯天と違って、なんの感覚もなさそうな祐仁は颯天の肘の部分をつかみ、ベッドに貼りつけた。
「朔間さんのバックの人、マゾなのかと想像してるだけです」
 有力者の愛人と認めながら、祐仁にそういった気配はまったく感じとれない。春馬の話からすると、祐仁は調教者側で愛人の立場とは相容れない気がした。それなら、そういう嗜好のある有力者なのかと考え至るのもおかしくない。
 それなのに、祐仁は失笑した。
「そんなに気になるか、おれのことが?」
 祐仁は強調するように付け加えた。
「気にしてほしいんでしょう、おれに?」
 同じように云い返すと、祐仁はにやついた顔を引き締め、じっと颯天を見下ろす。冗談を飛ばすのでもなく、かわすわけでもない。しばらく静止していた祐仁はやがてふっと笑みを漏らした。
「おれはサディズムでもマゾヒズムでもない。こと、颯天に関しては」
「無理やりだ」
「最終的に受け入れてることを否定する気か」
「おれはだれの愛人になるんですか?」
 出し抜けに本筋に触れると、祐仁は急所を突かれたように目を逸らすという、らしくないしぐさをした。
 疾(やま)しさがあってすぐには答えられないのか。疾しさを祐仁が感じているぶんだけましなのか。それだったら、少しは颯天のことを考えていることになる。そんなわずかな期待を抱く自分に気づいたところで、颯天は嗤(わら)う気にも呆れる気にもなれない。いまはただ祐仁の答えを待った。
 云いたくないのならかわせばいいのに祐仁はそうすることもなく、やはり彼らしくない。そう思うと、告げるのを窮するほど何があるのか不安になってくる。
「もう――」
 ――いいですよ、と颯天のほうがその答えから逃げかけたが、やっと颯天へと目を戻してきた祐仁によってさえぎられた。
「おれのものになれ、そう云っただろう。おまえを愛人にするのはおれだ」
 さっきまでの沈黙はなんだったのかと思うほど、祐仁は決然として見えた。颯天の内部まで射貫くような眼差しだ。
「けど……ためらったってことは、最初は少なくともそういうつもりじゃなかったんだ。違いますか」
 祐仁は薄く笑った。都合が悪いふうでもなく、おもしろがっている。
「最初っていうのは、おまえとおれじゃ時間差あるけどな。そのとおりだ」
「時間差? どういうことですか」
 祐仁は神通力を保持しているかのごとく、問い返した颯天の目を捉えて放さない。嘘を云えばたちまち見抜くぞといった様で祐仁はおもむろに口を開いた。
「颯天、おまえはおれの話を聞く覚悟はあるか」
 おかしな云い分だった。話すことに覚悟が要ることはあっても、聞く側になぜ覚悟が必要なのか。
 訳のわからない覚悟を迫られるのなら、祐仁にも覚悟をしてもらいたいことがある。祐仁が、春馬の云う“足下へも寄りつけない”人なら、御門違い、身の程知らずと云われるに違いないが。
「工藤さんは自分のことを朔間さんのパートナーだと云ってました。けど、わかるんですよ、そのパートナーって意味。おれは工藤さんと取り合いする気にはなれませんから」
 云い終えたとたん、祐仁はわきまえろと咎めるどころか、大げさなほど声を出して笑いだした。
「だれを取り合うんだ?」
 祐仁にからかわれて、また嫉妬じみたことを――いや、はっきり嫉妬を口走ったことに気づかされた。笑い飛ばされたことへのむっとした不機嫌さは消え去り、かわりに颯天の心底には俄(にわか)に覚悟が生じる。
「おれは……朔間さんをだれかと共有するなんてできない。おれ独りって決めてくれたら聞いてやってもいい」
 身の程知らずだろうが、祐仁への恋慕を認めてしまうと颯天は怖いものがなくなった。
「その云い方、恩着せがましいし、違わないか」
「違いませんよ。朔間さんがおれに聞いてほしがってる」
 祐仁は確信に満ちた颯天の言葉を聞き、さっきよりは静かだがまた声を出して笑う。かと思うと真顔になり、そうしていきなり顔を近づけた。焦点が合わないほど目と目の距離がなくなり、直後、颯天はくちびるをふさがれた。
 抵抗するのではなく、そして迫られてもいないのに颯天は口を開けた。颯天から進んで身をゆだねたという、はじめての証しは伝わったのか、すかさず祐仁は舌を差し入れ、颯天の舌に絡めた。
 どうすれば祐仁が口づけに満足するのかわからない。颯天は祐仁を侵したい衝動に駆られ、くちびるとくちびるのすき間を探り、本能のまま舌をねじ込むように伸ばした。
 く、ふっ。
 呻いたのはどちらか。罰するように祐仁は颯天の舌を絡めとりながら吸引した。
 ふぁあっ。
 口が緩んで颯天は間の抜けた喘ぎ声を漏らし、舌は快感に痺れて痙攣する。颯天の口内に溜まったふたりの唾液がだらしなく口の端からこぼれた。
 祐仁はいきなり颯天の舌を放つと、一分にも満たないキスにもかかわらず息を荒らげながら顔を上げた。
「颯天、聞かせてやる」
 祐仁もまた恩着せがましく云ったが、颯天が迫った覚悟を受け入れたという返事でもあった。
「わかりました。聞きます。話してください」
 二つ返事どころか三つ返事で応えた颯天を見下ろして、祐仁は吐息を漏らすように笑った。
「おれは施設で育った。親の顔も名前も……どこのだれかもわからない。迎えがきたのは中学一年のときだ」
 話を聞くとは云ったものの、いざ祐仁が口にした内容は出し抜けに聞こえた。
 颯天はかすかに眉をひそめる。
「迎えって両親が?」
「いや。いまは少なくともだれが父親かっていうのは予測ついてるけど、はっきりしないし母親はまったくわからない。おれはそのとき選択を迫られた。ある場所について行くか、行かないか」
 父親の予測がつくという状況を颯天が考えつかないうちに、また疑問は増えた。
「ある場所?」
「ああ。エリートタンク研究所って聞いたことがあるか」
「……ないです」
 颯天は記憶をたどり、まもなく首を横に振った。
「なら、シンクタンクは?」
「ああ……ニュースで聞いたことあります。頭脳集団て云われてますよね。知識とか情報収集をして提供するコンサルタント? ……ってイメージありますけど」
 云っている途中で祐仁は可笑しそうに息をつき、颯天はむっとして付け加えた。そうすると祐仁はまた笑うが、同時に否定するように首を横に振った。
「バカにしてるんじゃない。ざっとしてるけどな、そんなものだ。そのひとつがエリートタンク研究所になる。一般的には、颯天が知らなかったようにメジャーな組織じゃない。けど、政官財のトップで知らない者はいない。もっと云えば、それくらい陰から影響を及ぼす、いわゆる黒幕と云われている組織だ。おれは、エリート(E)タンクが運営している施設で生まれ育った」
 それがどういうことか。颯天の中で祐仁に関して存知したことが目まぐるしく現れ、いまの祐仁の言葉に符合する事柄がピックアップされていった。
 それらを結びつけ、結論を出すのを待っているかのように、祐仁は颯天が話しだすまで黙っていた。
「つまり……朔間さんは中一のときにエリートタンクからスカウトされたってことですか。そのときから行き場所は決まっていて、だから就活はしなくていい。愛人はその組織の人だ。裏社会にも影響力があって、だから弟は救えた。そういうことですね」
「全問正解じゃない。愛人やっていた相手は組織が絡んでるけど、組織の人間じゃない。清道(しんどう)理事長だ」
 だれだ、それは。
 そう疑問に思った一瞬後、颯天は目を見開いた。皮肉っぽく歪めたくちびるに目が行き、そこから颯天の無言の疑問に対する答えを読みとった。
「うちの大学の?」
 わかっても問わずにはいられなかった。
「そうだ。高二のときから三年間、清道理事長に飼われていた。Eタンクの命令だ」
「命令って……。工藤さんは、朔間さんが男娼を育ててるようなことを云ってた。けど、だれかの愛人だって朔間さんは認めてて、それがどういうことか考えてるんですよ。愛人だった側から育てる側に変わったってことですか」
「正確には、育てる側になるために愛人になっていた、だな。育てるには自分がそれを知らないといけない。教師や指導者や、教える立場ならあたりまえのことだろう」
「それを受け入れたんですか。高校生のときに?」
 祐仁は薄く笑いながら――それは自嘲に見えたが、首を振って否定を示した。
「迎えがきたときに選択を迫られたと云っただろう。Eタンクの裏側なんて何も知らずに底辺で生きていくか、それともEタンクでまさに管理者(エリート)として生きるか、その二者択一を迫られた。Eタンクで生きていくことを選んだ時点で、おれはEタンクからの指示を受け入れなければならない。Eタンクにはいろいろ部門があって、その部門のなかでランクがある。おれが高二のときに部門(グランドエリア)が決まった。裏社会を担当するアンダーサービスエリアだ。末端の奉仕(エイド)職から始まる。エイドには汚れ役(ブルー)と主知的(ホワイト)な労働に別れていて、おれはブルーエイドに配属されたってわけだ」
「汚れ役って、それが愛人役だったってことですか」
「ああ、おれの場合はそうだ。例えば、人に危害を加えるブルーエイドもいる。無意味にはやらないけどな。ブルーとホワイト、どっちが有利かなんてないし、おれに拒否権はない。底辺で生きていくよりマシだって思った。施設は生活するには不自由しなかったけど、学校に行くと違いがわかるんだ。欲しいものが手に入れられないことに気づく。欲しいと云える親がいないから。欲しいものが手に入る、そんな自由に憧れた。底辺で生きて、伸しあがることも不可能じゃない。けど、それがより早く、より確実なら……そう考えた。結局は、組織に縛られて自由にはなれなかった。おれは安易な気持ちで虎の威を借りようとしたんだろう」
 自業自得だ、と祐仁は自分を嘲って笑う。
「抜けられないんですか。いまからだって伸しあがれる。朔間さんなら」
 祐仁はつと目を逸らし、すぐさま颯天に戻した。
「簡単なことならそうしてる。抜けても、結局はEタンクから一生見張られることになる。実態を知ってるから。おかしな真似をすれば……実際はそうでなくてもそうと見なされれば消されることになる」
「消されるって、殺されるってことですか」
「ああ。それがさっき云ったブルーエイドの役割のひとつだ。どのみち監視されるのなら、Eタンクで伸しあがったほうがいい。そうして自由を得る。そう思ってる」
 けど――と祐仁は中途半端に言葉を切って颯天をじっと見つめた。
「……なんですか」
「欲しくてたまらないものができた」
「……なんですか」
 颯天は祐仁の眼差しにその答えを見いだしながらあえて同じ言葉を繰り返した。自惚(うぬぼ)れのはずはない。
「颯天、おまえだ。上に行くまで待てない」
 切羽詰まったような云い方で、それは切実で憂いを帯びている。どういうことか、考えたすえ颯天は祐仁の事情を漠然と察した。
「朔間さん、もしかして……」
「祐仁、だ」
 祐仁は颯天をさえぎって訂正を促した。
「……祐仁」
「ああ。颯天、おまえのことはおれが守る。上に行くまで……」
「わかってます。黙っていろ、ですよね」
 祐仁は苦笑に近く、力尽きたように笑ったかと思うと顔をおろし、颯天に口づけながら密着した下腹部を揺らし始めた。
 颯天のくちびるの間を祐仁の舌が滑り、口の中に割って入るかと思ったのに逆に離れていった。そしてまた口づけられ、上唇が甘噛みされて吸着される。気持ちよさに呻けば、もっとという颯天の欲求とは逆にまた祐仁は離れていく。もどかしさに颯天は口を開いた。
 祐仁は口の端から舌を忍ばせて頬の裏側を撫でる。颯天が舌を絡めようとした矢先、祐仁はするりと抜けだした。口づけは啄(ついば)むようで、刹那だけ触れ合っては離れてしまう。
 おまけに祐仁の揺れる躰は下腹部を摩撫するようで、そこが熱を生み、解放されたい欲求を孕む。けれど、肘はベッドに括りつけられたままじれったさが募るだけで、颯天は祐仁に縋ることも引き寄せることもできない。
「朔間さんっ」
 たまらず祐仁が離れた瞬間に颯天はその名を叫んだ。
 祐仁は不服そうに朔間を見下ろしながら、一方で悦に入った気配も窺える。
「呼び方が違う。ちゃんと云え。おれにどうしてほしいかも」
 支配者になりたがるのは祐仁の性(サガ)なのか、やはり颯天の絶対服従を望んだ口振りだ。
「……祐仁、ちゃんと抱いてほしい。まだるっこい前戯はいらない!」
 ためらったのはわずか、云ってしまうと箍(たが)が外れたように颯天は遮二無二やられたくなる。かろうじて動かせる下半身を突き上げるようにうねらせた。
 く――と、祐仁はかすかに呻き声を漏らす。
 祐仁自ら動いているときには見えなかったが、颯天が動いたことによって祐仁の中心に反応が現れている。颯天の下腹部でそれは確実に存在感を増した。
「やる気……じゃなくて、やられる気満々だな。颯天、今日は本当の意味でおまえのはじめての男になってやる」
 いいか、と口を寄せたまま囁かれた言葉は熱くこもって、颯天のくちびるを湿らせる。それだけで颯天はのぼせそうになった。
「そうしてください、早く」
 声がかすれているのは欲情のせいか、あまり考えることもなく返事をしたかもしれない。祐仁はそれを見越したように薄く笑い、颯天の腕を解放するとその頬に手を添わせる。
「颯天、おまえは可愛い。至上の愛人だな」
 云った直後、祐仁は出し抜けに切迫した面持ちになる。それだけなんらかの深刻さを抱持(ほうじ)しているという証明なのか、颯天を襲ったキスは、ずっと獲物を待っていた獣のようだった。
 颯天の舌は深く強く吸いつかれ、痛みすれすれの快感が神経を侵していく。心地よさに痙攣する舌は、それを及ぼす祐仁にも快感を与える。颯天を食べ尽くしたい、とその気持ちは危害を加えることになるかもしれないほど強い。そうして抑制した反動で喘ぎながら祐仁は顔を上げた。
 躰を起こして祐仁が離れていくと、けっしてクーラーが利きすぎているわけでもないのに、颯天は一気に体温の熱を奪われたように感じた。それは――なくてはならない。颯天にとって祐仁はそんな存在になっていくだろうことを予感させる。
「祐仁……あ、ああっ」
 呼びかけているさなか、颯天のオスが握りしめられた。根元を締めつけられていなければ、独り果てていたかもしれない。それほど、ただ捕らえられただけのことが強烈な快感になっている。親指の腹がオスの突端を撫でると、嬌声を放ちながら自ずと颯天の腰が跳ねあがった。
「もう準備万端だな。太くなって濡れ濡れになってる」
 親指の滑る感触から、先走っていることは颯天自身もわかりきっている。
「あ……祐仁、の……くっ……せい、だっ」
 喘ぎながら祐仁に責任をなすりつけると、含み笑いが返り、そうして祐仁は手を離した。次の瞬間には、颯天の腰がつかまれてくるりと裏返しにされた。今度は背中に伸しかかり、祐仁は颯天の手の甲に手を重ねて指を絡めてくる。耳もとに息遣いが聞こえた。
「はじめてでも、おまえなら……おれにやられるんならちゃんと逝けるはずだ。逆らうなよ。痛みの向こうにある快楽を楽しみにしておけ」
 云い終えたあと、祐仁は颯天の耳全体を含むようにしながら咬みついて、吐息を吹きかける。ぞくぞくと鳥肌の立つ感覚が生じて、颯天は痙攣するように全身をふるわせた。それだけでは終わらず、祐仁は舌を出して耳孔(じこう)を弄りまわす。祐仁の躰が重石になりながらも、びくびくと腰は上下してしまう。
 双丘の間に祐仁のオスが添い、颯天の声とは違う呻き声が漏れてきた。颯天のものでなければ祐仁の声に違いなく、これまで一方的だった快楽を共有していることが颯天の悦びに転化される。
 とはいえ、手はベッドに縫いつけられ、身動きができずに一方的にやられているのはこれまでと同じで、祐仁が耳もとから離れていったとき颯天は半ば力尽きていた。
 肩から背中へと口づけは流れていき、祐仁の重みが背中からなくなったと同時に、腰がつかまれた。臀部が高く持ちあげられ、膝を立てるという姿勢は、まるで無防備に捧げるようだ。颯天は俄に焦る。
 祐仁は逆らうなと云ったが、本能的に避けたがるのはどうしようもない。どうにかベッドに手をついて颯天が顔を上げる間際、祐仁の口づけは腰もとから双丘にのぼっていき、そして谷間に舌が添った。
「あっ、祐仁っ、そこは――っ」
 これまで指と性具でさんざん弄られてきたが、後孔をじかに口づけや舌で刺激されたことはない。まるで生き物のようで――祐仁という生き物の一部には違いなかったが、異様な感覚を引き起こされる。
 う、あ、ぁあああっ。
 熱く濡れた未知の感触がたまらず、颯天は喉をのけ反らせて叫ぶように嬌声を放った。
 天井を仰ぐように喉が反り返ったぶん背中が撓(しな)い、颯天は祐仁に双丘を押しつけてしまう。その好機を捕らえて祐仁は双丘の間に顔をうずめると、腰を抱くように押さえつけながら颯天が逃げられないよう固定した。
 祐仁の舌が後孔の周りをじっくりと舐めまわす。けっして後孔には触れず、中心に向かって窄(すぼ)んだしわをほぐしていく。恥ずかしさは消えきらなくても、逃れられないとあきらめた颯天は、祐仁の舌に意識をやり、その動きを鮮明に感じながらまたもどかしさを募らせた。
 はっ、ふぁっ、んふ、ぁあふっ……。
 舌っ足らずの喘ぎ声は止まらず、後孔は疼いてひくひくとうごめいている。あまつさえ、颯天のオスはもっとはっきり反応を示している。淫蜜がツーッと体内から先端へと下り、シーツの上に垂れて染みこむ。
「ゆ――じんっ、我慢……んはっ……できなく、なるっ」
 後孔が伸びきって緩んでいくようで、颯天は心もとない。そうやって祐仁を迎えようとしているのかもしれない。
「我慢しないで逝っておけ。そっちのほうが力まなくてラクだ」
 祐仁は云いながら、口づけるかわりに人差し指を後孔に沈めた。ぬぷっと艶めかしい濡れ音がするのは、そこに纏わりつく祐仁の唾液のせいか。祐仁は第一関節まで入れるとすぐに引き出し、それを何回も繰り返す。その間に、颯天からかまえていた気持ちは消えた。
 後孔は熱を帯び、蕩けだしていくような感覚がする。それを見越したかのように祐仁の指がぐっと中に入ってきた。痛みはなく、抽送が繰り返されるごとに感度が上昇する。
 後孔も腸道も、なぜこんなに感じるのかわからない。祐仁の調教によって颯天の性感は開かれた。教えの延長で、颯天は自ら性具を使わされてきた。今日も命令されていたとおり、家を出てくるまえに自分で自分の躰を慣らしてきた。もはやそれを無理やりやらされているとは云えない。いざ使いだすとまるで祐仁にそうされているようで、果てるまで止まらなくなる。祐仁の云うとおり、颯天は淫乱なのかもしれなかった。
 いまも腰がふるふるとふるえて、祐仁にはもっととねだっているように見えるだろう。いや、それも否めない。颯天の無言のおねだりに応えるように祐仁は指を二本に増やした。拡張されたきつさは長くは続かない。
「あ、あっ、そこはっ……ああっ」
 祐仁は迷わずに颯天の弱点を突いてきた。
「ゆーじ、んっ、ベッドが濡れっ……あ、ああっ」
 漏らしてしまう。そんな怖れから叫ぶも、祐仁は容赦なくそこを揉みこむように弄る。
「颯天、羞恥心は快楽の増幅剤だ。だろう? 恥ずかしくなるほど、まき散らして濡らせばいい」
 祐仁の言葉が颯天を羞恥心から解き放った。
 けれど、逝きそうになる寸前、祐仁は弱点からゆっくりと指を退かせた。腸道に生理現象と紛うような感覚が起こる。指が抜けだした瞬間、排出の快感を押しつけられた。
 ふ、ああっ。
 だらしない嬌声がこぼれる。締まりがなくなった口から中に溜まった唾液がこぼれ、口角から顎へと伝った。
 まったなく、排出の快感が残る後孔にまた指が挿入されると、がくがくと尻がふるえた。祐仁は奥まで入れることなく、入り口を広げるように指先をまわす。きっとそこも弛緩(しかん)しているのだろう、ひたすら快感に襲われる。
 そうして一気に指先は奥へと進んできた。迷うこともなく弱点が引っかかれた刹那。
 かすかな音を立てて噴いたのは精か淫水か。自分でも区別がつかないまま、颯天はあとを追うように悲鳴じみた嬌声をあげた。
 祐仁は再び指を引き抜いていく。すると、今度は抜けだすことなく、奥へと逆行してきた。指先がぐりっとそこを刺激すると、また颯天は噴いてしまう。そうして祐仁は引き抜いては奥を侵すという抽送を始めた。
 ああっ、ああっ、ああっ……。
 指が弱点に到達するたびに颯天は喘ぎ、それと競演するように淫水を噴いた。次第に躰は力尽きていき、腰が抜けた感覚がして臀部だけ高く上げたまま、颯天はベッドに突っ伏した。
 自分が濡らしたのだろう、頬の下のシーツが濡れている。反対側の頬が手のひらで包まれた。
「颯天、侵すぞ」
 返事をする間もなく、祐仁の手が頬から離れていく。
 ベッドが揺れたかと思うと、キュッとひねる音、コトッと物を置く音が続く。性具を使うときの潤滑剤(ローション)だろう、少しの間を置いて腰がつかまれる。後孔に硬いものが押しつけられた。
 ノックするように軽く何度もつつかれ、やがて押しつけるようになり、まもなく先端が孔(あな)に潜りこむ。脱力した颯天は陶酔するような心地よさしか感じなかった。
 祐仁はすぐに奥を侵すことなく、様子を窺うように少し穿(うが)っては出ていくことを繰り返す。祐仁の与えるものすべてが快感となり、快感に打ちふるえる颯天のそこは弛緩している。さらに祐仁が腰を押しつけても、颯天は拡張される痛みを感じなかった。
 ぬぷっと粘り気のある音を立ててくびれた部分が颯天の中におさまる。奥まで貫かれるだろうと覚悟したはずも、颯天の虚を突いて祐仁は腰を引く。颯天の中から抜けだしたかと思うと、間髪を容れず、また祐仁は先端を埋めてくる。その繰り返しは颯天を再び快楽の果てへと追いつめていく。
 ふはぁっ、はっ、はっ、はっ……。
 閉じたり開いたり、後孔が絶えず刺激されて、颯天はだらしなく口から涎(よだれ)をこぼす。与えられる快楽以外のことを考えられなくなった。
「ゆ、じんっ、ふ、あっ、ああっ……」
「くっ……気持ち、いいか」
 祐仁もまた快楽に顔をしかめ、たまらず呻くが、颯天には気づく余裕がない。
「ぅくっ……おかしく、な、るっ……ふ、はあっ」
 後孔は祐仁のオスを捕らえようとうごめくが、無理やり引き抜かれて空虚さにひくひくとした疼きが止められず、颯天は腰を揺する。そうして、祐仁がまた入ってきた瞬間、それを待ちかまえていた腸道が祐仁のオスを捕らえ、絡みつくようにしながら奥へと引きこんでいった。
「颯天っ」
 祐仁のうわずった声が背中に落ちてくる。
 杭(くい)のように硬くなった祐仁のモノは、打ったばかりの鉄のように熱い。それが隘路(あいろ)をいっぱいに満たしながら体内の奥深くを侵してくる。自ずと粘膜を擦られ、その痒(かゆ)みに似た刺激がたまらなかった。
「あ、あっ、祐じ……だめだっ、あ、あ、あ……おかし……っいんだっ……助けて、くれっ」
「颯天、おまえが、やってる……っ……こと、だろうがっ。くっ……おまえの中は……おれを捕らえて、放さない。……っ」
 祐仁はいまにも爆ぜそうになり、歯を喰い縛りながら、行くぞ、と颯天の双丘をつかむ。絡めとる肉襞(にくひだ)に逆らうように祐仁は腰を引いた。
 ああああっ。
 痛みなどなく、あるのは何もかもどうでもよくなるような性感の極みだった。触られてもいない颯天のオスが、これ以上にないほど太く滾っている。
 祐仁はぎりぎりまでオスを引くと、次の瞬間、重量を伴って深く抉った。そして、弱点が擦られるともう颯天の限界は見えてきた。
 祐仁は唸(うな)り声を発しながら律動を繰りだす。颯天の後孔はぐちゅぐちゅとまるで粘液が溢れているかのような音がひどくなり、そして腰が抜けた脱力感のなかでも、双丘は意思を持ったようにびくびくとしたふるえが止まらない。
 嬌声を放つ力もなく、颯天は片方の頬をシーツに付けたまま口の端から唾液を垂らしながら喘ぐ。涙腺は緩み、そして覚醒したままのオスはうれし涙のように蜜をこぼしてしまう。
「ゆうじんっ、も……だめだ……」
「おれも、中に出すぞ」
 云いながら、祐仁はずるりと抜けだした。
 あ、あ、あ、あ、あああっ。
 排出の快感に襲われ、颯天の躰に痙攣が走る。おさまりきれないうちに、後孔が再び押し広げられ、祐仁は質量を見せつけるようにぐっと貫いてきた。そうして弱点に集中し、オスがうごめいた。快感の上に快感が集い、意識が飛びそうな快楽が押し寄せてくる。
「あっ、い、や、だっ」
 気絶しそうな怖さゆえに、拒絶の言葉が颯天の口をついて出る。それでいながら、快楽を貪るように粘膜は祐仁に纏いつく。腰が淫(みだ)らにうねり、颯天は自分の躰なのに止められなかった。
「あ、もぅ……逝、く……ぅっ……」
 あまりの陶酔感に声は詰まり、颯天は脳内からすべてが融けだしていくような感覚のなかに放りだされた。何度も精を放ちながら、その自らの性反応が快感に上乗せされる。そして、祐仁が呻き声を発した直後、体内に火傷しそうなほどの熱が放たれ、快楽が飽和した。
 意識がなくなる寸前、祐仁は躰を繋いだまま、颯天を背後から抱きとるようにして横たわると――
 おまえはおれのものだ。放さない。だれにも渡さない。
 そんな囁き声が聞こえ、颯天は安心しきって眠りにゆだねた。

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Material by 世界樹-yggdrasill-