NEXTBACKDOOR|淫堕するフィクサー

第1章 Cross-Border〜越境〜

4.

 今し方の会話で彼らが祐仁の家族ではないとはっきりした。そもそも、颯天は名乗ったが彼らが名乗り返すことはなかった。使用人か“ファミリー”か、どちらだろう。
 とりあえず、颯天はなんとなく感じていた見張られるという事態からは逃れて、いくらかほっとした。
 祐仁が背後から手を伸ばして、液体の入ったコップを颯天の前に置いた。
「ありがとうございます」
 カチャッと金属がぶつかるような音がした直後。
「手を貸してくれ」
 祐仁が云い、出し抜けの頼みにとっさには反応できなかった。ほっとしたことと相まってその虚(きょ)をつかれ、颯天は腕をつかまれて後ろにまわされた。硬いものが手首に触れ、そうかと思うと輪っかが嵌められる。
 なんだ?
 その疑問に対処しきれないうちに反対の手も同じようにされて、それが手錠だと颯天ははじめて気づいた。椅子の背を背中から抱くようにして両手が括(くく)られた。
「朔間さん!?」
 颯天が慌てふためきながら振り向くと、顔をおろしかけていた祐仁の顔とぶつかりそうになる。その寸前。
「おれは約束を果たした。おまえのばんだ」
 祐仁が囁くように云った一瞬後にふたりのくちびるはぶつかった。
 斜め後ろから顔を傾けた祐仁と、五センチも離れていない距離で目と目が合う。祐仁は口を合わせたまま、舌先で颯天のくちびるを舐(な)めた。上下左右と何度も舐めながら、徐々にくちびるを割り開く。くちびるの裏側に舌が滑りこみ、内側から粘膜を舐めまわされた。動転しているうちにくすぐられるような刺激が颯天の感覚を侵していく。
 おかしな気分だった。下腹部に熱い塊(かたまり)ができている。
 なんだ? おれはどうなってる?
 のぼせたように視界がかすみ、それでも祐仁の目が間近で颯天を見つめているのは察せられる。反応を探られているような気がして、颯天は目を閉じた。いざそうすると、かえって颯天がなんらかの影響を受けていることを認めたことになると気づいた。
 だが、もう遅い。感覚を抑制もできず、祐仁がくちびるで颯天の上唇を挟み、吸いついたとたん。
 んあっ。
 恥ずかしい声が颯天の口から飛びだす。
 そして、祐仁は顔を放した。
 颯天は無意識に目を開く。じっと見下ろす祐仁はくちびるを歪めた。
「やっぱりいい反応だ。楽しみだな」
「……なんで……」
 颯天は中途半端に言葉を切る。自分でも何を云いたいのかよくわかっていない。
「“なんで”? おまえがいるからだ」
 その理由にどんな意味が存在するのか、愚問だとばかりに一蹴(いっしゅう)した祐仁は少し前かがみになって、颯天のTシャツの裾(すそ)をつかんだ。
「食事の時間だ。食べさせてやる」
 祐仁は云ったこととまったく無関係なこと――Tシャツを引きあげていく。
「なんで脱がすんですかっ」
「また“なんで”か。こぼしたときに汚れたまま帰りたくないだろう?」
 祐仁は鼻先で笑い、もっともらしく理由をつけた。
 頭をくぐらせたTシャツは二の腕の途中で丸まって、拘束の役目を果たす。自分が着ていたTシャツのせいで颯天はますます身動きしづらくなった。
 その不本意さよりもひどい困惑に晒された。この季節になれば家で上半身裸でいることはあるし、プールだったり部活だったり、これまで着替えるにも人前で平気で裸になれたのに、なぜいまは羞恥心(しゅうちしん)を覚えるのだろう。口づけと相まって焦った結果なのか、とにかく颯天は心もとなさに襲われる
 あまつさえ、それだけにはとどまらず、下もだ、と祐仁はカーゴパンツに手をかけてベルトを外し始めた。
「嫌だっ。やめてください!」
 呆然としたのは一瞬、颯天がとっさに立ちあがろうとすると、祐仁が椅子を押さえつける。それでも椅子がガタガタとうるさく音を立てるほど暴れた。
 祐仁は慌てふためく颯天をよそに、可笑しそうに含み笑う。
「思っていたよりガタイがいいけど、体力もありそうだな」
 けど、と祐仁は颯天に顔を寄せて横柄に首を傾けた。
「弟を助けてくれって依頼したのはおまえで、おれは条件をほのめかした。そのうえで撤回しなかったということは、おれの云いなりになるって承知したんだろう? 最低でもウィンウィンでなければおれは納得がいかない。犠牲を払ったぶん、弟を売って回収するしかないな?」
 人当たりよく見せているが、祐仁は少なくとも善意だけで人のために動く人間ではないことがはっきりした。祐仁を頼るのは間違いだったと気づいてもいまさらどうしようもない。弟を売るなどできるはずもない。
「弟に手を出すな!」
 祐仁はおどけたふうに眉(まゆ)を跳ねあげた。
「だったら、おまえは現状を受けいれるしかない。どうする? このまま脱がないでもいい。おもらし晒して帰ることになってもいいなら」
 どうするつもりだろう。颯天はそんな不安を押しやり――
「……脱がせて……ください」
 きっぱりと云うつもりが、動揺は隠せず言葉に詰まった。
「オーケー」
 祐仁はにやりとして、再びベルトを外し始めた。カーゴパンツのボタンを外し、ジッパーを下げる。
 颯天はその間、強く目を閉じていた。
 祐仁の云うとおり、弟を助けてもらうかわりに何が待ち構えているのか、部室で襲われたときに悟っていた。こういう状況になるまで、颯天が向き合ってこなかっただけの話だ。
 男を襲うのは祐仁の単なる性癖(せいへき)なのか。だとしたら、どんなことが自分に起きるのか空恐ろしい気もする。
「腰を浮かせ」
 云われたとおりにすると、ボクサーパンツごとカーゴパンツが脱がされ、靴下も脱がされ、颯天は丸裸になった。寒くもないのに躰がぶるっとふるえる。
「きれいな色をしてるな」
 祐仁は含み笑う。
 なんのことか――
「颯天、おまえ処女か」
 その質問で祐仁がどこを見て云っているのか察せられた。
「……関係ない」
 違うと云えない時点で経験がないと白状したようなものだ。
 また笑ったのか、口もとに祐仁の吐息が触れる。
「関係なくはない。女に触られたこともないのか? 答えろ」
 その声はここにいた男二人に対してと同じ、絶対的な命令に聞こえた。
「……ありません」
「自分でやったことは?」
「……あります」
「それは残念だな」
 祐仁がふざけているのか真剣に云っているのかつかめない。
 そもそも、大学生にもなって自慰(じい)行為をしたことないなどあるのか?
 そんな疑問を口にしても意味がない。
 祐仁は、けど、とつぶやくと――
「まあ、最初の男になれるだけ光栄だろう。おれが本当の快楽を教えてやる」
 ゴロゴロと猫が喉(のど)を鳴らしているような声で颯天を脅(おびや)かした。
 何をする気だ? 怖れと不安しかない状況下、祐仁はテーブルからスプーンを取り、パエリアをすくって颯天の口もとに持ってきた。
 食べろと云っているのだろうが、あまりにも無防備な気がして、颯天は口を閉じたままでいた。もっとも、この恰好以上に無防備なことはなく、いまさらだが、従順になるのもすぐには難しい。
「口を開けろ」
 痺れを切らしたのか、祐仁の声は静かすぎて不気味とさえ感じるが、颯天は反抗的な眼差しできっと祐仁を見上げる。
「まだ何も話は聞いてません。弟が本当に大丈夫だっていう保証はどこにあるんですか」
 さっきからスプーンを差しだしたまま祐仁は微動だにしない。それがさらに静止した気配になった。怒ったのか。祐仁はどんなに尊大で強引であろうが乱暴ではなかった。もしも本気で怒ったときは、容赦なく非情になれるのではないか。
 怯(ひる)みそうになるも、どうにか目を逸らさずに対峙(たいじ)していると、祐仁はふっと吐息を漏らして可笑しそうにした。
「ごまかして押し倒すつもりだったけど、おまえは見込んだとおり堅実だな」
「見込んだとおりって……?」
「どんな状況でも理性を働かせる余力があるってことだ。ますます手に入れたくなった」
「……どういう意味ですか」
「あらゆる意味だ」
 祐仁の応えはやはりごまかしであって答えではない。
「納得できません」
「おれのことはどう聞いてる?」
 祐仁が唐突にそんなことを問いかけてきたのは話を逸らすためか、颯天は眉間(みけん)にしわを寄せた。
「どうって?」
「噂でもいい。何者だと思ってる? おれを頼ってくる根拠があったはずだ。おれがいくら助けになると云っても、相手がやくざとなれば普通の人間は頼ってこないだろう。当てにならないと思うよりも、おまえなら迷惑はかけられないと思うだろうし」
 祐仁は颯天をわかったような、そして買い被ったようなことを云い、促すように首をひねった。
「……裏社会の大物の愛人だって聞きました」
 颯天は少しためらったすえ率直に答えた。
 一方で、祐仁はためらわずにうなずいて肯定した。
「なら、おまえが期待したとおり、弟を助けられた理由も見当はつくだろう」
「本当なんですか」
「おまえが考えているよりも、おれのバックはでかい。無論、対極にある凛堂会よりもな。心配しなくていい」
「けど……」
「“けど”、なんだ?」
「朔間さん、そのバックの人に借りつくったんじゃないですか。やっぱり迷惑かけてるとか……」
 颯天は尻切れとんぼになり、そして唖然と祐仁を見つめた。
 祐仁はいままでになく笑いこけている。腹を抱えそうな勢いで、止めないといつまで笑っていそうだ。
「朔間さん、なんなんですか」
 たまらず颯天は少々不機嫌に声をかけた。
 それでも祐仁は無理だというように首を横に振って笑っていたが、やがて名残惜(なごりお)しいように笑みはおさまっていき、祐仁は息をついた。
「窮地(きゅうち)に追いこまれてるくせにおれの心配するって、颯天、おまえはどこまでお人好しなんだ? こっちのほうが心配になる。けど、おまえはやっぱり可愛い。忠実な下部(しもべ)にぴったりだな」
「おれは本気で……」
「心配無用だ。おれのこともおまえの弟のことも」
 笑った名残を顔に宿したまま祐仁はきっぱりと受け合うと、キッチンに行った。冷蔵庫の開閉音がして、すぐに戻ってくると、持っていたガラスの器をテーブルに置く。そうして、テーブルに斜めに腰を引っかけると、いったんパエリアの器に戻していたスプーンを取って、また颯天に差しだした。
「食べろ」
 祐仁のひと言は命令にもかかわらず、心なしかやさしさを感じさせる。颯天を従順な気にさせた。戸惑いは残りつつも口を開き、颯天はわずかに前のめりになってスプーンを咥(くわ)えた。
 食べている間、祐仁の目が颯天から離れることはない。もとい、テレビを見ながら食事をする颯天の家とは違ってここは静かで、祐仁が関心を持つ対象は颯天に限られる。颯天のほうが目のやり場に困った。見られながら食べる習慣はなく、味がよくわからないのはきっと気が張っているからだ。
「朔間さんは食べないんですか」
 椀子(わんこ)そばのように次々に口もとに向けられるスプーンの合間を狙って、颯天は早口で云った。
「あとで食べる。……ゆっくり、な」
 祐仁は思わせぶりに付け加えた。
 スプーンを置いた祐仁は、今度はスペアリブを摘まんで颯天の口に近づけた。颯天は祐仁が持つスペアリブに食いつき、顔を背けるようにしながら肉を咬みちぎった。
 颯天が食べきると、祐仁は残った骨を空っぽのプレートに捨てる。向き直った祐仁はおもむろに手を差しだした。指先が颯天の口もとすれすれのところで止まる。
 問うように見上げると――
「手が汚れた。舐めてくれ」
 祐仁は新たな命令を放ち、颯天が躊躇(ちゅうちょ)したのは一瞬、口を開けて祐仁の指先を口に含んだ。
 人差し指と中指の先には、ニンニクとオリーブオイル風味の味がかすかに残る。颯天はそれを舐めとると親指に移った。吸いつくようにしながら顔を放していき、口から指が抜けた。
 祐仁を見上げると、目を細めてかすかに眉間にしわを寄せている。何が気に喰わないのだろう。そう思っていると、祐仁は形だけの笑みを見せた。皮肉っぽくもなく、嘲(あざけ)るのでもない。
「今度はおれが空腹を満たすばんだ」
 祐仁は立ちあがり、颯天が座った椅子を九十度まわして向きを変えた。別の椅子の背に手を伸ばすと、ベルトを二つ手に取った。そんなものがあるとも気づかなかったが、ベルトで何をするつもりなのか、颯天には見当もつかない。
 颯天の疑問をよそに向き直った祐仁は躰を折って、膝と膝の間に手を入れた。
「な、なんですか」
「いまさら足掻(あが)くな」
 軽くあしらい、祐仁は脚の間に通したベルトで右脚と椅子の脚を一緒に括った。
 颯天は革のしなやかさを感じながら、それがベルトではなく拘束用のバンドだとわかった。ふくらはぎの上を適度に締めつけられて、本能的に閉じようとしたがかなわない。
「朔間さんっ」
 祐仁は顔を上げ、見下ろしながらも顎を引いて上目遣いで颯天の目を捕らえた。
「縛られてるほうがラクだぞ。縛られてたからしかたなかったって自分への口実になる。おまえ、自我が強そうだから」
 気を遣っているようでいて、その実、祐仁の目を見れば容赦なく颯天を好きにするつもりなのだと察せられる。
 祐仁の云うことに一理あると思いながらも、気持ちはついていかない。本気で抵抗するべきか迷っているうちに左脚も固定され、椅子を跨(また)ぐような恰好になり、躰の中心が無防備に晒された。
「食べろ。桃のシャーベットだ」
 颯天の羞恥心を気にも留めていないのか、祐仁は空腹を満たすのは自分だと云っておきながら颯天にスプーンを向けた。クリーム色をしたシャーベットは山盛りだ。ほかのを食べている間、置きっぱなしにしていたせいで溶けかかり、一滴二滴とちょうど颯天の開いた脚の間に落ちる。
「毒も薬物も入っていない。ただ冷たいだけだ」
 颯天が避けるように顔を引くと、祐仁はそう云ってスプーンを自分の口に持っていき、舌を出して舐めた。毒見したあとそのまま颯天の口もとに当てられ、くちびるがひやりとする。
 逆らっても無駄だし、逆らうほどのことでもない。颯天は口を開けた。祐仁が云ったとおり、口腔には桃の味が広がる。甘いものは苦手でもなく、甘さ控えめのシャーベットもいいが、山盛りのシャーベットは感覚が麻痺しそうなほど口の中をひんやりとさせた。
 二度め、スプーンが迫ってきた。
「もう――」
 ――いい、と拒みかけたがさえぎられ、くちびるの隙間に押しつけられれば食べざるを得ない。それが祐仁の意志だからだ。
 颯天が一度に口の中に入れてしまうと、祐仁はスプーンを器に戻した。三度めはないらしい。シャーベットを呑みこむように食べた矢先、祐仁は身をかがめたかと思うと颯天に口づけた。
 んんっ。
 緩んでいたくちびるが舌で割られる。無遠慮に侵入してくると、祐仁の舌は驚くほど熱く感じた。舌の這った感触がくっきりと痕(あと)を残していく。舌に絡みつき、吸いつかれると温度差がどうしようもなく心地がいい。舌が痙攣(けいれん)するほど快感に侵された。快感は下腹部に伝達され、また熱を持ったように感じて颯天は焦った。
 んあっ。
 喘ぎながら首を横に振ると、祐仁はあっさりと離れていく。
「どうだ、シャーベットの効果は? 気持ちいいだろう」
「……あたりまえに熱く感じただけです」
 ふっと祐仁は可笑しそうに息をついた。そうして祐仁が颯天の下腹部に手を置いたとたん、颯天はびくりと躰を揺らす。そのさきは自ずと察せられる。
「さっきまで萎(な)えてたのにな、キス一つで半勃(はんだ)ちしてるぞ。触ったらどうなるんだ?」
 祐仁がにやついた云い方で煽(あお)り、颯天の中心を捕らえた。
 背中から粟立(あわだ)つようなぞくりとした感覚が走り、身動きが取れないなかでも胸を反らし、颯天はびくんと腰を突きあげる。
 あっ、あああっ。
 颯天のものを包みこんだ手は扱くようにしながら先端へと抜けていく。その間、颯天はがくがくと腰を揺さぶっていた。どうにか快楽を堪(こら)えた颯天は、解放されたあと激しく喘いだ。
「処女はただでさえ反応がいい。委縮する奴もいるけどな、おまえは違うみたいだ。淫乱な愛人になる素質がある」
 祐仁は悦に入った声でつぶやいた。
 とてもまともには聞いていられない、受け入れがたい言葉だ。颯天は顔を背け、息を整えようと努めた。
 温度差の口づけとちょっと中心を弄られただけで、いまから自分に何が起こるのかを予感させた。考えたくない。考えると恐ろしい。
 快楽を逃すためには冷静さを失わないことだ。自分に云い聞かせるさなか、器とスプーンがぶつかる音がして、直後、再び中心がくるまれる。
 ぅわぁああっ。
 中心を捕らえられただけではなかった。祐仁の手は恐ろしく冷たかった。
 躰全体が冷たさに総毛立ち、危うく爆(は)ぜそうに太くなっていた中心は一気に委縮した。それでも祐仁は颯天のものを離さず、冷たさを塗りたくる。桃の香りが鼻腔を撫でていく。冷たいという感覚すら麻痺しそうなのをかろうじて防いでいるのは、シャーベットの膜越しに感じる祐仁の手のひらの温度だ。
 敏感な場所で、触られている感触は確かにあり、颯天はその触られているということに意識が集中しておかしな気分になっていく。
 くくっと喉の奥で笑う声がした。
「腰をびくびくさせて卑猥(ひわい)だ。さすがに萎えたけど、颯天はそれでも感じてるんだな。だんだん太くなってる」
 再び含み笑った祐仁はそこから手を離し、今度は颯天の胸に両手をつく。
 ひ、ぅっ……。
 中心が覆われたときのショックよりも軽減されていたが、やはり冷たく、ヘンな声が出そうになって颯天は慌てて下唇を咬んだ。
 祐仁の手がマッサージするように胸を摩擦する。冷たさに慣れると手のひらが乳首を転がす刺激が鮮明になる。部室で襲われたとき、こんな場所がここまで鋭い神経を持っているなど思ったこともなかったが、いままた快楽は簡単に引きだされた。心なしか、硬く大きく尖(とが)ったようにも感じる。
 ぁ……くっ。
 声が出そうになり、ぎりぎりのところで下唇を咬んで堪えた。
 すると、上唇に祐仁の吐息が触れる。
「颯天、さっきキスでどうなった? 熱くて蕩(とろ)けそうだっただろう」
 そう話しかける祐仁の吐息がふたりのくちびるの間で熱くこもる。その間も、手のひらは円を描くように胸を撫でまわしている。
「知らないっ」
 快楽を振り払うように叫び、けれど振り払うことはかなわず、颯天は歯を喰い縛る。
「いい反応だ。おまえはおれを見誤っている。逆らうほど苛(いじ)めたくなる。おれはそういう性分だ」
 笑壷(えつぼ)に入った様子で云い、祐仁は颯天の前で腰をおろすと膝立ちをした。颯天の脇腹に手を当てて距離を詰める。胸もとに顔を寄せ、祐仁は乳首をぺろりと舐めた。
 あぅっ。
 椅子が音を立てて動くほど、堪えきれなかった声をあげながら颯天はびくりと跳ねた。はじめてというだけの理由では足りない、鋭い快感が一瞬の間に躰を突き抜けた。
「やめ……う、ああっ」
 止めかけた言葉は嬌声(きょうせい)にすり替わった。
 祐仁は乳首を咥え、そうしたまま舌で自在に弾く。祐仁が支えていなかったら椅子ごとひっくり返っていたかもしれない。それほどの快楽に颯天はのけ反った。そのしぐさは快楽を避けるどころか、どうぞと云わんばかりに胸を突きだすことになって、祐仁に差しだしているのとかわらない。わかっていながらどうしようもなかった。
「本番はこれからだ。いまからどうなるんだろうな。楽しみだ」
 いったん顔を上げた祐仁は興じた笑みを漏らして囁く。颯天は顔を背けた。
 そうして、脇腹から放れていった手は颯天の勢いづいてきたオスをつかんだ。
 くぅっ。
 見なくても触れられたことで自分がどんな状態かは察せられた。祐仁の手は温もりを取り戻しつつあり、冷たいという感触はなかった。それとも自分が冷たすぎるのか。
「颯天」
 我慢することに気を取られ、颯天は呼びかける声に応じてしまった。
 祐仁を見下ろしたと同時に、そのくちびるが颯天の中心に近づきながら開いていく様が視界にクローズアップされた。
「嫌だっ」
 拒絶を叫んだのも虚しく、直後。
「あ、あ、ぅっくぅ……ふっぁああああ――」
 祐仁の口の中は灼熱(しゃくねつ)といってもよかった。勃ちあがりかけていたオスがびくんと一気に膨張(ぼうちょう)した。くちびるがくびれた部分に嵌まり、先端を舌が這う。
「ああっ、熱いっ、あぅっ、あああ……っ」
 颯天は身をよじって逃れることもできず、祐仁は云ったとおり苛(さいな)むように刺激を続けた。有り余るほどの快感に颯天の理性は耐えきれず、喘ぐ声を止められない。
 口に含んだまま舌は先端をぐるぐると這いまわり、熱はたまらない疼きに変わっていく。ぬちゃぬちゃとした音はシャーベットと祐仁の唾液のせいか、颯天の耳を侵して性感を煽る。そうして、ある場所が舌先でつつかれたとたん、蕩けていくような感覚がした。
「あ、だめだっ、そこは……っ」
 そう云ったことが間違いだった。弱点を晒したようなもので、祐仁はまるでそこを貫(つらぬ)こうとするかのように舌先を硬く尖らせてきた。ねじ込むように弄られ、その孔口(こうこう)が解放を求めて自ら開いていくような錯覚(さっかく)に陥(おちい)り、蕩ける感覚は現実味を増して次第に大きくなっていく。
「朔間さっ、ああっ……嫌だっ……あふっ、漏れ、るっ」
 颯天は首を激しく振って、上昇していく感度を紛らそうとした。だが、所詮、無駄な抵抗だ。拘束され、ましてやはじめてのことだ、颯天には快感の逃し方も耐え方もわからない。
 祐仁は孔口を舌先で押し開くようにしながら激しく吸着した。いや、実際は激しくなかったのかもしれない。ちょっとした刺激で颯天は快感に翻弄(ほんろう)される。吸いだされるような感覚には耐えきれなかった。
「朔間さ、離れっ、て……ふ、ぁっ……くださっ……ぃっ」
 このままだと祐仁の口の中に放ってしまう。そんな背徳感は、耐えなければならない、もしくは逝きたくないという拒絶と逆の効果をもたらし、よけいに颯天を昂(たか)ぶらせた。
 祐仁が離れていく気配はない。それどころか深く口の中にオスを含んで、ねっとりとした吸着音を立てながら顔を上げていき、くちびるの裏で摩擦を引き起こす。裏筋を親指で摩撫され、孔口に集中して吸いつかれた刹那。
「あ――出るっ」
 びくんと腰が飛び跳ねた。堰(せき)が切られるまでの一瞬、ふわりと躰全体が心地よくくるまれて、伴い、意識までもが浮遊した。直後、爆ぜる快楽に腰が何度も浮いては落ちるということを繰り返した。
 カタカタと颯天が椅子を揺する音はやむことはない。性遊戯はそれで終わりではなかった。
「う、わああっ……も、やめて……ああっ……やめ……くだ、さ……あああっ」
 まるで爆発するように快楽を放つ間、その果てに囚われていたが、収束していくうちに続けられている刺激に意識が移った。颯天が放ったものを祐仁は呑み下したのか、まだ足りないといったように吸引している。
 何度となく自慰はしてきたが、一度逝けば性欲は引いていく。それがいま、また急激に押し寄せていた。
 祐仁は手を上下させて扱きながら、顔の角度を変えて先端を舐めまわす。舌は孔口で痙攣したようにうごめき、颯天の腰はびくびくしておさまることがなく砕けそうな怖れを抱いた。放つ嬌声は叫び声とまがうようで、体内から漏れだすような感覚が大きくなっていった。
「い、やだっ……」
 さっきとは違う。そんな漠然とした、味わったことのない感覚が生まれている。祐仁が拒絶を聞くはずもなく、無慈悲に颯天は追いつめられていく。
 ひどい吸着音を立てながら祐仁は顔を離した。それに誘導されて体内から管を通って慾(よく)の証(あか)しが迸(ほとばし)る直前、孔口が人差し指の腹で引っ掻くようにいびられた。
「くぅぁああああ――っ」
 白濁した粘液が孔口から飛び散り、それを押しのけるようにしながら水鉄砲さながらに淫水が勢いよく迸った。
 それがなんなのか、快楽は陶酔するものでありつつ、つらさと裏表だということを颯天は教えこまれた。
「颯天、おれのものになれ」
 朦朧(もうろう)として息が絶え絶えでありながら、颯天は無自覚に首を横に振った。その無意味な抵抗に祐仁はくつくつと笑う。颯天は祐仁を虚ろに見、腰が抜けたような脱力感に襲われながら、祐仁に逝かされたことを受けとめていた。

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