Cry for the Moon 〜届かぬ祈り〜

メロディ10.


 荒かった息が治まった頃、レアに覆い被さった躰を起こしかけると、レアは祐真の首に手を回して引き止める。
「もう少しこのまま……」
「重たいだろ?」
「ううん」
 耳にくちづけると、祐真の下でレアがピクリと震える。

「……言葉は……嘘つきで大嫌い。でも、躰は……嘘じゃない温かさを信じられる。祐真に触れられていてそう思ったの。祐真の温かさがすごく好き」
「躰だけでいいのか?」
 レアは顔をめぐらして、すでに暗くなってしまった窓の外に目を向けた。
「ねぇ、窓から月が見える。きれい」
「けっこう真剣に答えを待ってたのに、どうして話が逸れるんだ?」
 祐真の声は笑みに満ちている。
「言葉にするのはもともと苦手なの。大事な言葉は云ってしまったら逃げちゃいそうで……だから自分の中にしまっておきたい」
「じゃ、おれも取っておこうか」
「だめ! 祐真の言葉は安心できるから」
「都合のいい奴」
「祐真の歌、大好き」
 重なった躰から互いの笑みが伝わってくる。

 〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪

 レアが耳もとでいつもの歌を囁く。
「それ、なんて曲?」
「ブルームーン」

 祐真は躰を起こし、レアの手を取って起き上がらせた。
 指でくちびるに触れ、そして下へと伝っていくとレアの躰が震え、その動きを止めるように彼女は祐真にしがみついた。
「死んじゃう」
「はは。最高の賛辞だ」
 祐真は腕を回してレアを包み込んだ。

「同じ月の間に満月が二回見られることがたまにあるの。二回目の月をブルームーンていって、それを見ると幸せになれるって」

 都会の夜は地上が明るすぎて月の存在が薄れ、だれもが見上げることすら忘れている。独りで見上げるより、こうやってずっと祐真とふたりで見られるのならそれだけでなにも望まない。

「今月は当たり月。三十日にブルームーンが見られるの。でも一緒には見られないね」
「見られるよ」
 レアが躰を起こして祐真を見上げた。
「嘘つきだって云いたそうな瞳をしてる」
「だって……」
「一緒にはいられなくても、見ている月は同じだろ? 隣におれを感じられるかどうか、それはレア次第だ。おれは感じられるよ。それに知ってる?」
「なに?」
「地球を出ない限り、月の裏側は絶対に覗けないんだ。つまり、ふたりがこの国にいさえすれば、同じ時間にまったく同じ顔の月を見られるってこと」
「裏側が覗けないって……なんだか別の世界がありそう」
「逆に月から見れば、地球は丸見えかもな」
「月の裏側で暮らせたら楽しそうね。こっそり地球を覗き見したりして」
 レアの瞳が屈託なく輝いている。

 その瞳に月が見えると云ったら、レアはまた話を逸らすだろうか。
 ブルームーンはいま、おれの目のまえに在る。

「おなか減ってるだろ? もうスープは冷めてるけど。バスローブを取ってくるよ」
 祐真は裸なのにためらうこともなく、ベッドルームの隣にあるバスルームへと行く。
「祐真!」
 ドアが閉まるまえに呼び止めた。
「なに?」
 祐真が振り返って惜し気もなく、レアに裸体を(さら)す。そのためらいのなさが、レアのすべてを無条件で受け入れてくれた(あかし)しのような気がした。

「男の人の躰ってすごくかっこいいのね」
 無邪気な感想に祐真は声をあげて笑った。
「また襲われたいのか? 死んじゃうって云ってもやめられる保証はどこにもないよ」
 云い残してドアが閉まった。
 レアもベッドから降りると脱ぎ捨てたふたりの服を集め、ベッドの反対側の壁に()えられたデスクの椅子に置いた。躰の中に残った違和感は少し動きをぎこちなくさせたが、胸の中には心地よい感覚が広がっている。

 すぐにドアが開いてクリーム色のバスローブを羽織った祐真が戻ってきた。
 腰まで届きそうな長い髪が、惑わせるようにレアの胸のふくらみを隠している。華奢な躰が、より一層かぼそく見えた。
 祐真の瞳が(けぶ)る。
 持ってきた白いバスローブをレアにかけた。
「レアの躰もすごく綺麗だ」
「バスローブがふかふかしてて気持ちいい」
 祐真は呆れたように笑った。

 キスしようと身を屈めたとき、不意にルームコールが鳴り、目の前にあるレアの瞳がびっくりしたように大きく開く。
 祐真はかすかに笑って、すぐ横のデスクにある受話器を取り上げた。電話は二、三言交わして手短に終わった。
「ホテル支配人の真貴(まき)さん。挨拶に来たいって。大井さんが云ったんだろ。なんて紹介しようか?」
 祐真はからかうように、無言で問うレアに答えた。
「……着替えなくちゃ」
「いいよ。真貴さんは挨拶というよりはお節介に来るつもりだ。
 親しくしてる人だから構えないで。隠すつもりもない」

 リビングへ行くなりドアがノックされ、祐真が出迎えた。
「祐真さま、こんばんは。突然お邪魔致しまして申し訳ございません。大井から聞きまして、同室される方へご挨拶にと伺いました」
「どうぞ」
 五十代くらいで支配人という地位相応の風格を持った細面の男性が、祐真の背後から入ってきた。

 レアが目に入るなり、その姿を見て真貴は(いぶか)るように目を細めた。

「どういうおつもりですか?」
 レアの横に戻った祐真に目を向け、微かに、おそらくは二重の批難を込めて真貴は問い(ただ)した。

― The story will be continued in the next time. ―

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