Cry for the Moon 〜届かぬ祈り〜

メロディ1.


「…………名前は?」
「……レア」
「おれは祐真」

 あらためて名乗ると、レアの瞳がおもしろがった表情を宿して輝いた。

「ユーマの曲、好き」

 純粋なレアの言葉はだれの賛辞よりも素直に祐真の中に入ってきた。

 ハハ。
 思わず漏れた、渇いた笑い声はそれでも祐真自身を驚かせた。

 薄暗く混沌(こんとん)とした心の中は、静寂の空間に羽音が(うるさ)く響くような感覚で始終ざらついている。それが少し治まった。
 祐真はまた煙草を(くわ)えた。

「いくつ?」
「十五。中三」

 眺めていた海から視線を外し、レアに向けた。

「……ズル休み」

 祐真の眼差しを読み取ると、レアは困ったように微笑()みを浮かべ、問われるよりさきに答えた。

 持て余していた、すべてをめちゃくちゃにしたいという感情に別の欲求が加わる。

「……なんで消えたいわけ?」
「さぁ……祐真と同じじゃない?」
「おれが消えたがってるって?」
「違うの? じゃ、どうして一緒に飛び降りようって云うの? あたし、嘘は大っ嫌い」

 静かな宣言はレアの本心を(さら)け出している。

「話すきっかけがほしかった……って云ったら?」
「……ナンパするには最悪のセリフに聞こえる」
「けど、結果的には話せてる」

 レアがクスクスと笑い出した。長いストレートの髪が潮風に吹かれて、その華奢(きゃしゃ)な首もとを露わにした。

「おれが消えたら……」
「悲しむ人がいる」

 レアが首を傾げ、覗き込むように祐真を見てあとを継いだ。

「すごい足枷(あしかせ)

 祐真は眉宇(びう)をひそめて皮肉を吐いたレアを見つめる。手を伸ばして彼女の顔に(まと)いついた髪を後ろに掃ってやり、そのまま首もとに手を添えた。

 その仕草に、レアは少し年相応の戸惑いを見せる。

「レアにもいるだろ? 両親とか、必要としてるやつが」
「……あたしは……必要なのかな……」
「少なくとも親はそういうもんだろ。云わなくてもな」
「でも、それが救いに足りない時ない?」
「……おまえ、まだ十五だろ?」
「もう十五、だよ。それなりにいろんなことが見えてくる。祐真だって……」
「そうだな」
「……大人の世界ってずるくない? 矛盾してることがいっぱいあって、いいことやっても、努力しても、なにも変わらない。全部ムダ」

 レアの微かな脈が祐真の手に伝わってくる。

「なにがあった?」

 祐真の手を離れ、レアはしばらく答えずにただ海を見ていた。
 かもめが心地よさそうに、風に身を任せて飛んでいる。

 時が流れるままに身を(ゆだ)ねていれば、いつかそのさきの願いにたどりつけるだろうか。

「話したら、解決してくれる?」
「できることなら」
「百パーセントの確率で無理」
 …………。

「やっぱり、ユーマだ」
「なに?」
「慰めの言葉を云わなかった。普通なら、そんなことない、なんて云うじゃない?」
「……云いそうになった」

 祐真がふざけた様子でレアに目をやると、驚いたように彼女は目を大きく見開いた。

「幻滅!」
 クッ。
 プッ。

 ふたりは同時に吹き出した。

 祐真が少し目を細めてレアにじっと見入ると、彼女も同じように見返してくる。そこに彼女の飾らない素直さが見えた。
 祐真はフッと笑みを見せ、すぐに目を逸らした。

 それからはほとんど黙ったままで、ただ隣に互いがいることを感じてすごした。

「もう帰らなくちゃ。心配させてるから……たぶん」

 沈んでいく太陽が海に触れ、水平線を抱くように光を広げている。

 その曖昧な言葉は、祐真と同じように、レアもその光を切望しているのだと悟らせた。
 祐真は溢れる衝動を抑え込む。

 先に堤防から下り、祐真は手を貸そうと、道路側に躰の向きを変えたレアの前に立った。

 咥えていた煙草を(つま)むと同時に、
「煙草って美味しい?」
と、祐真の口もとを見てレアが(たず)ねた。

「躰に悪い」
「でも吸ってるってことは美味しいってこと? 吸ってみていい?」
「未成年だろ」

 同じ高さになったレアの視線が、まるで説教くさい大人を見るように祐真に注がれる。

「……そんなに味が知りたい?」
「だれだって、一回くらいは興味持つよ?」

 祐真から見れば明らかに幼いレアは、どこにでもいる少女とさして変わらない。

 それなのに、彼女は澄んだ瞳で、それとは気づかずにおれを狂わせようとしている。

「……それなら」

 云うなり、煙草を脇に捨て、祐真はレアを引き寄せてそのくちびるを荒っぽく塞いだ。

 なにが起きているのか理解できず、されるがままだったレアの手が、やがて抗議するように祐真の肩を叩いた。

 それでも祐真は放さなかった。逆にしっかりとレアの躰を(いだ)く。深く触れることを求めて、レアのくちびるを舌で()じ開けた。

 んっ……。

 レアの驚怖(きょうふ)が伝わってくる。

 苦しそうな(うめ)き声とともに、力の限りでレアは祐真を押し退()けた。その反動で、あてを失くしたレアの躰が海のほうへと()()る。


 レアの瞳に群青(あお)が薄くなっていく空が映った。


「レア――――」

― The story will be continued in the next time. ―

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