禁断CLOSER#141 第4部 アイのカタチ-close-
5.Incestuous Love -6-
翌日、大勢だからといって、和惟の部屋ではなく、那桜と拓斗のスペースだったほうのリビングで誕生パーティをした。
郁美たちが持参してきたケーキやお菓子、それに、まえもってデリバーリー注文していたというピザやサンドイッチやらが食べきれるのかというほど届いた。一服する段階になってもテーブルの上はまだ半分くらい残っている。
にぎやかなのは以前と同じだが、違っているのは、拓斗がここにいない、こと。
「拓斗さ……衛守さん」
やはり、ここでも云い間違えられる。
翔流はちらりと那桜を見やったあと、隣にいる和惟に目を戻した。
こういうとき、云い間違えた本人だけでなく、ほかの目も那桜に集まるのが常だ。那桜は気づかないふりをしてやりすごす。
「蘇我の体質は変わりそうですか。蘇我孔明はどうなんです?」
「変わらせる。仕事はやりやすくなってるし、孔明は問題ない」
「やりにくくなったのかと思ってました。有吏コンサルは三大商社の二つに係わることになったし、バランス取るのが難しそうだって」
「逆だ。有吏がダイレクトな係わりから身を引くことで、市場的には正常な均衡が保たれる。有吏は系列関係なく仕事を引き受けられるようになった。共倒れじゃなく、共存共栄が可能だ」
「なるほど。蘇我が落ち着いたとなると、フレビューにとってシーニックはますます強豪になりそうだな」
立矢が割りこんだ。和惟が立矢に向かって首をひねってみせる。
「それは香堂、おまえ次第だ。日本でのトップ争いを気にするより、世界を見て動け。アドバイスが必要なら個人的に乗っていい」
「心強いですね。気安く甘えたら、おれの株が下がりそうですけど」
立矢はおどけた様で、和惟もそれに応じてちょっとおもしろがったふうに肩をそびやかした。
「相変わらずお堅い話。立矢くんは社長になるまえに結婚相手を見つけるべきだと思うけど」
美鶴が口を挟み、話題は飛躍した。
「そういう話は家だけで充分だ。この際、同性愛者だってカミングアウトしようかって思ってるんだけどな」
「え、そうなの!?」
本気にしたらしい美鶴がぎょっとした目を立矢に向けると、郁美が吹きだす。
「美鶴さんてホント天然入ってるよ。まだわかってないんだから。ね、那桜」
「まだそうなのかな。立矢先輩?」
那桜は気まぐれに確かめてみた。すると、立矢は意味ありげに口角を上げる。
「どうだろうね」
「――だって、和惟」
隣にいる和惟を見やると、快くないといった瞳と出合った。
「意味がわからないんだけど」
郁美たちが笑うなか、美鶴は独り首をかしげた。
「立矢先輩もそうだけど、美鶴さんも家から急かされてるんじゃない? まだ拓兄を超えられる人が見つからないの?」
美鶴はあからさまに困惑して和惟へちらりと目を向けた。それから那桜に戻ると、首をすくめた。
「いつも云ってるけど、そう簡単に見つけられないわ。でも、いないってわかってきて踏ん切りもつきそう。両親が孫を見たいって云うし、お見合いしようかなと思うの。有沙さんみたいにはなりたくないから、相手は慎重に選ぶつもり。二十七歳って売れ頃はすぎてる?」
美鶴は真剣な面持ちで意見を求める。本当にそうするつもりらしい。
「美鶴さんはまだ大学生って云っても通りそうだし、性格そんなんだし、充分売れちゃうと思うけど。実年齢より雰囲気とか、どう見えるかってことのほうが重要だって気がする。ね、勇基」
「だな。そんな問題より、松井グループの令嬢なんだし、売れるかって気にするまえに手を挙げる奴が多そうだけどな」
「ほんと。孫と有沙さんと云えば、香堂先輩、甥っ子さん順調ですか? もう二カ月になると思うけど」
「ああ、元気に育ってる。姉のほうは疲労困ぱいって感じだ。旦那さんが古雅社長じゃなかったら、とっくに育児放棄してるだろうけど。世のなか、うまくできてる」
立矢は飄々として肩をすくめた。それから気遣った眼差しが那桜に向く。目が合う寸前にさりげなさを装って、那桜は美鶴のほうを向いた。
「美鶴さん、子育て、たいへんそうだよ」
「そこなのよね。いま子育て中の友だちはベビーシッターに預けてるから平気って云うけど、そういうのはちょっと違うと思うの。好きな人との子供なら、たいへんでもなんとかやれるって気持ちが持てそうな気がするのに」
「わたしは美鶴さんの友だちと同じかも。生む資格をもらうのは程遠い感じ」
自分で美鶴に振っておきながら、寝た子を起こすようなことを聞かされるのは那桜の愚かさだ。那桜は首をすくめながらおちゃらけた。
不要な感覚を締めだそうとすると――
「那桜」
呼びかけた和惟は那桜が振り向くまで待つ。そして。
「資格はだれだって持ってる」
と、那桜の云い分を訂正した。
すべてを甘受しているような眼差しと、恩寵を求めるような無自覚の眼差し――互いが互いを貫こうとしてかなわない、そんな視線が絡んだ。
「必要なのは覚悟だ」
まるで、自分にはそれがある、とそう云っているように見えた。
那桜はその瞳から引き剥がすようにして目を伏せる。
最近になって、たまにいまみたいな眼差しに合う。見透かして、それでも沈黙を守り、許そうとする――そんなふうに見えて、苦しくてたまらない。
「覚悟はもっとないかも」
那桜はごまかすように笑った。
「資格じゃなくて覚悟かぁ」
「それっていろんなことに通じるかもな」
「だね。覚悟するにはある程度の自信がないと難しい気がするな。もしくは、大事なものとか大事にしたいこととかがないと」
郁美に続いて翔流、そして立矢が締め括ったかと思うと――
「あ、おれ、後者わかるかも」
と、翔流の目が那桜を捕らえた。
「何?」
「おれは兄貴がいるからってどこか甘えてるとこあるけど、いまの那桜を見てるとさ、奪えそうな気がして、対等になれそうな気もしてる。そうなれるように、とことんやってやるって気になるんだ」
「翔流くん、何を奪うの?」
「云わずもがな、だろ。外野は外野なりに表明しておくべきタイミングがあるってことだ。だれかには出遅れとりたくないし、だれかには何やってんだって云いいたい」
翔流は挑むように顎をしゃくり、立矢、そして和惟と順番に一瞥した。おもしろがった立矢は除外して、一触即発とまではいかないものの、和惟と翔流の間にはぴりっとした辛口の空気が漂う。
ここ数年、翔流はすっかり拓斗にも和惟にも一目置いているといった接し方をしていたから、いまになってもこんなふうに吹っかけるとは思わなかった。
一方で、皮肉のひとつでも吐くかと思ったのに、和惟は黙殺した。
「わぁ。さすが、那桜の誕生日!」
郁美はちゃかし、美鶴は美鶴らしく理解できずにお手上げといった様で肩をすくめた。
「翔流くんがいるとやっぱり安心する。ありがとう」
「安心、て微妙に断り文句だよな」
「そんなことないよ。素直な気持ち。裏道を通ってても本道はここだって手を振っててくれる感じ。迷わないですむの」
「やっぱ微妙」
「だね」
翔流が嘆息すると、短く郁美が相づちを打って失笑が湧いた。
「広末くんはいつも潔くていいね。出遅れてるのはおれのほうだ」
「立矢先輩、じゃあちょっと挽回させてあげる。誕生日のお祝いにプレゼントが欲しいんだけど」
恩着せがましく、なお且つ厚かましい那桜の申し出に、立矢は気安く笑って首を傾けた。
「せめて広末くんに追いつけるんなら、飛びつかないわけにはいかないな。いいよ。何が欲しい? 香水を新作してとか?」
「ううん。フレビューとグレイスが共同でやってるサロン……スタニングビュー? そこのトータルビューティ一日コース。ヘアスタイルからメイクアップまでしてもらってキレイっていう自信が持ちたいかも」
「そういうのだったら、フルコースを用意してもいいけど」
「ううん。一日で充分」
「いつ? 優先で予約しておくよ」
「九日」
「オーケー。いくつかコース案を出して、あとで連絡するよ」
立矢の返事を聞きながら和惟を振り仰ぐと、表情を閉じたなかでもわずかに考えこむような気配を感じた。
「和惟、いいよね?」
那桜は首をかしげて窺う。
気取れるかというくらいの間を置いて和惟は首をひねると、一拍遅れて「ああ」と応じた。
誕生祝いを口実にした集まりは、和惟が夕食を取ると云いだして、お開きになったのは九時近くだった。
片づけをすませ、入浴をすませ、那桜がリビングに戻ったとたん
「何を迷う?」
キッチンのカウンターに背中を預けた和惟が問う。テレビは消えていて、大きくもない声がやたらと室内に反響した。
一瞬、なんのことかと思ったが、やがて那桜は自分が翔流に云ったことに対する質問だと気づいた。
「迷わないことなんてある?」
キッチンのほうに寄り戻り、和惟の正面に立った。
質問でかわした那桜を、和惟は目を細めて窺う。那桜は和惟が持ったグラスをその手ごとつかんで、ミネラルウォーターをひと口飲んだ。
「和惟、わたしのどこがいい?」
答える気がなさそうな和惟に那桜はさらに問いを投げてみたが、和惟はやはり答えない。那桜にしろ、返ってくると思って問いかけたわけではない。
「翔流くんも立矢先輩も、わたしのどこがいいのかな。ね?」
「外野は外野だ」
ぴしゃりと吐いた和惟は、グラスをカウンターに置くと那桜をすくい上げた。小さく笑った那桜に気づいたのか、躰が締めつけられて笑い声は呻き声に変わった。
「和惟、愛してる」
そう云えば気力をなくしたように腕が緩むかと思ったのに、ますますきつくなった。
そして、二階にではなく、拓斗と使っていた部屋に連れていかれるのに気づいた。
「こっちじゃない」
「どっちでも同じだ」
「違う!」
和惟の腕を逃れようとしたが、締めつけた腕はびくともしない。和惟は、掃除すら鳥井に任せて那桜が立ち入ることのない二階に連れていく。
ベッドに放るようにおろされたかと思うと、右の手首が取られた。ネクタイが巻きつき、ベッドヘッドの真鍮パイプと一緒に括られる。
「こんなこと必要ない」
止めようとした左手は簡単に制されて同じように頭上に固定された。那桜の脚の間に来た和惟は上半身をかがめてくる。
「おれが必要だ」
口もとで気味悪いほど低い声で云い、和惟は那桜のぶかぶかのパジャマをはだけた。
ほかには何も身に着けていないから、胸はたやすく和惟の目に晒される。和惟の手のひらがそれぞれに胸先を擦り、那桜の意識はすぐにそこに集中した。手は円を描くように動いて、時にしごくように押しつけて、胸の先はやわらかさのなかに埋もれる。自分で触れても感じないのに、和惟の手に触れられるとどうしてこうも敏感になるのだろう。躰の芯が熱くなり、融けた蜜が脚の間からこぼれた感触がした。
「んはっ……か、ずた、だっ」
腰をよじらせながら、和惟の呼吸のすぐ下で那桜は喘いだ。すると、和惟は顔をずらして桜色の珠を咥えた。粘液にくるまれて熱くてたまらない。片方は指先に摘まれて刺激を与えられる。下半身がこわばっていった。
「……んっ、和惟っ」
「イケばいい」
左側のふくらみを大きな手のひらがくるみ、その下で硬くなった胸先がくねる。右側は、くちびるが胸先を挟みながら舌を巻きつけてくる。そして、吸いつく。和惟は痛みになる寸前という胸の最大の快楽点を心得ている。その瞬間、胸の先端から躰の中心へと快楽が流れた。
あっあ、あ、あっ……ん――っ。
触られてもいないのに、そこは神経が剥きだしになったようにふるえてやまない。
荒い呼吸がおさまりきれないうちに、和惟は胸から離れて躰を起こした。左脚が持ちあげられて、手首と同じように膝に布が巻きついた。
「和……惟……」
「とことんイケ。一人分じゃ足りないんだろ。三人分……いや、四人分イカせてやる」
力の入らない躰は簡単に扱われ、脚は上半身のほうへと引っ張られる。少しゆとりを残して真鍮パイプにネクタイで結びつけられた。
「縛らなくてもいい!」
「おれが必要だ」
和惟は同じ言葉を繰り返し、那桜をまるで無防備な恰好にした。恥じらいはなくても、はしたないという自覚はある。
照明が消されて、ベッドルームは真っ暗にされた。
惑わされた別荘の夜――それを思い起こさせる。那桜を縛っていた拓斗のかわりに、拓斗のネクタイが手脚に絡んでいる。
指先が体内に潜ったのは、見えないゆえ不意打ちだった。掻くように指は奥へと進み、那桜の躰は抵抗することもなく迎えている。限界まで指が埋もれた次には、抜けだす寸前まで引かれる。くちゅっと音を立てながら、指は何度も往復する。身ぶるいしながらも、なぜかあの夜のように、那桜は無意識にくちびるを咬んで快楽を堪えた。それを知ると、懲らしめるようにふくらんだ襞に舌が絡んでくる。逃れようと身を引いてもお尻が上がるだけで、逆にそこを和惟に押しつけている。
くちびるで襞を包み、キスを交わすように吸いつかれる。引っ掻くようにした指先と連動して、那桜は耐えられなかった。
「あ、だめっ……あ、あ、あ――ぅん」
しぼりとられているのか自分が吐きだしているのかわからない。くちびるが快楽のしるしを呑みこんでいく。ぴくぴくと跳ねる腰がずんと重たくなった。
四人分という宣言がある以上、これで終わらせるはずはない。だらしなく躰を開ききって、ぼんやりとそう思っていると指が抜かれた。粘液をすくうようにして指先はお尻へと伝う。
「あ、やっ」
やはり逃げることはかなわず、ぬめった指先がお尻の快楽までも開いていく。羞恥心さえ飛んでしまう無条件反射で力がすべて奪われる。指はそこに浅く潜り、躰の中心も再び侵され、胸先が捕らえられ、そして四番め、くちびるが花片を含んだ。
「だ、めっ……あ、あ、あ、あ――」
感覚のみがほぼ強制的に全開にされ、思考は限りなくゼロに落とされる。
暗闇のなか、粘り気を増したぐちゅっという音と、すするような吸着音が入り混じるだけで、時空も無効になる。
「も……いい……あうっ……も、や……」
どこで感じているのかも、だれが那桜を侵しているのかも定かではなくなっていった。
ん、ぁあああっ。
お尻が激しくふるえ、果てに行ったと思うのに、さらに追われる。狂いそうで融けだしそうな怖れを覚える。
「た、く……にっ」
那桜はだれを呼んでいるのかわからないまま助けを求めた。訴えたにもかかわらず、無視されたすえ、指先は体内の弱点をつついた。
「拓に……助け、て……」
那桜の時間はあの夜に退行していた。拓斗を求めると同時に舌が花片の先端をつついた瞬間、脳内がスパークした。
あ、あ――んくっ。
跳ねる躰にのしかかるようにして呼吸が近づく。
「拓……にぃ」
「那桜」
意識が無意識下に堕ちる刹那、全身から絞りだすような声が那桜のくちびるをふさいだ。
翌朝、那桜、と呼ぶ声に起こされた。
目が覚めても下半身にははっきり倦怠感が残っていた。ベッドが違うことに気づき――
「和惟、ひどい!」
那桜がなじると、和惟は咬みつくようなキスをした。
何か云いたそうに見えたけれど、結局は、行ってくる、と痛みへの謝罪なのか今度は舐めるようなキスをして会社に出かけていった。
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* スタニングビュー … stunning beautyより(訳:目の覚めるような美人)