禁断CLOSER#129 第4部 アイのカタチ-close-

4.Missing love -4-


 有吏本家に向かうさなか、時折、車の振動がシートにもたれた拓斗の背中を刺激する。那桜の痛みと共鳴しているのかもしれない――そう感じていた疼きは、麻酔による違和感は残るもののずいぶんと緩和された。慣れただけか。
 拓斗にとって、躰の表面よりも、無力さへの苛立ちのほうが遥かに苦辛を強いる。

 生きていればいい。那桜をこの目に映すまでその懇願に尽きた。
 傷ついていないように。那桜を捜し当てた瞬間に希望を抱いた。
 なぜ試しの場は那桜を犠牲にする。那桜と呼吸を合わせ、その心底に愛慾を吐いた。
 だんだんと欲張りになっていくにつれ、そして、すべての負からかばおうとする気持ちが増せば増すほど、自分の無力さだけが浮き彫りになっていく。
 幼かった拓斗と同じように、天に向かって救いを求めたような悲鳴が鮮明に拓斗の耳の奥で残響し、いまも続いている。

 八週も満たなかった子供の姿は名残もなく、那桜への掻爬(そうは)処置は呆気ないほど早く終わった。その間に見たかぎり、下腹部にも腕にも痣が浮き始めていて、体内にも擦過傷(さっかしょう)があると聞いている。
 術後、無理に起こして離れることを納得させ、拓斗は早期に完治するよう背中の縫合手術をし、それから那桜の病室に戻ると意識なく眠っていた。
 那桜の躰を傷つけ、こんな思いをさせるために――。
 弱音をすべて吐きだしてしまうまえに、その続きは心底に呑みこんだ。こんなはがゆさを、何度経験したら、どこまで知ったら、憂いなく守ることができるだろう。

「背中、大丈夫なのか」
 足掻いたすえ呻き声を呑み下し、わずかに身じろいだのを痛みゆえと解釈したのか、和惟が訊ねる。
 車は住宅街に入り、まもなく有吏の家に到着する。
「油断したんじゃない。おまえがいるから任せたんだ」
 拓斗は論点をずらして応じた。和惟は自嘲するように薄く笑う。
「そのとおりだ。おれの失態以外のなんでもない」
「おれの油断は那桜を妊娠させたことだ」
 拓斗はつぶやくように吐露した。
 それぞれが口を開く気にもなれず、これまで沈黙していた車内だったが、ようやく会話が成り立ったかと思えばまた互いが黙りこんだ。
 那桜は自分がわがままだと云う。だが、拓斗のほうが、けっして取り返しのつかないわがままを通したのだ。
 有吏家の敷地に車が止まり、玄関へと向かう途中、携帯電話が鳴った。那桜が選んだ、那桜を示す携帯音だ。一瞬、みぞおち辺りが締めつけられるような感触を覚えたが、いま一族専用フロアはロックされ、さらに衛守家による警備を配置するという念の入りようだ。そのうえで、那桜の携帯電話からの発信であれば無事だという証拠でもある。
 応じる間に、目に入ったストラップが数時間まえに押しつけられた隔絶を鮮明にし、そして、拓斗は連れ戻したことを咬みしめた。

『拓兄?』
「どうした」
 けっしてほかのだれかが出ることはなく、わかっているのに拓斗かと訊ねた那桜は、問い返すとまず吐息を漏らした。笑ったのか。そうであればいいと願う。
『夕ごはん、食べた? 食べてくる? お母さんが何か食べたらって云うんだけど、点滴のせいかな、おなかあんまり空いてなくて。だから、拓兄が食べてないなら一緒にって思っただけ。遅くなるんだったらいい――』
「そっちに戻ってからでいい」
 拓斗がさえぎると、まくし立てるように喋った那桜はまた息をついた。安堵だろうと推し量ると、そのぶんだけ不安だという裏返しであることも察するに易い。
『うん。拓兄、気をつけてね』
「ああ」
 拓斗は通話が切れたことを確かめて、携帯電話をスーツパンツのポケットにしまった。
 八時をすぎたいま、朝食を食べたきり半日を越えていて、空腹感は覚えもなく通りすぎている。和惟も同じだろう。
「那桜はなんだって?」
「夕飯を一緒に食べたいそうだ」
 和惟は気が抜けたような様で深く息をついた。
「ああ……忘れてたな。那桜がつくった弁当はちゃんと食べてもらえたらしい。……首領がどんな思いで……」
 和惟は最後まで云わず、半端にしたまま口を閉ざした。
 隼斗は那桜が眠っている間に一度やってきた。ベッドの脇に佇み、何も語らず微動だにもせず、惟臣が迎えにくるまで、しばらくというには長すぎるほど那桜を見下ろしていた。
 いまの和惟の口ぶりからは、隼斗がどんな心情でいるか、推察する尺度が拓斗とは違う気配を感じる。拓斗が知るべきこととはなんなのか、薄らとそこに原因があると思わせた。


 家に入りリビングに行くと、隼斗と戒斗が三人掛けのソファの端と端に座り、向かいのソファには惟臣と和久井が待っていた。
 拓斗はさきに二階に行って、スーツから普段着に着替えた。持ってきた紙袋には背中の部分が赤黒く染まったアンダーシャツが入っている。さらに、同じようにべったりと染みをつけて裂けたシャツを放るとすぐ下におりる。
 キッチンにいた叶多に、紙袋をゴミだと云って渡すと、中身を覗いた彼女は驚愕の目を拓斗へと向ける。
「拓斗さん……」
「大丈夫だ」
 叶多はおそるおそるといった感じで、こっくりと首を縦に振った。
 拓斗はリビングに向き直ると、うんともすんとも口を開くことのない、淀んだ気配のなか、隼斗と戒斗の間に入って腰をおろす。家を空けた詩乃のかわりに叶多がお茶を持ってきた。

 戒斗と叶多は、先週末から有吏家に滞在している。叶多が那桜に続いて我立玲美と遭遇したことが一因であり、蘇我との看過できない局面に備えた対処だ。
 叶多と深智の誘拐事件で戒斗がどれだけ精神的負担を抱えたのか、わかっていたつもりでその想像は甘かったと認めざるを得ない。意思疎通の利便性を加味して、拓斗もまた、いったんこの家に戻るつもりだった。それとは関係ない場所で那桜は犠牲に晒されたのだが、もし一日でも早くそうしていたら、いまの境遇は避けられていたかもしれない。
 なんの実もない弱音に、拓斗はそれとわからないよう、息を深くつく。自分で自分に嫌気がさした。

 叶多がキッチンに下がると、和久井がわずかに身動きをして姿勢を正す。
「まずは実情を報告します。和瀬ガードシステムの顧客が十二名、犠牲になりました」
「そこに、顧客じゃない那桜がなぜ犠牲になる?」
 戒斗が怪訝そうな声色で口を挟む。
「我立玲美が瀬尾を訪ねてきたことはご存じのはずです。云い様から、もともとの標的は矢取家の深智さんではなかったかと。和瀬の顧客ですし。あるいは――」
「和久井」
 理由を訊ねた戒斗自身によって和久井の発言はさえぎられた。一瞬にして戒斗は、『あるいは』の次に続く名を察したようだ。これまで気づいていなかったとしたら、それだけ戒斗も動揺しているということだろう。
『啓司のカノジョ、助けてあげるわ。わたしが、ね』
 戒斗たちが玲美と会った同じ日、玲美が瀬尾啓司に云ったとされる言葉だ。
 和久井は戒斗の意中を察してうなずいた。
「失礼しました。とにかく我立玲美の思惑によって標的は変えられ、巡ったと推測します」
 和久井は確信しているに違いなく、あらためて聞かされた一同はそれぞれに思いを馳せるように黙した。
 蘇我の計画を知っていた玲美が手引きしたことは、和惟が従妹を捕まえた時点でわかっている。玲美が瀬尾に執着しているのは誘拐事件から承知のことだった。叶多を選択するまえに深智が、あるいはどちらもということがあってもおかしくはない。より背景を重視するなら――とそこまで考えて、拓斗はまたもや意味をなさない思考に走っていると気づく。

 拓斗はいらぬ方向へと動く自分を振りきるように口を開いた。
「蘇我は不要だ」
「無論だ。共存共栄に値しない」
 戒斗は一呼吸置く間もなく、拓斗に続いて切り捨てた。拓斗はゆっくりと隣にいる隼斗へと目を転じた。
「なぜです? なぜ、父さんは蘇我との約定に踏みきったんですか?」
「案は先代から出ていた」
 疑問を投げつけても、隼斗からはフラットな返答しかない。
「ただし」
 隼斗が云い終わるか否かのうちに戒斗が口を出した。
「父さんは反対していた。おれはそう認識している。翼下(よっか)を守る。それはわかる。けど蘇我は、少なくとも蘇我本家は対話でおさまる相手じゃない。むしろ、約定が成立した時点で有吏を無き者にする。それが向こうの目的じゃないのか。それなのになぜだ?」
「総領次位、首領には――」
「二度めだ」
 擁護しようとした惟臣を(はば)み、隼斗は(たけ)る内心を抑制したような声音で云い放った。
「なんのことだ」
「今回と似たようなことが二十六年まえの夏にあった」
「……どういうことだ」
 戒斗が問いつめるのを見守っていると、思いもかけない事実が明かされた。戒斗がそうであるように拓斗もまた、意味を呑みこむまでに時間を要した。
 険しく顔をしかめて、拓斗は和惟へと目を向ける。それを待っていたかのような眼差しと合った。何も語らなければうなずくこともしなかったが、その目が隼斗の発言を肯定している。
「被害者は詩乃だ」
 追って隼斗の口から曝露されたことは、到底、拓斗にとって受け入れがたいことだった。いや、だれにとってもそうだ。おそらくは、身に沁みて知っている隼斗自身もいまだに――。
 知らず知らずのうちに拳を握り、歯を咬みしめ、拓斗は何かをはね除けるように小さく首を振った。
「当時は華族を含め、多くの有力者が標的になった」
「だから……なのか?」
「迂闊だった」
 淡々とした声の裏でどれだけの後悔が抑制されているのか、その一言は拓斗にも通じる。その言葉に尽きた。

『お父さんに頼んでみるわ』
 いつの頃からか――那桜が生まれるまえだったか、那桜を連れてきてからか、例えば買い物に連れていってほしいと請うたびに詩乃はそう云って出かけることを拒んだ。それが那桜と同じ目に遭ったせいだというのなら理解できる。那桜が生まれるまで詩乃が里帰りしていたことを考えれば、いつだったかという曖昧さは簡単に解消され、二十六年まえの夏という時期はすんなりと合致した。

「知っていたのか?」
 戒斗は和久井に威圧感を交えて問うた。
「四年まえに」
「なぜおれに云わない?」
「私が知っているのは“あった”ということだけで、犠牲になったのが首領夫人だと知ったのはたったいまです。本家自身が――首領が内密にしている以上、貴方が知らないということになんらかの意味があると考えました」
「もし……」
 戒斗は云いかけてやめた。
 有吏の男にらしからぬ“if”。拓斗はいま、そのどうにもならない気持ちを捨てきれずにいる。
「知っていながら先手を打てず、初動が遅れたのは我々の責任です。約定が破棄された時点で上程(じょうてい)すべきでした」
「何がある?」
「身代わりを」
「身代わり?」
「はい。有吏本家のかわりに、暗の一族として、表に出る一家を活かします」
「どういうことだ?」
「蘇我が約定の第一目的としているのは、暗の一族の正体を知ることです」
「だろうな。けど、だれがそんな危険なことを引き受ける」
千重(せんじゅう)家です」
 戒斗と和久井の会話は、拓斗が想定しなかったことへと進んでいった。
「千重家? あの毎読(まいどく)の千重家か?」
 隼斗がしかめた声で口を挟んだ。

 衛守家が有吏本家の側近として行動をともにし、気高く道義を貫くのと違い、和久井家と瀬尾家はまったく独立して、一族のために道理をものともせずに事をなす。そんな両家が、外部の人間を非情に扱うとしても不思議ではない。ただし。
 和瀬ガードシステムが、毎読新聞の創業者である千重家のガードを担っていることは、ここにいる皆が知っている。戒斗たちが千重家の娘と親交があることも知っている。それでも唐突すぎた。

「そうです」
 衛守家がその計画を知っていたのかどうか、少なくとも本家の三人は一様に眉をひそめた。戒斗が最初に反応するまでちょっとした時間が空いた。
「なぜ千重家だ」
「千重旺介(おうすけ)の長男は二十六年まえの犠牲者の一人です。暴行を受けたすえ、内臓損傷で命を落としました。当時、犯人は挙がらず――当然、千重家にとっては理由なき襲撃であり、そうしたのが“蘇我”であるゆえに一切の証拠は消されたわけですから検挙されるはずもありません。千重家に残された手がかりは、“一族狩り”という長男の最後の言葉だけでした」
「一族狩り?」
「はい」
(あぶ)りだしだ。動けば曝されることになる」
「今回と違って、最初の一族狩りは一家一家、時間を置いて実行され、我々が気づくに至りませんでした」
 隼斗に続いて惟臣が云い添えた。詩乃の復讐に走れば、蘇我は有吏一族をしぼることができただろう。
「そういうことがありながら、約定という手段しかなかったのか」
 批難するのではなく、やり場がなく漏らしたといった様で戒斗は吐きだした。
 惟臣がわずかに身を乗りだす。
「総領、次位、理解していただきたい。首領が内密にされたことも約定も、すべては一族のためです」
「惟臣、それ以上はいい」
 隼斗は制止しようとするも、惟臣は首を横に振って逆に隼斗の意向を断った。
「いえ、那桜さんに同じことが起きた以上、首領が当時なされた判断を知るべきです。夫人が――本家が、犠牲になったということが分家に伝われば干戈(かんか)を動かすことにもなりかねない。もちろん、本家の指針に反する者などいません。ですが、仇討(あだう)ち心を抑制するということは身を切られるような思いです。我が衛守家はこの二十六年、まさにその辛酸を()めてきました。何よりも、業報(ごうほう)を切望されたのは、いえ、いまでも抱持(ほうじ)されているのは首領であり、それをしのぐことがどれほど苦辛だったかということをお察しください。それを自ら知ってこそ、内密にされたんです」
 隼斗への揺るぎない忠誠を含んだ、惟臣の釈明だった。今日のことであれ二十六年まえのことであれ、衛守家として無念至極であることは察するまでもない。
 拓斗が口を挟むこともなければ、和惟がそうすることもなく、一つ一つ会話が運ぶたびに言葉を失っていく気がした。こんなふうに虚しさを思い知るほど、自分の無力さと対面したことはない。

「和久井、続けろ」
 戒斗がさきを促した。
「はい。千重家は長男の死以来、ずっと事件を追っていました。私がそれを知ったのは三年ほどまえ。旺介の次男、伶介(れいすけ)は蘇我という一族の存在を突きとめ、我々を窓口とした別の一族の存在をも知ったわけです。伶介は蘇我から出た代議士に付き、裏で真相を探っていました」
「それであの銃撃事件か」
 三年まえ、千重伶介は高速道路で運転中に何者かに銃撃された。犯人はチンピラだったがダミーではないかという、いわゆる黒い噂を伴いながら事件は解決とされている。伶介は車椅子生活を余儀なくされ、同乗していた妻はほぼ寝たきりと聞く。
「はい。何度も手を引くよう忠告しました。ですが……」
「報復を希うのは皆かわらない」
 途中で言葉を切った和久井を、(しゅく)として惟臣が引き継いだ。
「そのとおりです。私は止める一方で、あることに着意し、模索を始めました」
「それが身代わりだと? それで千重家になんの利点がある? ますます危険に身を晒すだけだ」
「毎読は世界に誇る報道機関です。そのトップにさえ知らされないまま、中途で握りつぶされてきた容易ならない非情な事態がいくつもある。二十六年まえのことも銃撃事件のこともそうです。そうしているのは蘇我であり、毎読から蘇我を排除できればそういった不正は矯正され、すべては明るみに出せる。つまり、蘇我が持つ権力への抑止力にもなる。何よりあらゆる糾弾が可能になるということです。千重家にとって“危険”というのは、もはや意味がありません。報復ならずとも、蘇我の失墜を望んでいます。我々一族がバックにいるかぎり、千重家が保証されることも確かです」
 何度めを数えるのか、沈滞した空気が重くはびこる。
「一考の余地はある」
 隼斗の発言はこの内談が終わりだと告げる。
 拓斗にとっても今日はこれで充分だった。どうするべきか、冷静にしているつもりでも結論を出すのに適した精神状態ではないとわかっている。
「病院に戻る」
 拓斗と和惟はほぼ同時に立ちあがった。

 リビングを出て玄関まですぐというところで、後ろから駆けてくる足音が聞こえた。
「拓斗さん、おばさんからの頼まれものです。着替えの服とか入ってますから」
 叶多は何かを訴えるように見上げてくる。
「ああ、預かるよ」
 和惟がさきに答えて、叶多の手から紙袋を受けとった。
「拓斗さん、那桜ちゃんは大丈夫ですか? 戒斗は大丈夫って云うけど、顔見ないと安心できなくて……」
「大丈夫だ。長引かないうちにここに戻ってくる。叶多はそれまで戒斗の云うとおりにしておくことだ。戒斗までもが同じ思いをすることはない」
 叶多は素直さを丸出しにした様でこっくりとうなずく。叶多は戒斗を絶対的に信頼していて、それはふたりともを知るだれの目にも明らかだ。いまの叶多の眼差しのように、那桜は少なくとも、拓斗に守られているということを疑うことはなかったはずだ。守るための方法が、拓斗のなかでだんだんと曖昧に、そして、なすすべがなくなっているような気がした。
「はい。拓斗さんも背中、ほんとに大丈夫ですか」
「おれのことは心配いらない」
「“痛い”よりも“不覚だ”ってことのほうが遥かに身に沁みるんだよ」
 和惟が口を添えた。
「不覚?」
「そう。拓斗がいて、おれがいて、那桜が犠牲になる理由なんてどこにもなかった」
 それは、今日はじめて和惟が吐いた心情だった。
 そのとおりだ。だが、那桜のかわりにだれかが犠牲になる理由もない。
「和惟」
 和惟を制すると同時に、和久井がやってくるのが見えた。
「和久井、戒斗と叶多のことを頼む」
「御意。身を(てい)します」
 和久井はすぐさま応じて深々と頭を下げた。

「和久井」
 さきに玄関を出ると、拓斗の背後で和惟の諭すような声が続く。
「わかっている。死力を尽くすのみ。ただし、和惟、徒死(むだじに)に陥るのは愚者だ。ここに来て、おれたちは本家を活かしてこそ真価が在る」
「徒死? 冗談だろ。そうなるくらいなら、蘇我の頭領と正面から刺し違えてやろう」
 和惟は薄笑いを含んだ声で和久井に応じた。

 和惟があとを来てやがて拓斗に追いつく。やはり、ふたりになると会話もなく車庫まで来た。助手席と運転席に別れたあとドアに手をかけると、車越しに目が合う。
「何を考えてる?」
「有吏の名を汚すようなことはしない」
 和惟は得意のちゃかした声を覗かせ、宣誓するように右手を上げた。

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