禁断CLOSER#120 第4部 アイのカタチ-close-

3.Shaded love -6-


 押さえつけられた手首が自由になっても引き寄せることすらかなわない。直角に膝をついた恰好のままお尻をおろすこともかなわない。それくらい、躰のどこにも力が入らなかった。
 最後の支えだった和惟の指が体内から抜けだしてしまうと、がくがくする膝が揺れて躰が頼りなく崩れていく。和惟の手が腰をつかみ、拓斗が背中側から那桜のわきを支えて持ちあげた。上半身をずるずると起こされるのに従って、和惟の手は腰から膝へとずれる。那桜の躰はふたりの共謀者によって、拓斗の胸に背中を預ける恰好で抱えあげられた。伴って、膝辺りに絡んでいたパジャマとショーツを和惟の手が剥ぎとる。終わっていないという通告だ。

「た、く、にぃ」
 返事はなく、薄らとした視界のなか、目のまえで和惟が恥ずかしげもなく昂った慾を赤裸にする。和惟は躰をかがめて那桜の顔にくちびるを寄せてきた。
「那桜、愛してる」
 口癖の直後、顔を傾けた和惟は、那桜の頬を挟んでくちびるをふさいだ。
 愛していることを伝えるのにこんな方法はいらない。そんな那桜の抵抗心は息苦しさに紛れて消えていく。和惟はくちびるの裏を探るようにしてゆっくりと上から下へ、ぐるりと這うことを繰り返す。
 拓斗は和惟を止めることもしない。那桜のお尻のところで手をもそもそと動かしているのが感じとれた。和惟のキスに惑わされ、何をしているのかという判断はつかない。それよりも触覚の感度が磨かれていって、那桜の意識はキスに集中する。
 和惟はくちびるの裏を何度も這いまわった。くちびるが腫れぼったくなったような感じがする。不意打ちで舌が絡んでくると、すくうように巻きとるように、和惟は那桜の舌に触れた。どちらのものか、いや、ふたりのものが混じり合った蜜が、那桜の口の端からこぼれた。
 和惟がくちびるを解放すると、申し合わせていたように拓斗がまえから手で腿をつかみ、那桜を持ちあげる。キスにのめっていたさなか、いつの間にか拓斗の上であひる座りの恰好をさせられていた那桜は、ソファに膝をついた姿勢になって上半身がまえにのめる。奥行きの深いソファだから膝が飛びだす心配はないが、手をつく場所がなく、かわりに和惟が肩をつかんで那桜を支えた。

「那桜、咥えて」
 自分の躰の一部という感覚が欠けて、口全体のコントロールがきかない。キスの名残で口は開いたままという那桜の目のまえに和惟の慾が迫る。
 ちょうど、腿から移動した拓斗の右手が躰の中心に触れた。
「あっ」
 腰が痙攣して、口を閉ざす間も、嫌だと口にする間も得られないうちに、那桜は和惟の慾を含まされた。
 んんぅっ。
 すでに硬く質量を増した和惟のモノは、那桜の口をいっぱいにした。和惟のこもった呻き声が降ってくる。
 一方で那桜の腰は後ろに引き寄せられて、右手が離れたかわりに拓斗の慾が体内に潜りこんできた。
「ん、ぅん――ん、はぁあっ」
 馴らすようなじわじわとしたやり方ではなく、一気だった。背中がしない、和惟の慾を吐きだして、那桜は水面から這いあがったように顔を仰向けて喘いだ。
「拓兄!」
「すぐになじむだろ。おまえは好きに喜べばいいし、和惟を楽しませてやれ」
「どうして……あっ」
 拓斗が那桜の腰を持ちあげ、そしておろした。その刺激に目が眩む。
「ただし」
 那桜の云いたいことはわかっているだろうに、拓斗は中途半端な一言を残しただけで、また那桜の腰を動かして抽送する。何かを植えつけるかのように濃く深く、躰の奥がきゅっとふるえた。
 あ、ああ、あっ。
「そそる声だ。咥えて」
 和惟は云い、喘いで開いた那桜の口に自分をうずめてきた。
 んふっ。
 拓斗から腰を動かされると那桜の上体が揺れて、自然と和惟の慾をしごいている。それで満足なのか、以前のように和惟が無理やり突いてくることはない。和惟が那桜の手を握りしめているのは、不安定な躰を支えるためなのか――いや、勝手な願望だろうか、それ以上に、守るようなしぐさで那桜の手をくるんでいる。
 拓斗が誘導するストロークはペースが変わることなく、まるで空気圧があるかのようにゆっくりじっくりとしている。心細くなるくらい離れてしまいそうに抜かれて、そして、キスのように吸着した。単調なのに濃密に融け合うようで、絶えず拓斗は那桜を躰の芯からふるえさせる。
 三人の構図はきっとはしたない。けれど、やさしいと感じるのは那桜の虚構だろうか。だれも踏みこめない不可侵の領域に――ただ苦しいほど尽くしたくなる気持ちにさせられる。愛されているというよりは守られているように感じるのだ。
 そんな緩やかなセックスでも、次第に快楽はふくらんでいく。三人の息づかいは共有されて、部屋にこもっていった。

「那桜」
 拓斗が呻くように呼ぶ。那桜だけではなく拓斗も快楽を得ていて――
「那桜」
 と、和惟が限界を示すような声で那桜の名を吐く。
 どうなってもいい。脳内はそんな感覚に侵された。拓斗の慾は硬く太く、それでいて弾力を感じさせ、那桜は腰をよじらせてしがみつく。和惟の慾はキスの続きのように口内を撫で、那桜は応じて舌を絡ませる。
 その刹那、那桜の腰を引き寄せるのと同時に、拓斗は腰を反りだして(えぐ)るように最奥に押しつけてくる。じんとそこが痺れたかと思うと、次の瞬間、快楽は弾け、那桜の意思とは関係なく腰が大きく跳ねるように揺れた。
 あまりにも激しくて、あまりにも深く、その衝撃に息を呑み、那桜の口がすぼまる。和惟のモノが口のなかでびくっと跳ねた。そして、躰の中心では拓斗のモノが暴れる。那桜は痙攣しながら、口のなかに満ちていく熱を飲み下し、躰の奥に迸る熱を受けとめた。
 注がれる熱は、きっと愛されている証しだ――意識がぼんやりとするなか、そんな満ち足りた気持ちになった。

 那桜、愛してる。
 その囁きは幻聴だったのか現実だったのか、気づいたときは冷たい水が口のなかに注がれ、反射的に呑みこむと那桜の意識は鮮明になった。いつの間にか失神していたらしく、拓斗が横向きに那桜を抱いている。
「拓にぃ」
 呼んだ声はかすれている。顔を起こしかけたものの、気だるさにまた頬は拓斗の胸に戻る。
「飲むか」
 那桜は緩慢にうなずいた。斜めに傾けられたグラスが口に当てられ、ゆっくりと飲み尽くした。拓斗は空になったグラスをまえに差しだす。そのことで和惟がまだ傍にいることがわかった。
「愛してもらえ」
 そんな言葉と一緒に、空いたほうの頬が撫でられる。
 拓斗が身じろぎ、那桜の膝の裏に腕を潜らせて、那桜を抱えたまま立ちあがった。しがみつく力もなく、ただ揺られていると、体内から粘液がとくんとこぼれだした。
「拓兄、こぼれてる。汚しちゃう」
「だれがかまう?」
 そんな言葉で一蹴し、拓斗は二階の寝室へと那桜を連れていった。

 那桜を抱いて運ぶ腕もやさしければ、ベッドにおろすしぐさは、那桜が傷を負っているかのように慈愛たっぷりだ。
 拓斗はベッドに上がると、自分の躰で那桜の躰を覆う。
「拓兄……」
 どうかした? 続く疑問はなんとなく言葉にできなかった。間近にある拓斗の瞳は、何かを耐えるかのように濁っている。
「おれが平気でいるとは思うな」
 それが和惟のことなら、そうさせたのは那桜ではなく拓斗であり、ひどく矛盾していてえん罪にほかならない。けれど――
「何がおまえに降りかかろうと」
 そこで口を閉じた拓斗は、自らの言葉を自らに刻みつけるようで――
「那桜は那桜だ」
 続けた言葉は振り絞るようだった。
「拓兄、さっきの。守られてるようでうれしかった。今度は……泣きたい」
 那桜の要求を拓斗はどう捉えたのか、目を細める。
「きれいにしてやる」
 拓斗の口から脅すような眼差しを帳消しにする言葉が漏れ、それから、那桜のくちびるが飢えたようなしぐさでふさがれた。


 *


 那桜のこめかみの下で腕がぴくりと動く。頭が持ちあげられたかと思うと、柔らかい枕の上に頬がのる。
「拓にぃ」
 寝ぼけて目も開けないまま、つぶやくと――
「日曜日だ。寝てていい」
 拓斗は那桜の疑問を先回りして応えた。
 那桜はかすかにうなずいて、拓斗の香りが残る、ふわふわの枕に埋もれた。
 頭上のほうでカーテンが開けられる音に続き、クローゼットの戸が開く音をぼんやりと耳にしているうちに、那桜の意識は途切れていた。
 薄らと音が鳴り始めて、それが音楽だと気づき、さらに戒斗のバンド、FATEの曲だと判別がつくとやっと目が覚めた。
 もがくようにふとんから這いだし、拓斗側にあるサイドテーブルに手を伸ばして携帯電話を取った。

『那桜?』
「あ、郁美、おはよ」
 少しかすれた声は寝起きということが丸わかりだろう。呆れたのか笑ったのか、電話から短く息をつく音が聞こえる。
『おはよ、って九時すぎてるよ』
 サイドテーブルのデジタル時計を見ると九時十五分だった。朝方何時だったのか、拓斗との会話は夢かうつつか、と日付を今一度確認してみると四月十五日の日曜日となっている。
「郁美が早いんだよ。休みの日くらい、ゆっくりしてもいいと思う」
『のんびりしてる。那桜、今日はいいんだよね?』
「大丈夫。拓兄は出かけちゃうけど和惟はいるし、家を出るわけじゃないし」
『まったくなんなのかな。その厳重警戒。買い物も行けないじゃない?』
「だから、遊びにきてって誘ったの。うちでカタログ見て買い物っていうのも楽しそうだし。それに、守られてるのもいいよ。閉じこめられるのは慣れてるし、拓兄といられるから充分」
『それって、丸めこまれてるっていうか、洗脳されてるっていうか、ほんと病的って感じ。うらやましいようなうらやましくないような、なぁんか複雑』
「わたしがいいんだから、いいんだと思うけど」
 懲りない奴――そんな、呆れているようでからかっているようなため息が聞こえた。
『まあ、そうね。那桜がいいんならいいけど。電話したのは、勇基たちのことでなんだけど』
「うん、昨日、翔流くんから電話あったよ。大歓迎ってわけにはいかないけど、拓兄たちに云ったら勝手にしてくれみたいな感じだったから、いいよって云ってる」
『じゃあ、美鶴さんもいいかな。さっき、電話があって那桜んちに行くって云っちゃったの』
 そのさきはわざわざ聞かなくても見当はついた。
「いいよ。多いほうが楽しそうだし。立矢先輩も?」
『ううん。仕事だって。じゃあ、お昼から行くね』
「うん。じゃあ、あとで」

 電話を切ると、画面にメール着信の知らせがあった。開いてみると美鶴からで、今日お邪魔します、といったことが浮き浮きした絵文字付きで送られてきていた。
 那桜が手早く返信文を入力しているところにドアが開く。
「拓兄、美鶴さんも来たいって。いいよね」
 送信ボタンを押したあと那桜はベッドの上で起きあがり、近づいてくる拓斗を見つめながら首をかしげた。拓斗は顎をしゃくることで返事に変えた。
「コーヒーを淹れてる」
 わざわざ起こしにきてくれたのか、それとも、郁美との話し声が階下まで届いたのか。どちらも気にすることではないけれど、那桜はコーヒーと聞いただけで香りまで感じ、ちょっと顔をしかめた。
「んー……っと、わたしは紅茶のほうがいいかも」
 ためらったのち、那桜は正直に云ってみた。ここ一週間ほど気が進まないままコーヒーを飲んでいたのを知っているかのように、拓斗は息をついた。憂うつだったり呆れたりというため息とは違う気がした。
 なんだろう――と思っていると。
「病院に行くぞ。出かける用意しろ」
 宇宙旅行に行くぞと云われているくらい、那桜にとって拓斗の命令は唐突だった。

「病院……て、だれかのお見舞い?」
「気づいてないのか」
 拓斗の声は呆れたように聞こえる。
「もしかして、わたしが病気?」
 念のために訊くと、拓斗は顔をしかめた。その表情を見るかぎり質問への肯定で、那桜は少し考えてみた。
「……胃の調子が悪いこと?」
「それだけじゃないだろ。自分の躰のこともわかってないのか。生理が始まったんならおれの勘違いだ」
 拓斗に云われてはじめて那桜はハッとする。急いで計算してみると、予定日からもう一週間をすぎている。目を見開いて、傍に立った拓斗を見上げた。
「だって……拓兄はダメだって……だから、思ってもみなかったの」
「わかったなら行くぞ」
「でも、今日は日曜日だし――」
篤生(とくせい)主宰の病院だ。休みも時間も関係ない」
「……わかった」
 那桜がためらいがちに返事をすると、ちょっとした不安を悟ったのだろうか。拓斗が手を伸ばして額に触れてくる。
「賭けでもしくじったわけでもない」
 静かに告げられた言葉は、那桜の不安を一瞬で喜びに変えた。
「うん」
「いままで以上に躰は大事にしろ。いいな」
「はい」
 ゆっくり咬みしめるようにうなずくと、那桜の笑顔が伝染したように拓斗のくちびるが弧を描いた。

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