禁断CLOSER#119 第4部 アイのカタチ-close-

3.Shaded love -5-


 和惟が叶多たちのいるまえで不行き届きなことをするわけはない。那桜は気晴らしの仕上げに、拓斗はちゃんと話してくれたのに、という気持ちを込めてすました笑みを向けた。
 和惟からどんな反応が返ってくるかと思えば、女の子の頭に手を置いたときのような慈悲っぽい表情で那桜を見下ろすだけで、あとを引くような不穏な気配は見せなかった。
 しばらく四人で仕事するとかしないとかという話をしていると、深智は母親に呼ばれて有吏邸に戻った。

 深智の後ろ姿を追いながら那桜はため息をつく。
「でもね、拓兄、また考えを変えちゃいそう」
「どういうことだ?」
 那桜が仕事をすることに対して、派遣と違い、いまは目のまえにいるから拓斗の反対はない――ほんの一分まえ、そのようなことを云った和惟は怪訝そうに首をひねる。
 それもそのはずだ。和惟がやめさせるべきだと勧告したにもかかわらず、拓斗はそうしなかった。和惟は拓斗が容認したものと思っているはずだ。那桜にしろ、そう思っていたが、拓斗の内心はもっと複雑だった。
「孔明さん。わたしは事務やってるんだし、それでなくっても同じ会社内にいるんだから、孔明さんとも話すことあるじゃない? それなのに、喋ってるとおもしろくないみたい。なんとなく、だけど」
 取って付けたような『なんとなく』は、叶多の手前、拓斗の面目を保つためだ。蘇我との――孔明との相互関係を知らされた以上、拓斗がどれだけ不快にしているか、那桜にも理解するにはたやすい。
 和惟は可笑しそうにしたが、那桜からすれば、云わないことじゃない、といったふうに皮肉っぽく感じだ。

「まあ、もとを正せば蘇我孔明は那桜の結婚相手ってことだし、拓斗にとって心中穏やかじゃないことは確かだ。孔明を雇うって聞かされたときは首領の裁量に疑問を持った。けど、いまはわかる気がしないでもない」
 和惟のほうが、那桜をやめさせるということに関して、考えを捨てたような云い方だ。それとも、まったく別次元の話であり、和惟は隼斗の判断を立てたのだろうか。ただし、和惟の思慮を持ってしても、オールグッドというわけにはいかないらしい。
「どういうことですか?」
 叶多が首をかしげた。
「孔明は、根は真面目そうだ……というより生真面目すぎるって惟均は云ってる。おれから見ても裏表はなさそうだし、使い様によっては……っていうと聞こえが悪いけど、孔明を通して蘇我を動かせるかもしれない。惚けた奴だけど、意欲は人並み以上らしい」
「惚けた奴って?」
「どこをどうとっても二十二才の喋り方じゃないだろ。妙に硬いんだよな」
「それ、硬いんじゃなくて“オヤジっぽい”ですよ。貴仁さんが云うには、お父さんとお兄さんの真似っていうか、対抗してるうちにああなっちゃったって。まえに週刊誌で見たんだけど、お父さんは、戒斗から聞かされた蘇我っていうイメージそのものだし、お兄さんも、義理の関係だからうまくいかないっていうよりはお父さんにそっくりなんだって」
「なるほど。今度、会ったら叶多ちゃんがオヤジって云ってたって云おう」
「だめですよ! ヘンな云いがかりつけられるし、ホントにヘンなことでそれが戒斗に知れたら、あたし、二次災害に遭っちゃいますから!」
 叶多は真剣そのもので訴えたが、それまで黙って和惟と叶多の会話を聞いていた那桜は吹きだした。
「叶多ちゃんも同じなんだ」
「廻り廻って、孔明は叶多ちゃんの結婚相手ってこともあり得たわけだし、やっぱり兄弟だな」
「和惟くん、笑い事じゃないです」
「いや、笑い事になるべきだ」
 和惟の、それがあたりまえといわんばかりの云い方は、よけいに難しいことを示して聞こえた。もう何時だろう。
「……大丈夫かな」
 那桜はぽつりとつぶやいた。
「那桜ちゃん、だい――」
「大丈夫、だったみたいだ」
 叶多に重ねた和惟の声は確固としていて、なお且つ、那桜を安心させるように響いた。

 和惟を見上げると、その目は有吏館のほうを向いていて、那桜もまたそっちを振り向いた。
 一塊の集団が見え、那桜の目にいちばんに飛びこんできたのは、やはり拓斗だった。遠目でも目が合った気がする。
 有吏一族の――特に本家の男たちは威容を誇る。ずらりとそろってやってくる雰囲気だけでも、子供ではなくなったぶん簡単には近づけない気がするのに、駆け寄りたい気持ちと、和惟が大丈夫と受け合っても結果を聞く怖さがせめいで、那桜の足は根が生えたように動かない。
 隼斗と祖父の継斗、そして主宰のだれもが有吏邸へと進路をとるなか、拓斗と戒斗だけがこっちに向かってきた。
 一歩も動くことのないまま、拓斗のほうから近づいてきて那桜の目のまえに立った。

「うまくいったんだな」
 那桜が――叶多もそうだったけれど、何も云えないうちに和惟が声をかけた。
「拓兄?」
「そうでなければどうかしている」
 そのとおり、そうでなければ、会議に入るまえの表情とそう変わらなくても、口もとにわずかに宿る笑みが心底からのものに見えるはずがない。
 額に触れた拓斗の手が、さらに那桜をなだめてくれた。
「ホント?」
 期待に満ちた叶多の声がして、那桜が振り向くとちょうど戒斗がうなずいた。
「当然、全員一致だ。蘇我との約定は白紙になった。別の方向性を探っていく。緊急事態については、全分家から本家への一任を取りつけた」
「よかった」
「戒兄、叶多ちゃんとのことは?」
「異議なし」
「戒斗、ホント?」
「間違いない」
 叶多の念を押す問いかけに答えたのは拓斗だ。それが確信を与えたようで叶多は一気に笑顔になった。
「うれしい」
「それだけか?」
 戒斗が拓斗と同じしぐさで首をひねる。確かに、叶多にしてはうれしさを表現するには控えめな口調だ。
「深智ちゃんたちのことは?」
 那桜が思っていたことを叶多が代弁する。自分たちだけがいいのではすっきりしないし、那桜よりももっと拓斗がそうであるはずだ。そんな些細なことでも障害になるような気がして、那桜は息を呑んで答えを待った。
「なるほど。それも問題ない。瀬尾たちだけじゃない、一族の政略婚自体が見直されることになった」
「昔に比べると、情報の伝達は人を頼らなくていい。現状、充分にやっていけてるんだ。これ以上に手広くする必要はないし、すぐに決着はつく」
「よかった!」
 戒斗に次いで拓斗が答え、今度は叶多と那桜、ふたりそろって歓声をあげた。
「あとは蘇我、だな。内乱の主犯はどうする?」
 和惟が要点をつくと、ほっと和んだ空気もつかの間、俄に緊張が戻る。
「孔明が拓斗に打ち明けたとおり、領我家だろう。けど、そう決定づける隙が見つからない。外部に漏れないということは、したたかということだ。最大で憂慮すべきなのは、貴仁がどういう意図でおれたちに接してきたかってことだ」
「そこが明らかになれば、方向性もはっきり出せるんだろうけどな」
 戒斗の発言を受け、和惟は応えながらわずかに眉間にしわを寄せた。

 和惟が拓斗と同様、蘇我を嫌っているのは確かで、約定がなくなったにもかかわらず喜んでいるふうでもない。当然と発したことを考えれば、和惟のなかでは、もはやそれは朗報にもならない、ということだろうか。
 何を懸念しているのか、もしかしたら男三人のなかで和惟がいちばんなんらかを憂えているのかもしれないと那桜は感じた。

 *

 その日の夕方からの親睦会、そして翌日の午前に再度、会議が行われた。午後になって宿泊していた遠方の一族を見送ると、表分家一同、早めの夕食を取ってから有吏塾をあとにした。

「昭和の決着はつきそうか」
 それぞれに泊まりの持ち物を片づけたり、風呂に入ったり、明日の準備をしたり、一通り終わってソファに落ち着いたとたん、斜め向かいのソファに座った和惟が口を開いた。ちょうど七時になって始まったバラエティ番組とは対照的に、和惟は生真面目な面持ちだ。
 ふたりの間に位置した那桜は、和惟から隣に座る拓斗へと振り返って見上げた。
「約定の破棄がどんなことになるにしろ、着せられた汚名の落とし前はつける。(おとし)めるだけの材料はある」
「手抜かりなく運ばなければ犠牲者が出る」
 真情がどうなのかはわからないが泰然として答えた拓斗に対し、和惟は鋭く口を出す。
「云われるまでもない」
「真にそうであってくれればいいけどな」
「約定を破棄したことで、ますます危険は増してる。主宰たちはそう思ってるし、だれも油断はしていない。和惟、おまえは何を怖れてるんだ?」
 那桜と同じように拓斗もまた和惟の憂色を感じているようだ。
「わざわざ云う必要はないだろう。おまえと一緒だ」
 和惟は挑むような目を拓斗に向けながら肩をそびやかした。
 約定が破棄されてほっとしているかと思えば、そんな那桜の予想とは逆行して、ますます神経質になっているようなふたりの応酬だった。

「拓兄、解決したわけじゃないの? まだ終わらない?」
「有吏内部のことは問題ない。いまから一族は蘇我と闘わなければならない」
「そっちのほうが厄介?」
「話が通じると思うのは間違いだ」
 蘇我孔明とは充分通じていると思うけど――そう云うのはやめておいた。かわりにため息をつく。それをどう受けとったのか。
「那桜、おれか和惟が一緒でないかぎり外には出られないという状況は変わらない」
 拓斗は凄みをきかせて締めつける。やはり、今回の有吏の決断でほっとしたのは、この三人のなかでは那桜だけなのだ。
「わかってる」
 今度はため息を押し殺し、「コーヒー持ってくるね」と那桜は立ちあがった。
「那桜」
 L字型に置いたソファの間を通ろうとすると拓斗が呼びとめて、那桜は振り向いた。左手を取られたと思ったとたん引っ張られる。こっちの体勢はまったく無視されて、那桜は小さく悲鳴をあげながら、ソファに右膝から右手と順に手をついて躰を支えた。
「拓兄っ!」
 叫んだ瞬間に今度は右手まで取られて完全にバランスを崩す。両手の自由を奪う拓斗とは別の手――和惟の手が腰を支えて、ソファから落ちそうになった躰を救う。
 けれど、それは救ったのではなかった。フレアのキュロットパジャマがずらされてお尻が剥きだしになる。

「和惟、やっ……拓兄……っあっ」
 抗議する間もなく、いきなりで生温かさが躰の中心で混じり合った。
「拓にぃっ」
 拓斗の腿の上に顔を横たえた姿勢で拒絶を訴えても反応はない。手を引こうとしても、拓斗の向こうまで伸びた手首はしっかりソファに押さえつけられていてかなわない。
 いまさらでこういうことがあるなどと、那桜は考えたこともなかった――違う。このまえ、予兆はあった。
 あのとき、和惟は自慰をするだけで触れることはなかったのに。躰を守るのは最低限の義務だ――拓斗はそう云ったのに。そう云った拓斗自らが触らせることにどんな意味があるのだろう。
 そんなことを考える冷静さを知っているのか、いや、けっして冷静ではなく混乱しているだけなのだが、那桜を罰するように、敏感な突起に和惟の舌が強く触れた。お尻がふるえる。
「ゃあっ。拓兄、ぃや……っなのっ」
 目のまえに拓斗の下腹部が見えても、顔までは見えない。拓斗は何も応えず、空いたほうの手が逆にパジャマの上着をキャミソールとともに首もとまではぐる。そして、胸をくるんだ。タイミングを合わせたように、和惟が突起に吸いつく。
 ああ……っ。
 かすれた喘ぎ声が漏れる。逃れようとするとお尻が持ちあがって、よけいに和惟に責めやすくさせた。和惟は舌を押しつけるようにして襞に沿って舐めまわす。那桜のお尻がぷるぷるとふるえるのは、真っ当な生体反応のはずだ。そう思うのに、その刺激は脳内まで侵してくる。
 うっ……はっ。
 拓斗は試してるのだろうか。片隅に残った理性でそう考えてみる。けれど、考えられるのはそこまでで、一向にさきまで思考がまわらない。和惟の舌がお尻の間にまで及ぶと、それどころじゃなくなる。

「和惟、そこはぃやっ」
 引いたはずの腰はお尻を捧げるような恰好になるだけで、避けるにはまったく役に立っていない。
「そうなのか」
 和惟の可笑しそうにした声が降りかかるとともに指がお尻に沿う。そうしながら、また襞の先端を口に含んだ。
 あぅっ。
 和惟は知っている、と那桜は思った。防音は外側だけで室内はすかすかだと教えられたとおり、気にかけてみると、拓斗の足音は聞こえなくても二階のドアが閉まる音だったり、和惟がシャワーを浴びる音だったり、ちゃんと聞こえる。拓斗とのセックスは和惟に筒抜けなのだ。
 和惟の触れ方は、拓斗みたいに指を挿入することはなく、ただそこを撫でるだけだ。それでも浅ましく那桜は快楽を得ている。もう果ては見えている。和惟が音を立てて吸盤みたいなキスを始めた。
 あ、あ、あっ……。
 試されているのなら、と堪えていると――
「我慢するのは嫌いだろ。好きなだけイケばいい」
 右耳に降ってきた声は、ひどく非情に聞こえた。おれを疑うな。その言葉が、なんの食感も味も感じられない薄っぺらなオブラートみたいに存在感をなくしそうになる。拓斗を責められないくらい、那桜の性感帯も軽薄だ。
 拓斗の指が那桜の胸先を摘む。和惟の舌が吸いついた突起をつつき、お尻の間を揉みこむ。デリケートな場所がすべて責められたその瞬間。
「拓に……い、や、あぁあああ――っ」
 和惟をはね散らすほどびくんと腰が大きく揺れた。

「ぅくっ……拓にぃ……どう、して……なの」
 那桜は息もままならないまま、喘いだ声で訊ねた。
「おれを疑うな。それだけだ」
 ついさっき浮かんだ言葉が拓斗の口から発せられる。やっていることと云うことが、ひどくちぐはぐだ。
「わから……ない」
「わかるべきだ」
 まるで拓斗と通じ合っているように和惟が応えた。
「あ、う……っ、待っ……てっ」
 和惟の指が体内に潜ってきた。イッたばかりで指に絡みつくように内部の襞がうごめいているのを感じる。和惟が引っかくように指先を曲げただけで、グチュッとした粘液音が立った。余韻でどうしようもなく那桜の躰がふるえる。
「拓にぃ……ひど、い!」
「すぐにそんな気持ちはどうでもよくなるだろ。イケるだけイケばいいと云ってる」
 拓斗の発言は和惟への命令でもあったのか、体内の指が律動を始めた。その動きに合わせて親指がお尻の間を行き来する。
 いくら拓斗がいいと云っても、やっぱり試されている気がする。我慢すればするぶんだけ、果てへと身を任せたときに引き返せなくなる気がして怖さを伴う。
 蜂蜜を練りまわすような音はひどくなるばかりで、腿を伝う粘液は自分が吐きだしているに違いない。躰はすでに砕けていて、体内にある和惟の指と、下腹部の下に通した拓斗の腕に支えられていた。
 拓斗の手が胸から離れたことで、那桜は快楽を得ることへの一縷(いちる)の口実さえ奪われている。一つ一つ内側の襞を撫でられる感触は身ぶるいを伴い、感度を高めていく。イっちゃだめ――そんな呪文だけが残り、那桜の意思は朦朧(もうろう)としていった。

「は……ふ……いゃっ……んっ……い、や……」
 無意識に拒絶の言葉を吐いていると、和惟の指先がふと違った動きをする。探るように動いたかと思うと――
「あ、う、んんっ」
 そこを擦られたとたん、躰全体がわななく。和惟は集中してそこをまさぐり始めた。
「あうっ、や、いやっ。拓にぃ……だ、めっ」
「おれじゃない。和惟だろ」
 拓斗は那桜に背徳を植えつけ、冷静に追いつめる。
「那桜、拓斗は許してるんだ。イケばいい」
 和惟の薄ら笑うような声は那桜の抵抗心を煽る。
 けれど、拓斗も和惟も知っているとおり、那桜の躰は快楽に弱すぎた。

 和惟の指がその場所でせん動する。刹那、堪えていた感覚が一気に弾ける。
 あ、あぁ――っん、くっ。
 体内に溜まった蜜が搾りとられるように噴きだし、躰は力尽きて弛緩した。

BACKNEXTDOOR