禁断CLOSER#109 第4部 アイのカタチ-close-

2.jealous for love -1-


 もしかしたら口にしてはいけないことだっただろうか。そう思うほど長く、拓斗は何も答えることなく那桜を見つめたままでいた。
 驚いたのではない。その気配は、衝撃という表現のほうが当てはまるように思う。
「兄妹だから……だめなの?」
 ほんの少し遠慮がちになって那桜が問いかけてみると、まるで永遠の眠りのなか、気吹(いぶき)を得たように拓斗は小さく息を吸った。
「知っているだろ。兄妹の間で生まれた子供は遺伝的に問題のあることが多い。大雀(おおさざき)家は兄妹だけじゃないけど、ほぼ血族間で継承を保ってきた。そのせいで絶えたんだ」
 衝撃から一転、拓斗は流暢(りゅうちょう)に話し、それは、那桜が問うのを待っていたような印象を受けた。
「絶えたのは少なくても二千年後だよ。わたしと拓兄の子がまた兄妹同士でっていう確率も、生まれる子供が健康じゃないってことの確率も大して変わらないくらい低いと思う。それとも、拓兄にとっては、自分の子供に問題があると困るってことのほうが重要なの?」
「そうなるかもしれないとわかっていながら、確率に懸けることのほうがおれは子供にとって残酷なことをしていると思う」
「……ひどい」
「本当に子供が欲しいのかと聞いてるんだ。おれのためならいらない。なんに触発されたか知らないけど、くだらないプレッシャーだ」
 沈黙している間に那桜の思考経緯まで考えていたのだろうかという諭し方だ。

「確かに、子供を育てている那桜の姿は想像できないな」
 追い打ちをかけたのは和惟だ。自分の住み処に引っこんだかと思ったのに、また戻ってきたのか、ずっと拓斗に隠れるという死角にいたのか。
 和惟は続けた。
「おれは本家にいるときに子守してきたからな、子育てのたいへんさは理解してる。夜中でもかまわず泣きわめくし、動きまわるようになれば目が離せなくなる。言葉は通じないから根気がいる。那桜にできるのか?」
「ひどい」
 いまや口癖となった一言をまたつぶやく。拓斗の“くだらない”発言には猛反撃したいところだが、子育ての苦労を考えていないことは事実で、反論するには那桜が浅はかすぎた。
 けれど、よけいな口出しには腹が立つ。
「和惟はわたしに産んでくれって云ったくせに」
 拓斗から追い払われればいいと和惟への復讐で口にしたはずが、拓斗が首をひねって威嚇する標的は那桜だった。
「出ていけ」
 那桜を見つめたまま吐かれた嫌いな言葉は、那桜に向けられたものではなく和惟に向かっている。それはわかったけれど、いったんおさまった不機嫌が復活したような様だ。
「消えたほうがよさそうだ。おやすみ」
 和惟は揶揄した口調で答え、それから拓斗の背後のほうで足音がしたあとには静けさが残る。

 有吏家にも衛守家にもそれぞれに後継者はもう一人いるが、なぐさめには足りない。そんな大義名分はどこかに散って、欲しいと思う気持ちが芽生えると、消滅させるのは難しい。
 自信たっぷりでだれもが母親をやっているわけではない。この際だ。怒らせるというよりも煽ろう。そんな誘惑に駆られた。
 それに、拓斗の云い方からすれば、遺伝的な問題はなんらかの口実のように思えた。
「立矢先輩は後継者なのに結婚する気ないって。わたしが産むんだったら世襲問題は解決するって云ってたけど」
 云ったとたん、拓斗は首を少し傾けながら那桜の正面まで顔を下げてきた。
「おまえは、だれの子供も、産まない」
 拓斗は一区切りずつ叩きつけるように云い、那桜の望みを打ちのめす。
 これがずっとまえなら傷ついたかもしれない。けれど、あいにくといまの拓斗は那桜にとってCLOSERではなく、Close brother――親密な兄だ。拒絶しても、それは“絶対”ではない。

「わたしが母親になる権利はだれも奪えないよ。産むか産まないかはわたしが決めるの。拓兄はじっとしてればいいだけ」
 那桜は拓斗のTシャツの下に手を忍びこませ、さらにアンダーシャツを潜っておへそ辺りに触れた。すっと息を呑む音と同時に腹部が起伏する。拓斗の目を見つめたまま、手は上へと滑らせた。ぼこぼこした表面をたどっていき、より盛りあがった胸に手を添わせると、キスをするみたいにぴくっと振れて那桜の手のひらを押し返した。
 捲れあがったシャツをつかんで押しあげると、那桜が背伸びしないですむ、拓斗の胸のすぐ下辺りにくちびるをつけた。舌を出して、くちびるごと上へと這わせた。
 拓斗は咎めることもなく、されるがまま突っ立っている。爪先立って、小さな突起を這いずるように舐めてみた。那桜だったら陶酔するほど躰がふるえるのに、拓斗からはそんな反応は見られない。ただ――
「那桜」
 それは唸るように聞こえた。拓斗の腕が動いて背中から引き寄せられ、強く縛られると、けっして無反応じゃない慾が那桜の下腹部を突いてくる。
 那桜は顔を仰向けて拓斗を見上げる。

「拓兄、わたしのなかは拓兄だらけ。立矢先輩がうらやましいって。でも、息が詰まりそう」
 拓斗は不快そうに眉をひそめた。
「どういう意味だ」
「わたしじゃなくて、拓兄がいつか逃げだしたくなるんじゃないかってこと。拓兄はやさしくなった。だから、きっと甘えすぎてると思うの。ううん、思うんじゃなくて……そうなんだけど。わたしはいま、どんなことでも我慢してないから」
「見くびるな」
 那桜をさえぎるように云った拓斗の一言は、うれしいと思っていい言葉なのだろう。笑うと、拓斗から不快さが消えた。
 それはつかの間かもしれないという少しの怖さもなく、那桜は喰いさがってみる。
「だから、赤ちゃんはいてもいいと思うの。わたしは子供に気を取られるくらいでちょうどいいかもって思わない? それとも、わたしを――躰も心も全部、独占していたい?」
 たぶん、拓斗はどっちも答えられない。子供のことは乗り気ではなさそうだし、態度は素直じゃないのに言葉にして吐く和惟と真逆に、拓斗は露骨に見せることはあっても、那桜の耳に届けることはない。

 予想どおり、那桜を見下ろす目が狭まる。直後には、丸出しのお尻に拓斗の手が伸びる。双丘がそれぞれに潰すようにつかまれた。痛みを和らげたくても後退はできず、すでに爪先立っているから伸びあがって逃れることもできない。
 痛いと云うかわりに、拓斗の胸に咬みついて伝えた。筋肉は張っているからそうはできないけれど、胸先だけは無防備だ。頭上からくぐもった声が降る。同時に、仕返しの手が脚を抉じ開けるようにしながら下へと伸びていって、那桜の中心を襲う。
「あっ」
 すでにぬかるんでいて、抵抗なく拓斗の指は那桜の体内へと潜る。もう片方の手が那桜の右腿をつかんで持ちあげ、そこは無防備に空気に晒された。指がぐっと沈んでくる。
「ん、あっ、拓兄はじっとしてていいの!」
 那桜は喘ぎながら叫んだあと、再び拓斗の胸に咬みついて声を押し殺した。那桜の命令が有効だったのは、拓斗の胸先に吸いつくまでだった。思いきりそうしたところで、呻き声を漏らした拓斗が優勢になる。那桜の体内からぎりぎりまで引いた指がずんと奥を目指してきた。
「ゃっ、待っ、て、まだ――あっ」
 止める言葉もままならず、那桜は悲鳴をあげた。唐突な刺激を消化しきれないうちに、拓斗は指の腹でなかの襞を一つ一つ撫でるような触れ方をして、那桜をすぐさま平気でいられなくする。痺れるような快楽が生まれた。そうするのがどの指かわからないけれど、次にははっきり親指とわかる指先が双丘の間に添ってきた。そこもまた少しまえの快楽の痕が流れこんでいて、指が出入りするのに合わせてやすやすと谷間を滑っている。
 お尻がひくついて、そのたびに那桜の下腹部と擦れて拓斗の慾がますます硬くなっていく。脚の間のしっぽりした感触は左腿の内側まで広がっていた。

「だめっ」
 濡れているのではなく、零している気がして那桜は叫んだ。
「好きにイケばいい」
 云い放った拓斗は、微妙なタッチで二本の指を動かし始めた。皮膚を融かすように緩く触れてきて、那桜の神経が敏感に反応している。つかんだシャツを通り越して、自分の爪が手のひらに喰いこんだ。
「拓に……を……あうっ……そう、して、あげた……い、の……ぁ、あ!」
 那桜の訴えは無視され、躰の中心から躰全体へと痙攣が広がった。何気ない、抱き合う恰好がこんなに自分を動けなくさせてしまうとは思わなかった。緩和することもも紛らせることもできない。
 それでも充分なのに、また別の指が那桜を追いつめるために加勢した。充血した突起に触れたと思うと、くすぐるような単調さで那桜の快楽を高めていった。たった三本の指というだけなのに器用すぎる。まもなく、ほかの感覚が薄れて快楽のみが息づいた。息を詰めたあと――
「ああっ、出、ちゃうっ」
 激しく身ぶるいしながら那桜は叫んだ。体内からだらしなく雫を垂らしている感触がした。立っている力もしがみつく力もなく、躰は拓斗が支えている。余韻が消えないなか、拓斗の指が抜けだして、那桜はまたふるえる。

「わたしが、するって、云ったのに……」
 荒く呼吸をしながら拓斗の胸もとにつぶやいた。
「最終的に正面向いて埋められたいというのはかわらないだろ。省略してやる。おれの(セックス)に依存してればいい」
「埋める、じゃなくて、一つ、になる……!」
 那桜が云っている途中にもかまわず「寒くないな」と、重大な訂正を軽く扱い、拓斗は首の後ろのリボンをほどき、続いて腰もとのリボンをほどいた。
 エプロンを剥ぎとるのと一緒に、拓斗は那桜の躰を唐突に離した。小さく悲鳴をあげながら、よろけてへなへなとその場に座りこむ。床暖房がきいているから暖かいが、那桜は拓斗と切り離されてぷるっとわなないた。
「待ってろ」
 廊下へと消えた拓斗は、一分もしないうちに戻ってきた。

 そのまま裸で待っていた那桜をつかの間じっと見つめ、拓斗はアンダーシャツごと上半身の服を脱ぎ捨てた。那桜を抱きかかえ、ダイニングテーブルの上に腰かけさせると、カーゴパンツのまえをはだけながら、那桜の脚を強引に割った。
「拓兄、ここ――」
「風呂が溜まるまで、一回め、だ。おれの気がすんだら、じっとしていてやる」
 そう云っているうちに、剥きだしになった拓斗の慾が那桜の中心をかすめて躰をふるわせた。
 どういう“気”がすまなくてはいけないのか、“じっとして”くれるまでに程遠い気がしないでもない。ただ、二回めじゃなく“一回め”という気持ちで那桜は充分に満たされた。子供が欲しいという望みさえ、どこかに飛んでしまう。
 那桜が笑う瞬間を狙ったように、拓斗は互いの腰を密着させてその余裕を奪った。

 *

 拓斗と那桜が家を出てから三年たって、表分家が集まる食事会の雰囲気は様変わりした。
 食事会というと、拓斗が自分に覚悟を強いた日と結びつく。特に今年はその年と同じ衛守家が主催だ。
 あの日の一年後にあった矢取家での食事会は、なんとなく行きたくない気分で、拓斗は気を遣ったのか、ふたりそろって欠席した。
 去年の仁補(にほ)家のときは、矢取家主催のときに出席した流れで叶多が招かれていた。そのことがなぜか那桜をほっとさせた。遠慮がちに見えた叶多も、今年はだれにとっても自然のことのようで、緊張感は窺えない。

 それは、有吏本家が叶多を認めた、ということに起因しているかもしれない。
 きっかけは去年の夏、戒斗がバンドの仕事でイギリスへとレコーディングに行くに当たって、その間、叶多が有吏本家に居候したことだ。一カ月を超えて有吏家にいたこともあって、那桜が感心するくらい、叶多は隼斗とも打ち解けて見えた。
 今日は、大人たちも――すでに那桜たちも大人という枠に入っているが――堅苦しさはなく終始、談笑といった様子だ。とりわけ、世翔と亜妃の赤ちゃんが参加していることが最大の要因だろう。
 赤ちゃんはまだ生まれて二カ月と間もない。生まれてすぐ、深智に連れられて病院にお祝いに行ったけれど、そのときは何も思わなかったことがいまは重要なことに思えて、那桜は羨望を覚える。
 昨夜、拓斗の気がすむまえに那桜が気を失うことになって、じっとさせておくことは結局かなわなかった。そのうえ、拓斗は最後まで避妊した。今朝、ベッドから起きだしても脚を伝うものにその痕跡はなかったから、それだけは確かだ。

「那桜ちゃん、どうかした?」
 一通り食事が終わって、義理になる亜妃も含めて従姉妹同士集まっているなか、隣から那桜を覗きこむようにして叶多が声をかけた。
 今年の五月、二十一歳になる叶多は、まだまだ子供だから戒斗に迷惑をかけていると云う。那桜から見ると、戒斗と同棲を始めてからの叶多は、ずいぶんとしっかりしてきた。ちょうど大人にならなければならない時期ではあるけれど、那桜は自分より叶多のほうがしっかり者だと思っている。行動するのにちぐはぐしてよくどじを踏むけれど、そういうところではなく、ちゃんとした考えを持って落ち着いている。
「どうもしてないよ?」
 表情がかげっていたのか、那桜は叶多に笑顔を向けた。
 やはり、自分は聞き分けのない子供だ。そんなため息を押し殺して、従姉妹たちに囲まれた赤ちゃん――修生(しゅうせい)を覗きこむ。
 母乳の効力が切れたようで、ずっと眠っていた修生は目を開けたばかりだ。目覚めるときはちょっと泣き声をあげたものの、亜妃が名を呼んで声をかけると、おとなしく手足を泳がせている。世翔似の男の子だ。

「亜妃さん、抱っこさせてもらっていい?」
「いいわよ」
「はじめてだからドキドキする」
「首を支えてあげれば大丈夫。わたしだってはじめての子育てだから、修生にしたら那桜さんの腕のなかでもあんまりかわらないかも」
 亜妃はおかしそうに首をかしげて云った。亜妃もまた、有吏一族に馴染んでいる。
 亜妃がベビーバスケットから修生を抱きあげ、那桜に手渡す。どきどきというよりは落とさないかとびくびくしながら修生を胸もとに引き寄せた。
「赤ちゃんの匂いがする。母乳だよね」
「みたいね」
 亜妃は可笑しそうにうなずく。
「みたいね、って?」
 亜妃の他人事みたいな云い方に、深智が不思議そうに首を傾けて訊ねた。
「いまはまったく匂いがわからないの。産むまえは友だちの赤ちゃんとか、抱っこするとすぐわかってたんだけど。鼻が麻痺しちゃったのかな」
「そういうものなの?」
「あ、それってアレと同じかも」
 深智に重ねるようにして美咲が口を挟む。
「美咲さん、あれ、って?」
「人間だけかどうか知らないけど、外敵の匂いと区別するのに、体臭とか自分の匂いは感じないようになってるんだって。赤ちゃんて敵にはならないし、自分のことひっくるめて赤ちゃんの匂いって感じられなくなるのかも」
 亜妃の質問に、美咲は至極もっともな理由を示した。
「美咲ちゃん、すごい」
「叶多ちゃんとは違うよ」
 美咲が素早く投げた言葉に、叶多はしょげたように顔をしかめる。ふたりは仲がいいけれど、一つ年上の叶多のほうがいつもやられている感じだ。那桜でさえ太刀打ちできないほど、美咲は頭の回転が速い。

「いい匂いだよ。わたしも……」
 欲しい、と云いかけて那桜はハッと口を噤んだ。
「……那桜ちゃん?」
 再び、問いかけてきた叶多は那桜の心情がわかるのだろうか、気遣うようだ。
「叶多ちゃんも抱いてみたら。まるっとしてて可愛いよ」
「いいかな」
 那桜のごまかしが利いて、叶多の関心が修生に移った。

 亜妃が「どうぞ」と応じている間にふと視線を感じた。顔を上げると、案の定、拓斗の目と合う。その視線がおりたかと思うと、胸もとに留まる。少ししてまたのぼってきた目が那桜の瞳を捕らえた。
 那桜はくちびるを咬む。悪いことをしているような気にさせられた。

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*タイトル意 jealous for love … 愛を失うまいと用心する