禁断CLOSER#80 第3部 純血愛-out-

1.甦生−Revival− -5-


 自分の躰を見下ろしたとたん、エロティックな服が目についた。いや、服とはいえず、下着というにも微妙だ。
 黒いチュールレースのベビードールはフロントもサイドも大きくスリットが入っている。スリットというより、後ろと前面左右の身頃が紐で繋がっているだけだ。胸の真ん中で結んだ、細いリボンがトップをかろうじて隠しているものの、ふくらみは三分の一くらい露出している。腰まわりもまた同素材でパニエふうのペチコートが纏いつく。
「これ……何?」
 たったいままでの憤りはどこへやら、気抜けして、ベビードールの裾を摘みながら那桜はつぶやいた。こんなものを着ていた憶えはない。そもそも、服のまま寝そべっていたはずだ。
 消去法を使うまでもなく、和惟がしたと確信した。用意してくれた頭痛薬はいつも飲んでいるものと同じだった。眠気を催す旨の注意書きがあるが、那桜はその作用に弱い。
 顔を上げると、寝室の入り口に突っ立った拓斗の目と合った。批難めいて見えるのは気のせいか。
「わたしじゃないから!」
 そう弁解したとたん、拓斗は険しく気配を変える。和惟にやらせたと云ったのと同じことで、寸時に、那桜は云うべきではなかったと悟った。
「気づかなかったの……」
 再度、云い訳をすると、拓斗は後ろを向く。ちょうど入ってきた和惟は那桜を向いた。
 那桜の顔を見つめる目はゆっくりと伏せられていく。目線が腰もとまでおりると、和惟は艶めいた微笑を覗かせる。拓斗を向いて煽るように顎を上げた。
「ちょっとした協力だ」
 和惟はだれに向けたのか、拓斗から那桜へ、そしてまた拓斗へと視線は移った。悪戯な声音が、拓斗の不穏さを増長させた。おもむろに那桜へと戻ってきた視線は、覚悟を迫る勢いで貫いてくる。
 近づいてくるかと思いきや、拓斗は携帯電話を弄りだす。そして、耳に当てた。
「帰りは遅くなる。いまから横浜に行く。……。いま終わって那桜と合流したんだ。いつまでも子供じゃない。和惟もいるから大丈夫だ。……。ああ」
 その話しぶりから詩乃だとわかった。とりあえず、すぐに帰るつもりはないらしいとわかって、那桜はご褒美をもらった気分になる。
 一方で、拓斗は不快さを示すように携帯電話をソファの上に放り投げた。
「……横浜に行くの?」
「その恰好で行くのか」
 拓斗は素っ気ないうえ、答えになっていない。獲物に照準を合わせた豹のように近づいてくる。その威嚇した姿から目を離せないまま、那桜はどうやって機嫌を取ろうかと考えてみる。すると。
「偽装だろう」
 拓斗のかわりに和惟が答えた。
 和惟の発言からすると、拓斗は眠れるチャンスはつくってくれたということで、機嫌を取る努力なんてものは必要ないのかもしれない。
 けれど、そのまえに和惟は退散すべきだ――そう思って那桜は和惟を見やった。それを待っていたかのように、和惟がフレビューの小さな紙袋を掲げた。

 那桜はベッドからおりようと腰を上げた。
「それ――!」
 開いた口は、さらうように那桜の頭を捕らえた拓斗のくちびるにふさがれた。
 やさしさを欠いたキスは豹さながらに咬みつくようだ。拓斗の舌が那桜の舌をすくって絡みつく。応える余裕はなく、両手ともに自由に動かせることも忘れてされるがままでいた。やがて、息が詰まって酸素の量がおぼつかなくなる。苦しさから逃れようと、那桜は無意識に拓斗の腕をつかんだ。
「んっ……拓兄っ」
 わずかに顔が離れる。拓斗がまた襲ってこないうちに、那桜はぶつかるようにその躰に抱きついた。
「待って! 拓兄にプレゼントがあるの」
 拓斗の躰に巻きついたまま、自分を押しつけるようにして那桜はベッドからおりた。拓斗の腕が引き止めるまえに逃れて、那桜は和惟のところに走る。
 そして、紙袋を取ろうとしたとたん、和惟はすっと上にやって那桜の手を透かした。
「和惟!」
 和惟の子供みたいな意地悪に抗議しながら、那桜は紙袋を追う。万歳をするように伸びあがった直後。
「いい眺めだ」
 和惟は那桜の躰をゆっくりと見下ろしていって忍び笑う。
 頭上ではしなやかな手が那桜の手の間を通りすぎ、別の手のひらが右胸をくるむ。顔をうつむけてみると、おなかは丸出しで、胸のトップの位置にあったリボン結びは、胸を隠した手首の上にのっている。
 自分の恰好を忘れていた。おまけにいま頃になって、ショーツを穿いていないという心もとなさを知る。

「和惟、こんな恰好させるって、それに眠りやすいの知っててやるって酷い!」
 那桜が精いっぱいで睨みつけたにもかかわらず、和惟は屁でもないと笑う。
「返して、拓兄の――」
「“協力”効いただろう」
「なんでフレビューだ」
 三人それぞれの云い分が重なった。
 優先的に気に喰わなさそうな声のほうをたどると、那桜のかわりに和惟から奪ったらしく、プレゼントは拓斗の手にあった。ポイ捨てされそうな気配が窺い知れる。
「拓兄をイメージしたって聞いたから、つけてもらいたかったの」
 那桜はそう云いながら、肩のすぐ横に見える紙袋を拓斗から奪った。拓斗のかわりに開けようとしたとき、それは拓斗自身によってさえぎられた。

 胸を覆った手がふくらみを鷲づかみして指先が肌に喰いこむ。それは痛みに近くて、那桜の口から小さな悲鳴が飛びだした。
「拓兄……あっ」
 呼びかけると、今度は腹部に触れた手が、かすかにすき間をつくっていた脚の間へと滑り落ちた。躰の中心に忍びこみ、ペチコートは捲りあがる。剥きだしの突起をなぞられたとたん、脚がふるえて膝が折れそうになった。
 かまえる間も与えられず、拓斗の指は那桜の襞に巻きつく。まだ触れられたばかりだというのにおなかの奥は痺れだし、伴って、躰はぴくぴくした反応をしだす。
 拓斗の指先は、セックスするたびにだんだんと器用に柔らかくなっていく。躰が示す反応を一つ一つ学んでいっているようで、いまもすぐに那桜を追いつめだした。
 脚の間にある指は、ずるりと這ってはいちばん弱い場所をつつき、胸にある手はふくらみの先を弾く。同じ動きが繰り返されて那桜の感覚だけが研ぎ澄まされていった。
 頃合いを見計らった長い指は――那桜にとっては不意打ちで体内へと深く潜ってきた。
 あっあふ……っ。
 くちゅっという、とろとろの蜜のなかに指を突っこんだような音が立つと同時に、那桜の口からは悲鳴が漏れた。
 指はゆっくりと出入りを始める。
 あ……ぁんっ……あっあ……っ。
 ぷるっとしたふるえと連動して那桜は喘ぐ。

 考える力が奪われているなか、つと、こめかみから髪を梳くようにした手が顔をくるむ。うつむけた那桜の頭が起こされた。
「那桜」
 その手が拓斗じゃないことは当然だ。正面に和惟がいるという、ちょっとした状況さえ飛んでいた。
 拓斗が和惟を追いやらない理由はなんだろう。和惟の悪戯を知ったとき、拓斗は不愉快だったはずだ。そのうえ、フレビューのプレゼントが焚きつけることになったのは、那桜自身のせいだ。
 けれど――また? 一瞬、そんな疑問がよぎる。
 ふたりとも冷静で、その間で自分だけが嫌らしく快楽を得ている。熱に水を注いだときのように烟った和惟の瞳が、その浅ましさを那桜に叩きつける。
 “疑問”じゃない。不安が甦る。
 那桜は目を伏せ、せめて声を出さないようにと下くちびるを咬んだ。

 おなかの奥で、蜜が溢れるほど生産されているのがわかる。躰の中心へと入る、狭い通りを縁取る襞は自ら拓斗の指に纏いつき、蜜を掻きまわす音はだんだんと大きくなる。
 ぅふっ……。
 不安は快楽に押しのけられ、咬みしめたくちびるのすき間から堪えきれなかった声が漏れ始めた。
 那桜が耐えようとしていることを知ったのかもしれない。
「イケ」
 拓斗が背後からそそのかし、指が躰のなかにある最大の弱点を引っ掻く。声も快楽も堪えきれなかった。
 あ、あ、あっ……。
 引っ掻かれるたびに飛びだす声。
 ぅく――っ。
 息が詰まると同時に躰が機能を停止する。そして、酷い痙攣が下半身を襲う。
 っぁああ――――っ。
 那桜は和惟の手から抜けだし、仰向いて叫んだ。果てに行ったところで拓斗の要求は終わらず、指は動き続けた。
「あ、ぁあっ、あ……っ、拓、にっ……だめっ」
 脚が頼りなくなる。まえにのめりそうな躰を拓斗が自分の躰に引き寄せた。そうされたことで、快楽に塗れているのが自分だけじゃないとわかった。
「眠るまで終わらない。おまえが望んだことだ」
 拓斗の声は脅すように低いのに、その本心は腰の辺りで明確に示されていて、那桜には甘やかに聞こえた。
「は……い……」
 従順な返事を合図にして、蠢動する体内を拓斗の指が再び滑りだす。擦られるたびにおなかの奥が潤いを増す。
 ふっ……はっ……。
「堪えることはないだろう」
 正面からなだめるような声がした。

 目を開くと、和惟の指がくちびるに触れる。
「見て」
 と、ちらりと那桜の頭上に目を向けたあと和惟は指を離した。促されるまま手を追うと、和惟の手は自身の下腹部におりてベルトをつかんだ。
 和惟はファスナーをおろして綿パンツのまえの部分を開き、次にはボクサーパンツをずらした。取りだされたものは弾けそうなくらい大きくなっている。
 拓斗から押しあげられながら、まさかという思いがまた湧いた。
「拓にぃ」
 不安が無意識に拓斗を呼ばせた。胸にあった手がすっと額に伸びてきて触れる。言葉がなくても安らぐ。
 額の手はまた胸に戻り、下からすくうように捏ねられる。親指の腹が胸先をかすめるたびに躰の中心が疼く。
 拓斗の手が保証してくれたとおり、和惟は那桜に触れることはなく、触ってくれとも云わず、ただ那桜を見つめて自分の慾をつかんだ。その手は恥ずかしげもなく上下に動いて、那桜の感覚の上昇とともにスピードをあげていく。
 一方で、那桜の躰の奥は泉が湧いているように蜜を溢れさす。恥ずかしさよりも快楽を優先させてしまうのは、きっと目のまえの和惟と少しもかわらない。
「あ、んっ……拓兄っ……漏れちゃ……ぅかも……っんあっ」
「吐きだせばいい」
 そう云って拓斗は指の腹で襞を這いずった。摩擦度が増し、感度を格段にアップさせられる。
「那桜」
 解き放つスイッチを入れたのは、和惟の那桜を呼ぶ、この呻き声だったかもしれない。
「あ、あ……だめっ」
 そう叫び、那桜が目をつむる寸前、和惟がこもった声で呻いた。おなかに温かい飛沫を浴びて、一瞬後、芳香が鼻をつく。その刺激が追い打ちをかけ、耐えられずに那桜は声を詰まらせた。
 独り違う世界に放りだされたような静寂のあと、飛び跳ねそうなほど躰が揺れる。声を漏らしながら、那桜は拓斗の手のひらに快楽のしるしを零した。

 躰が砕けて脚はまったく役に立たなくなった。くずおれそうになったとき、拓斗からすくいあげられた。ぐったりとした躰は、預けた腕のなかでぴくぴくとふるえる。
 ベッドにおろされると、拓斗がティッシュでおなかを拭う。
 拓斗は何を思っているのか、きれいにしたあと那桜の顔を囲むように手をつくと、濁った瞳を近づけてきてくちづけられる。最初のやり直しをしているかのようで、ぺたりとした触れ方は那桜を酔いそうにさせる。誕生日にプレゼントされたワインを飲んだときのように、体内から熱が生まれるようなキスだ。
 緩く、それでいてどこか激しく、口のなかをまさぐられる。
 もっと――そう思ったときにキスは終わってしまった。
「拓兄も」
「触らなくていい」
 拓斗に向かって伸ばしかけた手はその言葉に退けられた。けれど、“触るな”よりはずっとましで、加えて、はね除けるような声音ではない。
 拓斗はベッドの脇で服を脱ぎ始め、でこぼこした躰を晒していく。すべて脱いでしまうと、和惟と同じように、那桜が触れるまでもなくそこは欲情が剥きだしになっている。
 そこで和惟のことを思いだした。どうしたのか、ベッドの足もとのほうに目をやると、その姿を捉えたところで拓斗に視界をさえぎられた。
 ベッドが揺れ、拓斗は脚の間に収まるとすぐ、慾を那桜の入り口に合わせてきた。
 うれしさと少しの怖さが交差する。
 拓斗と繋がるセックスに限れば、回数は極度に減った。まず、家でやることはなくなっている。那桜だけが気まぐれに触れられて快楽を得る。拓斗は反応しているのに侵すことはない。
 そのかわり、たまにセックスのためだけに連れだされる。つらいくらい激しい。それでも拓斗にそうされるのは好きだ。なぜなら――。
 そこで思考は中断される。

 うくっ、あ、ぁあ――っ。
 拓斗が躰の奥を目指してきた。ためらいと気遣いに欠けた侵入は、体内から空気を押しだすようにして、那桜の口から悲鳴を散らせる。自分でも苦しそうに聞こえ、それにもかまわず、拓斗は最奥に到達した。すぐに律動が始まる。
 声が出せないほど、拓斗の動きは自分本位で荒々しい。那桜の蜜がすべりをよくしているが、慾に慣れる間もなく、拓斗が口を開く。
「那桜」
 くぐもった声は苦しさの裏返しだ。暗黙の質問に喘ぎながらうなずくと、手加減なく拓斗は突いてきた。那桜は息を止め、その瞬間を待つ。
 快楽に負けた拓斗の顔を見るのは那桜の至福の一つだ。真上からじっと那桜を見つめる瞳が潤んで見えた刹那、喰いしばった口から呻くような音が漏れた。同時に、那桜の躰の奥がくすぐられる。
 拓斗の躰が那桜をすっぽりと覆った。耳もとにかかる息は荒く、硬い胸は呼吸とともに那桜をベッドに押しつける。
 そして、呼吸が落ち着きかけたところで拓斗は躰を浮かせた。那桜の額を手がかすめる。そうしてから、さっきまでのリズムはなんだったのだろうと思うほど、拓斗はスローに動きだした。ふたりの感じたしるしが混じり合い、粘着音がゆっくりと部屋に響く。

 激しさしかないセックスのあとの、泣きたくなるセックス。
 それは、乱暴なのと同じくらい、つらさと苦しさを生む。けれど、根底が違う。
 愛されたか――和惟はそう訊いた。
 たぶん、わたしはその気持ちを拓兄からもらっている。泣きたいほどうれしいから、つらくて悲しい。
 すべての感性が泣きたくなるセックスに集う。激しさとしなやかさ、そんな相反した抱き方をする拓斗もきっとそうだ。

 いつものように、さきに行きたくてたまらない地点は不意打ちでやってきた。那桜のなかで拓斗の慾と那桜の襞がもつれる。背中を反らせ、固まり、そして腰から身ぶるいが全身に走る。拓斗が動きを止めたのは一瞬で、内部のせん動が続いているのに慾を引きずり始める。
 ああっ……ああっ……。
 緩慢な悲鳴は止まらずに、単純な動きすべてが感覚を触発する。
「任せて、眠れば、いい」
 途切れがちな声は拓斗もつらいのだということを教える。
 この瞬間、那桜の心底は無になる。あるのは――。
 全部を任せてかまわない。
 そんな、拓斗を信じる気持ちだけだ。
 そのうち、果てから戻れなくなった。自分のかすれた声が遠くに聞こえ、ぷつんと扉が閉じた。



 那桜が振り絞るような声をあげると同時に、慾をくるむ那桜の体内は痛いほどに蠢動した。ぷつりと悲鳴が途切れ、那桜が眠りについたとわかると、拓斗は堪えていた自分の欲求を解放した。
 鼓動を鎮めてから躰を離すと、拓斗はシルクの毛布を引き寄せながら横になり、那桜を抱いた。小さな躰から痙攣が伝わってくる。
 拓斗は目を閉じかけてまた開いた。

「触るな」
 つぶやくように、だが、鋭く制した。
 和惟の手は、投げだされた那桜の手に触れる寸前で止まる。
「どうするつもりだ?」
 拓斗の命に従い、和惟は手を引っこめてかがめていた躰を起こした。那桜の頭上に小さな紙袋が放られる。
「待っている」
「待つ?」
「ああ」
 拓斗が相づちで返事を終わると、和惟は笑ったのか呆れたのか、息を漏らした。
「拓斗、那桜は怖がっている」
「何を」
「わかるだろう。どう転んでも那桜は苦しむ。けど、おまえとのことがうまくいかなかったら、那桜は二重に傷つ――」
「そんなことはさせない。それだけだ」
 和惟は笑い声を発した。
「それが聞きたかった。一時間したら起こす」
 そう云い捨て、和惟は部屋を出ていった。


 確かめたくなるのはおれの醜さか。
 殴り合った和惟の拳は本気だった。おれがそうであったように。
 そんな気持ちがありながら、なぜ和惟は身を引く。
 その和惟に無防備になる那桜。
 おれが那桜の信頼を裏切ったことは、記憶の表面にはなくても心底には息づいている。その名残だろう、那桜は縋りつくようにおれを見る。
 同じ血の下に、引き離されなければならない理由は一つもない。
 ――と、そう、那桜が疑わなくなるまで。いまはただ、空いた時間を埋めていく。

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