禁断CLOSER#56 第2部 破砕の扉-open-

5.迸出-Gush- -8-


 三人ともが一言も発しないなか、やがて沈黙はくぐもった足音に破られた。
「那桜は?」
 和惟のおもしろがった声がした。拓斗が姿勢を正すと椅子がわずかに揺れて、少しだけ那桜に迫ってきた。
「かくれんぼしたいらしい」
「だれが鬼だ」
「おまえじゃないのか」
「なるほど」
 素っ気ない声と笑みの滲んだ声が交じるなか、那桜はデスクの下で頭をぶつけないように気をつけながら、背中からそっと奥に引っこんだ。
 探す気はないのか、和惟の足音はこっちに近づいてくる。
「熱いから開けておく」
 なんのことかと思っていると、コーヒーの香りが漂ってきた。なるほど、探すためじゃなく、買ったものを間仕切りカウンターに置きに来たのかと那桜は見当をつける。
「もういいのか?」
「いいんじゃないのか」
 拓斗のゴーサインを受けて、和惟の足音が立つ。
 間仕切りカウンターの端辺りでいったん立ち止まった足は、再び動きだすと、その正面の上階へと行く階段には向かうことなく、迷いもないように拓斗の傍へと回りこんできた。那桜から一メートルくらいの場所でピタリと蛇柄の革靴がそろう。
 まさか、と思った矢先、拓斗の足もとにかがみこんだ和惟とまともに瞳が合った。デスクの影になっているから、果たして那桜の瞳を正確に捕えているのかは疑わしいが、少なくとも焦点はずれていない。
 それにしても後悔するほど気まずい。こんなに早く――というより、一直線に見つかるとは思わなくて、完全にお馬鹿な子供だ。

「見つけた」
 ニヤリとした笑みが向く。
「拓兄、教えた!?」
「つまらないことにいちいち口を挟むほど退屈はしていない」
 いつものアイコンタクトのせいかもしれないと思って責めると、いかにも拓斗らしい云い回しで否定された。
「信じられない。さっき寄り道はしないって云ったくせに、有沙さんと何度か食事してるし!」
「息抜きじゃない」
「でも、今月二回も! 暇じゃないって云って、わたしは一年に二回なのに」
「今年は三回だ」
 淡々と訂正される。確かに、高等部の卒業式、大学の入学式、そして誕生日と、食事を主目的にした外食はすでに三回すませているけれど、口実なしでは乗ってくれないことを考えれば不公平すぎる。
 拓斗からは見えないというのに、不満を示して那桜がつんと顎を上げると、傍観していた和惟が笑った。
「香堂さんとの食事が拓斗の息抜きじゃないことはおれが保証する。必要に迫られている、ってとこだ」
「それってどういうこと? 和惟は挑発するなって云ったよね。関係あるの?」
 和惟は肩をすくめたあと、出てきて、とだけ口にして、遠回しに答える気がないことを那桜に教えた。怯えて隠れた小動物に対するように、和惟は上向けた手のひらを差しだす。
「もう一つ、拓斗をフォローするなら。小さい頃はよく那桜にせがまれてかくれんぼをやった。リフォームするまえ、有吏のお屋敷は絡繰(からく)り箱みたいだったからな。探すのは簡単じゃない。けど、那桜が隠れるのはいつも拓斗がいる場所と決まってた。つまり拓斗を目指せば、那桜は必ず見つかることになってる。覚えてないらしいけど、習慣は根付いてるんだな。探すおれも」
 和惟の手を無視して那桜はデスクの下から這い出た。自分でも滑稽(こっけい)だと思いながら、那桜が出てくるのに合わせて椅子を後退させた拓斗の膝に手をついて立ちあがる。
 和惟も那桜に伴い、立ってスーツのジャケットを脱ぐと惟均の椅子に放った。

「ついでに云えば、拓斗が那桜をかばうのも習慣になってるらしいな。『那桜は?』って訊いたとたん、拓斗は隠そうと動いた」
 和惟にからかわれた拓斗は、つまらないことだろうに、めずらしくわずかに目を細めるという表情を見せた。
「やっぱり見つかったのは拓兄のせい」
 和惟は無闇に(なじ)った那桜を笑い、重役スペースを離れた。何をするのか玄関のほうに向かう。
「習慣なら、責任は折半だ」
 拓斗は首をひねって反論すると和惟のほうをちらりと見やった。
 那桜は拗ねた面持ちのまま、間仕切りカウンターに行ってコーヒーを一つ取った。躰を返すとデスク越しに拓斗に差しだす。
「どうしてわたし、昔のこと、一つも覚えてないのかな。なんだかもったいない」
 背後で笑い声があがり、正面では拓斗が不自然なくらい凝視しているようにみえ、そのあとわずかに首を傾けた。不思議に感じつつ、那桜は首をすくめる。
「ウチ、絡繰り箱だったって和惟は云ったけど、いまも絡繰り箱。大部分が家の中からは消えたけど、そのぶんだけ敷地内まで広がったって感じ。塀とかに訳のわからない入口があって、全部が地下室を通って家の中に繋がってるんだから。たぶん、いまなら、かくれんぼしたら、隠れるっていうよりは敷地の中をぐるぐる回って鬼から永久に逃げられそう」
「追いかける鬼が絡繰り戸を動かしていったら、最悪は袋小路に追いこまれる」
 拓斗はすかさず那桜の楽観的思考の欠点を突いてきた。拗ねた気持ちさえ()がれるくらいのもっともな指摘だ。戸が動かされたことで通り道の方向が変われば、那桜の場合、迷子になりそうな気もする。
「気をつける」
「那桜、本気でかくれんぼをやるつもりじゃないだろう? この年で付き合わされるのはごめんだ」
 戻ってきた和惟が可笑しそうに口を挟んだ。
「でも、パパになったらやってもいいんじゃない?」
 すると、和惟の口もとはプラスティックスマイルに変わっていった。
「なることがあったらな」
 曖昧というよりは、ないことが前提のような云い方に聞こえる。
 それが気になりながらも片方で、『パパ』という自分が発した言葉から、那桜は聞き捨てならない重要な事実を思いだした。

「拓兄、拓兄に決められてることって何?」
「……。有吏本家の総領としてやらなければならないことがある。それだけのことだ」
 しばしためらった後の返答は思いきりぼかされた。拓斗は取り立てるほどのこともないといったふうだ。
「だから、それって何?」
「いずれわかる」
「またそれ! わたしは知らないでよくったって知りたいことがあるの。それにいま話してることは、わたしに云っておくことじゃないの? 『いずれ』なんて吐きそう」
 少なくとも、那桜が見当をつけたとおり、有沙じゃない“決められている”だれかが拓斗にいるのなら、知らないでいいことなんかじゃない。そんなふうに片づけようなんて、那桜に対する軽視行為だ。
 睨むようにじっと見つめても、拓斗は動じずに那桜を見据えている。
 そうしたふたりにかまわず、和惟一人が動き回る。拓斗のデスクと間仕切りカウンターの間にいる那桜の背後に来た。後ろにしたカウンターからかすかに擦れ合う音がしたと思うと、目の前に透明のカップが下りてきて、那桜と拓斗の睨めっこをさえぎった。
 那桜お気に入りのカボチャプリンだ。
「ありがとう」
 思わず笑顔になる。少し仰向いてそれを両手で受け取ると、和惟が那桜の顎をすくう。すぐ背後にいる和惟の顎のラインが見えるくらい、倒れそうに那桜の顔はのけ反った。

「そうだな。那桜の云うとおりだ。これ以上の深みに(はま)るまえに抜けだしておくべきじゃないのか」
 那桜に加勢しているようにみえて、実際は、拓斗への挑発と那桜の意思を軽んじた発言だ。
 どっちが真意なんだろう。むくれた気分で考えているうちに、拓斗を向いたままの和惟の顎が迫ってきた。
「これ以上も以下も何もない」
「それなら、いますぐ引け。拓斗、おまえだけの問題じゃない、那桜の問題でもあるんだ。那桜のことならおれが喜んで引き受ける。那桜がいま泣こうが(わめ)こうが、“いずれ”はわかる。おまえがわかっているように、おれがすべて、だってな」
 何もない――有沙に放ったことと同じ拓斗の言葉にショックを感じる反面、そんなことはないという確信もある。一方で和惟の言葉からは、那桜の見当が外れていなかったと証された。
 ただ、那桜の問題でもあるという云い方はすっきりしない。
 ますます意味がわからないのは、拓斗を狂わせるな、とそう云うわりに、和惟は厭味を込めてまた煽った。
 拓斗が何を思うのか。
 姿勢が苦しくて、不自由ながらも那桜が口を開きかけた刹那。
「んっ!」
 放して。その主張は和惟の口の中に消えた。

 逆さまのキスは舌と舌がまともに触れる。どこにも逃げられなくて、和惟の舌がしつこいほど絡みついてくる。自分が避けているのか応じているのか、つらい体制が余計にわからなくさせる。
 酸欠に陥り、だらしなく脳内が融けている気がした。ふたりの混じり合った粘液が口の端から零れ伝い、和惟の片方の手がそれを追うように下る。
 手のひらは胸もとからシャツワンピースの下に潜ってきた。下着の上からじゃなく素肌に触れられて、那桜はビクッと躰を震わせる。和惟の手が丸ごと包んだふくらみを押しつぶすように這いずると、呻きながら身を捩った。
 キスを続けながら何度か捏ねられたあと、呼吸に限界を感じた。すると、不意に顎からも胸からも手が離れた。上向いたまま脚が崩れそうになり、そこをすかさず和惟がすくう。身を任せているうちにどこかに運ばれているような振動を感じた。
 そうかと思うと()えた脚が地に着く。背後から腕が巻きついて腰を支えられ、次には違う手が裾からワンピースに潜ってお尻をまさぐる。ショーツとレギンスがずれた。
「やめて」
 力なく抗議をして閉じていた目を開けると、正面ではゆっくりと拓斗が椅子から立ちあがるところだった。

 目の前にした那桜が和惟に開かれていく過程をどう見ていたのか。別荘では視界がさえぎられて見られなかったぶん探ろうとしたけれど、ぼんやりした眼差しの先にいる拓斗はいつもと変化なく見えた。
 なんともない?
 気が腐りそうになる。
 そんな那桜への思いやりは欠片もなく、和惟の手が右脚を上げると、申し合わせたように拓斗の手がショートブーツを脱がせる。耳もとに息を吐くような薄笑いが響いた。
「最後、か?」
「おまえには関係ない」
「関係なくないのは、拓斗、おまえがいちばんよく知ってるはずだ。あらゆる意味でな」
「おれがどうしようと、おまえに動かされることじゃない。ただし、和惟、逆はない。おまえの欲を自由にしてやったつもりもない。気が向いたら、と云ったはずだ」
 那桜を無視した会話がなされている間に躰を捩ったりと抵抗してみても、弱々しくてなんにもなっていない。逆に、睨み合うような不気味さを持った沈黙のなか、右側だけショーツまで脱がされて、簡単に躰の中心が外気に晒された。
 そうされたあとに、手が自由にならないと思っていたら、プリンのカップをしっかり握っていて、自分で自分を縛っていたと気づいた。間抜けで流されやすく、那桜はあらためて自分をどうしようもないと滅入った。

「……へえ。那桜、どっちを選ぶ?」
 選ぶ? 何を?
 選択肢はどこに用意されていたのか、ようやく回転し始めた頭で考えだしたとき、和惟から手にしたプリンを取りあげられる。そして、膝の裏からすくうように右脚が高く持ちあげられた。
「や……」
「嫌? やっぱり那桜は欲張りだ。拓斗、選べないらしい。どうする」
「違う! こんなところで嫌な――」
「こんなところで(けしか)けたのは、那桜、おまえのほうだ。選択肢は一切おまえにはない」
 かすかな金属音を立てながら、拓斗は那桜の抵抗を一蹴した。
 拓斗が一歩も離れていない距離まで近づくと同時に、左脚までが浮いて躰が不安定に揺れた。とっさに手を伸ばして拓斗の腕をつかんだ。和惟が那桜の膝を開く。
「あっ」
 室内は程よい気温だが、それでも寒気に似た空気が躰の中心をスッと掠った。
 和惟は拓斗のデスクに腰を引っかけていて、その腿にかろうじてお尻が支えられている。ともすれば滑り落ちそうだ。
 少し持ちあげられてますます不安定になったとき、拓斗がまた近づいた。首筋に和惟の顔が埋もれてきたのと一緒に、脚の間では拓斗が慾の先端を(うず)めた。
 侵入された触感から、いくらか受け入れる準備ができているのは自分でもわかる。けれど、指を使って馴染ませながら徐々に開いていくでもなく、いきなりではきついのもわかっている。
 和惟から耳をかじられてゾクッと躰を震わせると、タイミングを合わせたように拓斗が体内を抉じ開けてくる。
 敵対したかに見えたふたりなのに、どこでどう転換されたのか、いまや的を那桜に絞った協力者だ。
「あぅっ、無理――っ」
 訴えている途中にさらにめり込んできて那桜は息を詰める。
「まだ半分も侵してない」
 拓斗の声は那桜を脅かすように低い。

 膝を抱える腕が和惟から拓斗にかわって、その間、体内で摩擦が発生するたびに那桜は呻いていた。背後からの支えではなくなったぶん、背中からずり落ちそうになると、和惟の左手が右の胸まで回りこんで、右手は腰に巻きついてやっと安定した。
 それを待っていたように拓斗の躰が徐々におなかの奥に進んでくる。和惟はワンピースの前ボタンを外してブラジャーを上にずらし、胸を露わにした。
 胸先を摘みながら擦られると躰の奥を揺さぶられるような痙攣が走り、そこへ拓斗の慾が最奥に到達した。口から飛びだした呻き声が快楽から来たものか苦しさから来たものか、自分でも判別できない。そのうえ、腰にあった和惟の手が繊細に曝した襞に絡みついてきた。
「あ、だめっ」
 小さく叫んで酷く震える腰を引いた刹那、反対に、脚を抱えこんだ拓斗の腕が引き寄せた。身動きを制限された体勢のまま、那桜は深くまで突かれて背中を反らした。躰が宙に浮く。
 落ち着く間もなく、拓斗がゆっくりと律動を始めた。その動きは存在を刻みつけるようだ。けれど、和惟の指から敏感な場所それぞれに与えられる刺激のせいで、那桜の体内は止むことなく蠢動し始めて、拓斗の意向は不必要なくらい感じずにはいられない。
 体内だけでなく、腰もプルプルと震えている。
 耳もとで含み笑いが発せられた。
「那桜は濡れやすいな。無理って云ってからまだ五分もたっていない。聞こえるだろ?」
「ぃやっ」
 和惟の云うとおり、拓斗が突くたびに軽い粘着音が発生している。
 和惟に誘導されてそこに意識が集中してしまい、接触した場所が急速に疼き始めた。引き返すには那桜の意思が弱すぎる。一定の高さで快楽が静止したような感覚のあと、強い収縮がおなかの奥を襲う。それが躰の外に派生して、那桜はふたりの間で激しく痙攣した。

 拓斗のくぐもった呻き声と対照的に、和惟は薄く笑い、指を突起に絡めて動かし続ける。
 間違いなく快楽は躰の中心から生まれて、その一因は和惟の指先だ。けれど、到達したあとは快楽から一転してつらいことに変わった。脚を開いているから尚更その度合いが増している。
「あ、あっ、和惟っ、そこっ、あぅっ、触ら、ないでっ!」
 拓斗の腕が脚を固定しているから、刺激を軽くするのに閉じようとしてもかなわない。和惟は解放してくれず、拓斗に縋っていた手はずるずると落ちて、那桜は腰を大きく跳ね散らした。体内の収縮もまだ続いていて、那桜自身の動きによって拓斗の(くい)に反応していた。
 そして、止めを刺すように、しばらくじっと動かなかった拓斗がまた出入りを再開する。
「んぁああっ……あくっ……やめてっ」
 律動はさっきよりも早く、和惟も容赦ない。躰の中心はあまりに感覚が鮮明になりすぎて、それが快楽か苦痛かは区別がつかなくなった。
「和惟、やめてっ……んんっぅくっ」
 叫んだとたん、拓斗が深く突いてきて那桜は呻き声を吐く。
「拓兄っ」
 薄らと目を開くと見下ろしてくる瞳に合った。細めた目は睨んでいるのか、快楽に耐えているのか。
「拓兄……うっ、もぅ……あ、ああっ……つらい……助け、て……あっ……も、やっ……ああっ……やめっ、させてっ……あ、あ……」
 訴えたあと、逃れようもなく力は尽きた。和惟に背中を預け、下半身は拓斗に預けた。ぐったりしたなかで腰だけが生理現象からくる反応を示している。
「和惟」
 拓斗が唸るように鋭く呼ぶ。それは制止するためだろうか。
 けれど、和惟はやめるどころか、くぐもった笑い声を那桜の耳もとに漏らし、引っ掻くように意地悪く嬲った。
「ぃやっあっぁああっ……零れ……濡らしちゃっ……うっ……拓……に――っ」
 もうだめ! 内心で叫んだ瞬間に、那桜の中から拓斗が杭を引きずりだす。その衝撃が手伝って頭の中が眩しい白に塗り替えられる。
 収縮と痙攣に襲われる寸前、躰の中心は温かく濡れた触官に覆われた。溢れる感触はその中に消えていく。
 二度と起きあがれない。そう思うほど全身が弛緩した。

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