禁断CLOSER#28 第2部 破砕の扉-open-

1.メビウスの帯 -2-


 重ねたくちびるの隙間から呻き声が漏れる。
 ベッドに押し倒してからまだ十分と経過していないが、脚の間に埋もれた手には、べっとりとした液がすえた香りを放って絡みつく。期待を顕わにして、ぷっくりとふくれた場所を(つつ)いた。
 あう、んああっ。
 押しつけるようなキスを逃れた女は、ベッドにつけた腰をせり上げた。その要求に応えて指を浅く沈めると、どさりと腰をベッドに落として、かわりに背中を反らす。
 無意識の反応なのか、欲張りな要求だ。一年前にあった、処女であるゆえの恥じらいは消え、女は快楽を覚えて自ら脚を(はだ)ける。歪めた口を開き、そそり立つ胸先を咥えてやった。
 女の躰に震えが走る。
 口に含んでさらに硬くなった根もとに緩く咬みつき、強く吸いあげた。(みだ)らに開いた脚の間では、中指を挿入したまま、親指で先端を()ね回した。
 あっ、うぁああ――っ。
 躰は跳ね返るようにビクビクと揺れ、女は大胆なほど張りあげた声を上品な室内に撒き散らした。
 不特定多数の出入りを商売にしたこのホテルは、家庭の温かみが欠けているとはいえ、生臭い場所ではなく、れっきとした一流のホテルだ。この女に似合うかどうかなどはどうでもいい。

 女の体内の震えが収束するまえに、指に絡む、ある場所を引っ掻いた。
 あっ、待って――っ!
 制止しようとした女の声は、その意味をなさないほど呂律(ろれつ)が怪しい。数えきれないほどこの女を扱ううちにつかんだ場所だ。引き止める言葉とは裏腹に、少なくとも躰は次を求めだした。
 あうっあふっあ、あ、あ……。
 意思は恍惚に侵蝕され、女は腰を揺らして快楽を貪り始める。ほどなく二回目の嬌声、そして休む間もなく急所をつき続けると、女の躰は波打ち始めた。
 スーツの胸ポケットから携帯電話を取りだし、ボタンを押したが、女は気づくこともない。
「どう?」
「はぅんっ……も……だぁめぇっ」
「だめじゃないだろう。溶けてるよ。おれの手も、君のココも」
「うぁっあ、あ、あ……ゃだっ」
 卑猥な水の音を立ててやった。それが女にも届いているのだろう。こうなってもたしなみが消えてしまったわけではないらしく、否定するように強く首を振った。
「ほら。どうする。やめる? 答えて」
 指を急所から外して感度を鈍くさせると、物足りなさを訴えて女の腰は無意識の下で微妙な動きをする。
「ぃゃぁ……」
「聞こえない」
「んあっ……もっと!」
「オーケー」
 返事するのが早いか、そのポイントで小さく指をグラインドさせると腰が痙攣を始めた。だらしなく、呆けたように女の目と口が開く。果たして、快楽にはめる相手がだれであるかという、その認識はあるのか。押しあげられた女は三回目、声を詰まらせながら快楽を極めて失神した。
 指を引き抜くと、そこは(ただ)れて見えるほど充血して、快楽を得た印が零れてくる。それを見届けてから、携帯電話のボタンを押して動作を止めた。

 ベッドをおりて伸びた女を見下ろしたのもつかの間、くるりと身を翻して浴室に入った。洗面台の蛇口をひねり、手に絡みついた、かすかに鼻をつく臭いとベタつきを石けんで洗い流した。そのあと、ホテル備えつけの洗口液で口の中をゆすいだ。キスの痕を消し去るように、タオルで口を拭う。
 目の前の鏡に映る自分の顔には、さっきまでの反吐(へど)が出るような行為とはかけ離れ、だれにも曝すことのない表情がある。その自分を通り越し、鏡の向こうに、いつまでたっても幼さを残す、わがままな彼女を思い浮かべた。
 愛してる。
 独白してタオルを放りだすと、寝室に戻り、スーツを着たままの自分とは対照的に、真っ裸で無防備すぎる女を再び見下ろした。
 女が望む付き合いを始めて一年半を過ぎた。一年前の無言の要求に応じて快楽を教えたが、その間に、望みは虚しさに変わったはずだ。それでも躰を(はだ)け、隙間だらけでいる。
 おれを信用するなど、愚かしいにもほどがある。

「和惟さん」
 女の目がゆっくり開いて、媚びた声が和惟を呼ぶ。意識は戻っていても、まだ動けるほどに女は回復していない。
「おれは先に帰る。ゆっくりしていけばいい」
「待って」
 女は弱々しく和惟を呼び止め、どうにかベッドの上に起きあがった。
「仕事を抜けだしてきたって知ってるだろう?」
「和惟さんは……?」
 曖昧に訊ねながら、女は自分の手に質問、もしくは希望を託した。女の手が和惟の股間に触れる。
「仕事だ」
 云わずと知れた和惟の意思に触れ、女の手はゆっくりと落ちた。
「いってらっしゃい」
 内心とは裏腹だろうに、女は笑って和惟を送りだす。十九という、まだ幼いからこその健気(けなげ)さなのか。
 だが、そこに不憫(ふびん)を感じるほど、博愛の精神は持ち合わせていない。

 ホテルを出るとむっとした空気とホテルマンに迎えられ、和惟は玄関先まで手配されていた自分の濃紺の車に乗りこんだ。
 晴天がこれでもかと続く八月の終わり、仕事と見せかけるためのスーツは暑苦しく、ジャケットを脱いで助手席に放った。いや、役目を考えると、傍からすれば仕事とみえるだろう。ただし、和惟にとってはいまや仕事を通り越えて、宿命としか考えていない。
 必然でもなく、当然のこと。
 和惟は自らを(わら)い、高原へと車を走らせた。



 違う――。
 そう叫んだあの一刻、呼吸を希むよりも、おれはそれを奪うべきだったのかもしれない。
 日輪草を握りしめ、おれが来るまで信じて待ち続ける。
 その一刻は、那桜にとって至福ではなかったか。


「拓にぃ」
 抑揚(よくよう)のない声がまた拓斗を呼んだ。
 どこにいようと、遠く離れていようと、時間がどれだけ流れようと、そう拓斗を呼ぶのは一人しかいない。
 微睡(まどろみ)からゆっくりと浮上した。
 目を開けると、すぐには焦点が合わないくらい近くで、那桜の瞳がおそらくは笑っている。次には、その背後にある、オレンジ色に近いカナディアンレッドシダーの丸太を重ねた壁が目に入った。
 時と場所と有り様と、把握するのに一瞬だけ時間を要した。意識を失くした那桜の眠りにちょっと付き合うだけのつもりが、いつの間にか自分まで眠っていたらしい。

「拓兄、違う、って?」
「何が違う?」
「わたしじゃなくって、拓兄が云ったの」
 拓斗は黙りこむ。答えないでいると、那桜は右腕の下で向き合っていた躰を物憂げにうつ伏せに変えた。横を向いたままの拓斗のくちびるに、触れる寸前まで那桜は顔をおろしてくる。
 その瞳は返事がないことに怒っているわけでもなく、いつものことと受け止めているのだろう、那桜は少し首をかしげた。
「ひまわり畑、見に連れてってくれるんだよね?」
 那桜は笑みを浮かべながら、この衛守家の別荘まで連れてくるための、口実にすぎない目的を持ちだした。
 クーラーで温度調節をしながらも、わずかに窓を開けた隙間から外の空気が部屋に流れこんでいる。気のせいか、その中からひまわり畑の匂いを見いだし、那桜のからかうような声と相俟ってくちびるに薫る。大学に進級してから、肩をちょっと超えて伸びた那桜の髪が、拓斗の頬を覆ってふたりの呼吸をこもらせた。
 拓斗は那桜の腰に載せた右腕を引き、二つの裸体に掛けた大判のタオルケットの下に潜らせる。背中から丸みを帯びた腰を撫でおろすと同時に、タオルケットは那桜の脚まで下がって(めく)れた。手のひらは流れるように脚の間を滑り落ち、そして潤んだ皮膚に指を絡ませる。那桜が眠ってからどれくらい時間がたっているのか、気を失うほど快楽に堕ちた場所は、粘り気のある音を立てた。
「あっ……拓にぃ?」
 怯んだ声と同時に、那桜の目が驚いたように見開かれた。
「まだだ」

 那桜の躰の下で伸ばした左腕をその背中に回して、自分の上にうつ伏せにしたまま抱きあげた。那桜の脚の間から膝を出して立て、閉じられなくさせると、那桜が小さく抗議の悲鳴を漏らす。それを無視して、拓斗は再び(ぬめ)った場所に右手を滑りこませた。ちょっと触れただけで、那桜には著しい反応をもたらす。
 あっ、ああ……っ。
 那桜は悲鳴じみた声をあげて首をのけぞらせた。そのあと、両手で拓斗の肩をそれぞれ縋るようにつかむと、那桜は首もとに顔を伏せる。
 敏感な突起は(いじ)るごとにふくらんで、那桜の体内から零れてくる液に塗れていく。ヌルヌルした体液は拓斗の指先をなめらかにして、力かげんが快適化されているのだろう。ますます感度が増したようで、那桜のくぐもった声が絶え間なくあがり、耳もとでエコーする。
 細い躰を捩らせるも、広げさせた脚は力を入れられず、腕を回した腰は固定しているのも同じで、那桜はただ躰中を震えさす。
「拓にぃ……だ……めっ」
 途切れ途切れの訴えにも耳を貸すことなく、拓斗は快楽の拠点を弄った。体内に侵入すると、しっかり抱きこんだ腰が腕の中でピクリと跳ねて、那桜の感覚の激しさがわかる。拓斗の指には那桜の襞が熱く絡んで、深く浅く出入りするたびに、水槽の中で魚が空気を得ようとしているような水の音が立つ。
 快楽に逆らおうとする那桜が拓斗の首筋を甘く咬んだ。が、堪えきれずに口を開き、声を漏らした。
 ぁく……っ……んふっ……あ、あ……。
 拓斗の肩をつかむ那桜の手に力がこもり、痛むほどに爪が喰いこむ。
 ぁあああ――っ。
 甲高い悲鳴の直後、拓斗の上で那桜が激しく躰を揺らし、痙攣がその全身を走り抜けた。
 指を引き抜いたと同時に身震いした那桜は、体内から液を溢れさせて拓斗の下腹部まで濡らした。荒い呼吸とともに那桜の胸が上下して、そのふくらみが拓斗の胸の下辺りで柔らかくうごめく。
 拓斗は那桜の痙攣が収まるのを待たずに、くるりと躰の位置を変えた。那桜を組み敷き、力を失くした脚を開く。
「あ、まだ――うくっ」
 加減なく侵入すると、那桜は呻きながら、力なくもつらそうに躰を反らせる。何度侵そうが、そして、充分すぎるほど濡れそぼっていようが、那桜の中は狭いままだ。奥まで一気に突き進んだあとは、いつものように、反った躰が緩むまで待った。
 腰を支えた手を脇に沿って上に滑らせ、少し横に流れたふくらみを包むように押しあげる。なめらかな白さの上にごく淡い桜色が円を描き、その中心で桜の蕾が誘うようにふくらんでいる。

 どんなに汚く侵犯しても、快楽を底無しに受け入れる躰でも、ましてやほかの男――和惟に玩弄(がんろう)されたというのに、那桜の氷肌(ひょうき)(けが)れを跳ね返す。
 閉じこめたつもりが、立場は反転しているのかもしれない。ふとしたときに緩む気力。つい先刻、眠ってしまっていたこともそうだ。
 いや。おれは和惟とは違う。のめることなどない。
 自分の貧弱さに盾突き、そして振り払うように首をかすかにひねる。

 そんな不要な考えを巡らせている間に、那桜の躰は次第に緊張を解いていった。寄せた胸の先を両側同時に親指で突くと、那桜の躰がくねり、体内をもうごめかせて、拓斗の慾に刺激を与えた。
 まだだ。
 今度は自分に云い聞かせる。那桜の躰はしっかりと慾を受け入れたが、拓斗はまだ動かず、胸のふくらみに攻撃を集中した。
 んふっ。
 先はつんと硬くなって、じれったさを訴えるかわりに吐息が那桜の口から漏れだす。いちばん反応が出やすいつまみ方をすると、那桜は躰をせん動させた。繰り返しているうちに吐息は悲鳴に変わる。昇っていく声に合わせ、休むことなく擦りあげ、そして那桜は一際甲高く声をあげた。
 収縮と拡張が拓斗の慾を巻きこむ。その気を逸らそうと、那桜には待ったなしで攻撃を仕掛けた。
「あっ、拓に……だめ……っ」
 脚の間の突起をかすめたとたん、那桜は舌っ足らずに制した。親指の先で弾くたびにプルプルと腰が戦慄(わなな)く。攻めているつもりがそれは自分に返ってきた。拓斗は歯をかみしめて呻き声を耐える。
 あ、んっあ、あ……ぃやっ。
 小刻みに親指を振動させたとたん、那桜は腰を引いて頭上のほうにせり上がった。拓斗は慾が抜けるまえに那桜の腰をつかみ、また深く刺した。
 あくっ。
 浮いた腰を支えてゆっくりと引き、そしてまた奥を目指す。那桜の襞が拓斗の慾を引きずる。那桜がそうであるように拓斗もまた感覚の世界に堕ちていく。ともに躰は汗ばみ、窓からの光が那桜の躰をきらきらと艶めかせる。林の静寂に囲まれ、那桜の声のみが鮮明に響く。

 そのなか、拓斗はかすかに残る理性で車のエンジン音を捉えた。だんだんと近づいてくる。それが少し拓斗を冷静に戻す。
 一際大きくなったエンジン音はすぐ下で途切れ、ドアが開き、続いて閉まる音、別荘への階段を上る足音、そして玄関の戸が開閉されて歩き回る音がする。その間も、拓斗は那桜の中で緩やかな律動を続けた。
 やがて下から聞こえる音は止んだ。

 那桜の喘ぐ声が部屋を満たし、窓の外へと溢れ、この地特有の鳥のさえずりと風に共鳴した造化の音に融合していく。
 窓の先には、緑に埋もれた林しか見えないというのに、拓斗の目の前にひまわり畑が広がる。那桜の中で水を掻き回すような音が立ち、それは泥水を弾いて走った自分の足音を思い起こさせる。
 あの一刻が甦ったのはこの場所であるからこそなんだろう。
「拓に……もぅ……壊れ……ちゃ……いそ……ぅんっ」
 いっそのこと壊れてしまえばいい。この一刻もまた、那桜にとっては――。
 違う。
 拓斗は否む。
 だめだ。許さない。
 疼痛が自制を勝り、那桜の中に緩く、だが激しく、自分を刻みつけた。桜色に染まった那桜の全身がしなう。
 ああっ……ぃゃあっ、あ、あ、ぁあああ――っ。
 苦痛にも聞こえる快楽の悲鳴が途切れた一瞬後、ともすれば拓斗を押し返すほど、那桜の体内は熱く蠢動(しゅんどう)した。
 限界だ。拓斗は内心でそう呻いた。
 最後の一突きは、感覚に浸かった那桜を激しく痙攣させ、拓斗の慾を絞る。引き抜く瞬間は互いに身震いし、拓斗は那桜のくねる躰に慾を吐きだした。快楽の残骸は、那桜の下腹部から脚の間に散らばった。
 拓斗と那桜の蜜は、禁忌であるからこそなのか、混じり合ってココアヒマワリに似た甘い芳香を放ち、室内は心地よくむせ返った。

「拓にぃ」
 時間を忘れさせるような、間延びした声が拓斗を呼ぶ。見下ろした那桜の瞳は焦点が合わないほど潤んでいて、その手は疲れ果てたように投げだされている。拓斗の気力が(たゆ)み、快楽の印を香らせたまま、那桜の隣に横たわった。
「ちょっと休んでから連れていく」
 そう応えると、気怠(けだる)そうな笑い声が拓斗のくちびるに薫った。

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* 文中意 氷肌 … 透き通るように清らかな肌  造化 … 神がつくった自然