禁断CLOSER#25 第1部 解錠code-Dial Key-

5.施錠 -9-


 今夏の参議院議員通常選挙をまえにして、いまを時めく政治家の遊説行脚(ゆうぜいあんぎゃ)は大阪から始まった。北上しながら今日、東京まで戻ってきたわけだが、和惟でも手応えを感じるほどうまく民をつかんでいる。
 いったいどれだけの民があの政治家の饒舌(じょうぜつ)に踊らされるのか。半年後の光景は容易に浮かぶ。選挙中の馬鹿げた土下座は、やがて大臣席で踏ん反り返るためにある。腐れたプライドだ。
 和惟は車を運転しながら、ほぼ一週間の同行を振り返りつつ、皮肉っぽく口を歪めた。
 政治家は行脚の成果によほど気をよくしたらしく、いざ本拠地の遊説を終わって事務所に送り届けたところで、ボディガードにすぎない和惟たちを打ち上げだと引き止めた。それは仕事上、立ち入るべきではない領域であり、丁重に断ったのだが、私設秘書に泣き落とされ、衛守セキュリティガードでパートナーにつく従弟とともに加わった。頃合を見て引きあげたときは正午になっていた。
 とりあえずは従弟に昼食を取らせてそれに付き合い、それから青南学院へと車を走らせた。高等部が視界に入り、思考は仕事から那桜へと流れる。

 まえのメールも、あとから『遅れる』と送ったメールにも、那桜からの返信はない。自分の所業を考えれば当然だ。
 始まりはあの夏の海。お遊びは度を過ぎていったが、ただのお守りだったはず。護りたい気持ちを自分の中に見たときは手遅れで、だが、自分の無力さも知っている。
 まだガキだった頃のあの光景は躰に刻みつき、心底に刻みついた。
 もう二度と。那桜を追いながら、その決心は日増しに強くなっていく。
 だからこそ確かめたいことがある。

 正門よりちょっと手前で歩道に沿い、車を止めた。案の定、那桜の姿は見えない。時計を見れば一時を過ぎたところだ。和惟は携帯電話を開き、那桜の番号を呼びだす。通話ボタンを押そうかというとき、着信が割りこんだ。
『おれだ。那桜を探してくれ』
 携帯電話を耳に当てるなり、拓斗はいきなり用件を口にした。一瞬、自分が那桜に会いにきているのを知られているのかと思ったが、和惟はそんなはずはないとすぐに打ち消した。
「どうした?」
『那桜は広末翔流に脅されている。いま呼びだしを受けてるはずだ。携帯が通じない』
「脅されてるってどういうことだ」
『まずい写真を撮られた。詳しいことはあとで話す。おれはいまから惟均の車で横浜を出る』
「また連絡する」
 電話を切ると、和惟はしかめ面を払うように一度首を振り、念のために那桜の携帯電話を呼んだ。拓斗が云ったように通じることはない。
 つと考えたあとメモリーカードから別の番号を呼びだし、通話ボタンを押すと同時に、車に装備したテレマティクスナビを起動させた。

『はい』
 通じた先で応えた声はかまえているようで愛想がない。これもまた当然のことだろう。
「果歩ちゃん、衛守だ。那桜の携帯が通じなくて困ってる。いるかな」
『那桜? 知りませんけど』
 惚けたように聞こえないではないが、嘘を吐いているというよりは我関せずとった声に感じる。そこにおよその理由を見当つけたものの、いまそれにかまっている時間はない。
「広末くんは?」
『ここにはいないですよ』
「広末くんの携帯番号を教えてほしい」
『……衛守さんて、那桜のためならなんでもするんですね』
 だれに向けてか、小馬鹿にしたような響きがある。
「果歩ちゃん、このまえのことは悪かったと思ってる。出張でずっとこっちにいなかったんだ。あとで連絡する。事情はそのときに話すよ」
 すぐに返事はなく、和惟が黙って待っているうちに電話を切るわけでもない。
「果歩ちゃん」
 もう一度呼んでみると、電話の向こうから震えたようなため息が届いた。
『それは希望を持っていいってことですか。意味、わかりますよね?』
「ああ。そう受け取っていい」
『ちょっと待ってください』
 そう返ってきたあと沈黙が続き、まもなく果歩は翔流の番号を教えた。
「ありがとう」
『広末くんは早退らしいですよ。那桜は教室にいなくって……あ、保健室だそうです。わたし、見て――』
「いや、いい。保健室に那桜はいない。広末くんと一緒だから。果歩ちゃん、このことは黙っててくれるかな」
『はい。わたし、電話を待ってますから!』
「必ずするよ。じゃ、あとで」
 和惟は電話を切り、次には会社に連絡を入れた。
「おれだ。いまから携帯番号を云う。居場所が知りたい。捕れたらこっちに送信を頼む。それからおれの位置情報を惟均の車に送信してくれ」
 まもなくナビが居場所を知らせ、和惟は車を急発進させた。



 閉じていた目を開けると、空一面すっきりと晴れ渡った視界が広がった。一つ大きく深呼吸をすると、気分の悪さもほんの少しすっきりした。
「大丈夫か?」
 芝生の上に寝転がった那桜を見下ろし、翔流はおもしろがって訊ねた。
「たぶん」
「コーヒーカップに弱いとは思わなかった。ジェットコースターは楽しいって三回も乗ったくせにさ」
 那桜のはっきりしない返事に翔流が笑って突っこむと、那桜はかすかにくちびるを尖らせた。
「翔流くんがぐるぐる回すから。それにアイスクリームがいけなかったんだよ。寒いからいらないっていったのに無理やり半分食べさせちゃうし」
「あーそっか。あれは濃厚だったからな。今度は気をつける。寒くないか?」
 那桜は『今度』という言葉に不安を覚えながら首を横に振った。
「今日はお天気よくて暖かいし、翔流くんのコートもあるから。翔流くんは寒くない?」
「このくらいどうってことない」
「いま何時?」
 翔流は制服の胸ポケットから携帯電話を取りだしてスライドさせた。
「二時だ」
 そう云ったあと、携帯電話を(いじ)った翔流が少し首をひねった。
「どうかした?」
「いや、非通知の着信があるから。遊園地の音で気づかなかった。ま、間違い電話かもな」
 翔流は云いながら、メールでもあったのか、携帯電話のボタンを何度も押している。
 いつの間にかまた翔流のペースに巻きこまれていたけれど、那桜は携帯電話を弄っている翔流を見てここにいる理由を思いだした。

 結局、昼休みまでに拓斗からの返事はなく、否応なしで、念のためにと携帯電話の電源は切らされ、そして学校から連れだされた。翔流は早退、那桜は保健室にいることになっている。
 翔流は写真については一言も触れず、青南学院の駅から電車に乗った。
 電車の中で、食べろよ、と、まえもって買っていたらしい学食のパンを手渡されると、翔流が食べているのを見て行儀が悪いと思ったものの、那桜の強張った気分を差し置いておなかがグウッと反応した。それが隣には丸聞こえだったようで、翔流は直後、吹きだした。その様子に、那桜は単純にも安心してしまった。
 電車で三十分、歩いて十分という、この場所まで連れてこられたときには、怖れよりも小学校以来の遊園地にはしゃいだのだ。反省の気持ちがいっぱいになって那桜はため息をつく。

「翔流くん、写真のことだけど」
「別にそれで何かしようと思ったわけじゃない。強いて云うんなら、おまえの兄貴を脅したい」
 翔流はさえぎるように断固として云い、それは、翔流に悪意がなかったことと拓斗への反発という、二つの意味で那桜を少し驚かせた。
「拓兄?」
「那桜ってさ、行動範囲というか世界が狭いだろ。あのシーンにしろ、あんだけの兄貴がいればって思わなくもない。けど、それはおかしい。どっちに非があるかって云ったら兄貴だ」
 翔流はどこまでをどう捉えているのか、云いきった。
「違うよ! わたしが頼ってて――」
「だから、そこだって。おまえが頼れるのって身内だけだし、あの衛守さんにしたってそうだ。その枠から出してやらないってことは異常だ。兄貴たちがつくってる、そういう必然的なものからさ、那桜を自由にしてやりたいっておれは思ってる」
 翔流の眼差しは怖れを知らなくて、ただ真剣だ。

 翔流が云うように、那桜はほとんどのことを自由にできない。その不満はある。
 戒斗が家を出ていった夏、那桜よりは身軽でも、家に縛られていているのは同じだと思っていた兄たちは、それなりに付き合いを選べているとわかった。戒斗は家を出ることを許され、拓斗にも、あの女性、有沙という家族の知らない付き合いがあった。
 ほぼ黙って現状を受け入れてきたけれど、戒斗みたいに押し通せば、那桜もやりたいことを選べるようになるんだろうか。
 いまは拓斗がすべてで、守ってくれると信じている。けれど、かつては和惟がそうしてくれると信じていた。いや、いまも和惟は口にする。守れるのは自分だけだ、と。
 那桜はふと、和惟からなぜ自分が逃げたのかがわかった。信頼できなくなったのだ。その理由はわからない。ただ、和惟の言葉が漠然と嘘だと知った心と、それなのに応える躰というギャップに後ろめたさが生じたのだ。那桜が逃げたときに和惟が追ってこなかったことは、やっぱり和惟の嘘を証明した。
 そしていま、拓斗に守られていたくて何も(いと)わない気でいるけれど、関係は和惟より拓斗とのほうがずっと不安定で、繋がっている血は途切れなくてもいつ崩れるかわからない。崩れる理由はいくつだって挙げられる。その最大の理由になりえるのが、確かに繋がっている“妹”である立場だなんて、那桜にとってはまるでメビウスの帯だ。ねじれたうえで貼り合わされた帯は表裏の区別がつかない。
 時には妹で、時には……なんだろう。
 ずっと繋がっているならそれでもいい。けれど、もし貼り合わせた場所が解けたら、そのときはだれが助けてくれるんだろう。

「那桜」
 不意に空をさえぎって翔流が那桜の躰を(また)いだ。無意識に起きあがろうとした那桜の肩を翔流が押さえつける。その力は拓斗とも和惟とも同じで、受け入れることがあたりまえのようになっている那桜が逆らうには、力も、おそらくは意思も弱すぎる。
 けれど、もうそんな自分は嫌だ。拓斗に全部を(ゆだ)ねた自分を守りたい。
「翔流くん!」
 翔流が近づきそうな気配にとっさに叫び、那桜は押さえつけられたままでもなんとか間に手を割りこませて顔の下半分を覆った。
「このまえのことは悪かったって云っただろ。同じことをしてるんじゃなくて、たださ、無防備っていうか、警戒心ゼロだから気をつけたほうがいい。……って、おれが云うのも自分で自分を不利にしてる気がするけど」
「翔流くん……」
 那桜は困った眼差しを向け、手のひらの下でもごもごと名を呼ぶと翔流がくちびるを歪めて笑う。翔流の手が緩みかけたそのとき。

「広末くん」
 聞き慣れた声に那桜は翔流を見上げたまま目を見開き、その翔流は声のしたほうを向いた。その瞬間に電子音が鳴る。パッと見ると、そこには携帯電話をかざした和惟がいた。職業柄、和惟は日頃から影のように気配を薄く散らすことがあり、加えて足音が芝生に吸収されてまったく気づかなかった。
 翔流の手が肩から離れ、那桜は急いで起きあがった。
「和惟、どうしてここに――!」
「いかにも、って写真が撮れたな」
 那桜をさえぎり、和惟は立ちあがった翔流を向いた。翔流は慌てるでもなく、ただ怪訝に眉をひそめた。
「なんでここが……。あ……なるほど、さっきの非通知の電話ですか」
 考え考え云っていた翔流は自分で答えを出し、それに対して和惟は肩をそびやかした。
「広末、きみは頭が回るらしいな。それならついでに云っておこうか。建設業界トップだった磯崎組が潰れ、広末建設がトップに躍りでたのはつい十年まえのことだ。正確に云えば、磯崎組は潰れたんじゃない。潰されたんだ。広末社長に聞いてみればいい。広末建設を守りたければ余計なことはしないことだ」
 明らかな脅しを受け、翔流は那桜に目を向けて、また和惟に目を戻した。
「余計なことって、写真のことですか、それとも那桜のことですか」
「その判断はきみに任せる。那桜、行くぞ。拓斗が待ってる」

 那桜は目を見開いて和惟を見つめた。拓斗はもうこっちに戻ったんだろうか。和惟にただ連れ戻されるのなら逆らったかもしれない。けれど、拓斗が待っていると聞けば拒むことはできない。それを知っているかのように和惟は背中を向けて歩きだした。
 那桜は立ちあがって翔流を向いた。
「翔流くん、今日はありがとう。楽しかった」
「那桜、また……」
 翔流はそこで云い淀んだ。その意味は那桜でもわかる。
「果歩が云ったとおり、わたしってすごくわがままだって思う。でも、わざとそうしてるつもりはなくて、だから、翔流くんを困らせたくないっていうのはわたしの本当の気持ち。『また』なんていいの。じゃあね」
 翔流のコートを返すと、那桜は和惟のあとを追った。


 先を行く和惟には小走りでも結局追いつけず、那桜は置いてけぼりを食ったような気分で車にたどり着いた。
「拓兄は?」
 車の中に拓斗はいなくて――いや、いれば一緒に来るはずで、那桜が息切れしながら訊ねると、和惟は答えるまえに、乗れよ、と顎で示した。
 少しためらったあと、那桜が後部座席に乗ろうとすると、いつかのように助手席に強制するでもなく、和惟は運転席に乗りこんだ。
「拓斗は横浜から戻る途中だ。こっちの居場所は伝わってる。運転中だろうし、メールでもしておけばいい」
 和惟はそう告げてから車を出した。和惟の様子はどこか違っていて、お喋りもなく、車のエンジン音が静けさを強調している。
 那桜は拓斗にメールを送るとほっとして、頭をバックシートにつけた。コーヒーカップに乗ったあとの気分の悪さは消えたものの、まだすっきりしたわけでもなく、那桜は目を閉じた。車の振動が頭を心地よく揺らす。
 いつしか眠っていた間に、和惟が連れてきたのは学校でも家でもなく、始まりの海だった。小さく揺り起こされて、翔流の忠告をまったく無駄にしたと気づいたときは遅く、和惟は強引に那桜を車から引っ張りだした。

「和惟!」
 はっきり目が覚めないまま手を引かれて、駐車場から階段を上り、堤防にある階段をまた下りていく。そこは一面に砂浜が広がり、冬場であり平日であることで、人は見当たらない。仕事用の靴が砂塗れになるのもかまわず、和惟は砂浜をどんどん進んだ。
「和惟、拓兄は――待ってっ」
 砂に足をとられ、那桜は(つまず)くように転んだ。やっと立ち止まった和惟を見上げたとたん、くちびるをふさがれた。繋いでいた手が離れ、和惟は那桜の首を後ろから片手でつかんだ。
 んんっ。
 やめてという声は言葉にならず、和惟が呑みこむ。
「那桜がおれを起こしたんだよ、ここで」
 その意味はわからない。考えるまえに、躰を起こした和惟は那桜の口に自分の慾を押しつけた。
「もういやっ」
 顔をそむけたつもりがかなわず、叫んだとたんに口の中が和惟のもので埋まった。頭を両手で固定されて逃げることもできない。
 開けっぱなしの口は感覚がおかしくなり、顎を自分の唾液が伝う。出入りの激しさが苦しくて押しのける力が集わず、意識が遠のきそうになった頃、頭上で和惟が唸り、直後、口の中に経験のない味が広がった。吐きだす出口はなく、喉が詰まりそうな怖さに那桜は飲み下した。
 和惟が抜けだしたのはそのあとで、咳きこんだ那桜は腕を取られて引きあげられた。涙に濡れた頬を和惟が拭う。その気遣った触れ方はつかの間で、和惟はスカートの下に手を滑りこませた。
「和惟、だめっ」
 腋の下から片腕が回りこむように那桜を抱きこんでいて、和惟の手を止めようとしても那桜の手はそこまで届かない。和惟はわけなくショーツの中まで手を入れた。指の腹がデリケートな場所を沿うように前後する動作を繰り返した。
 あっあっ。
 自分では支えきれないくらい脚から力が奪われる。その緩んだ隙に和惟は指を進め、体内への入り口を探り当てると、これまでの痛みを気にした慎重さは消え、グッと那桜の奥へと入ってきた。
 うくっ。
 那桜の躰が身震いし、和惟の手は止まる。

「那桜、だれにやられた」
 耳もとに和惟の低い声が響き、那桜は首を横に振って答えを拒んだ。和惟の手が突き放すように那桜を離れる。その呆気なさに那桜は途方に暮れて和惟を見上げた。
「拓斗だな」
 嘲笑った声で和惟は自ら答えた。ひんやりと蒼ざめた感触が躰を走り、責めたい気持ちが甦った。
「和惟のせい! 和惟が拓兄を怒らせたから!」
「おれを怒らせたのは那桜だ」
 和惟はすぐさま那桜の云い訳を木っ端微塵にした。それはわかっていたこと。認めたくなくて、兄妹を超えてしまった過ちを正当化したくて和惟のせいにしている。
「どうだった。兄妹でやるってのは」
 和惟の追い討ちに嗚咽が漏れる。
「だって、わたしには拓兄しかいない。和惟はわたしを見てくれなかったから! 果歩だって離れてった! 全部めちゃくちゃにしたのは和惟!」
 和惟は目を細め、見たことのない表情をした。苦しそうで、つらそうで、それでいて笑っている。その目がつと、那桜の背後に遠く逸れた。
「おれは見てるよ」
 視線を戻した和惟は、自分の慾で汚れているにもかかわらず那桜に口づける。長い長いキスのあと、那桜の躰をくるりと回して背後から抱きしめた。キスにのぼせているうちに、また和惟の手がスカートの下に入ってショーツを潜る。
「やだっ」
 身を捩っても役に立たず、和惟の指は無遠慮に那桜を(まさぐ)る。難なく奥へと入ってきた指は那桜の体内を試すように探った。そのうち、那桜の反応を見た和惟は、軽く引っかくように同じ場所で動きだす。
 あ、あ、あっ。
 首をのけ反らせた那桜の声は甲高く空に向かう。何かが漏れだしそうな感覚は、自分の躰がイク領域に入ったことを那桜に知らせた。
「だめっ、やだっ」
 過ちよりも繋がっていたくて拓斗に委ねたのに、守りたかったのに、躰は那桜の意思を裏切ろうとしている。

「那桜、おれはすべてをかけて那桜を護るよ。すべてをかけて愛している。見るんだ、那桜。那桜の愛すべきCLOSERが来た」

 その言葉に那桜は正面を向いた。まっすぐ先にいるのは紛れもなく拓斗だ。
「拓兄っ」
 那桜が叫んでも、拓斗には和惟から助けだそうとする素振りはなく、それどころか(なぶ)るようにゆっくりと歩いてくる。
「啼いてやれ」
 和惟が耳もとで囁き、指が本気を出して那桜を追い詰めた。
「あ、あっ。ぃや……拓兄……だめっ……あ、やだっ! あ、あ、んっ……拓兄――っ!」

 和惟の腕の中で、拓斗の名を呼びながら、那桜は陸に上がった魚のように激しく躰を跳ねた。

BACKNEXTDOOR

* テレマティクスナビ … メールなどの通信機能を装備したカーナビ