禁断CLOSER#24 第1部 解錠code-Dial Key-

5.施錠 -8-


 朝、目が覚めると、まだ昨夜の気分が持続していた。那桜のくちびるに自然と笑みが浮かぶ。
 昨日――日付は今日になっていたけれど、躰からだるさが抜けて回復したあと、壁に寄りかかったままの拓斗に見送られながら独りで部屋に戻った。満腹感に似た気分で眠りにつき、所々覚えている夢の中には拓斗がいて、一晩中なんとなく傍にいてくれたような気がしている。
 ただ、その気分もリビングに行くまでで、テーブルに着いた両親が目に入ったとたん、那桜は(とが)を意識させられた。
 このまえの拓斗の一方的な行為は無理やりという体裁があり、兄妹なのにという混乱した気持ちはあっても、親に対しての罪悪感なんてなかった。昨日のことは、必死だったこともあるけれど、那桜自らが選んだことだ。
 おはようという挨拶は口ごもるようにしかできなくて、それ以降も両親の前で普段どおりに振る舞えている自信がない。もともと会話は少ないから、那桜が黙りこんでいるとしても不自然ではないものの、ふとしたときに顔を上げるにもぎこちなくなった。
 同時に拓斗に対しても戸惑いを覚えた。拓斗はいつものとおりで、那桜に話しかけてくることもない。隣に座っているゆえに目を合わせなくてすみ、当面はほっとした。

「拓斗、金曜日からおばあちゃんのところ行くのは知ってるわよね。夜は、昨日みたいに遅くならないでちょうだい」
「わかってる」
「那桜をお願いね」
「ああ」
 そんな何気ない会話にも過敏に神経を尖らせていると、那桜、と詩乃が名指しした。那桜は渋々と顔を上げた。
「拓斗や戸田さんを困らせちゃだめよ」
 両親は毎年恒例で、この時期、沖縄にいる祖父母を訪ねる。幼い子供に云い聞かせるような詩乃の言葉は留守するときのお決まりのセリフで、いつもなら途中で、わかってる、とさえぎるところなのに、それさえもできなかった。
 拓斗はそんな那桜に気づいているのか、両親を前にして何を思うのか、普段との違いは欠片も見せないまま先にごはんを食べてしまい、さっさと席を立った。
 隼斗も続いて立ちあがり、リビングのほうへ行って新聞を手に取るとソファに腰かけた。
「どうかしたの?」
 拓斗の後ろ姿を追っていると、詩乃が再び那桜に呼びかけた。
「え?」
「顔色がパッとしないわね」
 詩乃は母親らしく、娘のちょっとした、いや、ちょっとというには“あったこと”は過小評価すぎるけれど、とにかく異変に目敏く気づいたようだ。
「……平気。もうすぐ生理かな」
 詩乃は納得したのか、小さくうなずいた。
 これ以上に何かを感づかれないよう、食が進むとは云い難いなか、那桜は急いで食べきった。

 廊下に出てリビングのドアが閉まると、那桜は自分でも意味のわからないため息をついた。いまになって取り消しのきかない重みを感じる。
 考えてみれば、拓斗が昨日の時点で支配したがっていることはわかったけれど、これからさきをどうするつもりなのかということは少しもわかっていない。拓斗の気まぐれのままに続いていくんだろうか。
 わたしはどうしたいの?
 自分への疑問も答えは出ない。むしろ、そんな答えなんてどうだっていい。自分がどうしたいかではなく、どんなときであれ、拓斗に見ていてほしいと願うだけだ。
 階段の下まで来ると立ち止まり、またため息をついて、それから二階に行こうとうつむけていた顔を上げた。とたん、拓斗に気づいた。二段目のところで壁に寄りかかっている。
 拓斗は何も云わずにただ那桜を見下ろす。
 ため息に気づいただろうか。それをへんな意味にとられるのが怖くて、那桜はとっさに一段上がり、拓斗の組んだ腕に手を伸ばした。左の手のひらの下に手を忍ばせると、拓斗は腕を解いて握り返し、階段を上りきるまで那桜の手を引いた。
 クリスマスを間近にした日のデートのときのようで、無言でも、少し那桜の気持ちを落ち着かせた。


「いってきます」
 青南学院まで来て車から降り、いったん立ち止まって拓斗を見上げた。笑顔の那桜を見下ろした拓斗は目を細め、そして、行け、というように顎を少し動かした。
 正門に向かう途中で振り返ると、拓斗は助手席の横にいて那桜を見送っている。
 逸らすことのないまっすぐな瞳に、戸惑うことも疑問に思うこともなく、はじめて安堵という気持ちを覚えたかもしれない。

 正門を通り抜けると、期待はしていなかったはずが、果歩がいないことに気が沈み、翔流のことまでもが伸しかかって憂うつが一気に押し寄せる。果歩のことはともかく、翔流のことも対処法はまったく考えないまま今日になった。
 那桜は教室の戸の前で立ち止まり、一つ深呼吸をしてから入ると、あえて果歩のほうも翔流のほうも見ないようにして席に着いた。
 拓兄がいれば大丈夫。
 那桜は自分に云い聞かせる。教科書を机の中にしまい、教室の後ろにある自分の棚に、バッグを入れていると、ふと傍に人影を感じて顔を上げた。
「那桜、昨日は悪かったな」
 思いがけずという言葉では足りないくらいに那桜は驚いた。翔流が声をかけてくるとは思わなかったし、たとえあるとしてもこんなに普通だとは予想もしなかった。さらに、その呼びかけにはどう答えていいかわからない。那桜はかすかに首をかしげて、いつもの雰囲気で立っている翔流を見上げた。
「翔流くん……おはよう」
「那桜……っていうより、おまえんち、やっぱ変わってるよな」
 どう返しても穿(うが)った捉え方をされそうで、那桜には答えようがない。(きゅう)した那桜をじっと見ていた翔流はため息紛いで笑った。
「翔流くん、わたし、昨日云ったとおり応えら――」
「だからさ、いままでどおりでいいって云ったじゃん。昼休み、勇基たちが一緒に食べようってさ。いいだろ?」
「……うん」
 那桜の返事を聞いた翔流は、うなずいて自分の席に戻っていった。その背中を見ながら、那桜は安堵とは逆にざわざわとした不安を感じた。
「那桜、果歩と何かあった?」
 席に着くと、隣の子が那桜を覗きこむように見た。
「大丈夫」
「まあ、那桜には広末くんいるしね」
 自分の曖昧な返事もさることながら、そこにどういう真意があるんだろうと那桜は考えてしまった。ほとんどの同級生が郁美と同じように、那桜と翔流の関係を誤解していることは知っている。翔流のことを思うと、こういうとき否定していいのかも判断がつかなくて、那桜はそんな自分に辟易(へきえき)した。
 いまのところ、翔流については煩う必要はないようでも、授業にはあまり身が入らず、ただ時間割が消化されていく。果歩は那桜に見向きもせず、もしかすればこのまま離れてしまうのかもしれない。果歩が耳を貸してくれるチャンスを窺いながら、那桜は待つことしかできない。

 昼休みになって、約束どおりに翔流のところへ行こうとお弁当を持った矢先、従姉妹の深智がとうとつに那桜の教室を訪ねてきた。
「お昼ごはん、一緒に食べない?」
 深智とは仲良くしているけれど、それぞれにクラスに友だちがいて、合流することはあまりなく、那桜はその誘いに驚いた。
「え? あ、友だちと約束してるんだけど」
「そうなんだ」
 深智は語尾を少し上げて不思議そうにすると、次にはおもしろがった表情になった。
「深智ちゃん、どうかした?」
「ううん。拓斗くん、那桜ちゃんが友だちと何かあったみたいだって云ってたから来てみたんだけど。拓斗くんて見かけによらず過保護なんだね」
 深智はくすくす笑いながらからかって、じゃ、と手を振って帰っていった。
 拓斗は那桜の知らないところで、深智に手回ししていたらしい。那桜はお節介に顔をしかめるよりも、驚くよりも、うれしくなった。
 一日が終わってみれば、問題の一つである翔流については、杞憂(きゆう)にすぎなかったのか、それとも郁美と勇基が同行しているせいか、はじめこそかまえていたものの、気まずさはいつの間にか消えていた。


「拓兄、今日はありがと。深智ちゃんが来てくれたよ」
 夜になってから、拓斗の部屋で問題集をやっている最中、息抜きがてら云ってみた。拓斗は那桜をちらりと見たあと、少し首をひねってまたパソコンに戻った。知られたくなかったのかどうかはわからない。そのまえにそういうことは気にしないんだろう。
 昨日のことさえも気にしているのかどうでもいいのか、まして今朝のことはなんらかの意味があるように見えたのに、いまの拓斗はこんなに近くにいてもまえと変わらず、無関心たっぷりの様子だ。
「でも大丈夫だよ。あのね、拓兄」
 そのさきはためらって、いったん言葉を切った。拓斗を覗きこむように首を傾ける。と――。
 あ、こっち向いた。
 その驚きは心の奥にしまった。
 いまみたいに明らかに云い淀んでいるとわかっても、拓斗なら促しもせずに無視というのも考えられる。それなのに、憂慮してるかのように那桜を向いた。拓斗はそう見えてもけっして無関心ではない。少なくとも那桜は無視されていない。いい意味でも悪い意味でも。

「翔流くん、昨日のこと、何も云わないんだよ。いままでどおりでいいって云うの。それで、翔流くんの友だちカップルと四人でごはん食べた。谷坂くんと、それから郁美。一昨日、挨拶した子、覚えてるよね? 翔流くんと付き合ってるんじゃないかっていう噂はあるけど、このふたりはわたしと翔流くんがなんでもないこと知ってるの。拓兄はどう思う? わたし、普通に友だちでやってってもいいの?」
 昨日、拓斗が『証明しろ』を要求したことを考えれば、この報告は誤解を招きかねないことで、一度云いだすと、那桜は勢いあまって一気に喋った。すぐに返事が返ってくるとは思っていなかったものの、どことなく重々しい沈黙が漂う。
「早くしろ」
 結局、拓斗は答えずに、問題集を指差した。だめだと云わなかった以上、那桜の判断でいいんだろうか。
「うん」
 那桜はほんの少し首をかしげると、機嫌が悪くならなくてよかったと思いつつ机に向かい、十ページのノルマに取りかかった。途中、眠気に襲われ、それに気づいた拓斗が問題集を爪先で叩く。
「書き直しだ」
 はっとして問題集を見ると、指摘された字は居眠りしながら書いたせいで、まるでホラー文字になっている。那桜は独り吹きだしてやり直した。やっと終わって、時計を見れば十一時半だ。
「終わったよ」
 拓斗のほうに重ねた問題集を押しやった。那桜は椅子から立ちあがると、答え合わせの間いつもそうしていたように拓斗のベッドに寝転がった。拓斗の部屋の天井は四角とラインの組み合わせできた単調な模様だ。
 昨日、ここで――。
 満ち足りた気分が甦って回想しかけたとき、不意にベッドが揺れた。直後に、天井と那桜の間に拓斗が割りこんだ。
「……拓兄」
「いいな」
 質問でも命令でもない、普段にない曖昧な響きがある。当然ながら、那桜の答えを待たずに拓斗はパジャマの上着の下に手を潜らせた。
 胸を絞るように押しあげて、指が胸先を擦った。那桜は呻きながら小さく身震いする。
 拓斗は昨日より性急で、おそらくは五分もたたないうちに那桜の下半身から下着ごとパジャマを剥ぎ、自分は慾だけ出して那桜の入口に当てた。抉じ開けられるようなきつさはあっても、那桜の躰は拓斗が努力するまでもなくすでに開いていて、すんなりと受け入れる。

 簡単だな。そう云った拓斗の言葉を思いだし、なんのことかがわかった。抵抗するどころか、されるがままになって、そのうえ感じてしまう。
 触れられた瞬間から那桜の反応が拓斗に伝わっていることは確かで、自分の簡単さと真上からの眼差しが那桜を恥ずかしくさせた。
 目を閉じると、躰を揺らす拓斗の動きが鮮明になった。躰の中で感じるほどには余裕もなくて簡単でもなくて、ただ暗闇に不安になる。
 あの日の無理やりを、拓斗はたぶん後悔していた。それなら、口から出た言葉はどこまでが本心だったんだろう。
 嫌い。
 だから嫌わないで。

「那桜」
 拓斗が律動を止めて呼びかけ、そこに問うような響きを感じて、那桜は閉じていた目を開けた。拓斗の手のひらが那桜のこめかみを拭う。
 汗?
 濡れた感触にそう思ったけれど、時間差で反対の目尻からも水滴が流れた。
「なんだ」
 たったいま名を呼んだときの声と打って変わって冷たく響いた。
 それは問いかける言葉なのに、拓斗の中では結論が出ているような声音で、那桜に応えられる適切な解答は一つだけしか思い浮かばない。
「違うの」
「おれは許さない」
 拓斗が何を『許さない』と云うのか、那桜に向けたのではなく、自分自身に向いているような気もした。
 しばらくじっと見下ろしていた拓斗は、手の甲で那桜の額を掠め、それからまた動きだした。
 侵すまでは早かったのにもかかわらず、そのあとの拓斗は、まるで那桜の躰に自分を馴染ませるようにゆっくりとしている。那桜を快楽に沈め、それから自分が果てるまで、見当がつかないくらい長く繋がっていた。


 木曜日も同じような時間を過ごしてようやく慣れかけていた現状も、金曜日の朝、和惟からの一言メールでまた那桜の気分はざわつき始めた。今日から両親は沖縄旅行で、那桜が帰る頃にはとっくに沖縄にいて、祖父母たちとゆっくり団欒(だんらん)しているだろう。
 青南の正門近くに車が止まると、拓斗は助手席に回ってきてドアを開けたが、那桜は降りようとせず、座ったまま拓斗を見上げた。
「拓兄、今日、和惟は帰ってくるんだよね」
「なんで知ってる」
「……帰るっていうメールがあったから。たぶん、会いたいってことだと思う」
「今日は今から横浜に行く予定だ。けど、おまえが帰るまでには戻るし、今夜は家にいる」
「うん」
 おずおずと報告した那桜だったが、拓斗はちゃんと考えてくれているようで、云ってみてよかったとほっとしながら車を降りた。
「いってきます」
 拓斗は首をひねって那桜を送りだした。

 激動というべき一週間は、そう悪いことばかりではなかった。一度きりでは終わらず、拓斗と繋がっていられることで、マイナスもゼロに近づいている気がする。今日から日曜日の夜まで両親はいないし、もっと近づけるかもしれないと思うと、和惟が近くにいるという不安も頭の片隅に隠れてしまって、単純にうれしい。
「那桜、いまメール見て」
 四時間目が始まる直前、翔流は那桜のところに来て云い、それからすぐに自分の席に戻った。
 いま?
 なぜわざわざ『いま』なんだろうと思いつつ翔流を見やると、ちょうど那桜を向いて促すように顎を少し上げた。

 机の中に置いた携帯電話を取りだすとランプが点滅している。開いた画面は新着メールが二通あると示している。最初は和惟だった。
『昼休み、そっちに行く。正門で待ってる』
 拓斗の監視のなか、どうやって会う隙を探しだすのだろうと思っていたけれど、昼休みという方法があるとは思いつかなかった。
 何にしろ、和惟はそういう隙を縫ってまで、なぜ会おうとするのだろう。すべてが最悪と思えた日にあったメールは何かを感づいているようで……そうなったのは和惟の無理やりな行為のせいなのに。もう全部、これまであった関係は不安定に、もしくは壊れてしまっている。
 皮肉にも、和惟が壊したがった那桜と拓斗の間に、その意とは逆の転機を生んだ。歪な様であろうと、いまの拓斗を失いたくはない。
 いくら和惟でも、学校にいる以上、無理を通すことはないはずだ。行かなければすむこと。
 那桜は和惟のメールを無視することにして、次の翔流からのメールを開いた。メールには画像が添付されている。
『昼休み、外に出よう。話したいことがある』
 メッセージはそれだけで、口頭で伝えればすむことなのにと思いながら画像を開いた。
 とたん、那桜は息を呑んで画面に見入った。チャイムが鳴ると同時に那桜はやっと顔を上げ、無意識に翔流に目を向けると、翔流はちょっと首を傾けて、それから前に向き直った。その表情から何を思っているのか見当もつかない。
 混乱したなかで、拓兄に知らせなくちゃ、とだけ判断がついた。不安と焦った気持ちがごっちゃになってメールを打つ手が震え、なかなか先に進まない。画像を送れば拓斗は事情を察してくれるはずで、那桜は短い文章ですませた。
 四時間目の古文を担当する教師が入ってきたとき、ちょうど送信を終えたものの安心には程遠い。授業をする教師の声は耳を通り過ぎていくだけで、那桜はただ拓斗からのメールを待った。



 今時、禁煙ではないのか、と呆れるくらいに煙った会議室を出ると、拓斗は体内に入ったニコチンを排除するように深く息を吐いた。会談は予定より一時間も延長した。会議室の外に待機していたらしい女性社員が、こちらへ、と先立って拓斗たちを促す。
「どうだね」
 女性社員のあとを数歩遅れて追いながら、矢取主宰が声を落として問いかけた。
 旧財閥の影を引きずっている松井銀行の依頼により、横浜本店で行われた不良債権に関する会議においては、矢取主宰が先導するなか、拓斗と惟均はほぼ黙して行方を見守っていた。
「まずはここまで放っておいたというのが疑問です。松井でなければ破綻するしかない。すでにこっちで断案しているとおり、今期の本決算は赤字覚悟で処理すべきです」
「資金繰りが圧迫されて優良な融資の機会まで逃がしてるという悪循環を招いてますね」
「損失分はグループでカバーできるでしょう。本体から体質改善する必要性を感じます。体制そのものが時代遅れも(はなは)だしい」
「若い連中はわかっているようだがな」
「いったんは創業者一族を一線から引かせたほうがいいのでは……」
 惟均が応えているうちに、通りがかった部屋から電話のコール音が聞こえた。拓斗は会議中に着信があったことを思いだす。スーツの胸ポケットから携帯電話を取りだして画面を開き、メール着信の表示を確認すると、マナーモードを解除してからメールを開いた。

『写真見て。昼休み呼びだされてる。どうしたらいい?』
 那桜のメールは端的に終わり、拓斗はかすかに首をひねって添付された画像を開いた。それが目に入ると、拓斗は足を止めた。
 いかにも親密に触れている男と女の横顔。ズームアップして撮られた写真ははっきりとした輪郭がわかるわけではない。だが、名指しされれば否定は難しいかもしれない。
 メールを閉じ、携帯電話で確認した時間は一時を過ぎている。高等部が昼休みになって、すでに三〇分を越えていることになる。
 車で戻るには……。そう考えながら、那桜の携帯番号を呼びだす。が、呼びだし音は一回も鳴ることなく、電源が入っていないという無機質なメッセージが流れる。
 那桜――。
 どうする?
 拓斗は自分に問いかけつつも、状況を整理して最短の善処を模索した。
「拓斗さん?」
 惟均が振り返って呼んだ。
 優先順位は考えるまでもない。
「和惟はいまどこだ」
「もう東京に戻っていると思います」
 惟均が腕時計を確認して顔を上げたのと同時に、拓斗は和惟の携帯電話を呼びだした。今度は一回のコールで通じる。
「おれだ。那桜を探してくれ」

BACKNEXTDOOR