愛魂〜月の寵辱〜

第7章 摧頽(さいたい)(みだ)りに淫ら−
#4

 おれがおまえを抱くことはない。
 一週間まえのその言葉は、ラブドールとして抱くことはしても、女として――男と女のあるべき形をもって抱くことはない、とそんな意味なのだろう。
 最後に、なんて云わなければ男と女として繋がれただろうか。
 その時がくるまで生き延びなければ、吉村に抱かれたいという毬亜の願いは叶わない。
 けれど、いま目にしている光景を見るとわからなくなってくる。そのうえ、艶子から聞かされたことが追い討ちをかける。
 いつものようにだれかしら男にお尻を洗浄されて、地下の部屋に連れられてくると、台の上には先客がいた。寝かされていた彼女がぱっと毬亜を振り向くと、それは沙羅だった。
 嫌、とそう悲鳴をあげて沙羅が訴えるのは吉村だ。
 吉村は毬亜を一瞥しただけで、沙羅に目を落とし、悲鳴は無視したまま脚を黙々と固定した。
 それから始まったことは、台の上にいるのが毬亜ではなくて沙羅だという、八カ月まえとの違いはそれだけかもしれない。些細なことで違いを云えば、見物人は隣室ではなく同じ部屋の隅でふんぞり返っている。
「娘、どうだ、吉村の調教が懐かしいか?」
 椅子に座って広げた脚の間に裸の毬亜を座らせ、京蔵はすぐ背後から耳もとで問う。なんと答えても詮索をされそうで、毬亜は首を横に振った。
「吉村は女を甘やかすのがうまいんでな、奴にかかったらどの女も同じ反応を示す。おまえは幼く、処女だったぶん、吉村が特別な存在であってもおかしくはない。だがどうだ? 吉村にとってはおまえもあそこで啼く女も、やはり変わらんのではないか?」
 京蔵はまわりくどく、毬亜の気持ちを吉村から引き離そうとしている。それだけ毬亜の気持ちは見え透いているのだろうか。
「儂が大事にしてやる。こう見えても一途でなぁ。今日限りで、おまえはあそこから解放される」
 その言葉に釣られて部屋の真ん中を見やった。
 うつぶせにされた沙羅は腰を高くあげ、くねくねと揺らしている。全身がふるえていて、そして、もう何度めだろう、彼女は甲高く悲鳴をあげたかと思うと腰をがくがくと揺さぶった。吉村は容赦なく、逝っているさなかでも膣内に入れた指をうごめかしている。
 いやっいやっいやっ、もう死んじゃうっ。
 その感覚はわかる気がする。けれど、沙羅に同情するよりも、毬亜は吉村がいまどういう心境でいるのかということのほうにばかり関心がいく。やはり、吉村がほかの女に触れるのは理解も受け入れることもできなかった。
「底なしで逝けるんなら早く稼げるぞ。尻の穴もそうなら倍だ」
 吉村は毬亜に云ったことと似たようなことを云う。
 あたしも、沙羅も、同じなの? あたしが勘違いしているだけ?
 沙羅は吉村が好きだと云った。
 頭がうまくまわらない。
 せめて、毬亜が沙羅に成り代わればいい。ばかげたことを思う。
 京蔵の手が毬亜の太腿をつかんだかと思うと持ちあげて、高座椅子の袖に膝の裏を引っかけさせた。もう片方の脚も同じようにしながら、京蔵が毬亜の耳たぶを咬む。ぞくっとしたふるえが全身に及んだ。
「逝きやすい女のようだ。ただな、処女で潮を吹くほど、アレ以上に感じるおまえには劣る。処女喪失がショックだったようだが、もう自ら男が欲しくなるような|目合ひ(まぐわい)の憶え時であってもいい。儂はな、感じる女が好きだ。そろそろ具合もいいだろう」
 京蔵は背後から毬亜の胸をそれぞれにすくい、親指で乳首を弾く。
 ぁんっ。
 かろうじて嬌声にはならなかったけれど、呻いた声は露骨ではないかと怖れた。いま、毬亜の心と躰は切り離されようとしている。
 京蔵の手は離れ、背後で動く気配がすると、何かがかっちりと嵌まったような、乾いた音がした。再び胸がくるまれると、ぬるぬるした感触に襲われた。快楽に反応しないぶん、滑りやすくするためにローションはいつも使われる。けれど、塗りこめられる間、今日はいつもと違って胸の奥に灯がともったように感じた。
 乳首が軽く潰すように擦られると、躰が勝手に感じて胸もとが何度もびくっと跳ねる。
「効いてきたようだな」
 悦に入ったつぶやきが耳に届く。
 効いてきた“それ”はなんだったのか、毬亜が飲んだのは栄養剤などではなく薬物であることは確かだった。台の上で沙羅の調教が始まったときに、飲め、と京蔵から差しだされたのだ。首を横に振った毬亜が、京蔵の目に降参するまでそう時間はかからなかった。中毒になるものじゃない、と京蔵は云い、それがかえって、いかがわしい代物(しろもの)だと明らかにした。
 いまそれが体内に浸透したのだろう、京蔵に対する生理的な嫌悪感をなくして、かわりに感度を上昇させていた。

 京蔵の手が、ふくらみの麓から丘へとしぼるように動き、乳首を刺激して離れていく。繰り返されるうちに目のまえの光景が脳裡に映らなくなった。
 声が出ないように堪えるのが精いっぱいというなか、京蔵の右手が脚の間におりていく。高座椅子は体格のいい京蔵が座っても幅に余裕があった。袖に引っかかった膝を縮めることはかなわず、めいっぱい開脚させられている。そんな無防備な場所に京蔵の指が添った。
 あっ。
 今度は声がはっきり飛びだす。幸いにして、沙羅の嬌声が隠してくれた。毬亜は悪あがきになるだろうとわかっていながら、それ以上に声が漏れないようくちびるを咬んだ。
 京蔵は花片を開くようにしながら下へと指を進め、膣口にぐるぐると這わせた。
「ぐっしょりだな。あの女を見て感じたか。それとも、吉村を思いだしたか」
 毬亜は激しく首を振った。
「恥ずかしがることはない。云っただろう、感じる女が好きだとな。噴いていいぞ」
 京蔵の声には悦楽が滲む。感じたくなどない。けれど、躰にともった灯を消すすべを毬亜は学んでいなかった。
 あっふっ。
 吐息紛れの声を漏らした直後、京蔵は花片の先にある突起に触れた。
 ああっ。
 思いのほかそこは敏感になっていた。
 毬亜の声が注目を引いたのか、ふと、しんとした空気に気づいたが、目は開けられない。しどけなく京蔵に躰を預けているのに、そのさきにいる吉村とどんな顔で向かえばいいのだろう。目を閉じていれば、せめて失望と向き合わなくてすむ。
 ただ、目を閉じたぶんだけ、京蔵がもたらす快感が脳内をも犯した。心と躰はけして切り離されていない。脳までもが快楽を求めている。
 指は突起をさらに剥きだしにして、神経を空気に晒す。そこが揉みこまれて腰をひくつかせる一方で、漏らしそうな感覚がひどくなる。
 感じたくない。そんな意思はあったはずが、薬のせいだろう、毬亜は与えられるままに受けとめていた。そうなればさきは見えている。
 部屋に響く悲鳴が、毬亜と沙羅、どちらの声なのかすらわからなくなっていく。限界だった。京蔵の指がそこを引っ掻くようにしながらうごめいた。
「あ、っだめっ!」
 わずかに放出したあと、いったん止めようとしてみたもののかなわず、音が立ちそうな勢いで迸った。
 びくつく躰は快楽を得た証拠であり、恨めしく思いながらももうどうしようもなかった。
 収束しないうちに京蔵は体内に指を忍ばせ、ますます煽ってくる。引くどころか再び昇ろうとしたとき、京蔵は唐突に指を引っこめた。
「その女は外に連れていけ。この娘にとって最後の宴だ」
 その言葉は少しもありがたくなかった。
 最後とはきっと、本当の地獄の始まり、ということだ。
 台の上から連れ去られていく沙羅は、抱えた謙也の腕のなかでも痙攣していた。縋るような眼差しを吉村に注ぐ沙羅の姿は、あたしだ、と毬亜は思った。
 あのクラブもラブドナーも、毬亜みたいに事情のある人が多くて、宴の獲物を次から次へと物色する場所でもあるのかもしれない。選ぶのは吉村で、沙羅は毬亜の後釜になるのだ。
 そして、毬亜は母の後釜で京蔵の玩弄物(ペット)になる。
 命令されるまま、台の上に四つん這いになった。もう抵抗しないとわかっているから拘束されることもない。部屋の隅にいくつかある拘束具を使われたこともあったが、余興にすぎず、ここに集う男たちは、ラブドナーの客の多くがコンパニオンに奉仕させたがるのとは真逆に、女を快楽で責めることを好んでいる。その対象は通常でいう性器だけではなく、お尻にも及んでいる。
 今日みたいにほかの女性が犠牲になっているところに二度だけ遭遇したが、母のように自分で動けなくなるほど追いつめられていた。そのなかで、感じない毬亜は異例だったかもしれない。京蔵がそうだったように、毬亜はヴァージンで幼いから、それが感じることの代償とされていたのか。
 けれど、今日、毬亜はその女たちと同じように狂う寸前まで責められる。
「マリちゃん、今日はいいねぇ。ぼとぼと愛液が落ちてるよ」
 お尻の向こうから、舌なめずりしていそうな声で倉田が屈辱を放つ。
 でこぼこした太い玩具を使われ、お尻は絶えず陶酔を生みだしている。粘液が体内からこぼれ出ているのもわかる。
 こうまでお尻で感じてしまうのは薬のせいだ。そう思いながらも、吉村に貫かれたすえ、最初の日に開発された性感を自ら呼び起こしてしまったことも否めない。毬亜は嵐司に突かれて膣のなかで逝くことも憶えた。
 なんとか露骨な嬌声は抑えているものの、その代償だろうか、躰の隅々までひっきりなしに快楽から生じる痙攣が伝っている。上体を支えるために台についた肘さえ頼りなくふるえていた。
「尻の穴も玩具を咥えながらひくひくしてるねぇ。今日はずいぶんと大きいのが入る。私のは軽々と咥えそうだ。マリちゃんには大金を投資してるからね、回収は利息含みで当然だろう。まずは派手に逝くのを見せてほしいね」
 半年もしつこく触れるだけで終わっていたのは倉田自身のくせに、利息など勝手なことをほざく。
 けれど、そんな不服を覚えたのもつかの間。
 んぁあああっ。
 玩具が振動し始め、不意打ちを喰らった毬亜は悲鳴を止められなかった。
 内壁を小刻みにふるわせて神経を過敏にしていく。その壁を通して、子宮口の弱点が刺激される。玩具は進んだり引いたりを繰り返して、一突きされるたびに感度は増していった。躰は前後左右にうねり始める。
「お尻の動きがなんともいいねぇ。逝っていいよ」
 揶揄されながらも反応を止めることはできなかった。ゆっくりしていた動きがどんどん速度を上げていくにつれ、お尻は高くせりあがる。
「う、ああっやっ」
「嫌、じゃないみたいだよ。もう後ろも前もどろどろだね。さあ、お尻で逝こうか」
 倉田は玩具をすべて引き抜いた。びくっと跳ねるお尻に再び玩具が入ってくる。何度かなかで前後したあと引き抜き、また挿入する。それは吉村の最初のやり方と同じだった。昇りつめるのを止められない。
 い、やぁああああ――っ。
 おなかの奥がひどく収縮した直後、毬亜は淫蜜を飛び散らした。
「いい逝きっぷりだよ、マリちゃん。尻の揺れ方が卑猥(ひわい)だ。最後だというのが惜しいねぇ」
「倉田さん、早くまわしてくださいよ」
「そうですな。我々にとっても最後ですから」
「わかってますよ。マリちゃん、連続逝きやってみようか」
 倉田がそう云いながら、ひどく痙攣するお尻をつかんだ。倉田の男根が膣口に擦りつけられたかと思うとなかに入ってくる。
「はぁああっ……まだ……だ、めっ」
 ぐちゅっぐちゅっという粘り気のある音を立てながら、倉田は腰を前後させた。まったく快楽が収束していないなか、少しの刺激が数十倍になって跳ね返ってくる。
「マリちゃん、締まるよ。愛液が飛び散ってるし、嫌らしさは最高だねぇ」
 もはや生理的嫌悪感など頭になかった。倉田の男根が毬亜を犯して、毬亜はそれに感じている。それだけだった。
「あ、いやっ……だめっ」
 倉田の躰は鉛が詰まっているみたいに一トンくらいはありそうなのに、男を誇示する肝心のモノが、吉村や京蔵に比べたらひとまわり以上小さい。だからなのか、いま膣内では男根が自由に跳ねている。子宮口には届かなくても、その手前にある弱点に触る。
「あ、あ――漏れちゃうっ」
 毬亜は腰をぶるぶるとふるわせながら水しぶきを立てた。
「ひどい締めつけだね。じゃあ三回め」
 わずかに呻きながら云い、倉田は毬亜のなかから抜けだした。かと思うと、硬い男根の先がお尻に触れる。
「い、や……も、だめ……なの」
「大丈夫だよ、女は強くできているからねぇ」
 所詮、力尽きた毬亜には逆らうすべがない。
 倉田は男根の先端をお尻に押しつけた。
「すごいねぇ。穴は開いていないけど簡単に咥えこむよ。ゆっくりいってみよう」
 んんっうっはぁ……。
 倉田の男根には毬亜が生成した粘液が絡みついていて潤滑油の役割をしているのだろう、お尻は比較的簡単に呑みこんでいく。きつささえも気持ちいいという感覚に変換されているのは薬のせいか。すべての感覚が快楽に呑みこまれるのかもしれない。
「入ったよ」
 倉田は満足そうにため息をつく。
「意外に手こずりませんでしたな。しっかり倉田さんを咥えこんでる」
「ですな」
 倉田は同意しながら腰を前後に揺らし始めた。
「おお。やはり尻を知るとたまりませんよ。締めつけが違う」
 毬亜の悲鳴よりも太く、倉田は唸るように云い、ゆっくりとした律動を繰り返す。
 あ、ふっ、あっ、やっ……。
 突かれても引かれても感じてしまう。冷める間のない快楽はまったく痛みをもたらすことがない。あるのは甘美な苦辛だ。倉田はだんだんと動きを深くしていく。男根がずるりと抜けだしたかと思うと、押しつけて孔口を開き、そのまま抉り、倉田の下腹部がお尻に当たればまた引いていく。
「もう我慢できん。マリちゃん、私が尻穴の最初の男だ」
 倉田は挿入したままで腰を揺らした。
 毬亜にとっては滑稽な宣言だったが、笑うどころか、倉田に引きずられていた。快楽の連続に力が尽きて、倉田の動きを受けとめることしかできない。
「ぅくっ……も、だめ――っ」
 毬亜は縋るように手を広げ閉じたが、台の上には何もつかめるものはなかった。自分ではもう動けない。そんな領域に入った気がした。
「私も逝くよ」
 呻くように云った倉田は小刻みに動く。それが玩具の振動を思いださせた。子宮口が裏側から攻められて感じている。
 毬亜が四度め逝くまえに早く倉田に逝って欲しい。そう願うばかりで、自分から働きかけるには何もすべがない。
 咆哮が背中に聞こえたと思った直後、男根がぴくぴくして内部をつつき、毬亜はまた噴いた。
 倉田が荒い息をつきながらもったいぶってゆっくりと出ていく間、腰は身ぶるいするようにずっと跳ねていた。男根が出ていってしまえば、ものの数秒もたたないうちに、孔口が盛りあがって生温かい粘液を吐出する。
「いかにも淫らだ。尻から白濁液が溢れてきますよ。倉田さん、溜めておられたかな」
「ええ。やっとマリちゃんをものにするっていう夢が叶いましたよ」
「倉田さんには満足していただけたようでよかった」
 そんな京蔵の声を聞きながら、躰がひっくり返された。仰向けになって、そうしたのが吉村だとわかったときには目尻が濡れた。冷ややかさはないか。そんなことを怯え、毬亜は目を閉じる。
「さて、余興は終わりだ。これから宴の本番、なお且つマリの最後の宴、快楽を教えこんでくれぬか。さあ」
 その言葉を合図に、男たちが一気に集まって毬亜を囲んだ。
 キスを迫る者、右胸をつかみ揺らして楽しむ者、左胸を握り乳首に吸いつく者、陰核を嬲る者、指先をそれぞれに舐める者。
 どこもかしこも性感帯であるかのように毬亜の躰が波打つ。陰核が剥きだしにされてちょっと弾かれただけで軽く達した。
 気づけば――ということはその間失神しているのか――膣内を犯され、背後から抱きかかえた男にお尻を犯され、毬亜はただ逝き続けている。
「娘、どうだ」
 そう訊かれて。
「もっと」
 そう答えた気がする。
 感じないことが、汚い毬亜の唯一の恥じないでいいプライドだったのに。吉村をまっすぐに見られる唯一の後ろ盾だったのに。
 ぼんやりとした意識のなかに、もう会うことはないと思っていた嵐司が映った。男たちの精液に塗れ、感じて、そんな汚らしい毬亜をまっすぐに見ている。その目に宿るのはなんなのか。よくわからない。
 毬亜はずっと解放されたかったのかもしれない。毬亜はすでに快楽への制御を解いていたのかもしれない。嵐司に感じてしまったときに。
 それが嵐司なら理由がつく気がした。嫌悪感を覚える男ではなく、好きになってもなんらおかしくない立場にいる嵐司だから、現に毬亜のことをちゃんと考えてくれていた嵐司だから。
 それなのに――あたしは汚い。
 うつらとしたなかで吉村に抱かれてバスタブにつかっていた。口を開こうとしたがわずかなすき間が開くくらいで何も声にならなかった。
 吉村にとって毬亜はなんだろう。なんでもないとしたら、そんな疑問すら滑稽極まりない。
 吉村の手がこめかみに添い、撫でる。そうしてきつく掻き抱くような腕のなかで――
 耐えて、生き延びろ。
 耳にくちびるをつけ、吉村は毬亜の心底に刻みつけた。
 その言葉を最後に、毬亜は京蔵に隔離され、吉村の声を壁越しに聞くことはあっても、顔を合わせることも話もできなくなった。

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