愛魂〜月の寵辱〜
第6章 裏切りの遊戯
#3
丹破家の佇まいといい、そこに集う男たちといい、仰々しさにもずいぶんと慣れた。
まもなく自分に待ち受けていることを思うと、毬亜はため息を呑みこんでしまうほどおののく。
はじめてのときは何がなんだか混乱して考えられなかったが、ここに来るたびに逃げだしたくなるのは、二回めにやってきた日の衝動となんら変わりない。
今日は特に不安な気がする。一週間の間隔で週末に開かれていた宴が唐突に中止になった日から二週間がたち、丹破家を訪れるのはおよそ二十日ぶりだからだろう。そればかりではなく、母の声が聞けないせいでもある。
嵐司に連れられて二人の男たちが両脇に待機する玄関をくぐり、家のなかに入るとまずはキッチンに向かった。そこにも男が二人いる。そのうちの一人、謙也はあたしと嵐司を目視して、にこりともせずわずかにうなずく。
ちょうどコーヒーができたようで、毬亜は食器棚の下段からトレイを取りだした。謙也は無言でソーサーにコーヒーカップをのせ、毬亜が持ったトレイに置く。
「どうぞ」
「はい」
毬亜はうなずいてキッチンをあとにする。出る途中で嵐司を見やると、かすかに顎をしゃくった。ここからさきは嵐司ではなく謙也がつく。
コーヒーくらい淹れられるが、毒などを盛らないよう用心のために毬亜にはそうする許可が下りない。
そう思うなら毬亜に運ばせなければいいのに、まず家に来たときは挨拶がてらコーヒーを持ってくるよう、艶子から云いつかっている。きっと、毬亜の立場が奴隷であることをはっきり知らしめるためだ。
世話にも邪魔にもなりたくないのに、お世話になりますと云わなければならないことは苦痛だ。そうわかってやらせているのだろう。
二階にある洋室のまえに立つと、謙也がノックしてドアノブを握る。
何か聞こえる。そう気づいて、謙也の名を呼びかけるも囁き声では届かなかったのか、謙也は頓着せずにドアを開いた。
そうして、室内に動くものを捕らえると、自然とそこに目が行く。
テーブルを部屋の真ん中に置き、その向こうのベッドの上で、二つの肉体が躰の中心で交わっていた。
「あっ、んっ、愛してるって、云って。いつも――んっ……みたいに……っあ、あうっ」
寝そべった男の上に、蛙(かえる)みたいな恰好で女が跨(またが)っている。男の肩にしがみつき、下から突きあげられて女のお尻がぷかぷか浮いていた。合わせて、ふわりとカールした髪が弾む。
女はこの部屋の主、艶子に違いなかった。
男はだれ?
男は京蔵であるべきなのに、毬亜はそんな疑問を無意識に浮かべた。
艶子の頭が男の顔を隠していて判別はつかないが、毬亜は、艶子の背中にまわった右腕にそれを見いだした。
艶子を抱くのは夫の京蔵ではない。
毬亜の部屋ではじめて、そして最後に抱かれた日、右の肩に彫った鷹の彫り物を間近で見た。鷹の翼は腕に伸び、羽枝まできれいに描かれていた。
その翼がいま艶子を抱いている。
男は吉村に違いなかった。
混乱して立ち去るという考えも及ばず、毬亜は立ち尽くした。
吉村が艶子の要求に返事をしたのか、声はひっきりなしにあがる嬌声が邪魔をして聞こえない。
「もう逝くわ! あっ……一緒に……あうっ、お願いっ」
ぬちゃぬちゃとした音が耳障りに響く。吉村の手は艶子のお尻へとおりて双丘を鷲づかみした。動きが激しくなり、合わせて艶子の声が甲高くなって――やがて、お尻から背中へと伝うふるえがはっきりと察せられた。
「あっ、ああ――っ……貴方の、来てるわっ」
艶子が顔を仰向けて叫ぶ間、吉村はひと際強く何度か腰を押しつけていた。そして、その精悍な躰はまもなく脱力したようにベッドに沈む。
ふたりの息遣いは生々しく、ひどく親密に聞こえた。
艶子は力尽きたように仰向いていた顔を伏せると、次には横に向けて頬を吉村の肩にのせる。気だるいしぐさで頭の位置を吉村の鎖骨にフィットさせながら、艶子の目が開いていく。
艶子は快楽を得た直後とは思えない、強い眼差しで毬亜を射貫いた。くちびるが挑発的に弧を描く。
驚くまでもなく、艶子は毬亜がここにいることは当然ながら知っていて、それどころか来るとわかっていて見せつけたのだ。
そう察することはできても、気分は少しも安まらない。苦しくてつらい。吉村が、妻となるはずだった艶子を抱いて、彼女が望むままに彼女の体内に快楽を吐いたのだ。
毬亜が望んでも叶えてくれないのに。
「そこに置いてちょうだい」
艶子はかすかに顎を上げてテーブルを示した。
「今日は……お邪魔、します」
やっとのことで声を出し、痞えながら挨拶をするのとほぼ同時に、艶子の下になった吉村が身動きをする。
吉村が毬亜を見て、どういう反応をするのか見当もつかず、自責であろうと残酷さを見せられようと、半分は何も知りたくない気持ちで占め、半分は嘘でもその場しのぎでもいいから云い訳を聞きたくてたまらない。
艶子を躰の上から向こう側へとおろし、躰の中心と、翼をおさめた腕を離しながら吉村が振り向いた。
「体調は問題ないか」
そこに驚いた様子はなく、交わしていたのはセックスではなく会話であったかのように、毬亜がここに来たときに定例となった、いつもどおりの質問をする。
毬亜はくちびるを咬んで首を横に振った。
吉村はベッドから脚をおろして立ちあがる。自然と吉村のオスに目が行った。弛んだそれは照明が当たって微小ながらも光を反射する。
目を上向けていくと、首まわりに身に着けたネックレスにマリア像のトップは見られなかった。さらに目線を上げると、毬亜の気持ちを読みとろうとするような眼差しに迎えられた。
その瞳が何か語りそうにした矢先。
「一月、貴方のがこぼれそう」
艶子が吉村の気を引いた。
「ああ」
艶子を振り向いてひと言応じた吉村はすぐに向き直り、「下で準備に入れ」と毬亜に声をかけ、背後へと視線を延ばした。
「謙也、連れていけ」
「はい」
邪魔者を連れだしてくれと云わんばかりにあしらわれた気がした。
みんながみんな、知っていて毬亜をこういう場面に遭遇させたのだ。
なんのために?
謙也は入るとき、ドアを開けるのに返事も待たなければ、なかの様子を知ったところで毬亜を連れだすこともなかった。ただ従っただけかもしれないが、だれの命(めい)によるのかはわからない。
謙也は吉村の右腕だ。艶子の命であるとしても、吉村に報告しないわけはなく、それなら吉村もまた承知のうえ、毬亜をこの場面に招いた。
なんのために?
その答えは出ないまま、宴ではいつにも増して毬亜は本物のラブドールみたいに意思に欠けていた。
京蔵は、吉村が云ったように母の身代わりに毬亜の処女を奪ったことで満足していたのかずっと眺めるだけだったが、今日はだれよりもさきにあの日以来はじめて毬亜を犯した。
ずっとだれかに犯されるのを見てきて知っていただろうに、毬亜が感じないことをいざ体感すると、京蔵は不満を抱いたようで、調教が必要だな、と普段ならおののくようなことを漏らした。
もうどうでもいい。そんな投げやりな気持ちに占められている。