愛魂〜月の寵辱〜

第3章 宴utage−不浄の烙印−
#3

 頂上に行きついた毬亜は倒れこむようにして台に片側の頬をのせた。
 ほかのどこにも触れずに胸を玩弄されて躰の中心が快楽に弾け、今度はお尻でもそうなった。
 いや、お尻のほうがずっと快楽の度合いは増している。そこに性感帯があるのかは知らない。けれど、二重に収縮反応が起きている気がする。それらが連動して、片方が片方の刺激を受けるという循環のなか、快感のピークは持続していた。体内の臓器がすべて快楽に侵されたようで、台から躰が浮いているのではないかというほど全身がびくびくと痙攣している。
「ん、ふっ、た……すけ、て」
 躰は疲労困憊して、呼吸することすらままならない。毬亜は口が閉じられずに、だらしなく唾液をこぼしながら救いを求めた。そうする相手は吉村しかいない。
 けれど――
「呆れた。やっぱりあの女の娘ね」
 予想だにしない声が割りこんだ。
「お尻で逝ってお漏らしまで? なんでもかんでも快楽に感じてしまうなんて信じられないわ」
 艶子が覗きにくると云っていたことを忘れていた。いつから見られていたのだろう。侮蔑を浴びせられ、毬亜の呼吸はすすり泣きに変わる。
「おまえも自分を解放してみたらどうだ? 薬物なしでなんの負担もなく多幸感が得られるぞ。ひと眠りすれば憑(つ)き物が落ちたように躰は軽くなるらしいが」
 口を挟んだのは吉村ではなく京蔵だった。
 その間に拘束を解かれたが、自分ではわずかも動けず、吉村によって仰向けに横たえられた。艶子の発言で冷水を浴びせられたように脳内から快楽は消え失せた。ただ、生理的な反応は続いていて、定期的にびくっと躰が波打つ。
「わたしを売女(ばいた)と一緒にしないで」
「それなら黙って見ていろ。おまえは自由にさせてやっているだろう。儂(わし)の楽しみに水を差すな」
「わたしは……!」
「わたしは、なんだ?」
 艶子は口を噤んでしまったが、ふたりは一触即発といった雰囲気に感じた。
 そして、毬亜はその会話が意外に傍で聞こえることに気づいた。
 首をまわすことさえ億劫だったが、声のする入り口の方向へと少し動かせば重力に従い、かくっと真横に向いた。そうした視界には、艶子と京蔵だけではなく、倉田たちの姿もあった。
「吉村さん」
 反対側にいる吉村に呼びかけた声は自分でも怯えて聞こえた。鉛の玉を転がすようにゆっくりと吉村のほうへ首をまわす。
 向き合うとその表情を見ることもなく吉村に抱えあげられ、毬亜はやっとのことで手を上げて甚平服の襟もとにしがみついた。終わったのかと一瞬期待したのに、躰が台の下のほうへとずらされただけで、吉村は服をつかんだ毬亜の手を簡単にほどく。ひどく冷たいしぐさに感じた。
「吉村さん!」
 じろりと睨むように見下ろされ、毬亜は警告を発せられた。助けを求めるなと云われたことを思いだす。
 今度は何があるの? あの人たちはもっと近くであたしの躰を見たがっているだけ?
 毬亜は心細さに襲われる。
 睨み合うようだった気配は、近づいてくる足音に掻き消された。
 吉村に抱えられたときの恰好のまま膝を立てていた脚がつかまれた。
 それは吉村の手ではなかった。
 膝を引き離され、腕が脚の下をくぐって手がまわりこんで腿をつかむ。毬亜の躰がずるっと下に引っ張られた。
「いやっ」
 尽きた力を掻き集めて背中から這いあがろうとするも、京蔵の太い腕には到底かなわない。
 なぜ?
 そんな疑問、あるいは絶望を思いながら、のどに熱い塊が痞えた。
 いつの間に部屋に入っていたのか、謙也が傍に来て、京蔵の肩から着物をずらし、取り去った。伏せた目に、母を犯したオスが飛びこんでくる。男根(ペニス)は大きさは吉村とそうかわらなく見えても、どす黒く、吉村のときにはなかった不浄の醜さを感じた。
 毬亜はそれで穢されるのだ。
 漠然と認識した。
 質量を誇示するように太い杭が秘部に押しつけられる。片方の脚が放されて台から落ち、すると、杭の先が秘部を撫でまわす。躰の生理的反応はまだおさまっていない。突起と膣口に擦れるたびに、躰が跳ねてしまう。
 それは意に適っているのか、京蔵は悦に入った含み笑いを漏らした。
「処女で犯されて逝く女はなかなかいないが。加奈子の娘であるおまえはどうだ? 儂を喜ばせてくれるだろうな」
 違う!
 毬亜は心底で無意識に叫んでいた。
 吉村は、毬亜を男のためにあると云った。けれど、毬亜が快楽に簡単に溺れたのは、そうしたのが吉村だったから。きっと。そうであるはず。吉村を喜ばせるためなら何をされてもいい。だから――
「ちーときついだろうがすぐ慣れる」
「いやっ、やだっ」
 逆らうことでどうなるのか、見当もつかない。そんな怖さよりも、毬亜は穢される怖さを感じていた。もう二度と戻れない。そんな絶望を。ずっと抱えて生き延びるすべを毬亜は持っていない。
「これだけ濡れておいて逆らうか。儂に背く奴は見たくない。が、まあいい。処女をいただくぶん大目に見てやろう」
 男根が膣口に当てられた。そして、押しつけながら口を広げていく。
「いやっ」
 躰をよじるも下腹部から下はどうにもならない。
 あ、あ……。
 ぐいと先端が膣口を裂く。指とは全然違う質量だった。
「やっ、裂けちゃう! 吉村さんっ」
 助けを求めちゃいけない。そう云った吉村しか当てにできなかった。
 吉村さんを当てにできないでだれが頼れるというの?
 脇に立つ吉村の表情は滲んで見えない。
「吉村さん、いや、怖いのっ」
「うるさい娘だ。まあ、躾はこれからだ。なあ、吉村」
「はい」
 吉村はためらうこともなく返事をした。
「楽しみだな」
 薄く嗤うと同時に、京蔵が体内に入った。
「いやあ――」
 短く悲鳴をあげたあと、毬亜は息を詰めた。くびれたところが無理やり口を広げたまま引っかかった状態で止まっている。
「吉村さん、助け、て。いや。こんなの、いや」
 息があがって途絶え途絶えに訴える。
 けれど、吉村は何も答えず微動だにしなかった。
「吉村に惚れたか。吉村にかかれば女はすぐ堕ちる。小娘ならなおのこと他愛ないな。だが、あいにくとおまえはこの丹破一家の、そして儂のものだ。吉村のものではない。なあ吉村?」
「はい」
「吉村さんっ」
 吉村を呼ぶことにいまでき得るかぎりの力を使う。無駄だとわかっていても。
 手を伸ばしかけたその刹那。
「い、やぁあ――――っ――んっ」
 不浄の男根は懲らしめるように痛みを強いて毬亜の砦(とりで)をこじ開けた。

 体内の襞(ひだ)一つ一つに裂傷を受けたような、こんなひどい痛みは経験したことがなかった。男根は女の躰を刺突(しとつ)する杭だ。動くことを恐怖させ、息をすることすら痛みを増長する。
 首をのけ反らせ目を見開いてはいても、なんの映像も毬亜の脳裡には入ってこない。
「処女はさすがに狭いな。濡れているぶんだけ、男根が引きつることはないが」
「うらやましいですなぁ」
「尻の穴は競りにかける」
「今日ではないと?」
「想像以上にこの娘はいい。録画したやつを見せたら乗ってくる奴もいるだろうからな」
「残念だ」
「楽しみはさきに延ばすほど喜びもひとしおだ。だれが射止めるかは無論、金次第だが」
 云いたい放題の会話がなされるのをよく気に留める余裕もない。毬亜はただ、この苦痛を早く終わらせてほしかった。
「さあて、儂の念願も仕上げにかかろうか。娘よ、加奈子の子供として生まれたことを幸とするか不幸とするか、それはおまえ次第だ」
 京蔵は、腕をまわしてつかんだ腿から膝の裏へと持ちかえた。その動きだけでも躰が萎縮して、毬亜は息を詰める。
「締めつけるな。抜けなくなるぞ」
 楽しんでいるのがありありとした声音だった。
 自分の躰のことでも、コントロールできるほど毬亜はそこの機能性を知らない。
 そうして膝の裏は上へと押しあげられていく。
 ふ、はっ。
 秘部が広がって、痛みの軽減すらできなくなった気がする。
「もう出してっ、ぁうっ」
 懇願するも、そう叫んだだけで張り裂けそうに痛んだ。
「女の躰は男に合うようにできている。儂のは人より多少大きいが、それがよくなる」
 よくなるなどない。快楽は跡形もなくなった。
「もう処女の壁はない。出ていくも入るも一緒だ。ほら」
 京蔵が躰を引いていくのに伴って傷ついた襞が引きずられる。男根の異物感だけが鮮明になった。出てしまう寸前、くびれた部分が膣口に引っかかる。そこで止まった京蔵は、そこから腰を押しつけてくる。
 呼吸を呑みこみ、息を止めた。こじ開けるような感覚はヴァージンであろうとなかろうと関係なく、痛みだけは感じる。男根はどこまで達するのか、さっきよりも奥に来たかもしれない。
 京蔵は互いの秘部を密着させると腰をうねらせた。生理的な拒絶反応と痛みとで吐き気を催す。のけ反らせたままの首と浮かせた背中もこわばり、痛みに変わりつつあった。
 京蔵は躰を引き、そしてまた奥へと穿った。
「あ、痛いっ……いや、もういやっ」
「処女のせいじゃなく、おまえの膣は狭いのかもしれんな。そのぶん、なかで逝く快楽を憶えたときが恐ろしいな」
 その言葉とは裏腹に、京蔵は興じた声で続けた。
「母親のセックスを見て女の喜びを知っただろう。おまえは、いずれは自分から欲しくなる。まずは男と女の役割を憶えなくてはな」
 そう云って京蔵はずるりと引いた男根をぐいっとめりこませる。
 あ、ぅうっ。
 吉村から快楽を与えられているときよりもずっと低音の悲鳴が飛びだす。
 ゆっくりでも速くても、苦痛はかわらない。京蔵は何度も襞を引きずりながら前後の運動を繰り返す。それがだんだんと速くなっていくと、母の姿が脳裡に映った。
 毬亜は、そのさきに待っているものに気づく。肉体の苦痛に絡みつくように不安が押し寄せた。
「ぐちゃぐちゃと嫌らしい音が立つね。痛いと云いながら感じてるのかな、マリちゃんは」
 吉村がつくりだした音を京蔵が掻きまわしているにすぎない。違う、と、歯を喰い縛っている毬亜にはそんな否定のひと言も発せない。
 ただぶつかっているだけの摩擦が、京蔵には快感になっているのか、出し入れの速度に合わせるように息切れし始めている。
「逝くぞ」
 たったひと言が現実を表し、毬亜を苛(さいな)んだ。
「いやっ、なかに出さないで!」
「ぬかすな。儂の念願だ」
 京蔵はぴしゃりと云いきり、それからは母にそうやっていたように、激しく、そして繰り返し、毬亜のなかをめちゃくちゃに突いた。実際は前後運動に加えてわずかに旋回する程度だろう。けれど、慣れない毬亜にはめちゃくちゃにしか感じない。奥に当たるたびに痛みだけが積みあげられていく。
「子宮に当たってるだろう。ここが気持ちよくなる。まずは、儂が最初の男だという、烙印を残さねばな」
 突く合間、途切れ途切れに京蔵は云い散らす。
 躰は浅く深く突かれる都度ゆさゆさと揺らされ、髪が擦れて痛む。つかまれた膝の裏も痛む。全身が軋んでいた。
 もう終わって。それだけを望むなか、毬亜は、感じないぶんだけオスの変化をくっきりと感じとった。びくっと京蔵の男根がうごめいた一瞬後、咆哮と同時に最奥に熱が叩きつけられる。京蔵が云ったそのまま、毬亜はそこに不浄の烙印を押されたのだ。
 なおも腰を打ちつけられ、躰が揺らされる。体内に染みこんでいる気がした。
「いや……」
 それは声になったのかどうか、わからない。
 京蔵が満足げに深い息をつき、体内から這いずるように出ていった。
 ぅくっ。
 無理やり開かれていた膣口が閉じていくのにも痛みを覚えながら、体内では京蔵が放った精でひりつき、本当に火傷をしたように感じた。
 持ちあげられた膝の裏から手が離れても、毬亜は別の痛みに襲われそうでそのまま動かすことができない。
 脇に来た京蔵が毬亜の顔を横向けて腰を突きだした。
「娘、よかったぞ。おまえは幸運だ。男の喜ばせ方を学べばもっと価値は上がる。借金も早いうちに返しきれるだろう。おまえの愛液と処女の証しと、儂の精液(スペルマ)のミックスだ。憶えておけ」
 挿入のまえ独りでに起っていた男根は、ひとまわり小さくなって京蔵の手で支えられている。ピンク色の粘液が薄らと目についた直後、男根の先端が、むせるような香りと一緒にくちびるに押しつけられた。まるでリップをつけるときのように粘液を塗りつけられる。
 それは、主人と奴隷という立場を植えつける行為にほかならない。
 毬亜にとっては、価値など下がることはあってももう上がることなどできない。
「吉村、クラブはやめさせて、しばらくラブドナーで働かせろ。本番は法度(はっと)だ。病(やまい)を持ちこんでもらってはかなわん」
「はい」
 謙也に着物を羽織らせられた京蔵は身をひるがえした。
「あとは吉村の指示に従ってもらいたい。競りの際は、声をかけさせてもらう」
「いいものをご紹介いただきましたよ」
「まったくだ。後日、楽しみにしています」
 そんな会話のあと、戸の開閉音がするまで部屋は毬亜の泣き声だけが目立った。

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