BACKDOOR|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜

終章 永久不滅のプレゼント

 

『健朗へ
 九年前にサンタさんがわたしにくれたプレゼントに敵うものはないよ。サンタさんへのお返しは何がいいかなってずっと考えてた。やっと見つかったの。わたしからのプレゼントは目の前に届けたよ。
 ふたりのことはちゃんと見てきたつもり。健朗がいちばん素になれる場所だって思ってる。生ものだから大事にしてね!
 わたしは健朗のサンタになれたかな?
 Happy Christmas for You! with my Prayer.
姫良より』

 そんなカードをもらったのは六年半前のクリスマスイブ。“目の前”にいた結礼が、姫良から預かって健朗に渡したものだ。
 カードにあった“九年前”というのはもう十五年半前になるが、姫良と紘斗のために健朗はサンタになった。何があったかは割愛するが、六年半前、お返しに健朗は姫良というサンタから永久不滅のクリスマスプレゼントをもらったのだ。

 スキャンダラスな聖夜、ライヴのあと日付が変わるまえに慌ただしく婚姻届を出してきた。
 それから半年、ツアーなどで家を空けないかぎり、健朗の視界では結礼が絶えずうろつく。それはすっかり当然の光景になった。
 聖夜翌日、つまりクリスマスの日に簡単に引っ越しをした新婚一日め、結礼は健朗のマンションに自分のものがあることに痛く感動していた。それくらいのことで、と思うが、それが結礼らしく、健朗はペットを愛でるような気分で片づけている姿を眺めていたかもしれない。
 メイド仕様は変わらず、健朗がいると、動かずとも命令が下るまで待機しているという緊張が窺える。例えば、“伏せ!”とやはり犬に対するように、じっとしてろ、と云い渡さなければならない。まあ、そう命じれば、健朗の傍でくつろいでいるから、それはそれで可愛い。――というのは口が裂けても云わないが。

 一方で。
 バカと呼ばれたい!
 などと風変わりな熱望を伴って、聖夜のスキャンダルはしばらくの間、世間を騒がせた。
プロポーズくらいなら一カ月もたてば立ち消えるスキャンダルのはずが、ライヴ直後から衝撃発言はSNSで拡散され、まさに恥曝し(スキャンダラス)な話題となって――
 お子さん、楽しみですね!
 と、マスコミ人に遭遇すればそう云われる始末だ。
 航のせいであり、延いては結礼のせいだ。
 FATE擁護者の政経ジャーナリスト、高橋は、協力してやっただろ、と永倉さと美の粗探しについて健朗が依頼した件を恩に着せ、プロポーズの一部始終を記事にしたから静まるものも静まらない。
 半年をすぎて、聖夜のベイビーは不発だったことがはっきりすると、やっと取材陣に追われる事態も沈静化した。

「子供、いつ生まれるんだ?」
 と、デリカシーの欠片もなく蒸し返したのは、幼なじみの弥永聖央だ。
 聖央はプロのサッカープレイヤーとしてイングランドのプレミアリーグで活躍している。五月でシーズンが終わり、妻の亜夜、そして二人の子供たちを伴って帰国したのは、六月に入ったばかりの四日前だ。
「結礼の前ではNGワードですよ」
「だから、おまえに云ってる」
 聖央はしゃあしゃあとして放った。
「見ればわかるでしょう、まだ未定のことですよ」
 健朗のマンションは久しぶりに子供たちの声が飛び交ってにぎわっている。拙い言葉も笑い声も、住み処自体をファミリーといった雰囲気に変えた。
 姫良たちの子供だったり、FATEにも戒斗と高弥のところは子供がいて、まだ小さいが、たまに家族で訪れる。そのなかに混じって結礼が子供と戯れていると、自分の家族という未来が覗ける。
 それはそれで楽しみだが、心底からそれを望んでいるかと問われればどうだろう。避妊してない、と公言したとおり、生まれてもいいとそう思っていたわけだが、その実、健朗はちょっと複雑な気分だ。

「健朗、デビュー前、入れ替わり立ち替わりで女いたよな」
「人聞きの悪いこと云わないでください。それなりに真剣でした」
 それは嘘ではない。結礼が薄々感づいていたとおり、叶うはずのない異母姉の姫良に恋したり、聖央のものとわかりきっていた亜夜に恋したり、彼女たちのためにわりと尽くしたことはある。思うに、だれかに――姫良の場合は紘斗に、亜夜の場合は聖央にという、ひたむきな彼女たちみたいなカノジョが欲しかったのだ。結礼が“目の前”にいてそう気づいた。
 それまで、健朗に取り憑いた福沢諭吉の背後霊が見える女ばかりで叶わなかったのだ。福沢諭吉なんかに負けてたまるか、と無謀でもありばからしくもある勝負を挑み、ごく身近にいた結礼が勝利をもたらした。

「報われる相手を探していただけです」
 健朗が亜夜に惹かれていたことは聖央も知っていて、よほど“亜夜ちゃんみたいな”という言葉を付け加えようかと思ったが、聖央の報復で結礼に知られるような事態も考えられ、やめておいた。ヒーローが失恋など、ばつが悪いことこの上ない。
「まあな、わからないことはない。おれ、亜夜しかいないし」
 聖央は平然と惚気た。亜夜が生まれてからふたりが始まっているとしたら、恋歴二十七年という聖央には一生追いつけない。
「相変わらずひと筋ですね」
「おまえもだろ。おれやFATEんとこに連れてきた女って結礼ちゃんが最初だった。結局、最後になったわけだ」
 からかったところで、聖央には効力がなく、逆に健朗のほうがからかわれてため息をつく。
 聖央はがさつなくせに素直で――
「結礼には気を遣わなくてすみますから」
 と云う健朗は品行方正でありながらひねくれている。
 それは聖央も承知するところで、健朗らしい唯一無二宣言に声を出して笑った。

「けど、結婚するまでなんで六年もかかったんだ?」
「理由は単純ですよ。FATEでフリーなのは僕だけでした。人気商売でもあるし、活動休止とか大学とかあって、いろいろ頃合いを見てました。結礼も学生でしたから。そろそろと思った矢先にトラブルがあって手間取りましたけどね」
「なるほど、おまえらしいな。新婚旅行はどうするんだ? 一昨日の披露宴の様子じゃあ、世界一周しかねない感じだけどな」
 政財界やら芸能界やら、ゲストがおよそ五百人という披露宴は健朗も気が進むわけではなかったが、結礼はもっと気が引けて――それどころか緊張のあまり倒れそうになっていた。ようやく終わって、昨日一日はぐったりと寝こんでいる始末だ。今日はすっかりもとどおりで、午後からやってくる聖央たちのためにケーキやお菓子を買いにいったり、掃除をしたりしても疲れた様子はない。
「新婚旅行というより、海外ツアーに同行させてほしいそうですよ」
「欲がないな。っていうか、ギタリストのおまえを全面的に受け入れてるんだよな。仕事とわたしとどっちが大事なのって、比較にならないレベルの選択を迫る女がいるらしいけど、そういんじゃなくてラッキーだ」

 ずっと曖昧だったFATEの価値は、クリスマスプレゼントをもらった日に健朗のなかで永久的に確立された。不覚にも自立したときは忠実な飼い犬を置き忘れてきたが、それを手に入れたと同時に捨てられないものがあると気づいた。それは結礼のことだけでなく、音もそうだった。商社マンの道を捨てたときにもサッカーを捨てたときにもなかった、音を捨てることへのためらいは即ち、捨てられないものだからだ。無性にギターを弾きたくなったのは鮮明に覚えている。

「自分も、でしょう。よく堂々と惚気られますね」
「おまえみたいに気取った家で育ったわけじゃないし、いまさら隠してどうするんだ」
 聖央は笑い飛ばした。
 実際はそう気取った家庭でもない。その証拠に、結礼との関係に口出ししたことは一度もない。正確に云えば、一度だけ口を出したのだが、それは結婚をしろという後押しで、結礼を拒絶したことはない。健朗は、気取っていない貴刀家を取り巻く、おべっかの達者な人々によって品行方正な坊ちゃんに仕立てられたのだ。
 その反動で、この期に及んでも結礼にやさしい言葉の一つもかけられないというディレンマに陥っている。

「けんろー」
 ふいに舌っ足らずで名を呼ばれ、声がしたほうに顔を向けたとたん、ぱたぱたと走ってきた小さな躰が健朗に体当たりした。子供たちは、最初は人見知りがちだったが、二時間もいてすっかり慣れたようだ。
「なんですか」
「ぎたー、ぎたー」
 もみじの葉っぱみたいな手が伸びてギタースタンドを指差す。つまり、ギターを弾いてくれということらしい。
「わかりました。ほら、どいてください」
「健朗くんて、子供にも丁寧だね」
 亜夜がからかう。
「持って生まれた性格は簡単には変えられませんよ」
「そう? 健朗くんがどんな父親になるのか興味あるんだけど。子作り宣言はとっくにしてるわけだし、結礼ちゃんも欲しいみたいだし、早く見たいかも。ね、セーオー」
 と、亜夜までもが聖夜ネタを持ちだす。
 亜夜の向こうでは、自分に災難が降りかかると思っているのだろう、結礼が首をすくめた。
「健朗には健朗の思うところがあるんだろ」
 聖央がフォローしたのは建て前で、その実、亜夜と一緒になって煽っている。
 結礼の警戒心には応じてやるのみだ。、あとで襲ってやる、と健朗は誓いにもならない誓いを立てた。


 ミザロヂーから用立てた夕食を一緒にすませたあと、イギリスに発つ前にまた会うことを約束して聖央たちは帰っていった。
 結礼が片づけと明日の準備をしているうちに健朗はシャワーを浴び、健朗がギターの手入れをしている間にシャワーを浴びて結礼がリビングに戻った。
「今日はにぎやかでしたね。すごく静かになった気がします」
「子供が欲しいって?」
 結礼は飛躍した言葉に目を丸くした。
「そんなつもりで云ったわけじゃなくて……」
「じゃ、欲しくないのか」
「そんなことありません。クリスマスにできてなくってがっかりしたこと、知ってますよね……?」
「おまえ、相変わらずバカだな。できてたら最悪だろ。子供には一生、生まれた日じゃなくてドッキングした日が付き纏うんだからな。おまえだってそうだ。妊娠してないってわかるまで、どうしようって赤くなったり蒼くなったりしてた奴はだれだ? 一昨日の披露宴で腹が大きかったらどうだった? 語り種にでもなってみろ、おまえ、羞恥死するかもな」
 結礼は意外だといった様子で、さらに目を大きく見開く。
「だから健朗さん……ずっと避妊してたんですか」
「こういう気の利くマスターで、ありがたく思え」
「いつも思ってます」
 即座に帰ってきた。「やっぱり健朗さんはヒーローです」と綻んだ顔に嘘や飾りはない。健朗はため息をついた。

「健朗さん?」
「けど、おれは……おまえには気の利いたことが云えない」
「気の利いたことって……何が云えないんですか?」
 結礼は邪気のないきょとんとした顔で健朗を見上げた。聖央の云うとおり、結礼には欲がない。健朗は顔をしかめた。
「好きとか嫌いとか、そういうことだ」
 ぶっきらぼうに放つと、結礼はしばらく宙を見て思考回路をフル稼働していた。そして。
「嫌い、は要りません」
 結礼はごく真面目な顔できっぱりと訴えた。「でも」と続ける。
「わたしは健朗さんが好きです。健朗さんが結婚するって云ってくれて、わたしはずっと傍にいられます。そうしてくれたことが健朗さんの気持ちだと思ってます。それ以上に望んだら罰が当たりそうです」
 こんなふうに見返りを求めない結礼と、マスターの自分と、どちらが優位なのか。
「生意気だ」
 思わず飛びだした言葉が答えでもある。

 結礼は、なぜそう云われるのかわかっていないようだが、ぎょっとしたようなびっくり眼を見れば、呪文はなくともオトナのスイッチが入ったことはわかったようだ。
 健朗は結礼に近づいて素早く裸に剥くと躰をすくいあげる。結礼にとっても健朗にとっても抵抗は論外で、結礼は首もとにしがみついてきた。
「今日はチャンスな気がします」
 何がチャンスなのか、訊ねるまでもないが。
 ベッドルームに行って結礼をベッドにおろした。
「おれは正直、もう少し子供はさきのほうがいい。子供の前で、おまえをバカって云うわけにはいかないだろ」
 健朗のガキっぽい云い分に結礼は少し考えこむように顔をしかめ、それからどう答えを見いだしたのか、曇り空が晴れるように笑みを浮かべた。

「自分の子供の前でも品行方正ですか。でも、そうしたら気の利いたことが聞けるかもしれません」
「なんだそれ」
「子供がパパにママのこと好き? って訊くかもしれません。わたしは聞き耳を立ててます」
「まさか子供に云わせる気じゃないだろうな」
 服を脱ぎながら目を細めて脅すと、結礼は悪戯が見つかったみたいに目を逸らした。そうして、すぐに目を戻した。いいことを思いついたような面持ちだ。
「わたしが云わせなくても、健朗さんが子供に伝言を頼むっていう方法もありますね」
 なるほど、そうきたか。悪くない。けれど。
「やっぱり生意気だ」
 健朗はベッドにあがり、結礼の躰を跨いで伸しかかった。
「手加減しないからな」
「はい、健朗さま」
 充分その気な応えが返ってきた。

 健朗は唸りながら、結礼のくちびるをふさいだ。舌を絡めとり吸着する。結礼の息があがるのにそう時間はかからず、ふくらみを鷲づかみにして揺らせば躰をよじるように動かす。健朗が躰の中心を合わせると、結礼の躰がうねる。ふたりは刺激が刺激を呼ぶという循環に嵌まった。体勢も刺激も変わらないのに、感度だけが上昇していく。躰の中心でぬるりと慾が滑るのは、結礼がこぼす蜜のせいか、それとも健朗自身が分泌しているせいか。
 どちらでもいい。無駄な考えを放棄して、飢えたように結礼の躰を貪る。手のひらに当たる、硬くなった実を摘まむと、結礼は健朗の口内へとくぐもった悲鳴を吐く。ぷるぷると躰がふるえ、その反動で、健朗の慾が結礼のなかにうずもれた。好機到来とばかりに健朗は腰を結礼に押しつけた。掻き分けるようにして熱のなかに潜りこんでいく。

「ん、ああっ」
 くちびるを放したとたん、結礼が嬌声を放った。健朗は結礼の膝の裏を腕に抱え、折り畳むように上体を重ねながら、中心を深く貫く。ベッドに肘をついて自分の躰を支えつつ、結礼の躰をがんじがらめに縛った。合わせた最奥から痙攣が走り、健朗の快感を刺激した。
「健、朗さ、まっ……」
 甘くもやさしくも云えないが。
「結礼、おまえがおれのもんだってのは、永久に、不滅だ」
 誓いの言葉くらいならお安い御用だ。
 真の意味はちゃんと通じていて、はい、と結礼の手が縋るように健朗の首に巻きつく。
「も……だ、め、ですっ」
 結礼の躰が怯えたようにびくっと跳ねる。けっして怯えたのではないとわかっているが。
 ヒロインのピンチには頼まれなくても現れる。それがヒーローだ。
 かぼそい躰の下に腕をくぐらせ、健朗はすくうように結礼を抱きしめた。

− The Conclusion. − Many thanks for reading.

BACKDOOR

あとがき
2017.1.30.【オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜】完結
バンドFATEのメンバー4人目、生まれも育ちもいいギタリスト健朗の物語。
ほかの物語との時系列の問題あり、そのうえ、ふたりの事件だったり転機だったり一大イベントもスパンが長いだけに難しいところありましたがなんとかまとめられたと思います。
健朗のガキっぽい反動形成ぶり、書くのは楽しく、同じように読者の方にも楽しんでいただけたのなら幸です。
奏井れゆな 深謝