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DOOR|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜
それは夏生結礼(なつきゆらい)が高校二年生だったクリスマス。昼間、晴天だったわけでもなければ、星も出ていない冬の夜空に青天の霹靂(へきれき)。ヒーローにまるごと食べられた。
*
「結礼、健朗(けんろう)に届け物があるの。頼んでいい?」
唐突に貴刀(たかとう)健朗宛のクリスマスカードを手渡された。結礼は首をかしげる。
「クリスマスカード?」
「それとお料理もね。外食ばかりじゃ躰に悪いでしょ。麻美子(まみこ)シェフの家庭料理は素朴だけど絶品で躰にもやさしいし……」
夏生麻美子は結礼の祖母であり、シェフと名乗れるような資格は持たない。吉川姫良(よしかわきら)特有の、親しみと尊敬を込めた呼称だ。中途半端に言葉を切った姫良は、おどけたしぐさで首をすくめた。
広すぎる洋館のなか、日常的に使われるダイニングルームは、客を招き入れても違和感のないほど優美な様だ。レースのカフェカーテンがかかった窓を背後にしてダイニングテーブルの椅子に座った姫良は、その優美さに溶けこんで似合っている。
もと華族であり屈指の財閥だった貴刀家の洋館は、結礼が生まれるずっと以前、昭和四十年代に建てられたらしい。戦後の財閥解体によっていったん一族は弱体化したが、一から立て直し、再び頂点へと伸しあがったという。そんな経緯があるからか、その名のごとくプライドは高貴で時代を見通す鋭さを持ち、廃(すた)れることなくここまで続いている。
姫良は現在の貴刀家の主、貴刀一成(かずなり)の娘であり、幼い頃はここに住んでいたのだから似合うのも当然だ。
結礼にしろ、産まれたときから貴刀家は第二の家のように慣れ親しんだ場所だ。それなのに、自分には似合わないと思う。貴刀家とともにあり、長年仕えてきた夏生家としての身の程が遺伝子レベルで染みついているのかもしれない。
主人の帰りを待つ犬のようにしばらく待ってみても、姫良が続きを喋る様子はない。結礼は再び首をかしげた。
「姫良お姉ちゃん?」
すると、姫良はわずかにテーブルに身を乗りだす。
「健朗がいなくなって清々(せいせい)した?」
傍にだれがいるわけでもないのに、ひそひそ話をするように姫良は声を落とした。
結礼は一瞬、意味を把握できなかった。姫良は清々するという言葉を履き違えているのかと思うほど、結礼にとって健朗がいなくなったこととは相容れない表現だった。
結礼はびっくり眼(まなこ)のまま急いで首を横に振る。
「清々なんてしてない」
「ずっと無視されたり、態度悪かったり、結礼はひどい目に遭わされてたでしょ?」
姫良と健朗は六歳差の異母姉弟だ。姫良の実の母親、紗夜(さや)は幼い頃に病気で亡くなっている。後妻、早苗(さなえ)との間に健朗が誕生してまもなく、姫良は母方の実家に引き取られて遠野(とおの)を名乗っていた。いまは結婚して吉川になった。
そんな状況下、健朗と結礼が一緒にいるところにそう居合わせたはずもないのに、姫良はよく見ている。
「違うの!」
とっさに否定したのは、もしかしたら結礼の願望にすぎないかも知れない。確かに無視されることは多いし、態度がいいとはけっして云えない。けれど、本能が感じているのは、ひどい目に遭わされているというよりも、かまわれているという感覚なのだ。
「ほんとに?」
結礼はこっくりとうなずく。
「なんとなくさみしいだけ」
「なんとなく、ね。そうだよね。健朗は部活とかバンド活動とか、いまは売れっ子の芸能人だし、家には寝に帰るくらいだから、そう会うこともなかっただろうし、家を出ていってもそう変わらないね。今日もクリスマスライブでしょ」
「ううん。家に帰ってくるってわかってたときといまは全然違う」
「やっぱり、さみしい?」
結礼は姫良の質問におずおずとしてうなずいた。
「よかった。じゃあ、また電話するからあとでカードとお料理を届けてね」
姫良は可笑しさ半分、にっこりと笑顔を浮かべた。
さみしいのがどうよかったと繋がるのか。意味不明のまま、結礼の弟、大智(だいち)に遊んでもらっていた姫良の一姫二太郎がやってきて、三人で一緒に帰っていった。