Sugarcoat-シュガーコート- #1
第1話 Find up -1-
ドン――ッ!
躰に振動が伝わるほどの音とともに花火が上がり、うわぁーっ、という歓声が屋内の会場にこもった。前方のステージ上は花火の煙が充満し、幕の役割をするかのように人を隠す。
二千人ほどの観客席は二十代を中心とした人で埋め尽くされ、ステージが終わりを演出しても、余韻を楽しんでいるかのように立ち去る人は疎らだ。
やがてステージ上の煙がとれると、観客を見事に一つにした主役たちの姿は消えていた。それを確認した観客は流れるように出口へと向かいだす。
そのなかで独り、一階席の後部にいた少女は再び座席に腰を下ろした。
この位置からはせっかくの主役たちの姿も、カラフルチョコでコーティングしたピーナッツにしか見えない。画面越しではなく、直に見てもステージまでは遠すぎる。どんな表情なのかさえつかめない。
まだ……迎えにきてくれないんだ。
八掟叶多はそっとつぶやいた。
約束。
おれがやるべきことを見つけられて、それまでおまえの気持ちが変わらなかったら迎えにいってやる。
変わることなんてないのに。どんなに幼くても。それくらい……。
ずっとどこにいるかわからないまま待ち続けて、見つけたのはテレビの中。
その瞬間、叶多の瞳から涙が零れた。ずっと見たかった端整すぎる顔が、不細工に歪むほど滲んだ。
ただでさえ、遠く離れていた存在が余計に遠くなった気がした。
見つけたんだ、やりたいこと。
あたしの大好きな人。
有吏戒斗は“FATE”という場所にいた。
デビューから二カ月しか経っていないのに、あっという間にバンド、FATEはその知名度を全国に広げた。戒斗は“戒”というステージネームでベースを担当し、尚且つリーダーとして活動している。
テレビではじめて目にしてから、一カ月待っても来てくれない。
一カ月って短いのかな。長いのかな。
会える方法をずっと探していた。
そしてたどり着いたのはここ。
即完売になりそうな気配のチケットを手に入れてやってきたものの、会える方法なんてなかった。
父、哲は戒斗の居所を知っているはずなのに、戒斗から命ぜられるままに教えてくれない。
なぜ父は弱冠二十三才――まもなく二十四才の戒斗の命を忠実に守るのか。
二年前、叶多ははじめてその実情を知った。
教えてくれたのは十二才年の離れた異母兄である、織志維哲だ。
あまり記憶がないほど叶多が小さい頃、維哲は八掟の家で一緒に暮らしていたけれど、いろんな経緯があっていまは別のところに独りで暮らしている。
維哲は叶多のことをいつも気にかけていて、度々連絡をしては近況を報告させる。
戒斗と約束をしたのは五年前。
十三才という、まるっきり子供だった叶多の想いを、まもなく十九才になる戒斗は所詮、子供の気紛れだと高を括っていたんだろうか。
三年後、待っていることに耐えられなくなって維哲に戒斗のことを打ち明けた。
『へぇ、あいつがそう云ったのか』
電話越しの維哲の声からおもしろがっている様子が窺えた。
「もう戒斗なんて知らないっ! あたしの友だちはカレシいるよ? どうして待つ必要があるのかわかんない!」
『戒斗がそう云うんだから、おまえは黙って待ってろ。嘘を吐く奴じゃない』
「……学校の先輩に告白されてるの。付き合っちゃおうかな」
『叶多……』
「だって、おばあちゃんになって迎えにきてもらっても嫌だし」
『立場上、卑怯なことをできない奴だ。おまえがそいつと付き合ったら、おまえの本音がどこにあろうと、そういう意思だと尊重して戒斗は手を引くぞ』
「……立場上……って何?」
…………。
叶多が鋭く言葉をつかむと、維哲は困ったように黙りこんだ。
「お兄ちゃんっ?」
『単純思考のお嬢さま女子高生だって思ってたけど、おまえもやっぱ有吏末裔だよな』
「何それ?!」
『誉めてんだよ。重要ポイントを聞き逃さないところ』
叶多が攻撃しかけると、維哲は笑いながら感心したように云った。
『あんまり詳しくは話せないけど、戒斗がそういう気持ちを持ってるんなら、おまえもある程度は知ってもいいだろ。おまえ、有吏の家をどう思う?』
「どう思うって……すっごくおっきい!」
『はっ。やっぱ単純な答えだ』
維哲は鼻で笑った。
「何?!」
『怒るな。戒斗のためにも、おまえはそのくらいでいいんだ。とりあえず、大まかなところだけは教えとく。あとはいずれ、戒斗が話すだろう』
そう云って維哲が語ったことは、叶多には大まかすぎてよく理解できていない。
よくわかっていない叶多が説明するとこんな感じだ。
特殊万世一系の一族の長、有吏という本家を軸に、そう多くないものの全国に散らばった分家。八掟家も分家の一つ。
何をやっているのかは教えてくれなかったけれど、秘密裡にやっていることがあるらしく、いわゆる秘密結社のような一族。
八掟の役割はその名のとおり、八つの掟の番人。その八つの掟というのが何を指すのかも教えてくれなかった。
叶多はそれまでずっと、普通に近いちょっと裕福な家庭に育っていると思っていた。
どの程度の地位にいるのかは知らないけれど、父は法務省で働いている。
思えば、外で仕事を終えて帰ってきた父を訪ねて、普通というよりは異常に客の出入りが激しい。公務員が時間外で働くほど仕事熱心だとは思えない。
ということは明らかに父は何か別のことをやっている?
その度に叶多は二階の部屋へと追いだされる。
高校三年生の叶多より三才下で、青南学院の中等部最上級生になった弟の頼は、最近になって同席することもあるのに。
この頼も考えてみれば普通じゃない。
維哲が云うには、有吏家においてそういう教育を受けているらしい。
へんに物知りで、悟りを啓いたように大人びていて、そのせいか、いつも叶多のことをバカにしたような目で見る。
よって話がまったく合わない。
母、千里はすべてを知っているのかどうか、同席することもなくお茶を出したり、リビングでくつろぎつつも、呼ばれればいつでも動けるように待機している。
有吏家は分家にとって絶対で逆らうことができない。
戒斗はその有吏家の次男だから、父は若輩であっても戒斗の命に背くことはしないのだ。
でも、そんなのはどうだっていい。
あたしは戒斗に会いたい。お喋りがしたい。
誰に向けているかわからない眼差しも声もいらない。