魂で愛する-MARIA-

第6話 摧頽(さいたい)(みだ)りに淫ら−

# 35

 おれがおまえを抱くことはない。
 一週間まえのその言葉は、ラブドールとして抱くことはしても、女として抱くことはない、とそんな意味なのだろう。
 最後に、なんて云わなければ男と女として繋がれただろうか。
 その時がくるまで生き延びなければ、吉村に抱かれたいというあたしの願いは叶わない。
 けれど、いま目にしている光景を見るとわからなくなってくる。

 いつものようにだれかしら男にお尻を洗浄されて、地下の部屋に連れられてくると、台の上には先客がいた。寝かされていた彼女がぱっとあたしを振り向き、するとクラブで働いていた二十代そこそこの女性だとわかった。
 嫌、とそう悲鳴をあげて彼女が訴えるのは吉村だった。
 吉村はあたしを一瞥しただけで、彼女に目を落とし、悲鳴は無視したまま脚を黙々と固定した。

 それから始まったことは、台の上にいるのがあたしではなくて彼女だという、八カ月まえとの違いはそれだけかもしれない。些細なことで違いを云えば、見物人は隣室ではなく同じ部屋の隅でふんぞり返っていることだ。

「娘、どうだ、吉村の調教が懐かしいか?」
 広げた脚の間にあたしを座らせた京蔵が、すぐ背後から耳もとで問う。なんと答えても詮索をされそうで、あたしは首を横に振った。
「吉村は女を甘やかすのがうまいんでな、奴にかかったらどの女も同じ反応を示す。おまえは幼く、処女だったぶん、吉村が特別な存在であってもおかしくはない。だがどうだ? 吉村にとってはおまえもあそこで啼く女も、やはり変わらんのではないか?」
 京蔵はまわりくどく、あたしの気持ちを吉村から引き離そうとしている。それだけあたしの気持ちは見え透いているのだろうか。
「儂が大事にしてやる。こう見えても一途でなぁ。今日限りで、おまえはあそこから解放される」
 その言葉に釣られて部屋の真ん中を見やった。

 うつぶせにされた彼女は腰を高くあげ、くねくねと揺らしている。全身がぶるぶるとふるえていて、そして、もう何度めだろう、彼女は甲高く悲鳴をあげたかと思うと腰をがくがくと揺さぶった。吉村は容赦なく、逝っているさなかでも膣内に入れた指をうごめかしている。
 いやっいやっいやっ、もう死んじゃうっ。
 その感覚はわかる気がする。けれど、彼女に同情するよりも、あたしは吉村がいまどういう心境でいるのかということのほうにばかり関心がいく。やっぱり、吉村がほかの女に触れるのは理解も受け入れることもできなかった。

「底なしで逝けるんなら早く稼げるぞ。尻の穴もそうなら倍だ」
 吉村はあたしに云ったことと似たようなことを云う。

 あたしも、彼女も、同じなの? あたしが勘違いしているだけ?
 頭がうまくまわらない。せめて、あたしが彼女に成り代わればいい。ばかげたことを思う。

 京蔵の手があたしの太腿をつかんだかと思うと持ちあげて、高座椅子の袖に膝の裏を引っかけさせた。もう片方の脚も同じようにしながら、京蔵があたしの耳たぶを咬む。ぞくっとしたふるえが全身に及んだ。
「逝きやすい女のようだが、処女で潮を吹くほどアレ以上に感じるおまえには劣る。処女喪失がショックだったようだが、もう自ら男が欲しくなるような目合ひ(まぐわい)の憶え時であってもいい。儂はな、感じる女が好きだ。そろそろ具合もいいだろう」

 京蔵は背後からあたしの胸をそれぞれにすくい、親指でチクビを弾く。
 ぁんっ。
 かろうじて嬌声にはならなかったけれど、呻いた声は露骨ではないかと怖れた。いま、あたしの心と躰は切り離されようとしている。
 京蔵の手は離れ、背後で動く気配がすると、何かがかっちり嵌まったような乾いた音がした。再び胸がくるまれると、ぬるぬるした感触がする。滑りやすくするローションはいつも使われる。けれど、塗りこめられる間、今日はいつもと違って胸の奥に灯がともったように感じた。
 チクビが軽く潰すように擦られると、躰が勝手に感じて何度も胸もとがびくっと跳ねる。

「効いてきたようだな」
 悦に入ったつぶやきが耳に届く。

 効いてきた“それ”はなんだったのか、あたしが飲んだのは栄養剤などではなく薬物であることは確かだった。台の上で彼女の調教が始まったときに、飲め、と京蔵から差しだされたのだ。首を横に振ったあたしが、その目に降参するまでそう時間はかからなかった。中毒になるものじゃない、と京蔵は云い、それが逆に、いかがわしい代物(しろもの)だと明らかにした。
 いまそれが体内に浸透したのだろう、京蔵に対する生理的な嫌悪感をなくして、かわりに感度を上昇させていた。
 京蔵の手が、ふくらみの麓から丘へとしぼるように動き、チクビを刺激して離れていく。繰り返されるうちに目のまえの光景が脳裡に映らなくなった。

 声が出ないように堪えるのが精いっぱいというなか、京蔵の右手が脚の間におりていく。高座椅子は体格のいい京蔵が座っても幅に余裕があった。袖に引っかかった膝を縮めることはかなわず、めいっぱい開脚させられている。そんな無防備な場所に京蔵の指が添った。
 あっ。
 今度は声がはっきり飛びだす。幸いにして、彼女の嬌声があたしの声を隠したが、それ以上が漏れないようくちびるを咬んだ。

 京蔵は花片を開くようにしながら下へと指を進め、膣口をぐるぐると這った。
「ぐっしょりだな。あの女を見て感じたか。それとも、吉村を思いだしたか」
 あたしは激しく首を振った。
「恥ずかしがることはない。云っただろう、感じる女が好きだとな。噴いていいぞ」
 京蔵の声には悦楽が滲む。感じたくなどない。けれど、躰にともった灯を消すすべをあたしは学んでいなかった。

 あっふっ。
 吐息紛れの声を漏らした直後、京蔵は花片の先にある突起に触れた。
 ああっ。
 思いのほかそこは敏感になっていた。
 あたしの声が注目を引いたのか、ふと、しんとした空気に気づいたけれど、目は開けられない。しどけなく京蔵に躰を預けているのに、その先にいる吉村とどんな顔で向かえばいいのだろう。目を閉じていれば、せめて失望と向き合わなくてすむ。

 ただ、目を閉じたぶんだけ、京蔵がもたらす快感が脳内をも犯した。心と躰はけして切り離されていない。脳までもが快楽を求めている。
 指は突起をさらに剥きだしにして、神経を空気に晒す。そこが揉みこまれて腰をひくつかせる一方で、漏らしそうな感覚がひどくなる。
 感じたくない。そんな意思はあったはずが、薬のせいだろう、あたしはそのままを受けとめていた。そうなればさきは見えている。
 部屋に響く悲鳴が、あたしと彼女、どちらの声なのかすらわからなくなっていく。限界だった。京蔵の指がそこを引っ掻くようにしながらうごめいた。
「あ、っだめっ!」
 わずかに放出したあと、いったん止めようとしてみたもののかなわず、音が立ちそうな勢いで迸った。
 びくつく躰は快楽を得た証拠であり、恨めしく思いながらももうどうしようもなかった。
 収束しないうちに京蔵は体内に指を忍ばせ、ますます煽ってくる。引くどころか再び昇ろうとしたとき、京蔵は唐突に指を引っこめた。

「その女は外に連れていけ。この娘にとって最後の宴だ」

 その言葉は少しもありがたくなかった。
 最後とはきっと、本当の地獄の始まり、ということだ。

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