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DOOR|オフリミット〜恋の僭主〜
Chapter2 This is my life.
2.runaway love #4
実那都は大学に行くという選択肢などとっくになくしていて――少なくとも航と付き合う以前にその選択肢を絶っていて、だから航との大学生活を夢に見ることも妄想をしたこともない。
「……航、冗談で云ってる?」
「冗談を云ってる顔に見えるのか?」
逆に問い返されて、実那都は言葉に詰まる。一方で、脳裡では目まぐるしく思考を走らせた。
実那都は航の言葉で一瞬にして思い描いてしまっていた。大学がどんなところかは知らない。ましてや、青南大学と限られたら行ったこともなくてますます想像できないはずが、私服でキャンパスを並んで歩いたり、学生食堂で昼食を取る姿だったりが浮かんでくる。加えて、サークルもどきでキャンパスの片隅に集い、バンドの練習という光景も。
実那都の問いかけに対する航の答えは質問に変わったけれど、それが答えであり、言葉通りに航が冗談を云っているようには見えない。けれど、実那都にはとても現実的な言葉には思えなかった。
「無理だよ。わたしの頭で青南大に受かるはずないよ」
「無理じゃねぇ。これまでだってちゃんと勉強はやってきただろ。あと十カ月ある。数学が得意じゃねぇなら、数学を選択しなくていい文系を狙えばいい」
「……ぷっ。落ちたらどうしようもないよ。受験と就活は並行できないし」
実那都は強制的に冗談にするべく、笑ってやりすごそうとした。けれど、航は乗ってくることもなく、暗がりのなかでも真剣さがオーラとなって漂っている。
「そんときはそんときだ。おれは、適当に云ってるわけじゃねぇ。ガキの分際でって、大人からしたらそう思うかもしんねぇけど、東京には実那都を連れていきたい。連れていかなきゃって思ってる」
実那都が無理だと云ったのは、学力不足のせいだけではない。家族から自立したいと思っていることは航も知っているけれど、そこまでこだわる理由が何かということは知っているはずもない。話していないから。航はいつでも聞くと云ってくれたのだから、きっかけなど必要なく話せたのに、実那都はあえて避けてきた。
「そのときはそのときっていう余裕、わたしにはないよ。学費と生活費なんて、どうやったって無理。寮があるとしても青南は私立大だし……」
「全部いま出すっていう方法じゃなくても、奨学金ていう手もある。それに……」
航は云い淀んで実那都からいったん目を逸らす。
「“それに”何?」
「寮じゃなくてさ、もっと効率的な節約の仕方がある」
航はもったいぶって直截には云わず、実那都に答えを出させるような云い方をした。
アパートを借りるのはまったく節約にならないし、寮でもない。それなら、だれかとシェアするか――と考えに至ったところで実那都ははたと思い当たった。
「……もしかして……」
実那都が云いにくそうにすると、航はにやりとした。それが答えになっているのは歴然だ。
「当たり。いい案だと思わねぇ?」
「……でも、それでも東京は家賃が違うよ」
「おれは大学までは親に甘えさせてもらう。おまえは払わなくていい。それがプレッシャーになるんなら、料理当番するってのはどうだ? おれ、簡単なのしかできねぇし」
航の話は具体的になって、実那都はまたそのシーンを思い描いてしまう。
気兼ねもなく、ふたりで暮らしていけるのなら、それ以上の望みはない。けれど、望みというのは夢と同じで、実現するのは簡単ではない。
「航はすごく簡単そうに云う」
「けど、単純には考えてねぇ」
歩きながら、しばらく沈黙が横たわって、ふたつの足音と車輪の回転音がやけに際立った。
実那都が儚い夢を思い描いたように、航もまた一年後を夢見たのだろうか。
航の言葉は心強くて、なんでも乗り越えられる気になっていた。けれど、航がいま云ったことは到底、乗り越えられない。親に甘えられるか否か、その差がここで明確に現れた。
「航のお父さんもお母さんもものわかりよくて、わたしからすると理想そのまんま。わたしのこと、航のカノジョだって受け入れてくれてるけど……ううん、それ以上に歓迎してくれてるけど、それとこれとは別。航は甘えて当然。でも、わたしは甘えられないよ」
「ああ……料理が嫌だったんなら謝る。例えばって話で、なんでもいいんだ。おまえの気がすむようにって考えただけだ。べつにふたりでやればいいことだし」
航は話をすり替えようとしているのか。東京に行って以降、たった数日の間に、航はふたりのことを本当に真剣に考えていたのだろう。話を切りだすときはためらっていたけれど、航の意志は淀(よどみ)がない。
「だから、問題はそこじゃないの……。普通に考えて、航のところに居候するのが前提になってるのはおかしくない? 大学に行きたくて行って、それでどうしても独りで生活できなくて居候するならわかるけど、航は一緒に暮らすために大学に行こうって云ってる。航はよくても、航のお母さんたちからしたらヘンな話でしょ?」
「無責任に聞こえるのはわかってる。ただ、こそこそ連れこもうってわけじゃねぇ。実那都がヘンに気ぃ遣わないでいいように父さんたちにはちゃんと話す」
「でも……」
「実那都は甘えなさすぎだ。人を頼ることって悪いことかよ」
「甘え方を間違ったら取り返しがつかなくなることだってある」
「で、どんな取り返しのつかないことがあったんだよ?」
航はきっかけを待っていたのかもしれない。すかさず飛びつくように訊ねた。