|
NEXT|
BACK|
DOOR|オフリミット〜恋の僭主〜
Chapter2 This is my life.
2.runaway love #3
「進路って……航は大学に行くんだよね」
ためらったまま沈黙した航を覗きこんで、実那都もまたためらいがちに促してみた。その沈黙は、きっとふたりが離れてしまうことをわかっているせいだと思った。
「祐真んとこ、行っただろ。そこで戒斗って奴に会った」
実那都への返事を飛ばして、航は出し抜けにしか聞こえないことを口にした。
「……戒斗さん?」
「ああ。バンド、本格的にやろうと思う。良哉と戒斗と。戒斗はベースだ。あと、ボーカルとギタリストを探さなきゃなんねぇけど」
ドラマーとして、航が趣味以上に腕を磨こうとしていたことはちゃんとわかっている。もしかしたらそれが仕事になるかもしれないことは、実那都にも想定内だった。だから、本格的という言葉には驚かなかったけれど。
「大学、行かないの?」
思わず飛びだした実那都の言葉は、それまであった緊張感を解いて航を笑わせた。
「だから、いまからだって話だ。メンバーも探さなくちゃなんねぇし、バンドには阿吽の呼吸も必要だ。当面は仕事になんねぇだろ。かといって就職したら、それこそ時間を合わせるのに時間を取る。つまり、大学生っていうのがいちばん好都合だ。わりぃけど、親に甘えさせてもらう」
航はそう云いながら、まったく悪いとは思っていないように見える。バンドを仕事としてやる自信があるのか――少なくとも利用できるものは利用するという図太さと、現実を見据えた着実さは感じられた。
航ならできる。そんな確信と隣り合わせにさみしさがあって、実那都はうまく笑えているのかもわからないまま笑みを浮かべた。
「じゃあ……大学は東京だね」
「ああ。戒斗が青南(せいなん)大に行ってるし、そこを狙おうと思う」
「セイナンて、私立の難関校って云われてるとこ?」
「そこだ」
「……航なら大丈夫だね」
根拠もなく云っているように聞こえたのだろうか、航は呆れたように笑った。
その実、実那都は確信している。航がどこの高校に行こうと勝負はそこではなく、大学で挽回できるようなことを云っていたからだ。そんなふうに見越しながら、またいま航はそのさきを捉えている。
東京に出て行こうとしていたのはわかっていたことだ。本当にふたりは同じ場所に立っているのか。離れ離れになるのは一年後のはずが、たったいま実那都はそんなふうに感じた。
「そんだけおれを信じてくれてるんならうれしいけどさ、ま、そこはいまからのがんばり次第だ」
「うん。良哉くんも青南を目指すの?」
「ああ」
「戒斗さんて大学生ってことは年上? どうやって知り合ったの?」
「戒斗は二つ上だ。祐真のファンだってさ」
実那都は目を丸くしたあと、小さく吹いた。
「じゃあ、祐真くんに見込まれた人なんだね。意気投合したって想像つく」
ちょうど一年前、祐真からの電話で話したことを思いだす。航たちが音楽を続けているのかという質問に、航たちが祐真とやりたかったんじゃないかと実那都が云ってみた。祐真は、なんとかしなきゃ、と、そんな感じだった。祐真はずっと航たちを気にかけていて、きっかけを見いだして橋渡し役になったのだ。それなら、間違いはない。
「会ってもないのによく云えんな」
航はおもしろがった。満更でもないといった様子は、他者の太鼓判など必要なく航自身が手応えを感じていることを示す。
「会えるの楽しみにしてる。写真、一緒に撮ってこなかったの?」
「男同士で写真とか撮ってどうすんだよ」
航らしいけれど、なあんだ、と実那都はがっかりする。
すると、航はおもしろがった面持ちから俄に笑みを引っこめた。
「一年後は嫌っていうほど顔を合わせることになる」
「……え?」
それは会話の流れに微妙に噛み合っていない。航は嫌というほど顔を合わせることになるだろうが、実那都はそうではない。東京に仕事が決まらないかぎり。
「航はそうだろうけど……」
「実那都」
意志の込められた声音で実那都はさえぎられた。
「……何?」
「一緒に東京に行かないか」
「……あ、でも東京の会社に就職できるか……」
「そうじゃなくってさ。青南大を一緒に目指さないかってことだ」