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DOOR|オフリミット〜恋の僭主〜
Chapter2 This is my life.
1.恋の身の丈 #4
*
待ち合わせをした最寄りの駅から博多まで移動すると、航はコンビニに入った。ふたり分の飲み物と、レジの向かいにある棚からひょいとガムを一つ取って店員の前に行く。
「何かみんなで食べられるもの買っていかなくていい?」
こっそり訊ねてみると、航はちらりと実那都を見やった。
「おれ、助っ人だぜ。あいつらに気を遣ってもらう気もねぇし、おまえもそんなふうに気ぃ遣う必要ねぇからな」
うなずく実那都を尻目に航は精算をすませ、ふたりはスタジオに向かった。
「航、このままメンバーにはならないの?」
「ピンと来ねぇ」
航はあっさりとひと言で返事をした。
いろんな高校から寄せ集めた高校生バンド“フリーダム”のドラマーとして航が助っ人に入ったのは二年生になる直前、三月のことだ。それまで担当していたドラマーは高校を卒業して遠方に行ったらしく、どこかで航のことを耳にして声をかけたという。
「祐真くんが中学のときに云ってたみたいなこと? えっと……バンド向きじゃなくって、航の良さが出せないって。いまのバンドもそういうこと?」
「おれの良さっていうのは祐真流に気を遣った云い方だ。バンドは相乗効果だろ。だれか一人、飛び抜けてうまくても、見込みねぇくらい下手くそでも魅力がねぇ。音が合わねぇと、合わせることはできてもムズムズするような楽しみにはなんねぇんだ」
「でも、航のドラムはすごいって思ってる」
「おれもだ」
という自信満々の言葉に思わず隣を振り仰ぐと、にやりとおもしろがった笑みが向けられ、「けど、おれがいちばんだって云うほど買い被ってないからな」と付け加えた。
ふと航は思いついたように、あ、と足を止める。
「どうかした?」
実那都の問いに、航はにゅうっと顔を近づける。
「いまの、間違っても今日会う連中に云うなよ。よそでもだ。云っとくけど、適当に合わせてるわけじゃねぇ」
「わかってるよ」
「まあ、バンドフェスは普通に楽しみだけどな」
「八月の?」
「ああ。北九州だけど、見にくるだろ?」
「たぶん」
「おい、たぶんて……」
航が顔をしかめていて、ずっとまえに『たぶん』がよけいな言葉だと指摘されたことをお思いだす。実那都は、ううん、と首を横に振った。
「そうじゃなくて、いまのはホントの『たぶん』だよ。夏休みになったらバイトしようと思ってて、だから休みを合わせにくいかもっていうこと」
「バイト? おれ、聞いてねぇぞ」
航にとってはよほど寝耳に水だったようで、ますます顔をしかめてしまった。
「云ってないから。だって、決めたわけでもないし、面接に行ったわけでもないし、二カ月先のことだし」
「なんでバイトするんだよ。夏休みだけか?」
立て続けに二つ質問を浴びせ、実那都は気に喰わなそうにした航を見て吹きだした。
「なんだよ」
「航がわたしの保護者みたいにしてるから。まだ親には云ってないけど、云ってもきっと“ふーん”で終わっちゃうよ」
航は眉間にしわを寄せる。
「保護者じゃねぇけど実那都の心配はしてる。親よりもな、たぶん」
「“たぶん”?」
実那都がわざと敏感に反応してみせると、その甲斐あって航はため息をつくような笑みを漏らした。
「おれがいちばん心配してる。だれよりもな」
「うん」
「で?」
「……で?」
「実那都、はぐらかそうってんじゃねぇだろうな。なんで急にバイトなんだよ」
「さきのこと考えてるだけ。就職するのに、寮があったり引っ越しのお金を出してもらえるんだったらいいけど、自分で出さなきゃいけなかったり、最初の給料まで暮らすのもお金いるから、いまのうちに少しでも貯められてたらと思って」
航は実那都が云っているうちに驚いたように目を凝らした。
「話が家を出る前提だ」
「航もだよね? 大学、東京に行くつもりじゃないの? 祐真くんが東京行くとき、待ってるって……約束だと思ったけど」
「大学は?」
「行かない」
即答すると、航は訊ねなくても答えをわかっていたような素振りでかすかに首をひねった。考えこんだ気配で口を開く。
「自立心旺盛だな」
「わかってたよね?」
航はすぐには答えなかったけれど、やがてため息をついて返事のかわりにした。
「行くぞ」
まだ二年生になったばかりで、卒業したあとのことをあらためて航と話したことはない。いまがはじめてだ。
航が大学に行くだろうことは中学のときからわかっていた。祐真と遠く離れても、電話やメッセージのやりとりだけでなく、夏休みや春休みに遊びにいくくらいだ。祐真が旅立ちのときに云った言葉を考えれば、航にとっても良哉にとっても東京へ行くことはすでに決定事項のようだった。
実那都の就職がどこに決まるかなんて不透明で見当もつかない。それでも遠距離になるかもしれないことを考えて、何かしらの言葉が聞けるかと思ったのに、航は何も云わなかった。
保証なんてなくていい。ただ、いま、云ってくれればそれだけでいい。
例えば――離れても大丈夫だ。例えば――離れても会いにいく。
そんな気持ちは通じることなく、まもなくレンタルスタジオに着いた。
ここに来たのは、祐真を含めて通っていた中学のとき以来だ。スタジオに入ると、実那都たちが最後の到着だったのか、男四人奥にいて、そして邪魔にならないようにだろう、空いた隅のスペースに女の子が二人いた。
男同士、声をかけ合ったあと、カノジョ紹介しろよ、とからかうように云われた航は、間違っても手ぇ出すなよ、と照れもせずに応酬して実那都を紹介した。
愛想の悪い人がいることもなく、歓迎が示されるとほっとする。そして、隅にいた女の子たちが近寄ってきた。さきに来た子は、おれのカノジョだと云ってボーカルの男の子が教えてくれた。そして、あとから来た子に視線を向けた実那都は目を見開いた。
「あれ、おまえ、工藤じゃね?」
実那都よりもさきに航が工藤円花に声をかけた。