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DOOR|オフリミット〜恋の僭主〜
Chapter1 innocent&inhumane
3.BE MAD #4
*
夏休みも終わりかけ、それぞれに受験勉強やら塾やら時間を取られるなか、久しぶりに四人でレンタルスタジオに集まった。
祐真は自分のギター持参で来るけれど、航が扱うドラムと良哉が扱うシンセサイザーはレンタルだ。スタジオのなかは広くはないけれどミキサーやらアンプ、それに録音機器があって、航たちは簡単そうに手慣れた様子でそれらを扱っている。
良哉がさっそくシンセサイザーを調整して、試しでベース音を流しはじめた。
「スタジオ代、今日はわたしも出すよ」
レンタル代はいつも三人で出し合っているようで、実那都は見学しているだけだけれど、たまにはと思って云ってみた。それに、家にこもっている日が続くなかの憂さ晴らしに誘ってくれたお礼の気持ちもある。
「実那都はいいんだよ」
「でも……」
「おれが貸したヤツ、聴いた?」
良哉が実那都の申し出を断り、それに反論しかけていると、祐真が話題を変えてさえぎった。
実那都はバッグの中から、携帯用の音楽プレイヤーを取りだした。返そうと思って差しだすと、祐真はまだいいと云うかわりに手で押し返すようなしぐさをして、実那都は首をかしげながらバッグの中に戻した。
「聴いたよ。どれもよかった……」
「歌えるくらい?」
「うん。いい曲だったから何回も聴いた。特に、二曲めの“Guilty World(ギルティワールド)”が好きかも……じゃなくて、好き」
云い直すと、祐真はにっこりした。普通にうれしそうという雰囲気ではなく、どこか策略ありげに見える。
音楽プレイヤーは航を通じて祐真から借りたものだ。航が二回めに西崎家に来た日に渡されて、実那都は勉強中も聴いていた。文化発表会で披露するという、祐真が作詞作曲した歌が三曲入っている。
実那都が航を見やると、航はにやりと右側だけ口角を上げて見せた。
「夏休み前、カラオケ行ったよな。おまえ、歌うまいしさ」
と、航は中途半端に言葉を切った。そのさきは自分で考えろと云わんばかりだ。
云われなくても航と祐真の発言を噛み合わせて考えてしまった実那都は、しばらくしてひとつ答えを思いついて目を丸くした。
「もしかして……わたしに歌えって云ってる?」
「当ったりぃ。それでこそ仲間だ」
祐真は軽薄そうに実那都の答えに合格を出した。
「え……っと、まさか文化発表会で歌えってことじゃないよね」
「まさかなんてことあるかよ」
航はあっさり、実那都の杞憂を杞憂じゃなくした。さらにびっくり眼になって、首が飛んでいきそうなくらい勢いよく横に振った。
「無理!」
「無理じゃねぇ」
「で、でも人前でなんて……」
「おれたちの前で歌っただろ」
「それとこれとは……」
「別じゃねぇ。独りだけラクしようって思うなよ。仲間なんだからよ」
祐真に続いて、航までもが仲間と云う。航と付き合うことになって、彼らと連(つる)むことも多く――というよりはほとんどそうしているけれど、いつの間に仲間になったのだろう。
ただ、そういうふうに思われるのは嫌じゃない。むしろ、はじめて居場所を保証された気がした。
「おれが実那都の歌はイケるって思ったんだから、自信持てばいい」
祐真こそが自信たっぷりだ。
けれど、その自信は実那都をその気にさせるべく後押しをする。航を見やると、上体を折って実那都に顔を近づけた。
「良哉のヤツ、ライバルのこと、だいたい割りきれたみたいだし、その気のうちに完全にその気にさせてやれ」
耳打ちしたあと、航は躰を起こして首をひねる。
そんなことを云われて断ったら友だち失格だ。そう実那都が思うとわかったうえで、航が良哉の事情を引き合いに出したのは明々白々だ。けれど責める気になれない。
「祐真くんみたいにうまく歌える気は全然しないから」
「あたりまえだ」
と云ったのは祐真だ。
自信満々、余裕綽々で放ち、それはかえって実那都のプレッシャーを軽くさせる。音楽を聴くのは好きだし、歌うのも嫌いじゃない。カラオケで真弓に上手だと云われたこともあるし、加純から鼻歌を歌っているところを聴かれて『うまいね』と云われたこともある。真弓はともかく、加純は身内だし、お世辞を云うとは思えない。
「わかった。がんばってみる」
実那都が決心すると、三人が一様にやったぜといったような面持ちで顔を見合わせている。その様子を見ればのせられたとしか思えないけれど、やっぱり嫌な気はしない。
「限定ユニット誕生だ」
「名前は?」
「おれが考えとく」
祐真に続いて良哉が問うと、航が答えて締めくくった。