BACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

終章 ツインソウル〜愛の存在証明〜

#11

「重大な役目だな」
 秀朗は環和から和生を預かり、形だけだが和生に食べさせる儀式を行った。
 美帆子はその光景を見ながら、和生と同じ男であり年長という特権にまだやや不満そうな気配を放っている。それを見兼ねて祖母が口を開いた。
「和生ちゃんは響生さんに似とるけど、秀朗さんにも似て凛々(りり)しいわ。秀朗さん、出世なさったんじゃろう。和生ちゃんもあやかりんさいよ。あとは秀朗さんに長生きしてもらわにゃあいけん」
 よけいなことを云わないでといったふうに美帆子は祖母を見やったが、あやかるのなら秀朗が適任だというのは祖母の発言どおりで、美帆子は文句まで口にすることはなかった。

 美帆子がここまで“祖母ばか”ぶりを発揮して和生にこだわる理由は見当がつく。
 美帆子が亡くしたのは男の子で、和生にはじめて会ったとき『いつか生まれてきてくれるって思ってた。やっと会えたわ』とつぶやくのを見て、環和は美帆子自ら強迫観念だと云っていたことを思いだした。
 生まれるまで赤ちゃんの性別は訊かないことにして、当然、美帆子も知らなかったが、よほど強迫観念に囚われていたのだろう、『ありがとう、環和』と環和ははじめて美帆子から感謝された。
 もちろん、素直にどういたしましてと云える環和じゃない。あまつさえ、環和にした以上に和生に干渉するのではないかと杞憂を覚えたすえ、『ママのために産んだんじゃないから』と釘は刺しておいた。案の定、命名に口出しをしてきたから、『お兄ちゃんと同じ名前つけるってお兄ちゃんに失礼。お兄ちゃんはお兄ちゃん、でしょ?』と質(ただ)すと、美帆子はハッとしていた。そうして、響生と環和が名付けたときは、いい名前ね、とあっさりと美帆子は受けいれた。
 一方で“孫かわいがり”はやむことがない。

「まずは和生がおなかいっぱいにならなくちゃ。環和、ミルクつくってきてちょうだい」
 お食い初めの儀式が終わるのを待って、さっそく秀朗から和生を奪い、美帆子は有無を云わさず環和に命じた。
「ママ、和生のママはわたしだから」
「わかってるわよ。たまに会うときくらい好きなようにさせてくれてもいいじゃない。ねぇ、和生」
 美帆子はにこにこする和生をみかたにつけ――
「まだミルクの時間じゃないんだけど」
 という環和の言葉を無視して、美帆子は、早く、と急かした。
 いつもなら、将来を憂慮して甘やかさないようひと言ふた言、口を出す響生が今日は加勢をすることもなく黙認している。響生を見ると、環和を促すように首をひねった。

「美帆子さんて、孫の世話なんてやってられないわって感じかと思ってました」
 環和がキッチンに向かっていると、背後で恵が美帆子に話しかける。若干の嫌味が覗いていて、環和はこっそり笑う。
「どいういう意味かしら」
 美帆子も気取(けど)っているらしい。
「真野さんはお孫さんがいるようには見えないじゃないですか。セレブだし、だれかの身の回りを世話するよりは世話されるほうが似合うというか……ですよね、青田さん」
 フォローしたもののうまくまとめられなかったようで、友樹は恵に同意と、その延長で救いを求めた。恵は無情にも肩をそびやかしてかわす。
「友樹くん、社会人成り立てにしては気が利いてるわね」
 かわりに美帆子がめずらしくフォローして、がんばります、と舞いあがった友樹がちょっとずれた宣言をすると笑い声に沸いた。

 そんなふうに、祝いの席は終始だれかがお喋りをしてにぎやかにすぎていった。
「環和」
 夕方、ゲストたちが帰ったあと片づけが終わるなり、響生が環和のバッグを持ってキッチンにやってきた。
「どこか行くの?」
「とりあえず、ふたりだけで」
 にやりとした響生は、タオルで拭いたばかりの環和の手を取った。
「え?」
「じゃあ、お義母さん、和生を頼みます」
「心配はいらないわ。ごゆっくり」
 環和の疑問はそっちのけで、響生はさらうように手を引いてリビングを出た。
「響生!?」
「たまにはふたりですごしたくないか?」
 響生は足を止め、首だけまわして環和を振り向いた。
 さっきの美帆子の返事といい、まえもって打ち合わせていたらしい響生は挑発するように環和を見やる。斜めから見下ろしてくる、伏せ目がちにした響生の眼差しは色気を含み、明らかに誘惑的で、環和が抗えるわけがない。
「すごしたい!」
 響生はくちびるを歪めてみせ、また前に向き直ると歩きだした。

 外に出ると、響生は車庫に向かう。
「響生、お酒! 車は……」
「口つけただけで飲んでない。いろいろと感覚を鈍らせたくないから」
 今日は水谷家に泊まることにしていて、だから車で来たのに、思い返すと確かに乾杯のあとすぐ響生は炭酸水を飲んでいた。最初から連れだすつもりだったのだ。
「いろいろとって?」
「いろいろと、だ」
 答えになっていない答えを返して、響生ははぐらかした。
「どこ行くの?」
「家だ。気が散るから、家に帰るまで無駄口叩くな」
 ひどい云い様だ。
 むっとする裏側で、環和は少しどきどきしている。

 十一月二十八日、写真集の発売の日に婚姻届を出して和生が誕生するまでの二カ月ちょっと、それがふたりきりの時間で、その後は和生のことが優先になってすっかり“家族”になりきっていた。
 結婚したこと自体が早すぎて、いろいろあって、恋人同士というときめきはわずかしかなかった。川に落ちた日からもう一年になる。車で移動中、その日ことを思いだすと、響生とすごすことがただうれしかった頃の気持ちが甦った。

 結婚という飛び跳ねたいくらい幸せだった時間はほんの少しの間で、失恋というどん底に落とされたかと思ったら、そこはどん底なんかではなくさらに下層にそれはあった。這いあがるための梯子(はしご)もロープもない。独りぼっちで取り残されて、待っていていいのかさえわからないまま待ち侘びていた。そして、響生は手を差し伸べるのではなく、目の前に降り立った。無理やり這いあがらなくてもいい。どん底で秘密を抱えたまま一緒に生きていけるのならそれがいい。

 結婚してすぐ響生の仕事を手伝い始めて、まもなくして和生の子育てが始まってと、新しいことばかりで慣れることに必死だったせいか、幸せだと思う反面、デートするようなわくわく感やどきどき感とはご無沙汰だった。
 デートの場所が家というのは普通ならときめきも半減しそうだけれど、今日は半減どころか倍増している。

 家に着いて車を降りると、響生の傍に行って空いた手のひらに手を滑りこませた。握りしめるのと握りしめられるのとどちらが早かったのか、きっと意思は通じ合っている。それを裏付けるように環和を一瞥した響生は口を歪めた。
 妊娠中、一緒に歩くときは環和の体調に気を遣ってゆっくりした歩調だったけれど、いまそのときのようにゆっくりしている。家に入って二階に上がって、響生はバスルームに連れていった。
「響生?」
「脱げよ」
 ちょっとぶっきらぼうに云いながら、響生はさっそくシャツを脱ぎ始めた。

 環和は脱ぐまでに少しためらった。
 妊娠中は具合が悪くなったり転んだり、そんなことを心配して可能なかぎりシャワーはふたり一緒に浴びていた。和生が生まれてからは専ら響生が息子を風呂に入れるのが習慣化してすっかり別々になった。
 それに……。
「何してるんだ?」
 いったん中に入って戻ってきた響生は、環和の思考を中断させた。
 肩くらいの長さの髪をまとめてアップにし、ワンピースの前開きのボタンだけ外した環和を見て顔をしかめている。
 響生はいつものことながら裸であっても堂々としている。変わらず弛(たる)みなく、それどころか美観を保つ躰を維持していて、環和は不公平だと思う。
「体型まだ戻ってないし、響生はずるい」
 つい思っていることを吐露してしまうと、響生は環和の発言の真意を鋭く察して呆れつつ笑った。
「いいから」
「エロおやじみたいな云い方」
「いまはそんな気分だ」
 響生はワンピースの裾をつかみ、持ちあげて環和の頭をくぐらせる。
「……ほんと?」
 ワンピースが取り除かれ、顔を出した環和が目を丸くして首をかしげると、答えは素早いキスで返ってきた。加えて、手早く下着まで脱がせた響生は環和を洗い場に押しやるように促し、意思を示した。

 バスタブ側に向けて出しっぱなしにしていたシャワーを環和に向け、続いて響生も汗を洗い流す。それぞれにボディソープで泡立てたスポンジで洗うさなか、環和が全身を泡塗(まみ)れにしたところで手からスポンジが取りあげられた。
「洗ってやる」
 同じように全身を泡で覆った響生は環和の背中側にまわった。
 スポンジではなく、響生の手のひらが背中を滑りだす。響生の手はマッサージのように心地がいい。肩から腕へと両手で包みこむようにしながら手のひらにたどり着き、そして指が絡み合う。右から左へと移り、左の五本の指に響生の十本の指が絡みつくと、それだけでくすぐったいような感覚が呼び覚まされる。環和は響生の手から逃れるように手を抜き、思わず拳(こぶし)をぎゅっと握った。

 響生の手は腿の外側に添う。脇腹へと這いがってきて、ここでは純粋にくすぐったさを感じた。躰をよじると鳩尾(みぞおち)に両手が寄ってきて、交差しながらまたふた手に分かれる。胸のふくらみを持ちあげるようにしながら、片方ずつ手のひらに覆われた。
 んふっ。
 明らかにマッサージとは違った意図で響生の手は動きだす。響生が背中にぴたりと躰を寄せてきて、環和は腰もとにオスの意を感じる。
「自慢の胸は健在だな。いや……ますますエロティックだ」
 響生は嫌らしそうに含み笑う。
 母乳は多く出るほうではなく、いまでは完全に足りなくなってミルクを併用しているけれど、胸の大きさは邪魔になるほど存在感たっぷりになった。
「響生の反応も早いよ」
「鈍いほうがいいのか?」
 やり返した言葉は逆手に取られて、環和は答えに窮する。

 響生は環和の答えなどすっかり承知で、可笑しそうな気配で吐息をふるわせ、それが剥きだしの耳にかかって環和はぞくっと躰をふるわせた。それがオスを刺激したようで、響生の吐息は呻き声に変わった。
 密着した躰を放し、シャワーを手にしながら正面に戻ってきた響生は自分の躰についた泡を洗い流して、それから環和の肩にシャワーをかける。
「最初はじっくり時間をかけるつもりだったけど、あんまり余裕がないみたいだ」
 シャワーを止めてからそう云った響生は、ばつが悪いような曖昧な面持ちで首を傾けた。
「最初?」
「気になるのはそこか?」
「ゼツリンだって見せてくれたら、安心できそうだから」
「……何を不安にさせてる? おれが浮気するとでも?」
 可笑しそうにしていた響生は一転、いささか不機嫌そうに問う。

「そうじゃなくて。結婚してるのに、響生は抱きしめてくれるけどセックスしないから、やっぱり血が繋がってることにこだわってるのかなって……いつかそのこだわりがいろんなことに影響して壊れたらどうしようって……」
 環和が云い終えるのを待って響生はため息をついた。
「まったくの取り越し苦労だな。環和の躰を心配してただけだ。妊娠中だったし、手術したし、和生の世話でちゃんと眠れてなかっただろう。それより、和生がミルクも飲むようになって預けられるようになったとたん、ふたりですごそうっていうおれの節操のなさにちゃんと気づくべきだ。おれの真実はおまえの不安と真逆だろ」
 環和は目を丸くして響生を見つめ、やがて声を立てて笑った。
 すると、響生は環和の頬を手でくるみ、仰向けさせてくちびるを合わせた。すぐさま舌が侵入してきたかと思うと、飢えたように口の中を掻き回す。

 セックスをしないだけではなく、キスさえ挨拶程度にちょっと触れるだけだった。いまのキスの荒っぽさとさっきの言葉に鑑みれば、自制できる保証がなくてあえて深く触れることはなかったのかもしれない。
 まもなく、気がおさまったようにキスは緩やかになった。口の中にシロップが満ちたような甘さを感じだして、受けとめるだけだった環和は響生の舌を甘噛みして吸いついた。
 呻き声が環和の口内に吐きだされ、強くくちびるに吸着されると同時に、響生は口を放した。身をかがめたかと思うと、胸先を口に含む。
 んっ。
 尖った粒を口の中で転がされ、もう片方は親指で捏ねられる。久しい快楽は簡単に呼び起こされ、胸が張るような感覚がした。指先が硬くなった粒を押し潰し、口に含まれたほうは小さく痙攣するように舌がうごめく。おなかの奥が疼いてくる。背中を引き寄せる手がよろけた環和を支えた。

 響生は胸から離れて躰の中央をくだっていき、ひざまずいた。おへそを通りすぎて下腹部の傷に口づける。舌を出して傷をたどり、そうして立ちあがった。
「環和の躰に傷をつけるつもりはなかった」
 響生は真摯な眼差しを向けて、帝王切開の傷をまるで自分の責任であるかのように云う。
 環和は驚いて響生を見つめ返す。
「そんなことを気にしてるって思わなかった。響生の赤ちゃんを生んだ証拠が刻まれたみたいで、わたしはすごくうれしいんだけど」
 今度は響生が驚く。そうして笑った。
「いろいろすれ違ってるな」
「そうみたい。妊娠線は嫌だけど」
「そこは贅沢な悩みじゃないか? 和生も環和も無事でいる。それ以上、おれは欲張れない」
 両親の血が濃ければ、生まれてくる子に負担がかかる可能性がある。そうわかっていながら生むという選択は正しいのか。そんな不安は生まれてくるまでふたりに付き纏った。負担がかかったとしても三人でやっていくという気持ちは互いに持っていたし、いまは健康でも、風邪みたいな軽い病気だったりケガだったり、心配は絶えないのだろうけれど、それはだれもが平等で、響生の云うとおり欲張れない。

「うん。あの写真集があるから、不細工になってももとがいいんだっていう証明はできるし」
 写真集は響生が云ったとおり特に宣伝もやらなくて、コアなファンが買っているのだろうという程度の売れ行きだったが、勇がSNSで褒めちぎったことから口コミで広がったのち完売した。増刷はすることなく、それが逆に話題になって一時期、響生はマスコミに追われることになった。勇は償いだと云っていたが、響生はよけいなお世話だとうんざりしていた。

「念のために云っておけば、べつに躰に惚れてるわけじゃない……いや、違うな。正確には、躰だけにこだわってこうなったわけじゃない」
「でも、いまは躰だけにこだわりたい。そう思わない?」
「それくらいその気満々なら、大丈夫だな」
 からかうようでいながら、響生は独り言のように云う。
「何?」
「おれが和生を風呂に入れてやるのをうらやましそうに見てるから、今日は環和を入れてやる」
「え?」
「おれがいるなら怖いことないだろう? 川よりもずいぶんとマシだ」
 環和の返事を聞かずに、響生はバスタブの中に入った。バスタブにはいつの間にか湯がいっぱいに溜まっていた。振り返った響生が手を差しだす。
「……べつにうらやましいって思ってないけど……」
 足掻いてみると――
「おれを信用してないんだな」
 という無茶苦茶な云い分で響生は環和に責めた眼差しを向ける。
 逆らいたいところだが、手まで差し伸べられれば振り払うことなんてできない。環和はおずおずと手を差しだした。すかさず手がつかまれて引き寄せられると膝の裏からすくわれ、環和は軽々と抱きかかえられて響生と一緒に湯の中に浸かった。

 躰を水にくるまれるのは川に落ちたとき以来で、環和は以前にも増して怯える。頭では安全だとわかっているのに、躰が勝手に危険だと認識するのだ。反射的にしがみつくと、響生が覗きこむようにして環和の口を口ですくう。性急でありながらしつこいようなしぐさで響生の舌が環和の口内をまさぐる。
 響生は左腕で環和の肩を抱き、右手で環和の膝を割った。躰の中心に指先が滑りこんだとたん、環和はびくっとして湯を波打たせる。閉じた花片を割り、揺さぶるようにしながら先端へと指を進めた。
 そうされるとわかっていながら、反応は堪えることができない。環和は響生の口の中に悲鳴を放ち、腰をびくりと浮かす。つらいのか快楽なのか区別がつかないほど、そこで発生する刺激は鋭く激しい。響生は集中的にそこを責めてきた。腰はびくびくと跳ねてキスでままならない呼吸が苦しくなる。そして、環和はいままでになかった感覚に襲われた。
 環和は訴えるように呻き声を発した。響生が口を放すと、喘ぐ声が恥ずかしいほどバスルームに響く。

「あっああっ……ん、ぁっ……響生っ、ヘン、な……のっ」
 響生はかまわず指先をうごめかし、すっとおりたかと思うと入り口に触れて、そして指を中に沈めた。
「あ、あっんんっ……」
 奥まで入りこみ、逆にゆっくりと指は引き抜かれていく。抜けだす寸前でまたうずもれていき、するとそのまま指が中をまさぐる。
 長い間、快楽から遠ざかっていたせいか、躰がひどく敏感になっている気がした。小さなせん動が大きな快感を生み、環和にまもなくの果てを予感させた。そうして、響生が親指で突起の先端を捲るようにしながら捏ねる。神経が剥きだしになって、ぶるぶると痙攣するようにお尻が揺れた。響生が動きを止めることはなく。
「あっ、だめ……っ……あ、あ、あ、ぁああっ……出、ちゃ……ぅっ」
 果てに昇ると同時に胸が張っていく。痛みともつかない感覚がした。胸を突きあげるように反らし、どくん、という収縮が体内で起きる。胸先は解放されたような感触に襲われた。胸への刺激が子宮に及ぶのは知っていたけれど、その逆ははじめてで、環和は怖いような陶酔のような戸惑いを感じた。
 悲鳴がバスルームを満たしたあと、びくつく躰がバスタブの中を波打たせる。喘ぐ口を響生がつかの間ふさいだ。

「どうだった、水中でイクのは? というより、水中だってことを忘れてたか?」
 響生はからかうように訊ねた。
 響生の云うとおり、バスタブに入るなり襲われて怯えは忘れ去られ、まったく水の中にいる感覚がなかった。いまも、濡れるのが嫌というよりも快楽のあとの特有の気だるさのほうが感覚的に大きく、そしてわずかに浮遊している躰の軽さが心地よくもあった。
 環和は曖昧に首を横に振る。すると、含み笑いが聞きとれた。
「女の胸と子宮は連動してるんだな」
「……出てた?」
「飲んでみようかって誘惑に駆られた」
 響生はふざけた答えを返す。
 仕返しに、腿に当たる響生のものに触れようとしたが、直前で気配を察した響生から手首を捕らえられた。

「今日はこれくらいでいい」
 響生は勝手に打ちきって環和を抱き起こしながら立ちあがる。バスタブから引きあげられ、環和は慌てて響生の腕をつかんだ。
「これくらいってまだ……」
「続きはベッドだ。のぼせて溺死ってシャレにならないだろう。一年前、せっかく免れておれはすべてを手に入れた。たまにそれすらも神の悪戯かと思うときがある。いや、すべてがそうだ。これ以上、振り回されてたまるか、ってな」
 響生は話しながら脱衣所に行き、環和の躰をバスタオルでくるんで拭いた。
 環和はされるがまま、響生の言葉に首をかしげた。
「……もしかして神様に逆らう気?」
「もしも、環和とおれを引き裂こうっていう気だったら完全に失敗だ。ざまぁみろって云ってやる」
 子供っぽい発言だ。環和は吹きだす。
「パパは運命だって云ってたけど。それって神様がつくったんじゃない?」
「また“パパ”だ」
 響生はあからさまに不快そうな顔になると、自分の躰を拭くのもそこそこに環和を乱暴にすくいあげた。

「もしかしてパパに嫉妬してる?」
 しがみついた響生からはなんの返事もなく、そのかわりに躰が締めつけられた。
 運命という秀朗の言葉でらくになったと響生に打ち明けたことがあって、そのとき、おれの覚悟だけじゃ足りないのか、と気に喰わなそうに云い返された。みかたがいるかいないか、それは別問題だと主張したら納得はしていたけれど。もしもふたりが、もしくは片方が身動きが取れない事態になったとしても、本当のことを知って認めた人がいれば自分たちの力以上にがんばれる。そんな心強さがあるのは響生も否めないはずだ。
「パパはパパ。縁は切れないけど」
 ベッドルームに入って、環和は少し手荒くベッドの上に寝かされた。すぐさまベッドに上がった響生は環和の躰を跨いで逃げにくくする。逃げるつもりはないけれど、そんな気分になりそうなほど響生は険悪な面持ちで環和を見下ろした。
 その苛立ちをぶつけてくることはなく、云いたいことを堪えるようにしていた響生はやがてため息をついた。

「なんでこんなふうに思わせるんだ」
「こんなふうって?」
「すべての権利を主張したくなる」
「すべての権利?」
「環和にとって、おれに取って代われる者はどこにもいない。わかってるだろう。もう話はいい。抱かせてくれ」
 云うなり、響生は右膝を環和の脚の間に割りこませて左脚を押しのけるように広げさせた。もう片方もそうしたあと、響生は躰を起こして環和の膝の裏をつかんで、お尻が持ちあがるほど環和の胸のほうへと押しあげた。
「ひび……あぅっ」
 いきなりで羞恥心を覚えて、無自覚に引き止めようとしたが、響生はおかまいなしで躰の中心に口づけた。

 突起が口に含まれ、その熱は快感を呼ぶ。吸着されれば、腰がうねって中心の空洞がさみしがっているようにひくつく。舌が花片を舐めあげ、突起の先端をつついた。
 あああっ。
 条件反射で悲鳴とともにびくっと腰が跳ねあがった。どれだけそこに繊細な神経が集中しているのか、響生の舌先が手加減無しでそこを嬲(なぶ)り、自由に動けないなか腰が勝手に揺れる。コントロールのきかない快楽にさらされる一方で、埋め尽くされたい欲求が募っていった。
「響生っ、あっ……もぅ……あ、んんっ待てないっ」
 精いっぱいで訴えると、響生はひと際強く突起に吸いついた。
 んくっ。
 またイってしまいそうなほどの快感に体内が収縮して、蜜が絞りだされるようにこぼれ出たのがわかった。
「やっ、もぅ……っ」
 環和が止めようとしたとたん、響生が顔を上げて、かろうじて独りだけ果てに先走ってしまうのは避けられた。

 響生は躰を起こすと互いの中心を密着させた。ノックするように入り口がつつかれ、くちゅっと音が立つ。それを繰り返しているうちに密着度が深くなっていき、やがて狭い空洞を掻き分けるように侵入した。
 ん、ふっ。
 響生が侵してきたぶんだけ、押しだされるように環和の口から吐息が漏れる。
 響生は半端な位置にとどまって腰を小さくうごめかした。そのたびに粘着音が立つのは、それだけ環和が快楽を得ているからで、その音はだんだんと大きくなっていく。
 体内が蠢動(しゅんどう)してまた果てが近くなってくる。
「んあっ、まだ……ダメっ」
 環和は快楽をどうにかセーヴしながら叫び、響生はいったん抜けだした。
「待ってろ」
 そう云って響生が避妊具をつける間に、環和は快楽をできるだけ鎮めた。
 けれど、それは気休めにすぎず、響生が再び躰を繋ぎ、ゆっくりと、なお且つ奥まで一気に貫いてくると、簡単に快楽は返ってきた。最奥でぴたりと密着して、環和の体内は放さないというように響生を絡めとる。
 くっ……。
 馴らすような律動の間、時折、響生の口から呻くような声が漏れていたが、いまははっきり唸るようだった。

 伸しかかるようにしながら、響生は環和の両脇に肘をついた。すぐ真上から環和を見下ろし、こめかみから髪を払うようなしぐさをする。
「きついな。大丈夫か」
 最後にこんなふうに躰を繋いだのはおよそ一年前になる。はじめてのときのような痛みはまったくないけれど、窮屈さは環和も感じている。
「ん、大丈夫。響生をちゃんと感じられてイイ感じ」
 響生は薄く笑う。
「ずっとお預け喰らってて溜まってるし、あんまり持たないだろうな」
「響生が勝手に節制してただけ」
「そこは大事にしてると取るべきだ」
「わかってる。すごく気持ちがいい。すごくうれしい」
 響生は満足げに口を歪めるとゆっくりと腰を引いて動きだした。
 環和は手を上げて響生の首に縋る。すると響生は上体を重ねて、腕を環和の背中の下に潜りこませて抱きしめる。響生の動きに連動して環和の躰も揺れる。海に浮かんで波に揺られるのはこんな感じだろうか。波に揺られてみたい。そんなふうにはじめて思った。

 抱き合えることがうれしくて、けれどそう思う余裕はつかの間で、響生の律動はゆったりとしているのに環和の感度はだんだんと上昇していく。
 あぅっ。
 くっ。
 最奥が密着すればキス音が立ち、ふたりともがぶるっとしたふるえを伴って喘いだ。
 あまりに快感が大きすぎて、環和の力が尽きる。響生に縋る腕がベッドに滑り落ちた。喘ぎは悲鳴に変わり、響生がたまらず漏らす唸り声も聞きとれなくなって、快楽を逃がす術もない。
「ひ、びきっ……も、だめっ」
 一緒に、とその気持ちは伝わったのか、響生は顔を上げて環和のくちびるを舐める。
「おれもだめだ」
 切羽詰まった声がくちびるの間近で囁き、そして、響生は律動を早く大きく繰り返した。待つ余裕などない。ふたりともがそうで、それは逆に同時に極限へと導いた。どくんとした大きな収縮が、しるしを放つべく膨張した慾をくるみ、爆ぜた瞬間に搾りとるように絡みつく。
 響生が放った唸り声を掻き消すくらい、環和は悲鳴のような嬌声をあげた。オスを覆う薄い膜を通しても、体内に迸る熱がくすぐったいような感覚を及ぼす。
 頬と頬を合わせながら、力尽きたようにふたりはぐったりと躰を重ねた。

 荒い呼吸がおさまっていくと、響生の重たさが繋がっていることを実感させ、あまりに心地よくて何かが込みあげてくる。
「っ……響生……好き……っ、愛してる……」
 環和は痞えながらつぶやいた。
「泣くことじゃないだろう」
 響生は合わせた頬が濡れたことに気づく。顔を上げ、環和の目尻を親指の腹で拭った。
 知らず知らず、環和の口からは嗚咽が漏れていた。
「すごく、幸せだ……って、思って……」
「よっぽど不安にさせてたらしいな。おれの節制がなんにもなってない」
 響生はからかいつつ、ため息をついた。
「不安も、きっと……贅沢……だったかも……」
「環和は贅沢してればいい。おまえにはなんの非もないから。むしろ、割に合わないものを背負わされてる」
「……だったら、ふたりで……三人で贅沢したい。それが、わたしの贅沢」
 響生はため息まがいで笑う。
「それでこそ環和だ」
「うん」
 笑った瞬間に涙の欠片が目尻に溜まる。
 響生はそれを目に留めたとたん。
「環和、愛してる」
 ――と、環和と入れ替わるようにひっ迫した様で訴えた。

「たぶん、わかってる」
 そんな応えで響生の気持ちを和らげようとしたものの、響生は喰い入るようにまっすぐに環和を見つめてくる。
「何があっても手放す気はない。世界から全否定されても。おれみたいに環和を愛せる奴はどこにもいない。忘れるな」
 響生はときに理路整然と冷ややかに見えるときもあるけれど、概ね大人然として悠長だ。大人にならないでと環和が望んで、さっき秀朗に嫉妬したことをあからさまにしたように、たまに殻を脱ぐけれど、ひと晩たつと何事もなかったように大人に戻ってしまう。気がすんだのか、大人げないと後悔しているのか。
 そんな後悔は他愛ない。そして、無下にできない後悔は響生に常にある。自分は欲張れないと云ったくせに環和には贅沢しろと云い、それはいまだどうしようもない過去への後悔があるからだ。その後悔は、環和の存在を否定することにもなりかねず、矛盾で成り立っている。それゆえに収束することがないのだ。
 響生と同じ愛はだれも持ち得ない。響生の中に存在する愛がどんな形の――どんな立場の愛であろうと、一緒にいてはならないという咎めもまた矛盾する。矛盾も後悔も、永久に答えの出ることのないことこそが愛の存在を証明している。
 愛の存在証明にふたつの魂があること――環和にとっては魂の片割れが響生であること、それは絶対条件で譲れない。
「忘れたくない!」
 環和が叫ぶように答えると、響生の顔から深刻さが薄れていく。
 環和が笑ったとたん、悪代官もどきで首をひねり、響生は躰をうねらせた。
「んっ、響生……?」
「まだ時間はある」
 くちびるに吐息が触れる距離で誘惑を囁き、響生はふたりの呼吸を合わせた。

 後悔なんて何一つしていない。
 そんな環和の気持ちがいつか響生の後悔を癒やすときがきっとくる。響生の云うとおり、時間はまだあるのだから。

− The Conclusion. − Many thanks for reading.

BACKDOOR

あとがき
2017.11.11.【タブーの螺旋〜Dirty love〜】完結
4年前のとあるニュースにて恐怖体験は遺伝するという研究成果が報じられ、そのときから構想のあった物語。
また、戸籍という曖昧な制度に疑問を感じつつ、書いた作品…というと固くなりますが、そこをハッピーエンドの頼み所にして仕上げました。
知らないまま、という近親の恋愛はあまり嫌悪感もないのでは、とは思いますが、そこそこ楽しんでいただけたのなら幸です。
奏井れゆな 深謝