NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第4章 ミスリード〜恋いする理由〜

#12

 手に入れたい。もしそう思っていたとしてもとっくに忘れた感情だ。
 わざとではなく、美帆子が本気で云ったのなら勘違いも甚だしい。だが、真っ向からそう云うには思慮がなさすぎる。
「おれは……そうだったとしても、僕は二十五年前にあなたからいきなり追いだされたんですよ。水谷家との縁はあきらめざるを得なかった。玩具(おもちゃ)だった、僕にはそれで充分です。身に過ぎたんでしょう。あの頃に戻りたいとは思わない。それがいまの答えです」
「いきなり放りだしたことは謝るわ。でもね、玩具ではなくて、わたしにとってあなたをうちに招き入れたのは投資なの。云ったでしょう?」
 美帆子流の云いまわしだ。真意はさっぱりわからない。

「僕も十年前、付けこんだことは謝ります。独立して思うようにならない時期で、形振りかまっていられなかった」
「独りでやれるなんて思いあがるからよ。成功して崇(あが)められても、その人が聖人だなんて思うのは幻想よ」
 手厳しいがそのとおりだと響生は身をもって知っている。サラリーマンだったときは、確かに演じることは役に立ち、営業成績も順当に伸びていった。独りではスキルを役に立てる以前に、同じテーブルに着くことが障壁になっていた。

「そうわかっているからこそ、真野さんには感謝してます。あの写真集から仕事の量も幅も広がりました」
「感謝のしるしにしては環和を奪って、わたしを牛耳ろうなんてあざといやり方をするわね。わたしは、あなたが頭がいいだけにとどまらなくて狡猾(こうかつ)になれるんだってことを見誤ってたみたい。よけいなことを教えたのね」
「環和さんのことは違います。昔のこととは関係ない」
 それだけははっきりさせたい、と確信を持って響生が宣言したところで、美帆子には伝わらず、彼女は鼻先で笑ってあしらった。

「そうかしら。確かに、わたしがあなたにやったことはすべて犯罪よ。多額の贈与も、セックスをしたことも。でもいまこれが発覚したら、もうわたしだけじゃない、あなたも間違いなく堕ちるわね」
「真野さんはバラさない」
「そうよ。響生、あなたは環和がわたしの娘だと知らなかったとしてもいまは知っている……」
「知っても知らなくても、環和さんと僕のことがあなたに悪い影響を与えることはありませんよ」
 一度でも不信を買えば根付くことはあっても、取り払われることはない。いくら否定しても無駄だと承知していながら、響生は口を挟まずにはいられなかった。
 美帆子はゆっくりと首を横に振って拒絶を示した。

「とにかく、わたしは認めないわ。二重の意味でね」
「二重の意味?」
「そう、財産は渡さない……」
「財産なんて……」
「環和もわたしの財産だから。わたしがあなたを阻止できないとでも思ってる?」
 美帆子は首をわずかにかしげ、挑むように、そして響生の目を射貫くようにしながら捕らえる。そうして、結んでいたくちびるを開いたかと思うと、「憶えてる? 二十五年前のこと」と可笑しそうに弧を描いた。
「なんのことです?」
 話がとんでもない方向に飛び、美帆子が思わせぶりなのはいつものことだが、響生は本能的に身構えた。

「さっきの続き、二十五年前、なぜわたしがあなたとの関係を断ったのか教えてあげるわ。あなた、わたしとのセックスにのめってがっついてたもの。わたしたちが傍にいれば、“いる”だけではすまなくなるでしょ。わたしは妊娠してたの。だから、躰を第一に考えて相手をする気になれなかったのよ」
「……妊娠?」
「そうよ。環和がいくつか知ってるでしょ。十二月で二十四歳になるのよ。ちょっと早く生まれたけど、逆算したらおなかに赤ちゃんがいたってことは男だってわかると思うけど?」

 響生の思考がつと停止した。そうかと思うと自分でも収拾がつかないほど目まぐるしく動きだす。
 美帆子は明らかになんらかをほのめかしている。それこそが、響生が知らない“切り札”なのだ。二十五、妊娠、環和、キーワードを並べ、加えて響生が知るべきことがあるとは即ち、響生もキーワードの一つだということになる。
 それなら……。
 響生は喰い入るように美帆子を見つめた。
 美帆子は響生の眼差しを受けとめ、煽るようにつんとした様で顎をわずかにしゃくった。
「なんで……。……秀朗さんの娘じゃない、のか?」
 つかの間、響生は絶句し、確かめるように問いかけた。つぶさに見守っていると、美帆子はふふっと含み笑いをして肯定を示す。
「そうよ。はっきり云ってあげる。環和はあなたの娘よ」
 笑い事じゃない。そんな憤りすら疎外されるほど、響生は愕然とした。

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