NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第3章 恋は刹那の嵐のようで

#6

 恵の後ろ姿を追えば京香が見え、京香の後ろ姿を追えば、響生が視界に入ってくる。
 まもなく京香は響生のところに行き、話しかけれた響生が京香に耳を傾ける。水流の音がうるさくてそうしているのか、ふたりの距離は近い。そうして響生の顔に笑顔が浮かんだ。
 穏やかというかやさしいというか、あんな笑顔が環和に向けられたことはあるだろうか。からかうか、おもしろがるか、呆れるか。そんな笑い方ばかりのような気がする。

 もしかしたら、さっきの話の続きで――
『順番、どれくらい待ってたらいい?』
『そう時間はかからない。京香さんは撮り甲斐があるし、楽しみだな』
 そんな会話がなされているかもしれない。

 おもしろくない。
 環和は自分がした勝手な想像に、焦りと苛立ちと、そして響生から排除されたような孤独を感じた。
 待機場所でモニターに自動的に送られてくる写真を見ているつもりだったけれど、そこは友樹やほかのスタッフに任せ、気づけば環和は川に向かっていた。
 もうすぐ勇が来るというのに、響生は京香と話す余裕があるらしい。嫌みっぽく思いながら川岸に近づくと、ようやく環和が目についたらしく響生が目を向けた。その首が問うようにかしぐ。京香もまた響生の視線を追って振り向いた。
 そうなって、これだ、と自分が川岸までやってきた理由がはっきりする。京香といようが、環和への関心が完全に消えているわけではないこと、それを確かめたかったのだ。

 けれど、得た優越感はすぐに消える。申し合わせたように環和から視線を外したふたりは、また何やらふたりきりの会話を始めた。
 恵はふたりを邪魔することなく、上流に目を向けたり、スタッフと話したりしている。
 恵の立場も不思議だ。響生にカノジョがいない間のセフレなんて、だれから見ても都合のいい女だ。頭の良さそうな恵がわかっていないはずがない。それなのにやっかみもしなければ干渉もしない。プライベートでは名前で呼ぶのに仕事になると他人行儀になって、これこそ大人の付き合いだといわんばかりだ。それとも、響生が必ず自分に戻ってくるとわかっているからなのか。これまで収集した情報によれば、確かに恵だけが完全に別れることなく続いていて、よりの戻った女性はいない。

 やっぱり複雑だ。
 顔をしかめたそのとき、来ました! とスタッフの声がした。
 上流を見ると、カーブになった川の死角からゴムボートが現れていた。水流の段差によって細かく向きを変えながら激しい上下運動も加わり、乗っているともっと激しくてスリル満点だろう。いくらアドベンチャーとはいえ遊園地のアトラクションとは違う。濡れること必至で、環和にはとんでもないスポーツだ。
 楽しそうとも思わずに、響生たちとは離れた、比較的川の流れが緩やかになった場所で、環和はいかだ(ラフト)という小型のゴムボートを眺めた。必然的に響生は環和の視界のなかに入ってくる。

 そういえば、響生が泳げるのかは聞いていない。響生は膝下まで水に浸かったところに立ち、ラフトにカメラの焦点を合わせている。そこは岩場の上だろうか、滑って落ちるんじゃないかと環和はハラハラして見守った。
 まもなく響生の横を勇の乗ったラフトが通りすぎ、流れの緩やかな場所に来ると、回転しながら滞留してラフトは浅瀬に近づいてきた。勇が楽しそうに櫂(パドル)で水を掻いている。
「環和ちゃん!」
 勇は環和を見つけると、昂奮した様子でめいっぱい上げた手を振った。

 環和は反射的に勇に合わせ、控えめに手を振った。それを見届けたか否かのうちに、勇は十人くらいが乗ったボートをおりて川の中に入った。ライフジャケットを着ているから溺れる心配はない。水の流れをものともせず悠々と泳ぎ、それから立ちあがってすぐ、膝まで見えるという浅瀬に来た。水の色が急に変わっているところを見ると、水深の差が大きいのだ。
 勇は頭から水を滴らせながら、よっぽど楽しかったのだろう、満面の笑みで川岸に上がった。
「おもしろかったよ」
「そう見えます」
「癖になり……」
「勇くん、報告する相手が違ってない?」
 いつの間にかこっちにやってきた京香がからかうように話しかけた。

 見ると、響生もいる。
「邪魔だ」
 響生は目を細めていて、まるで威嚇だ。ひと言で環和を追いやろうとする。
 一瞬、反抗的な気分になりかけた環和だったが、恋人同士という設定の撮影であることを思いだした。裏方でいなければならないのに、仕事の邪魔をしている。環和は慌てて勇から離れた。かろうじて、失態したことの恥ずかしさは拗ねた気分が紛らわせてくれた。

 昼間の撮影が終わったのはそれからまもなくで、響生や恵などほとんどのスタッフが写真のチェックに入った。
 そのなか、京香と勇がふたりで話している。ファンが見たらがっかりするだろうと思うくらい、仕事で一緒にいるという以上に本当に親しげだ。
 すると、視線を感じたようにふと勇が顔を上げて環和を捉えた。そうして京香に何か云い、マネージャーに何かしら声をかけたあと環和のほうへやってきた。
「夕方の撮影まで自由だってさ。環和ちゃん、ちょっと付き合ってよ」
「え、でも……」
 云いかけているうちに、勇は強引に環和の手を取った。

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