NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第3章 恋は刹那の嵐のようで

#5

 響生はここに来てからビーチサンダルに履き替えていたが、それは単に、万が一、水の中に浸かってもいいようにという用心のためだと思っていた。けれど、響生は川岸まで行くと、カーゴパンツの裾を折りながら膝まで捲りあげ、水の中に入っていった。
 見守っていると、浅瀬ぎりぎりのところまで踏みこみ、カメラをかまえて構図を確かめている。
 今回の夏に向けての恵の企画は、恋人同士の、キャンプとホテル宿泊の快適さを合わせたグランピングがテーマだ。夕方から夜にかけて、アジアンテイストの寝具付きバンガローやバーベキューでの撮影も待っている。

「さっき写真撮ってるところ見てたんだけど、環和ちゃんと安西さんてどこか似てるよね?」
 京香が隣に来て出し抜けに話しかければ、その内容も唐突だ。
「……そんなこと思ったこともないんですけど」
「そう? 横顔の感じが似てるかな。青田さんはそう思わない?」
 京香の言葉を聞きながら、響生のことを父の秀朗に似ていると感じたのは、雰囲気ではなく容姿なのかもしれないと思った。恵を見やると、環和から響生に目を向け、また環和へと戻ってきて首がかしぐ。
「どうかしら。そういう目で見たことないから」
 なあんだ、と京香は恵の答えにがっかりしながら、環和を繁々(しげしげ)と見やった。

「他人の空似ってあるけど……安西さん、ご家族はいないって云うし、もしかしたら腹違いの兄妹なんてこともあるのかなあって」
 妄想力全開とでもいうべき京香の発言に恵は吹きだした。
「京香ちゃん、ドラマにのめりすぎじゃないの? 想像力が逞(たくま)しくなくちゃ、いい役者にもなれないんでしょうけど」
「いまも昔も、港々(みなとみなと)に女ありってこと、よくあるじゃないですか。血が繋がってるからこそ惹かれあったり」
「ぷっ。京香ちゃん、考え方がロマンチックね。詳しくは云えないけど、安西さんのご両親は環和ちゃんが生まれるまえに亡くなってるの。残念ながら、京香ちゃんの説はあり得ないわね」
 恵はばっさりと否定し、京香は心底から落胆した様子でため息をついた。

「何を期待してたわけ?」
 恵の質問には肩をすくめて返し、京香は――
「環和ちゃん、安西さんとはうまくいってるんだね?」
 と、早くも思考の矛先を変えたようで、環和を覗きこんだ。
「たぶん」
「たぶん、て?」
 京香は目をくるっとさせて、可笑しそうに問い返した。
「人の気持ちは読めないから。好きって云われても、それが本音だって保証はないですよね」
「そっかあ。環和ちゃんて考え方が大人」
 環和はむしろ子供っぽいと思っているから、京香の言葉には目を丸くした。

「そんなことありません。京香さんのほうが礼儀正しくて、ずっと大人だと思います。可愛くてきれいで、真野美帆子よりもずっと素敵です」
 京香におべっかを使うというよりは、ここにいない美帆子に当て付けるという無意味なことを云ったのだが、素直に受けとった京香は顔を綻ばせつつ、わあ、とおもしろがった。
「環和ちゃん、それ、うれしいけど、大女優の真野さんと一緒のときにはお口チャックね。倍返し以上に何かありそうだから」
 わざわざ大女優と云ったあたり、やはり美帆子は横柄に振る舞っているということだろう。
「真野美帆子と会うなんてないと思います」
「わからないじゃない。わたしみたいに安西さんのお仕事を通して会うかもしれないでしょ」
 京香に云われてはじめてなるほどと、その可能性に気づいた。環和は肩をすくめて、応えるまでに少しの時間を稼ぐ。

「京香さんがそう云うってことは怖い人なんですね。だったら、会っても黙ってます」
「そうしてて。環和ちゃん、向こう行かない? もうすぐ勇くんが来ると思うけど」
 京香は川を指差した。
「あ、わたしはここでいいです。泳げないから流されたくないし」
「え、そうなの? 川に入らなきゃ大丈夫でしょ?」
「厳密にいえばわたしは部外者なのでここにいます」
「そんなこと気にしなくていいのに」
 京香は少し不満げにしながらも、じゃあ行ってくるわ、と云って響生やスタッフがいるところへ向かった。

 京香は嫌な人間ではないけれど、かなりマイペースだ。振り回されている感は否めない。
「環和ちゃん、気をつけなさいよ」
「……え?」
 恵もまた唐突すぎて、環和はついていけず、驚いた顔で振り向いた。
「京香ちゃんよ。あの子、いい子でしょ。スタッフ受けもいいから、仕事は引く手数多(あまた)なの。別の見方をすれば世渡り上手」
 てっきり恵は京香のシンパサイザーかと思っていたのに、それに反した言葉だ。驚いたのはそのことだけではなく、環和に忠告したこともそうだ。いや、忠告ではなく、わざと環和を不安にさせようとしているのかもしれないが。

「……うらやましい気がしますけど」
 環和の言葉を聞けば、恵はおかしさ半分、呆れたふうに鼻先で笑う。
「確かに、あなた、そういう意味では不器用そうね。でもね、男の耳には入りにくいかもしれないけど、女同士だと話が廻ってきたり、なんとなく感じるじゃない? そういうことだから」
 そこまで云って恵は、戸惑う環和を放って京香のあとを追った。
 そういうこと、ってどういうことだろう。何を気をつけるべきなのか、そこは曖昧にされままで環和はさっぱり見当がつかなかった。

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