NEXTBACKDOOR|タブーの螺旋〜Dirty love〜

第3章 恋は刹那の嵐のようで

#2



 五月の最終日、雲を探すのに空をひと巡りしなければならないほど晴天に恵まれた。川岸の木が新緑から濃く色を変化させていく季節で、青空を背景にくっきりと映える。
 それ以上に、目立っているのは河原(かわら)のワイン色だ。照明いらずの眩しい太陽の下、もともときれいなブラウスがさらに発色している。自然とはかけ離れた色なのに奇抜ではなく、すんなりと景色に溶けこんでいた。それは京香の持ち前のスキルなのか、さながら、おませな精霊とそれを見守る自然といった雰囲気で存在に嫌味がない。

 テーブルの上に置かれたモニターを覗けば、撮られた写真が次々に増えて入れ替わる。写真のなかでは、服のワイン色よりも、首もとから肩まで剥きだしにした肌の白さが強調されて、京香の可憐(かれん)さが際立つ。
 連写とはいえ自動ではなく、響生はやはりその瞬間を切り取るのがうまい。業界ではプロとして名高いのだから、素人の環和がその腕に感心したり褒めたり認めたりするまでもない。

「休憩しましょう」
 環和と同じくモニターを見てチェックしていた恵は、シャッター音が一時的にやんだとたん、心持ち叫ぶように声をかけた。
 京香は駆けるように足早にやってくる。
「今日は暑くてまいっちゃう!」
 パラソルの下に入るなり、京香は躰を投げだすように椅子に座った。マネージャーが労いの声をかけたりペットボトルを渡したりしている傍らで、スタッフが団扇(うちわ)で扇(あお)ぐという、女優といえばこうだろうと思う光景がそのまま環和の前で繰り広げられた。

 京香は、ありがとう、とマネージャーにもスタッフにも笑顔を向けて礼儀正しい。響生が以前、彼女を褒めたことを思いだすと、環和は自分の思慮不足を嫌でも思いだしておもしろくない。けれど、京香は容姿だけではなく性格もいいのだと認めざるを得ない。
 もうそろそろ大女優と云われそうな環和の母、真野美帆子なら、気遣いを当然のごとく受けるだけで、あれがほしいこれがほしいなんていうわがまますら放っているかもしれない。

「環和」
 響生の呼びかけには、土を踏む音に気づいた瞬間にうさぎが跳びはねるくらい、きっと環和は素早く反応している。
「お疲れさま!」
 振り向いた次には持っていたペットボトルを差しだした。
 響生はカメラを置くと、サンキュ、とつぶやき、受けとったペットボトルのふたを開けて口に運んだ。上を向いて伸びた喉もとが、嚥下(えんげ)すること二回、上下動をする。それで渇きは癒やせたのか、響生はペットボトルにふたをした。
 それらの日常にありふれた一連のしぐさは、勇に負けていない。むしろ、成熟しているぶん、心身ともに疼いてしまうような色香が覗く。

「僕はセルフサービスですか?」
 からかった声に環和はハッとして、見惚れていたことをごまかすようにすぐさまつんと顎を上げた。
「友樹くんのはこれ」
 テーブルにあったペットボトルを渡すと、友樹はにやりとして――
「ありがたくいただきます」
 わざと当てつけるように云いながら受けとった。
 響生はそのやりとりの意味をわかってか否か、呆れた様子で首を横に振り、それから今まで使っていたカメラとは別のカメラを手に取った。

「環和、ついてこい」
 環和専用のカメラだと思ったとおり、響生は命令するとくるっと身をひるがえした。
「撮るの? 仕事中でしょ?」
 さっさと歩いていく響生のあとをすぐに追って、環和は問いかけた。
「休憩中だ」
 訂正した響生は後ろをついてくる環和を一瞥し、滑らないようにしろよ、と忠告した。

 今日は、同僚に休みを交代してもらって撮影についてきた。はじめは、水に濡れるのは嫌いだろう、という理由を持ちだして響生は環和の同行に難色を示していた。京香に誘われたのだと云い張っているうちに、当の京香から環和を連れてきてと云われたらしく、響生は渋々と許可したのだ。もちろん、スタジオ・ラハザのスタッフという建て前のもと、と条件付きだ。
 いま、環和の写真を撮るなど、それとは矛盾した行為だと思うのに、公私混同をものともしない。つまりは響生が撮りたいと思ったのだ。そう考え至ると――
「響生」
 と環和が声をかけた瞬間、振り返った響生は狙っていたようにシャッター音を鳴らした。

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